大阪高等裁判所 昭和53年(ネ)850号 判決 1983年10月27日
控訴人
大野千秋
右訴訟代理人
木村保男
的場悠紀
川村俊雄
大槻守
松森彬
坂和章平
萩原新太郎
被控訴人
遠島建設株式会社
右代表者
沢村隆男
被控訴人
沢村隆男
被控訴人
北中安子
右三名訴訟代理人
吉田清悟
主文
一、(一)、原判決主文一項及び大阪地方裁判所が同庁昭和四五年(手ワ)第二二五二号約束手形金請求事件について昭和四六年三月一六日言渡した手形判決のうち、控訴人の敗訴部分を取消す。
(二)、被控訴人遠島建設株式会社の控訴人に対する請求を棄却する。
二、(一)、原判決主文二項、及び三項のうち被控訴人沢村隆男に関する部分を次のとおり変更する。
(二)、被控訴人遠島建設株式会社、同沢村隆男は各自、控訴人に対し、金一五一五万四一八三円及び内金五五一万八八三円に対する被控訴人遠島建設株式会社は昭和五一年二月二八日から、被控訴人沢村隆男は昭和五二年一月一一日から、内金九六四万三三〇〇円に対する昭和五七年六月六日から、それぞれ右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
(三)、被控訴人沢村隆男は、控訴人に対し、金四八三万七一一七円及び内金三一三万七一一七円に対する昭和五二年一月一一日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
(四)、控訴人の被控訴人遠島建設株式会社に対するその余の請求(当審での拡張部分を含む。)及び当審での各請求をいずれも棄却する。
(五)、控訴人の被控訴人沢村隆男に対するその余の請求(当審での拡張部分を含む。)及び当審での各請求をいずれも棄却する。
(六)、控訴人の被控訴人北中安子に対する控訴(当審までの拡張部分を含めて)及び当審での各請求をいずれも棄却する。
三、訴訟費用は、第一、二審を通じ、控訴人と被控訴人遠島建設株式会社との間に生じた部分はこれを五分し、その四を控訴人の、その余を同被控訴人の各負担とし、控訴人と被控訴人沢村隆男との間に生じた部分はこれを五分し、その三を控訴人の、その余を同被控訴人の各負担とし、控訴人と被控訴人北中安子との間に生じた部分は控訴人の負担とする。
四、この判決は主文二、(二)、(三)につき仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の求めた裁判
控訴人は「原判決及び大阪地方裁判所が同庁昭和四五年(手ワ)第二二五二号約束手形金請求事件について昭和四六年三月一六日言渡した手形判決のうち、控訴人の敗訴部分を取消す。被控訴人遠島建設株式会社の控訴人に対する請求を棄却する。被控訴人らは各自、控訴人に対し、金一億一三六三万二〇〇円及び内金一億七七一万三四〇〇円に対する、被控訴人遠島建設株式会社は昭和五一年二月一八日から、被控訴人沢村隆男、同北中安子は昭和五二年一月一一日から、それぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え(当審において請求を拡張)。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴人らは「本件控訴(拡張した請求を含めて)を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
第二、当事者の主張
<甲事件(被控訴人遠島建設株式会社の控訴人に対する請求)関係>
工事名 施工業者 工事代金額
(1)、一階店舗部分の補修 株式会社高橋組 二二八万五〇〇〇円
(2)、一階天井及び壁の補修 山元工務店 三八万六〇〇〇円
(3)、一階受水槽の水漏防止工事 日光組 二九万六〇〇〇円
(4)、一階天井及び壁の補修 三和美装有限会社 一三万円
(5)、受水槽の水漏れ防止工事 山田義雄 一二万四四〇〇円
(6)、一階店舗部分の補修 インテリヤ伊藤 一七万五〇〇〇円
(クロス施工工事)
控訴人は前記瑕疵による損害として補修費用合計三三九万六四〇〇円を支出した。
(請求原因)<省略>
(答弁)
一、請求原因事実はすべて認める。
二、抗弁
(一)〜(三)<省略>
(四)、相殺の抗弁
Ⅰ、<省略>
Ⅱ、本件請負工事の瑕疵による損害
1〜5<省略>
6、応急的な補修工事代三三九万六四〇〇円
本件建物には前記Ⅰ、2、(1)、へ、(2)、(3)のような瑕疵があるため、控訴人は本件建物に入居後間もない昭和四六年頃応急的に左記のような補修工事をした。<編注、左図参照>
7、本訴訟に要した諸費用五九一万六八〇〇円
(1)、鑑定、検査等費用九一万六八〇〇円
本件は建築工事の瑕疵という専門的知識を必要とする分野の争訟であるうえ、被控訴会社が本件請負工事の瑕疵を争うため、控訴人は、右瑕疵についての資料収集のため、左記のような専門家による鑑定、検査を必要とし、その費用等合計九一万六八〇〇円を支出した。
イ、坂井利明一級建築士 一〇万円
ロ、沢井慎治一級建築士 三二万円
(ただし、内金一五万円は鑑定に伴う修復工事代)
ハ、岩田嘉夫一級建築士 二〇万円
ニ、福田守邦一級建築士 一〇万円
ホ、日本非破壊検査株式会社(X線検査) 一九万六八〇〇円
(2)、弁護士費用五〇〇万円
<中略>
8、慰藉料五〇〇万円
控訴人は、本件建物の前記のような各瑕疵により、期待した新築家屋の快適さを享受することができなかつたのみならず、予定していた賃貸収入は得られず、本件建物に入居後の日常生活においても雨漏り、透き間風、外壁タイルの落下等に悩まされ、風呂や室内のガスも使えず、本件建物の構造全体に継続的、進行的な不安感が強いことに脅かされて生活し、不体裁な建物に住む不快感に苦しんだ。また、工事代金の一部はネオン塔や喫茶店の権利金、保証金でもつて支払う予定にしていたところ、これが本件請負工事の瑕疵から予定どおり実現せず、控訴人は、急遽金融機関に融資を依頼したが、本件建物に担保価値がないとして断られたため、高利の金融業者から融通を受けることを余儀なくされた。しかも、被控訴会社は、控訴人からの修補請求に全く応じなかつたばかりか、昭和四六年三月一六日本件手形判決を得るや、本件建物に対し強制競売にまで及んだので、控訴人は、結局、本件建物から追い出されるなど回復しがたい精神的苦痛を受けた。そして、被控訴会社は前記のような欠陥工事をするについて故意を有していたのであり、控訴人が強い不快感、不安感を抱くにいたることを予見し、または十分に予見することが可能であつたのである。以上の諸事情によれば、慰藉料額は五〇〇万円が相当である。
