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大阪高等裁判所 昭和54年(う)149号 判決 1979年7月10日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役八年に処する。

原審における未決勾留日数中二四〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人佐伯雄三作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一点中、殺意を否定する点について

論旨は、要するに、被告人は被害者を姦淫するのが目的で本件犯行に及んだのであり、殺意をもって暴行を加えたことはないから、原判決には事実の誤認がある、というのである。

そこで案ずるに、原判決挙示の証拠によると、本件犯行の経過、犯行状況等は次のとおりであったと認められる。

すなわち、(一)被告人はかねて、原判示の篠山町地内の県道篠山丹波線の奥山峠のふもとの部落から自転車で通学する女子高校生らの下校時を襲って強姦しようと考え、その機会をうかがっていたところ、事件当日の昭和五三年二月一〇日夕刻、当時働いていた作業現場からの帰途思い立って右計画を実行しようと決め、自宅に立寄らずそのまま通勤用に使用していた軽四輪貨物自動車(キャブオーバ型、定員二名)を運転し、篠山町地内の道路を走るうち、右県道上を自転車に乗って下校途中の被害者ら二人連れの女子高校生を見かけたが、やがて友人と別れた被害者が一人で右県道上を西進して奥山峠方面に向うものと判断して同女を強姦することに決め、若干時間をおいてそのあとを追ったこと、(二)口下手で被害者にうまく声をかけられない被告人は、自車を運転しながら、被害者を襲うとき、その操縦する自転車の前方に自車を割り込ませるか、それとも自車をその自転車に追突させるか、そのいずれを選ぶかを考え、どちらとも決めかねるうち、原判示の篠山町奥山字深田一八七番地先路上に至り、すでに暗くなった前方約三〇メートルの右県道上に被害者を認めたが、同女に追付くのが予想以上におくれたため、同女の居住部落と思われる人家も近付き早く決行しなければと焦りを感じていた矢先であったので、とっさに自転車の後部に自車を追突させようと決意し、自車を道路左端に寄せ、時速約三五キロメートル位で真うしろから同女の動きを見定めながら接近し、自車前部バンパー左端部を右自転車後車輪フェンダー部に衝突させ、これと同時にブレーキを踏み停車したこと、(三)被告人は、右衝突の結果道路左側の農地に仰向けに倒れて失神した被害者を自車の座席シートに運び込んだうえ、自車を走らせ、同所から約二・三キロメートル離れた原判示の芥捨て場に至って停車し、同所で助手席側ドアから手をのべ同女を降ろそうとしたところ、同女が急に上体を起こして目を開き、その際被告人と一瞬目が合うなどしたのに狼狽し、とっさに顔を見られたため同女を生かしておいては犯行が露見すると思い、座席付近にあったスパナ(重機用。長さ約三四センチメートル、重さ約九四〇グラム)を手にするや、殺意をもって同女の後頭部を四、五回位強打したこと、(四)次いで被告人は、ぐったり倒れた被害者の両脇下に手を差し入れ、上体をかかえて車外に引き出し、同所空地の一端にあお向けに寝かせ下着類をとって姦淫に及ぼうとしたところ、既に死亡したと思っていた同女の身体が若干動いたのを見て驚くと共に、犯行の発覚をおそれ、同女の腹部にまたがり両膝を地面についた姿勢で、殺意をもって、同女が頸に巻いているマフラーを交叉させその両端を持って強く引いて頸をしめつけ、当初若干動いていた同女の手が全く動かなくなるのを見とどけるまで絞め続ける等の暴行を加えたが、原判示の傷害を負わせたにとどまり、姦淫及び殺害の目的を遂げなかったこと、以上の事実が認められる。

ところで、原判決は、前記追突時においてすでに被告人に未必的殺意があった旨認定しているので、この点につき検討するに、被告人は、前記のように時速約三五キロメートル位で走行する軽四輪貨物自動車を被害者の自転車に追突させたものであって、その行為は、高度の危険性を帯有し、事の成り行き次第によっては、相手方に傷害を負わせるに止まらずその死をも招来しかねない種類・性質のものであり、現に、被告人は検察官の取調べに対し、未必的殺意があったことを肯定する旨の供述をしていること(とくに被告人の検察官に対する昭和五三年二月二八日付供述調書第一一項参照)等に照らすと、一見、原判示のように、この時点においてすでに被告人に未必的殺意があったものと認定しうるが如くである。しかしながら、さらにこれらの証拠を仔細に検討すると、被告人においては、姦淫が目的であり(被告人は当初から屍姦を企図するような異常性欲の持主ではない)、被害者との出会いの当初の段階から、相手方を殺害しなければ姦淫目的を遂げられないような事態は全く存在しなかったこと、現に、被告人は、前認定のように追突する直前まで、割り込みの方法か、追突の方法のいずれをとるかについて迷っているうちに、約三〇メートルという近距離に被害者を発見し、前記のような事情の下でとっさに追突の方法を選んだものであり、しかも、右二つの方法は、いずれも相手方を停め無理矢理自車に連れ込むための手段であって、被告人自身これらの方法を同質のものとして考えており、その結果相手の生命に対する危害や身体に対する重大な損傷を及ぼすような事態は、予想していなかったこと、衝突直前における両車両の態勢、衝突の部位は、前認定のとおりであるが、衝突に伴う両車両の損傷の程度は比較的軽微であることが認められ、これらの諸事情に徴すると、前記追突時には被告人は確定的殺意はもとより未必的殺意をも有していなかったものと認めざるを得ない。もっとも被告人は、前記のように検察官の取調べに対して未必的殺意のあったことを肯定しているばかりでなく、司法警察員の取調べに対しても一貫して、前記追突の方法をとると、場合によっては人命をそこないかねない結果が生じうることを認識していた旨供述しているけれども(ただし、司法警察員に対しては、死亡の結果発生までは認容しておらず、未必的にも殺意を肯認する供述はしていない、被告人の司法警察員に対する昭和五三年二月一八日付、同月二八日付各供述調書等参照)、以上認定の諸事情にかんがみ被告人の原審及び当審公判廷における供述を検討すると、被告人の検察官及び司法警察員に対する右各供述は、被告人が捜査官の理詰めの質問を安易に肯定したことによるものとも考えられ、被告人の心理内容を必ずしも正確に表現していない疑いがあって、にわかに措信しがたい。その他記録を精査し、当審における事実取調の結果をもあわせ検討しても、前記追突時に被告人に殺意があったことを認めるに足る証拠はなく、この点に関する原判決の認定には誤りがあるといわざるを得ない。

