大阪高等裁判所 昭和54年(う)1105号 判決
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【判旨】
論旨は要するに、原判決は、被告人が原判示の日時に普通乗用自動車を運転して時速約一〇キロメートルで原判示の横断歩道の手前にさしかかつたところ、同歩道上の右側部分に二台の車両が前後に停止し、その車両の間の同歩道右側への見とおしが困難であつたが、被告人は右車両間に左方へ横断しようとして立ち止つた少女があるのに気を許し、その後方からの横断者はないものと軽信して、横断歩道直前での一時停止義務及び右方の安全確認義務を怠つた過失により、前記停止車両の間から左方へ横断しようとしてかけ出してきた梶原尚行(当時八年、以下被害者という。)に自車右側面を衝突させ、よつて同人に原判示の傷害を負わせた旨認定しているが、前記の少女すなわち被害者の姉が、前記二台の停止車両の間から顔を出したのは、被告人の車の先端が前記横断歩道手前の停止線を過ぎて、運転席が停止線付近まで来た時であつて、同女は立ち止つていて、他に歩行者が見えなかつたので、被告人はそのままの速度で進行し、被告人の車の前部付近が横断歩道の中央付近まで進んだ時、姉の横をかけ抜けるようにして被害者がスキップをしながら前記二台の停止車両の間からとび出して来たので、被告人は直ちに急制動をしたが、被害者は被告人の車の右横ドア前部付近に衝突したのであつて、仮に被告人が横断歩道の直前で一時停止したとしても、横断歩道右側は同歩道上に停止した前記二台の車両に視界をさえぎられ見通しが困難な状況であつたから、横断歩行者の有無を確認することはできなかつたと考えられ、また最徐行で進行していたとしても、せまい前記二台の停止車両の間からとび出して来た被害者を避ける方法はなかつたと考えられるから、本件衝突事故は被告人の注意義務違反によつて発生したものではなく、かえつて被害者の不注意によつて発生したものであるから、原判決には以上の点において判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるというのである。
そこで記録を精査し、当審における事実取調の結果をも併せて検討すると、原判決の右事実認定及び注意義務の認定を肯認することができる。すなわち原審及び当審において取調べた関係各証拠によれば、被告人は、原判示の日時に普通乗用自動車を運転して時速約八ないし一〇キロメートルで同判示の道路を北進し、同判示の横断歩道(幅員4.6メートル、東西の長さ6.8メートル)の手前にさしかかつたところ、当時、付近で花火大会が行なわれていたこともあつて、右道路脇の歩道上には歩行者又は花火を見物していた人も何人かおり、また南行車線が渋滞して、右横断歩道上の右側部分に、約一メートル強ないし二メートルの間隔をあけて前後に二台の車両が停止しており、その車両の間の同歩道右側への見通しが困難な状況にあつたのであるが、被告人は右車両間に左方へ横断しようとして歩いて来て立ち止つた少女の姿を認めながら、その後方からの横断者はもはや、ないものと考え、そのままの速度で進行を続けたため、右横断歩道上をスキップをしながら前記少女の傍をかけ出して来た被害者(当時八年)に同歩道中央やや左側付近において、自車右側面を衝突させ、よつて同児に原判示の傷害を負わせるに至つたことが認められるのであつて、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
所論は、前記少女(被害者の姉)が横断歩道上の二台の停止車両の間から顔を出したのは、被告人車の先端が同歩道手前の停止線を過ぎて、運転席が停止線付近まで来た時である旨主張するが、前掲各証拠を総合すれば、被告人が前記横断歩道上の二台の停止車両の間を左方へ横断しようとして歩いて来て中央付近手前で立ち止つた少女の姿を認めたのは、被告人車の先端が同歩道手前の停止線を過ぎない段階であつたと認められるのであつて、右所論は失当である。
そこで、このように横断歩道上を横断しようとしてその中央付近手前まで歩んで来た歩行者が、進行してくる被告人車をみて危険を感じ、同歩道の中央付近手前で一旦立ち止つたとしても、横断歩道における歩行者の優先を保護しようとする道路交通法三八条の規定の趣旨にかんがみると、右は同条一項後段(昭和五三年法律五三号による改正前のもの)にいう「横断歩道によりその進路の前方を横断しようとする歩行者」にあたるというべきである。そして、同女が横断歩道上の前記地点で一旦立ち止つたとしても、前記認定のような当時の状況に徴すると、同女の後方からさらに横断者のあり得ることが予想される状況にあつたのであるから、自動車運転者である被告人としては、同女の姿を認めるや直ちに、右横断歩道の手前の停止線の直前で(仮に、被告人が同女の姿を最初に発見した時点が、所論のように被告人車の運転席が停止線付近まで来たときであつたとしても、事理は全く同様であつて、その時点で直ちに)一時停止し、横断者の通行を妨げないようにしなければならなかつたのである。
所論は、しきりに、横断歩道上、右側への見透しがきかない状況にあつた点を強調し、一時停止しても、結果は同じであつた旨主張するが、そこが、歩行者優先の横断歩道である以上、前記のとおり見通しが困難であれば、一層、安全確認のため一時停止すべきであり、更に進行するに際しても、最徐行するなどして横断歩道上の右方の安全を慎重に見極めつつ進行すべき業務上の注意義務があつたのであり、しかるに被告人はこれを怠り前記速度のままで進行した過失により本件衝突事故を惹起するに至つたことが前掲証拠により明らかに認められる。そして、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。してみると、被告人が横断歩道の直前での右のような一時停止及び右方の安全確認義務を十分に履践しておれば、本件衝突事故は避け得られたことは明らかであるから、本件事故が被害者の不注意によつて発生したとする所論の主張は失当といわなければならない。
(西村哲夫 藤原寛 内匠和彦)