Ⅲ <中略>
(抗弁に対する答弁)
一、<省略>
二、再抗弁
(一)〜(四)、<省略>
(五)、本件建物の所有権は、昭和四八年四月一六日の競落許可決定により、控訴人から競落人戸城武男に移転したところ、右戸城はその後本件建物の基礎部分その他を約二五〇万円の費用をかけてその補修を完了したが、競落人から前所有者に対する瑕疵担保請求権は発生しないから(民法五七〇条但書)、控訴人の主張する瑕疵の修補に代る損害賠償請求権も前記競落許可決定による本件建物の所有権喪失によつてすべて消滅したものである。<以下、省略>
理由
第一、甲事件関係
一、被控訴会社の控訴人に対する請求原因事実は当事者間に争いがない。
そうすると、被控訴会社は控訴人に対し本件(1)の手形金一六〇万円とこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和四五年一二月一〇日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金債権、本件(2)の手形金一五〇万円とこれに対する右訴状送達の翌日以後であつて満期の翌日である昭和四七年一二月三一日から支払ずみまで前同年六分の割合による遅延損害金債権を有することとなる。
二、そこで、以下控訴人の抗弁について判断する。
(一)、抗弁(一)について
控訴人と被控訴会社との間に控訴人主張のような請負契約が成立したこと、本件(1)、(2)手形が本件請負残代金の支払のために振出されたことは当事者間に争いがない。
控訴人は、本件請負工事は未だ完成していないから、本件(1)、(2)の各手形金の支払義務はない旨主張するが、原審及び当審における控訴人本人、被控訴会社代表者兼被控訴人本人沢村隆男(以下単に「被控訴会社代表者」という。)の各供述(いずれも原審は第一、二回)によれば、本件請負工事の目的物である本件建物は、昭和四五年九月二八日頃までに完成のうえ控訴人に引渡されていることが認められるから、控訴人は、本件請負残代金の支払義務があり、したがつて、本件(1)、(2)の各手形金の支払を拒絶しえないものであつて、控訴人の抗弁(一)は採用することができない。
(二)、抗弁(二)について<省略>
(三)、抗弁(三)について<省略>
(四)、抗弁(四)について
Ⅰ、1、被控訴会社は、本件請負工事の瑕疵の修補に代る損害賠償債権一五二万八七五〇円を超える債権部分(原審及び当審での各拡張部分)は時機に後れたものとして却下さるべきである旨主張する。控訴人が昭和四六年三月二日の原審第二回口頭弁論期日において陳述の同日付準備書面により右損害賠償債権一五二万八七五〇円を主張していたところ、昭和五一年四月二一日の原審第三五回口頭弁論期日において陳述の反訴状により右損害賠償債権を三九六三万五〇〇〇円に拡張し、次いで、昭和五七年六月一六日の当審第二四回口頭弁論期日において陳述の同年同月三日付請求の趣旨拡張申立書により右損害賠償債権を一億一三六三万二〇〇円に拡張したことは本件記録上明らかであるが、本件記録によれば、原審第三五回口頭弁論期日における右請求の損害額の拡張は、原審第二回口頭弁論期日において控訴人の主張した前記損害賠償債権額の主張が不備であつたところから、その後の訴訟の進行の経過においてこれを釈明しつつ、整備して右損害額の拡張をしたものであること、また、当審第二四回口頭弁論期日における右請求金額の拡張も、その原因となつた本件請負工事の瑕疵たる事実関係については、既に主張、立証ずみであつたものであり、右請求の拡張によつて特別の証拠調を必要とするものでないことが認められるから、右各請求の拡張はいずれも訴訟の完結を遅延せしめるものとはいいがたく、被控訴人らの前記主張は採用することができない。
2、<証拠>によると、控訴人主張のような追加変更工事の請負契約をしたこと、その迫加変更工事費は見積価格の端数を切捨てて一六七万六〇〇〇円と約されたことが認められる。
Ⅱ、本件請負工事の瑕疵による損害
1、本件建物の建て替え費用相当額の損害 八六四万八〇〇〇円
(1)、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。
イ、本件請負契約をした昭和四五年四月、本件請負工事の正規の設計図は作成されておらず、被控訴会社は、同会社が作成した工事用の図面で同月中に本件請負工事に着手した。被控訴会社は、本件請負工事当時、同会社には一級建築士、二級建築士のいずれもがいなかつたところから、二級建築士橋本正夫に依頼して設計図を作成して建築確認申請をしたが、右申請は本件建物の着工後になされたもので、同年六月三〇日付で建築確認通知がなされ、被控訴会社から控訴人に右書類が交付されたのは同年一〇月頃であつた。
ロ、本件建物の建築確認通知書の設計図と本件建物の現況とは外観的にも構造的にも異なる部分があり、構造的部分に関しては次のとおりであつた。
本件建物の六本の柱について各八本のアンカーボルト(基礎と鉄骨の柱の根元をつなぐボルト)で締めることになつていたのに、本件建物の各柱に四本のアンカーボルトを用いたが、建設中ボルト穴がかみ合わないものは熔接ですませたものもあり、構造上重要である本件建物の南西隅の柱は右ボルトを熔接したもののみであり、ボルト穴を通して締めたボルトは一本もなかつた。右のようなアンカーボルトを熔接によつてつなぐ接続法は、建築確認上許されないところであり、アンカーボルトの強度が期待できず、基礎を壊さない限り右ボルトの充填はできないし建物の基礎構造上、風力、震動等により倒壊のおそれがある危険なものである。
基礎礎版のコンクリートは、厚さが中央三〇センチメートル、端六〇センチメートルとされ、基礎底面に配筋する礎版配筋は一三ミリメートルのものを使用することになつていたのに、実際は右コンクリートは厚さが二〇ないし二二センチメートルしかなく、礎版配筋は細い九ミリメートルのものを使用し、右基礎部分の補強は建て替えない限り不可能であり、本件建物は構造上安全を保ちえないものとなつている。