次に、所論は、原判示の芥捨て場において前記スパナで被害者を殴打した以降の暴行についても、被告人には殺意はなかった旨主張するのであるけれども、とくに、前認定の被告人が右暴行に及んだ原因ないし動機、前記スパナで後頭部を合計四、五回位強打したうえ、更にマフラーで頸を絞めるなどした暴行の手段、方法、右暴行による受傷の部位、程度のほか、被告人は右暴行の結果被害者が死亡したものと思い込んでいたこと等に徴して、原判決挙示の証拠を検討すると、被告人は、前記のように、被害者を姦淫したい一心から、その結果同女の生命に対する危害や身体に対する重大な損傷を及ぼすような事態までは予想せずに自車を同女の自転車に追突させたところ、同女が失神してしまったので、ともかくも姦淫の目的を遂げるべく、同女を自車に乗せて人里離れた原判示芥捨て場に至って同女を降ろそうとした際、上体を起こして目を開いた同女と目を合わせたため顔を見られたと思って狼狽し、とっさに同女を生かしておいてはすでに同女を失神までさせて強姦しようとした犯行が露見すると考え、姦淫の意図をなお持ちながら、殺意をもって、前示スパナで同女の後頭部を四、五回殴打するとともに、さらに、前認定のような経緯で同女の頸部を絞めるなど、強姦の実行のためには不必要な過剰な攻撃を加えるに至ったものと認められる。したがって、原判決が、被告人は殺意をもって右暴行に及んだと認定したのは正当であり、その他所論にかんがみ記録を精査しても、原判決にこの点に関する事実誤認はない。

以上説示したところから明らかなように、原判決には、前記追突の際すでに被告人に被害者に対する未必的殺意があったと認定した点において事実の誤認があり、右誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

よって、その余の論旨(心神粍弱に関する事実誤認及び量刑不当の主張)に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により更に判決する。

本件の罪となるべき事実は、原判示の罪となるべき事実のうち、「同女を強姦する目的をもって、同女がたとえ死んでもかまわないという決意の下に、時速約三五キロメートルの速度で、」とある部分のうち、「同女がたとえ死んでもかまわないという決意の下に、」を削除し、「同女を自車から降ろそうとしたところたまたま上体を起こした同女と目が合ったことから同女を殺害してまで強姦しようと決意するに至り、」とある部分を、「同女を自車から降ろそうとしたところ、たまたま上体を起こした同女と目が合うなどしたことに狼狽し、同女を生かしておいては自己の犯行が露見すると考え、とっさに同女を殺害しようと決意し、」と訂正するほかこれと同一であり、またこれに対する証拠は、「被告人の当審公判廷における供述、検察官作成の昭和五四年四月一一日付報告書」を付加するほかは、原判決挙示の各証拠と同一である。

原審弁護人は、被告人は性的欲望が昂進した余り本件犯行に及んだものであって犯行当時心神粍弱の状態にあったと主張するけれども、被告人が本件犯行当時心神粍弱の状態でなかったことは、原判決が、訴訟関係人の主張に対する判断中に示すとおりであり、当審における事実取調べの結果を加えて検討しても右判断を左右するに足りない。

被告人の判示所為のうち、殺人未遂の点は刑法二〇三条、一九九条に、強姦致傷の点は同法一八一条に、それぞれ該当するが、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により、一罪として重い殺人未遂罪の刑で処断することとし、所定刑中有期懲役刑を選択し、その刑期の範囲内で処断すべきところ、前認定のような本件犯行の動機、態様、罪質のほか、被害者の傷害は約五〇日足らずの加療(うち入院治療一二日間)で全治し後遺症も認められないこと、被告人の両親が被害者側に深謝し、慰謝料等として金三〇〇万円を交付していること、被告人の年令、境遇、被告人には交通違反による罰金刑の前科のほかは処罰歴はないこと、深く本件を反省、悔悟していることなど、被告人に有利不利な一切の事情を総合考慮して、被告人を懲役八年に処し、原審における未決勾留日数の算入につき刑法二一条、原審における訴訟費用につき刑事訴訟法一八一条一項但書を適用する。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石松竹雄 裁判官 岡次郎 久米喜三郎)

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