柱は、一階から四階までどの柱にもカバープレート(柱としての強度を保つためH型鋼の両側面にあてがわれるべきプレート)が施されてなく、しかも、柱は、梁はいずれもメンバー(大きさ)が規格より小さく細いものが使用され、これらを改めるには一旦骨組を解体するしかなく、本件建物は構造上危険なものとなつている。
本件建物は耐火建築物とすることになつていたのに、主要構造部は耐火構造とされておらず、柱、梁にはいずれも耐火被覆が施されていない。
柱と梁との接合は、剛接合することになつていたのに、単価の安いピン接合にしたが、その場合に必要な構造計算のやり直し、設計図の引き直しをしたことはなく、ピン接合は必ず筋交いを入れなければならないのに、実際に取りつけられた筋交いは圧縮力が弱くその役目を果すものではなかつた。
本件建物の床は、キーストンプレートの上にコンクリートを五〇ミリメートル塗ることになつていたのに、実際はキーストンプレートを用いずに、コンクリートを八〇ミリメートルの厚さに塗つただけですませた。そのため、床が一平方メートルあたり七七キログラム、床全体では11.6トン荷重を増して柱や基礎に負担を加え、水平応力時には極めて危険となつており、また、鉄筋コンクリート床の場合は、床の厚さは最低一〇〇ミリメートルを要し、本件建物の厚さ八〇ミリメートルでは床全体として危険であり、現に本件建物の二階の床には五、六本の亀裂が生じており、さらに、床の鉄筋間隔が大きすぎて法定基準を下まわり、破壊に連なる危険な状態となつている。
本件建物の西側一階部分には外壁がなく、西側の二階から四階までは外壁があるが、これが全体として浮き上つて落下する危険が生じており、四階から屋上への階段側壁には亀裂が生じている。
ハ、本件建物の屋上は、塗装が手抜きしてあるため、建築当初から亀裂が走つており、また、防水工事がなく、コーキングが施されてないため、屋上から四階に雨漏りがし、右雨漏りは順次下の階まで及んでいる。
本件建物の各階にあるすべての窓にコーキングが施してなく、そのため各階の各部屋とも雨が吹き込み、また、窓枠はガラスを長期間入れなかつたため腐敗、損傷が著しく、しかも、窓の位置も標準より低すぎて危険を伴うものとなつている。
本件建物はタイル張りで外装されているが、控訴人の入居後四か月頃からまず同建物の南面のタイルが剥離して落ちはじめ、その後、南面、東面で無数のタイルが剥離した。
三階から四階への階段は、建築確認申請では耐火構造の鉄製とすることになつていたのに、木製となつており、また、約定に反し、階段に手摺が設置してなく、階段の滑り止めが一階の階段を除き施されてなく、さらに、二階から三階への階段が高さが不揃いで踏幅も均一でなく、三階から四階への階段も蹴上げ幅が異なり、四階から屋上への階段は踏板が下向きで昇降時不安定であり、二階から三階への階段の裏側は仕上が施してなく鉄骨が露出したままとなつている。
一、二階の内壁は、約定ではゾラコート仕上げをすることになつていたのに、一階はコンクリートのかき落し仕上げにし、二階は合板仕上げにしてあり、また、四階便所の仕上げ壁が控訴人の入居後一年位で落ちている。
二、本件建物の給水は屋上タンク給水方式であつたところ、水道本管側と建物側との間にある止水栓が設置せられてなく、また、建物地下の受水槽に穴が開いていたうえ、防水工事に不備があつて水漏れがあり、さらに、ガス工事は配管工事が不完全で壁から外部に通ずるガス栓部分が取りつけられないままである。
電気設備は、屋内配線が杜撰なうえ、前記のような雨漏りによつて漏電の危険があり、しばしば停電するうえ、天井配線の接続部が裸線のままであつたため、ショートして火災の危険が生じたこともある。
ガスセントラル給湯機は、排気口が上を向いていたため、雨水が入り込んでガス火が消えるという危険があり、また、排水管の配管ミスのため、浴槽の栓を抜くと、逆に栓から汚水が浴槽内に湧き出てくることがあつた。
以上のとおり認めることができ<る。>
(2)、右認定のような本件建物の瑕疵、特に前記(1)、ロで認定したような基礎礎版、アンカーボルト、柱とそのカバープレート、柱と梁の接合、床等の各瑕疵によれば、本件建物はその主要構造部に重大な欠陥を有し、構造上その安全の保持を期しえない危険なものであつて、<証拠>によれば本件建物の右瑕疵の補修は、建て替える以外には不可能もしくは著しく困難であり、結局、建て替え工事をするよりほかないことが認められる。ところで、請負の目的物の瑕疵の修補に代る損害賠償においては、右瑕疵がなければ存しうる利益についてこれを損害として賠償を求めうるものであるが、前記のように目的物たる建物が建て替えるほかないような場合には、その建て替え費用が瑕疵のない目的物の価格相当額に当るものとして、その賠償を求めうる損害にあたるものと解するのが相当である。しかして、請負の目的物の瑕疵につき修補の請求をし、次いで修補に代る損害賠償の請求をした場合には、その損害額算定については右修補請求のときを基準とすべきものである。そして、<証拠>によれば、控訴人は遅くとも昭和四六年一月一八日までには本件建物の瑕疵について修補請求をしたことが認められる。次に、前示乙第二八号証によれば、本件建物工事及び追加変更工事の費用は昭和四五年三月当時八五四万六〇〇〇円(千円未満切捨)を相当とすること、これを建築物価指数によつて右修補請求時の昭和四六年一月当時の前記工事費用を求めると八六四万八〇〇〇円(千円未満切捨8546000×1.012=8648552≒8648000)であることが認められる。
控訴人は、右損害額の算定は、原審での反訴提起により修補に代る損害賠償の請求をした昭和五一年当時を基準とすべき旨主張するが、右見解が採用しがたいことは前述のとおりであり、また、控訴人は建て替えに必要な現存建物の取壊し費用を損害として挙げるが、右費用額についてはこれを認めるに足りる的確な証拠がない。
被控訴会社は、本件建物は、建ぺい率違反として建築すべからざるもので、撤去は免れないものであり、適法に建て替ええないものであるから、建て替え費用相当額の損害の請求は失当である旨主張する。<証拠>によれば、本件建物の敷地たる控訴人所有地の登記簿上の面積は36.52平方メートルであり、当該土地について昭和四五年以前になされた仮換地の指定面積は42.23平方メートルであること、控訴人は、本件建物を右所有地にほぼ一杯に建てるため、当時空地であつた隣地のうち45.536平方メートルをその所有者石川から無償で借受け、敷地を87.766平方メートルとして建築確認申請をして建築確認を受けたこと、本件建物の床面積は、一ないし四階とも、実測は各37.41平方メートル、登記簿上は各36.91平方メートルであること、しかるに、隣地所有者石川はその後の昭和四七年一〇月右隣地を玉木紙料株式会社に売渡し、昭和四八年同地上に右会社所有の建物が建築されて本件建物と隣接するにいたつたことが認められるから(右認定に反する前示被控訴会社代表者の供述部分は採用することができない。)、本件建物は、その建築当時は建ぺい率違反はなかつたものであり、その後前記経過で建ぺい率違反の結果を生じたものであるのみならず、もともと、前叙認定のような本件建物の瑕疵につき、瑕疵の修補に代る損害として建て替え費用相当額を認めるものである以上、現実に建て替えが可能であるかどうかということは右損害の成立を否定する事由とはならないものというべきであるから、被控訴会社の前記主張は採用することができない。
また、被控訴会社は、本件建物とその敷地の所有権は昭和四八年四月一六日付競落許可決定により控訴人から戸城武男に移転したから、同日以降前記損害は生ずることはない旨主張するが、請負の目的物の瑕疵につき、修補に代る損害賠償の請求権を有するためには、請負契約の注文者たる資格があることをもつて足り、現に目的物の所有権または占有権を有することを要しないものと解すべきであり、右損害として建て替え費用相当額を認めるについては、右竸落許可決定の確定により本件建物の所有権が控訴人から他に移転したことによつて直ちに影響を受くべき筋合はないものというべきであるから、被控訴会社の右主張も採用することができない。
してみると、前記建て替え費用相当額について、他に減額さるべきであることについて主張がない以上その損害は八六四万八〇〇〇円となる。
2、喫茶店の営業不能による損害七二〇万円
<証拠>によれば、控訴人は、昭和四五年一二月頃から本件建物一階で前記1、(1)、ロ、ハ、ニで認定したような本件建物の壁、雨漏り、電気設備についての瑕疵を補修しながら喫茶店を営んでいたが、昭和五二年九月頃雨漏りがひどくなつて漏電の心配が強まつたため、動力用電力の供給をとめられ、右営業を廃業するのやむなきにいたつたこと、右営業期間内における控訴人の右営業による純収益は各月六〇万円をくだらなかつたこと、右営業実績を基準としてみると、前記瑕疵による廃業の事態がなければ、引き続き右程度の収益を継続しえたものであることが認められる。したがつて、本件請負工事の瑕疵により、控訴人は昭和五二年一〇月から同五三年九月までの間に得べかりし純収益合計七二〇万円を喪失したことになる。
控訴人は、昭和五三年一〇月以降同五七年四月まで月六〇万円の割合による右収益を喪失した旨主張するが、<証拠>によれば、本件建物とその敷地については、昭和四八年四月一六日付競落許可決定があり、同年六月一日右競落許可決定の確定により競落人戸城武男がその所有権を取得し、昭和五〇年頃から他人を介して本件建物とその敷地について控訴人の立退きを目的とする買取交渉や立退き交渉などがあり、そのため、控訴人は、昭和五三年一〇月本件建物から立退いて大阪市緑橋の附近のビルの一階(前記喫茶店と同じ位の大きさの店)を賃借して「おにぎり屋」を開業し、同五四年一二月頃まで営業していたことが認められるから、右事情からすれば、控訴人主張の昭和五三年一〇月以後の損害については、もはや前記瑕疵との間に相当因果関係を認めることができず、右損害部分の主張は失当というべきである。
3、他にアパートを賃借したことによる損害五二万六五〇〇円
<証拠>によれば、控訴人は、前記1、(1)、ハで認定したような本件請負工事の瑕疵により本件建物の三、四階(居住部分)の雨漏りがひどく居住に適さないため、昭和四七年一月一日本件建物の近くの西淀川区福町二丁目二〇番地のアパート清和荘の二室を賃料月六五〇〇円で賃借し、同所から本件建物一階の喫茶店に通うこととなり、昭和四七年一月から同五三年九月までの間に賃料合計五二万六五〇〇円を支払つたことが認められるから、控訴人は前記瑕疵により同額の損害を被つたことになる。
控訴人は、昭和五三年一〇月以降同五五年二月まで月六五〇〇円の割合で支払つた賃料を損害として主張するが、前記2で認定したような事情からすれば、右期間の損害については前記瑕疵との間に相当因果関係を認めることができず、右損害部分の主張は失当というべきである。
4、鑑定、検査等費用九一万六八〇〇円
<証拠>によれば、控訴人は、被控訴会社が本件請負工事の瑕疵を争い、かつ、右瑕疵が本件建物の基礎や主要構造部に関するなど建築専門家による鑑定、検査を必要とし、右瑕疵の種類、性質、程度によつては建て替えの要否という判定困難の事情があるため、その点の資料を収集すべく、建築専門家の判断を経ることにし、一級建築士坂井利明に対して本件建物の現状と建築確認申請記載の内容との相違、本件建物の補修工事費の内容及びその費用の算定その他の事項について調査、鑑定を依頼し、昭和四七年一〇月二二日付鑑定書の作成、交付を受け、鑑定料として金一〇万円を支出したこと、一級建築士沢井慎治に対して本件建物の補強の可能性及びその他の事項について前同様の依頼をし、昭和五一年一〇月付鑑定書の作成、交付を受け、鑑定料三二万円(ただし内金一五万円は鑑定に伴う現場の修復工事代)を支出したこと、一級建築士岩田嘉夫に対して本件建物の強度、安全性の程度、本件建物の補修の可能性、建て替えの必要性その他の事項について前同様の依頼をし、昭和五三年一一月一〇日付の鑑定書の作成、交付を受け、鑑定料二〇万円を支出したこと、一級建築士福田守邦に対して本件建物の設計図による昭和四五年三月頃における標準新築費の算定その他の事項について前同様の依頼をし、昭和五四年六月三〇日付の鑑定評価書の作成、交付を受け、鑑定料として一〇万円を支出したこと、日本非破壊検査株式会社(担当者榊原暁)に対して本件建物のコンクリート(床)に金網の使用の有無について検査と報告書の作成を依頼し、昭和五四年一一月二〇日付検査成績書の作成、交付を受け、検査料として一九万六八〇〇円を支出したこと、以上の事実が認められ、右事実のほか前叙認定のような本件請負工事の瑕疵の内容、程度、その判定の困難性等を合わせ考えると、控訴人が支出した右鑑定料、検査料等合計九一万六八〇〇円は本件請負工事の瑕疵と相当因果関係にある損害と認めるのが相当である。
5、慰藉料一〇〇万円
前記認定のような本件請負工事の瑕疵の性質、規模、程度のほか、原審及び当審での控訴人本人の供述(原審は第一、二回)によれば、控訴人は、昭和三五年夫が死亡して以後生命保険の外交員などをして娘との二人暮しの生活を支え、区画整理の際の立退料、殖産住宅の積立金その他を資金にして向後の生活設計のため本件建物を建築すべく、前叙のように被控訴会社と本件請負契約を結んだこと、本件建物に入居後も雨漏り、透き間風があり、ガスや風呂も使えない状態であり、外壁タイルの落下等の事態も生じ、その間、控訴人は補修の請求や補修の実施等に心労したこと、その後も外見上の瑕疵のみならず、本件建物の基礎、主要構造部に逐次重大な欠陥があつて建て替えを相当とすることが判明し、その間、控訴人は資料収集のため奔走し、時間的資力的にも多くのものを費したこと、他方、被控訴会社側は後に説示するように本件請負工事の瑕疵について重大な過失があるというべきであるのに、被控訴会社は控訴人の再三にわたる修補請求に応ずることがなかつたことが認められるから、以上の各事実を斟酌すると、控訴人としては前認定の損害の賠償だけでは回復しがたい深刻な精神的苦痛を被つているものというべく、これを慰藉するには一〇〇万円をもつて相当と認める。
6、(1)、ネオン塔設置不能による損害について
<証拠>によると、控訴人は、本件請負契約当初から本件建物の屋上にネオン塔を設置する予定であり、被控訴会社もこれを了解して本件建物の建築をしたこと、本件建物の屋上には隅に広告塔用のコンクリート製の土台(突起物)が設けられていることが認められ、右認定に反する被控訴会社代表者の供述部分(原審第二回)は採用することができない。しかしながら、本件全証拠によるも、本件請負契約の見積上、いかなる重量のネオン塔設置を前提にして、それに耐えうるような構造計算のもとに本件建物の建設がなされたこと、換言すれば、本件建物にはネオン塔の設置が可能であることについてはこれを認めるに十分なものがなく、原審証人泉沢哲史の供述及び原審における鑑定の結果によれば、本件建物は、瑕疵のない建物を建築した場合でも、構造計算上、ネオン塔設置は、小規模な広告は別として、それが可能であるかどうかは確定できないことが認められる。しかのみならず、本件建物屋上にネオン塔を設置する契約は、控訴人と広告依頼者との間に結ばれるものであるが、契約の性質上、将来に属する事柄であつて、必然的に常時、契約が成立状態にあるわけのものではなく、格別の実績もない本件建物の屋上の場合、必らず控訴人主張のネオン塔設置契約が成立し、常時その主張のような収益をあげうるものとは認めがたいところである(これに反する前示控訴人本人の供述部分は採用することができない。)。よつて、その余の判断をするまでもなく、控訴人のネオン塔設置不能による損害の主張は失当といわなければならない。
(2)、麻雀店の営業不能による損害について<省略>
(3)、応急的な補修工事代について
<証拠>によれば、控訴人は、本件建物に入居後、前記1、(1)、ロ、ハ、ニで認定したような本件建物の瑕疵を補修するため、昭和四六年から同五一年頃までの間に甲事件関係の控訴人の抗弁(四)、Ⅱ、6、(1)ないし(6)のような各補修工事をして、その工事代金合計三三九万六四〇〇円を支出したことが認められるが、前叙のように本件建物の建て替え費用相当額の損害が認容される以上、瑕疵の修補に代る損害賠償の一部に相当する前記補修工事代の損害賠償は、当該瑕疵につき損害の重複補償をする結果となり、許されないものと解すべきところ、前記補修工事代が右のように重複するものでないこと、また、一部重複しない場合においても、その部分を区別してこれを認めるに足りる証拠がないから、控訴人の前記補修工事代の損害の主張は失当というべきである。
(4)、弁護士費用について
請負の瑕疵についての担保責任としての損害賠償の意義及び右賠償を求めうる損害の性質に鑑みるときは、瑕疵の修補に代る損害賠償の請求の場合においては、弁護士費用の損害賠償は認められないものと解するのが相当であるから、控訴人の弁護士費用の損害の主張は失当というべきである。
Ⅲ、してみると、控訴人は、前記Ⅱ、1ないし5の各損害合計一八二九万一三〇〇円の瑕疵の修補に代る損害賠償請求権を有することになるところ、被控訴会社に対し、昭和四六年三月二日の原審第二回口頭弁論期日において、右損害賠償債権を自働債権として本件(1)、(2)の各手形金債権と対当額につき相殺の意思表示をしたことは本件記録上明らかであり、そして、前記Ⅱ、1の損害賠償債権と右各手形金債権は前同日現在において相殺適状にあることが認められるので、右各手形金債権は同日現在において後に説示するようにその遅延損害金も含めてすべて相殺により消滅したものといわなければならない。
Ⅳ、再抗弁について判断する。
1、再抗弁(一)について<省略>
2、再抗弁(二)について<省略>
3、再抗弁(三)について
本件請負契約約款第一七条に「本工事の保障期間は竣工後一か年」との定めがあることは当事者間に争いがない。
被控訴会社は、昭和四五年九月二八日(遅くとも同年一〇月末日)頃までに本件建物工事及び追加変更工事を完成して控訴人に引渡したので、控訴人の抗弁(四)の瑕疵の修補に代る損害賠償請求権の行使は約定の除斥期間満了後のもので、被控訴会社はその責を負わない旨主張する。ところで、除斥期間を徒過しないための請求については、訴を提起することまで要するものではなく、裁判外の請求でも足りるものと解すべきところ、<証拠>によれば、控訴人は、被控訴会社に対し、昭和四五年一〇月頃から同四六年六月頃までの間に度々裁判外で本件請負工事の瑕疵による損害について賠償を請求していることが認められるから、前記約定の除斥期間内に瑕疵の修補に代る損害賠償の請求をしているものというべきであり、再抗弁(三)の主張は採用することができない。
4、再抗弁(四)について
前叙のように、被控訴会社は昭和四五年九月二八日頃までに本件建物を控訴人に引渡しており、控訴人が昭和五一年二月二四日瑕疵の修補に代る損害賠償請求の反訴を提起していることは本件記録上明らかであるから、右損害賠償請求が民法六三八条一項所定の除斥期間である一〇年以内になされているものというべきであり、そして、右損害賠償請求のうち当審拡張部分(三九六三万五〇〇〇円を超える部分)も、本件請負工事の瑕疵という同一の事実関係によつて生じた損害であつて、拡張前の前記請求と訴訟物は同一であり、しかも、本件記録によれば、右拡張前の請求について一部請求たることを明示していないことが認められるから、当審拡張部分の請求が法定の除斥期間を徒過したことにはならないものというべきである。よつて、再抗弁(四)の主張も採用することができない。
5、再抗弁(五)について
本件建物について、強制競売が開始されて昭和四八年四月一六日競落許可決定があり、同年六月一日右競落許可決定の確定によりその所有権が競落人戸城武男に移転したことは前叙認定のとおりである。
被控訴会社は、競落人の前所有者に対する瑕疵担保請求権は発生しないから(民法五七〇条但書)、控訴人の主張する瑕疵の修補に代る損害賠償請求権も前記競落に伴う本件建物の所有権喪失によつてすべて消滅した旨主張するが、民法五七〇条但書は競売の場合においては売買の瑕疵担保責任が存しない旨定めるだけであり、これに対し、前所有者が注文者として請負人に対して有する請負の瑕疵の担保責任に基づく請求権は、注文者の契約上の地位に基づくものであつて、注文者が目的物の所有権を第三者に譲渡した後も存続するものであつて、前記競落によつて消滅する理はないものである。さらにまた、被控訴会社主張のように競落人戸城武男が本件建物につき修補をしたとしても、控訴人の前記瑕疵の修補に代る損害賠償債権の存在については前認定のとおりであり、したがつて同債権による相殺の意思表示によつて、本件(1)、(2)手形金債権が消滅したからといつて、この限度で控訴人に不当利得が成立する余地はないものであるから、右不当利得の成立を前提とする被控訴会社の予備的相殺の主張も右の点で排斥を免れず、再抗弁(五)の主張は失当である。
6、再抗弁(六)について
本件請負工事に前叙のような瑕疵があり、控訴人は、瑕疵の修補に代る損害賠償債権に基づき、被控訴会社に対する本件請負代金の支払について同時履行の抗弁権を有するが、もともと、請負人は請負の目的物の引渡しと請負代金の支払について同時履行の抗弁権を有するにすぎないものであるから、控訴人が前記抗弁権の附着した本件請負代金を受働債権として前記損害賠償債権と相殺することは、控訴人において前記抗弁権を自ら放棄しているだけで、その意味では相手方である被控訴会社には不利益とならないものであるから、再抗弁(六)の主張も採用に値しない。
三、以上のとおりであつて、本件(1)、(2)の各手形金債権は控訴人の前記相殺によつて消滅したものであるから、被控訴会社の控訴人に対する右各手形金請求はその理由がないものといわなければならない。
第二、乙事件関係
一、甲事件関係の理由二、(四)、Ⅰ、Ⅱ、Ⅳに同じ。
二、そうすると、控訴人は、被控訴会社に対し、瑕疵の修補に代る損害賠償債権として合計一八二九万一三〇〇円を有するところ、前叙の相殺の意思表示により、昭和四六年三月二日現在において受働債権である本件(1)の手形金一六〇万円、及びこれに対する昭和四五年一二月一〇日から同四六年三月二日まで年六分の割合による遅延損害金二万一八三〇円、本件(2)の手形金一五〇万円、及びこれに対する昭和四五年一二月三一日から同四六年三月二日までの前同率の割合による遅延損害金一万五二八七円、以上合計三一三万七一一七円と対当額の前記Ⅱ、1の自働債権もまた消滅したことになるので、この分を控訴すると残金一五一五万四一八三円となる。よつて、被控訴会社は、控訴人に対し、右一五一五万四一八三円及び内金五五一万八八三円(Ⅱ、1の八六四万八〇〇〇円の右相殺後の残金)に対する本件反訴状送達の日の翌日にあたることが記録上明らかであつて控訴人の主張する昭和五一年二月二八日から、内金九六四万三三〇〇円に対する当審での請求の趣旨拡張申立書(昭和五七年六月三日付)が送達された日の翌日にあたる同五七年六月六日から、それぞれ右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
三、被控訴会社の民法七〇九条の責任、商法二六一条三項、民法四四条あるいは民法七一五条の各責任について
(一)、被控訴会社は、控訴人主張の被控訴会社の右各不法行為責任は時効により消滅した旨主張するので、この点について判断するに、控訴人が原審で瑕疵の修補に代る損害賠償請求の反訴を提起したのが昭和五一年二月二四日であることは前叙のとおりであり、<証拠>によれば、控訴人は、本件請負工事の瑕疵について建築専門家に鑑定、調査を依頼し、前叙のように、一級建築士坂井利明作成の昭和四七年一〇月二二日付鑑定書を、原審鑑定人泉沢哲史作成の昭和五一年六月七日付鑑定書を、一級建築士沢井慎治の同年一一月付鑑定書を、沢井建築設計事務所作成の同年一一月三〇日作成の工事見積書を、いずれもその頃入手していることが認められるから、これら事実に前叙認定のような本件請負工事についての被控訴会社、その取締役被控訴人沢村隆男の各行為を合わせると、仮に被控訴会社に控訴人主張のような各不法行為責任が存するとしても、控訴人は、遅くとも右工事見積書を入手した昭和五一年一一月三〇日頃には違法行為による損害の発生、加害者被控訴人沢村と被控訴会社との関係を知つていたものと認めるのが相当であり、そうだとすると、被控訴会社の控訴人に対する民法七〇九条の責任、商法二六一条三項、民法四四条あるいは民法七一五条の各責任に基づく控訴人の右各損害賠償請求権は、いずれも昭和五一年一一月三〇日から三年を経過した同五四年一一月三〇日時効により消滅したものというべきところ、被控訴会社が昭和五七年八月四日の当審第二五回口頭弁論期日において右時効を援用したことは本件記録により明らかである。
控訴人は、不法行為に基づく損害賠償請求権と債務不履行(請負の瑕疵の担保責任)に基づく損害賠償請求権とは法条競合の関係にあるところ、右瑕疵の担保責任に基づく損害賠償請求権は昭和五一年二月二四日の本件反訴の提起により時効が中断されているから、前記各不法行為に基づく損害賠償請求権の時効も中断されている旨主張するが、右瑕疵の担保責任に基づく請求権は債務の不完全履行の特別規定として契約上の責任であつて、不法行為に基づく損害賠償請求権とは請求を異にし、別個独立に時効にかかるものと解すべきであるから、控訴人の前記主張は採用することができない。
また、控訴人は、被控訴会社は一貫して本件請負工事の瑕疵を隠蔽し、当審にいたつてはじめて瑕疵が明白になつたことを斟酌すれば、時効の完成は認められるべきでない旨主張するが、そのように解すべき理由はなく、他に消滅時効の完成を否定すべき特別の事情の存することを認めるべき資料は何もない。
(二)、してみると、被控訴会社の控訴人に対する民法七〇九条の責任、商法二六一条三項、民法四四条の責任あるいは民法七一五条の責任に基づく控訴人の被控訴会社に対する各損害賠償請求は、これ以上判断するまでもなく前記判断の点で、いずれもその理由がないものといわなければならない。
第三、丙事件関係
一、本件請負工事当時、被控訴人沢村、同北中がいずれも被控訴会社の取締役であり、被控訴人北中が同沢村と同棲していたことは当事者間に争いがない。
二、被控訴人沢村、同北中の民法七〇九条の責任について
控訴人の被控訴人沢村、同北中に対する民法七〇九条に基づく各損害賠償請求権がいずれも時効により消滅したものと解すべきことは乙事件関係の理由と同一である。
控訴人は、不法行為の特則を定めた商法二六六条の三に基づく損害賠償請求の訴を原審で昭和五一年一二月一七日提起したので、これによつて被控訴人沢村、同北中に対する不法行為に基づく損害賠償請求権の時効も中断された旨主張するが、商法二六六条の三に基づく責任は、民法七〇九条の特則を定めたものではなく、特に第三者を保護するために取締役に責任を負わしめた法定の特別責任であつて、それが成立する場合に民法七〇九条の適用を排除するものではなく、両者の競合が認められるべきものであり、したがつてまた、不法行為に基づく請求と商法二六六条の三に基づく請求とは訴訟物を異にし、両者が競合する場合においても請求権競合の関係にあるものと解すべきであるから、控訴人主張のように商法二六六条の三に基づく損害賠償請求の訴を原審で昭和五一年一二月一七日提起したことによつて(この事実は本件記録上明らかである。)、控訴人の被控訴人沢村、同北中に対する民法七〇九条に基づく損害賠償請求権の時効が中断される関係にはないものというべく、控訴人の前記主張は採用することができない。
三、被控訴人沢村の商法二六六条の三の責任
(一)、前叙認定(甲事件関係の理由二、(四)、Ⅱ、1、(1))のように、被控訴会社は、本件請負工事を正規の設計図を作成せずして実施し、右工事着工後に建築確認申請をし、建築確認通知に添付の設計図と仕事の目的物である本件建物の現況とは外観的にも構造的にも種々の点で異なる工事を実施し、特に、本件建物の主要構造部である基礎礎版、アンカーボルト、柱とそのカバープレート、柱と梁との接合、床等に重大な欠陥を有し、右瑕疵については、その補修が不可能であつて、建て替え工事を相当とするものであり、以上の事実に加えるに、<証拠>によれば、被控訴人沢村は、本件請負工事当時、工事担当の取締役として本件請負契約の締結の交渉にあたり、本件請負工事中も工事の指揮、監督にあたつており、被用者を監督して前記のような建築上の違反行為や瑕疵の結果の発生を容易に防止しうる地位にあつたのに、右防止のための監督の措置をとることがなかつたこと、以上の事実が認められるから(右認定に反する前示被控訴会社代表者の供述部分は採用することができない。)、右認定事実によると、被控訴人沢村は、被控訴会社の取締役として本件請負工事の業務執行につき、それが適正に行われるよう指揮監督すべき義務があるのにこれを懈怠し、右任務の懈怠につき少くとも重大な過失があつたものというべきであるから、右任務の懈怠によつて控訴人に被らせた損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。
(二)、1、右損害については乙事件関係の理由一(甲事件関係の理由二、(四)、1、Ⅱ)と同一であり、各損害額の合計は一八二九万一三〇〇円となる。
2、弁護士費用一七〇万円
本件訴訟の事案の内容、訴訟進行の経過等を勘案すると、弁護士費用は一七〇万円をもつて相当因果関係のある損害と認める。
(三)、1、抗弁及び再抗弁に対する判断は乙事件関係理由一(甲事件関係の理由二、(四)Ⅳ)と同一である。
2、被控訴人沢村は、控訴人の被控訴人沢村に対する商法二六六条の三に基づく損害賠償請求権のうち当審での請求拡張部分(三六五三万五〇〇〇円を超える部分)は、控訴人がその権利を行使しうべきときから一〇年を経過した後の請求であるから、時効により消滅した旨主張するが、控訴人が被控訴人沢村に対し商法二六六条の三に基づく損害賠償請求の訴を原審で昭和五一年一二月一七日提起していることは前叙のとおりであり、右請求については既に時効が中断されているところ、当審での前記拡張部分についても、同一の事実関係によつて生じた損害であつて、拡張前の請求と訴訟物は同一であり、しかも、本件記録によれば、右拡張前の請求について一部請求たることを明示していないことが認められるから、当審での前記拡張部分にも前記の時効中断の効力が及ぶものであり、被控訴人らの右主張は採用することができない。
(四)、前叙したところによると、被控訴人沢村が控訴人に対して賠償すべき損害額は一九九九万一三〇〇円となることは明らかであるが、内金一五一五万四一八三円の損害については、被控訴人沢村は商法二六六条の三に基づき、被控訴会社は瑕疵の修補に代る損害賠償責任に基づき、それぞれ賠償義務を負うものであるが、両者の損害賠償については、第三者に対し、取締役が商法二六六条の三に基づく損害賠償責任を負う場合に、会社も商法二六一条三項、民法四四条に基づき損害賠償責任を負うとき、右取締役と会社とが第三者に対し不真正連帯の関係に立つ場合に準じ、被控訴人沢村と被控訴会社とは不真正連帯の債務を負うものと解するのが相当である。
そうすると、被控訴人沢村は、被控訴会社と各自、控訴人に対し、一五一五万四一八三円及び内金五五一万八八三円(Ⅱ、1の八六四万八〇〇〇円の前記相殺後の残金)に対する本件丙事件に関する訴状送達の日の翌日にあたること記録上明らかな昭和五二年一月一一日から、内金九六四万三三〇〇円に対する当審での請求の趣旨拡張申立書(昭和五七年六月三日付)が送達された日の翌日にあたる同五七年六月六日から、それぞれ右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、また、被控訴人沢村は、控訴人に対し四八三万七一一七円及び前記弁護士費用を除く内金三一三万七一一七円に対する前同様の昭和五二年一月一一日から右支払ずみまで前同率の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるものといわなければならない。
四、被控訴人北中の商法二六六条の三の責任
<証拠>によれば、被控訴人北中は、被控訴会社の設立以来その取締役の地位にあつて、家事のかたわら同会社の事務所で伝票等の作成、支払関係の事務を担当していたこと、昭和四五年四月頃から控訴人からの電話に応対し、同年六月頃以降控訴人から本件請負工事について度々苦情の電話があつてこれに応対したことが認められるが(<反証排斥略>)、被控訴人北中が取締役として控訴人主張のような監視のための措置をとらなかつたことにつき、同被控訴人に監視義務の懈怠が存すること、右任務の懈怠について同被控訴人に悪意または重大な過失があることについては、<証拠>によつてもこれを認めるに十分でなく、他に右の点を認めるに足りる証拠はない。よつて、控訴人の被控訴人北中に対する商法二六六条の三に基づく損害賠償請求は、その余の判断をするまでもなく、その理由がないものというべきである。
五、法人格否認に基づく被控訴人沢村、同北中の責任について
<証拠>によれば、本件請負工事の当時、被控訴会社の事務所は被控訴人沢村と同北中の自宅の一階にあつたこと、被控訴会社は被控訴人沢村が個人で建築業をしていたのを本件請負契約の前年に法人化したものであること、被控訴会社の取締役四名のうち代表取締役沢竹政三は、被控訴人沢村が倒産直後で銀行の信用がないため形式上代表取締役になつてもらつたもので、昭和四六年五月退任し、次いで、被控訴人沢村が代表取締役に就任したこと、被控訴会社は資本金一〇〇万円という小企業で、その株式も被控訴人沢村、同北中の二名でそのすべてを所有し、実質的にその業務を担当する取締役は右二名だけであり、被控訴会社では正規の株主総会は開催していないこと、被控訴人北中のみが不動産を所有していること等の事実が認められるから、被控訴会社は被控訴人沢村を中心とする個人的色彩の強い会社であるものということはできるが、本件全証拠によるも、被控訴会社の会社形態が実体を欠く全くの形骸にすぎず、同会社が即個人たる被控訴人沢村、同じく被控訴人北中であつて、その実質が全く個人企業であること、または被控訴会社において法の適用を回避するため会社形態を濫用したものであることについては、これを認めるに十分でなく、他に右事実を認めるに足りる資料はないから、被控訴会社の法人格を否認すべきものとは解することはできず、したがつて、控訴人の被控訴人沢村、同北中に対する法人格否認に基づく損害賠償請求は、いずれもその理由がないものというべきである。
第四、結語
以上説示したとおりであつて、被控訴会社の控訴人に対する請求は失当としてこれを棄却すべきであり、控訴人の被控訴会社に対する反訴請求は、瑕疵の修補に代る損害賠償請求のうち、被控訴人沢村とともに各自、一五一五万四一八三円及び内金五五一万八八三円に対する本件反訴状送達の日の翌日にあたる昭和五一年二月二八日から、内金九六四万三三〇〇円に対する当審での請求の趣旨拡張申立書(昭和五七年六月三日付)が送達された日の翌日にあたる同五七年六月六日から、それぞれ右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当としてこれを認容すべきであるが、その余の右請求部分(当審での拡張部分を含む。)及び当審での各請求はいずれも失当としてこれを棄却すべきであり、控訴人の被控訴人沢村に対する請求は、商法二六六条の三に基づく損害賠償請求のうち、被控訴人沢村が被控訴会社とともに各自、控訴人に対し、一五一五万四一八三円及び内金五五一万八八三円に対する本件丙事件に関する訴状送達の翌日にあたること記録上明らかな昭和五二年一月一一日から、内金九六四万三三〇〇円に対する当審での請求の趣旨拡張申立書(昭和五七年六月三日付)が送達された日の翌日にあたる同五七年六月六日から、それぞれ右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべきこと、及び被控訴人沢村が、控訴人に対し四八三万七一一七円及び弁護士費用を除く内金三一三万七一一七円に対する前同様の昭和五二年一月一一日から右支払ずみまで前同率の割合による遅延損害金を支払うべきことを求める限度で正当としてこれを認容すべきであるが、その余の右請求部分(当審での拡張部分を含む。)及び当審での各請求はいずれも失当として棄却すべきであり、控訴人の被控訴人北中に対する請求(当審での拡張部分を含む。)及び当審での各請求はいずれも失当としてこれを棄却すべきものである。
よつて、原判決主文一項及び大阪地方裁判所が同庁昭和四五年(手ワ)第二二五二号約束手形金請求事件について昭和四六年三月一六日言渡した手形判決のうち、控訴人の敗訴部分を取消し、被控訴会社の控訴人に対する請求は失当としてこれを棄却し、原判決主文二項を変更し、控訴人の被控訴会社に対する反訴請求を前記の限度で認容し、控訴人のその余の右請求部分(当審での拡張部分を含む。)、当審での各請求はいずれも失当としてこれを棄却し、原判決主文三項のうち、被控訴人沢村に関する部分を変更し、控訴人の被控訴人沢村に対する請求を前記の限度で認容し、その余の右請求部分(当審での拡張部分を含む。)、当審での各請求はいずれも失当としてこれを棄却し、控訴人の被控訴人北中に対する控訴(当審での拡張部分を含めて)及び当審での各請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九五条、九三条、九二条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(唐松寛 奥輝雄 野田殷稔)