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大阪高等裁判所 昭和54年(う)668号 判決 1979年10月30日

被告人 萬野清 外三名

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人河本光平、同塚本誠一共同作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官細谷明作成の答弁書記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。

控訴趣意第一の一、二について

論旨は要するに、兇器準備集合罪における構成要件的状況は、具体的・客観的な個人的法益侵害の蓋然性が高度に存在する場合にしか認められるべきではないから、(1)右構成要件的状況の一要素としての「共同加害の目的」も、具体的・客観的な個人的法益侵害の高度の蓋然性が存在することをうかがわせるよう加害の対象、日時、場所、方法等が具体的に特定、認識されたものでなければならず、(2)また、「二人以上の者の集合」についても、目的とする共同加害行為と集合との時間的、場所的関係が密接で、右法益侵害に対して直接的な現実的ないし具体的危険性が認められる範囲内におさまつていなければ、本罪にいう「集合」にあたるとはいえないのに、原判決は、同罪にいう共同加害の目的は、集合した二人以上の者が共同して加害行為を実現しようとする意思であるとし、相手方を襲撃し或いは相手方から襲撃を受ける現実的具体的可能性が客観的事実としてその当時存在していたか否かに関わりなく、集合者においてその可能性を予期し、その予想した状態が到来した場合には相手方の生命身体等に危害を加えるということを確定的或いは具体的可能性のあることとして認識していれば、本罪にいう共同加害目的があるというべきであるとし、また「二人以上の者の集合」について何ら検討を加えず、構成要件的状況の成立を認定したのは、法令の解釈適用を誤つたものであるというのである。

そこで検討すると、刑法二〇八条の二第一項の兇器準備集合罪は、個人の生命、身体、財産のみならず、公共的な社会生活の平穏をも保護法益とするものと解すべきであるから(最高裁判所昭和四五年一二月三日第一小法廷決定・刑集二四巻一三号一七〇七頁)、同罪にこのような社会的保護法益が存することにかんがみると、個人的法益侵害の蓋然性が高度に存在する場合にしか同罪における構成要件的状況の成立を認め得ないとする所論は採用できず、したがつて、(1)右構成要件的状況の一要素としての「共同加害の目的」が、その加害の対象、日時等につき具体的に特定、認識されたものでなければならないとする主張は、その意味で、余りに個人的法益侵害の面のみにとらわれた独自の見解を前提とするもので失当といわなければならない。(2)また、目的とする共同加害行為と集合との時間的、場所的関係についての所論も、それが個人的法益侵害の面のみを対象とする主張である限り(論旨は、そのような主張であると解される。)、やはり前同様失当といわざるを得ない。

すなわち、同罪にいう「共同加害の目的」は、集合した二人以上の者が共同実行の形で加害行為を実現しようとする意思であつて、その加害行為が加害の対象たる相手方の行為その他の事情を条件とする場合は、その条件の成就、すなわち予想された事態が生じた時には加害行為に出るべく決意していることで足りるが(大阪高等裁判所昭和三九年八月一一日判決・下級裁判所刑事裁判例集六巻七・八号八一六頁)、右のような条件にかかる点は、相手方から襲撃を受けるいわゆる迎撃形態の場合のみならず、進んで相手方を襲撃するいわゆる出撃形態の場合においても、共同加害の目的の実現は相手方との遭遇(出合い)という条件にかかつている点において同様である。しかしながら、いずれの場合においても、同罪には前記のとおり個人的保護法益ばかりでなく社会的保護法益も存することを考慮すると、複数の政治的ないし社会的集団又は組織相互間で、その構成員に対する殺傷行為を中心とした深刻な暴力的対立抗争関係があり、しかもその抗争状態が緊迫した状況に達していて、かつ現実に集合した者が、相手方と遭遇すればいつでも闘争状態に入るべく臨戦態勢にあるときは、集合者において右の状況を認識したうえ、相手方との遭遇(出合い)を予期し、その予想した状態が到来した場合には、積極的に相手方の生命、身体等に共同して危害を加えることを確定的にあるいは具体的可能性のあることとして認識し、かつこれを認容している限り、本罪にいう共同加害の目的があるというべきであつて、相手方を襲撃し、あるいは相手方から襲撃を受ける蓋然性ないし具体的可能性が客観的事実として当時存在することは勿論、一般的社会人の見地から判断して右蓋然性ないし具体的可能性があると認められることを必ずしも要件とするものではないと解するのが相当である。けだし、前記のような緊迫した対立抗争関係を背景として、現実に集合した者が前記の認識のもとに兇器を準備して集合した以上、そのこと自体ですでに公共的な社会生活の平穏は害されるのであるから、個人的保護法益の侵害の可能性を論ずるまでもなく可罰性が認められるのみならず、右のような場合は、個人的保護法益の侵害の可能性もまた相当に高いといえるのであるから、個人的、社会的両法益侵害の可能性を必要とする見地からも、右の結論は維持し得るところである。さらに言い換えれば、共同加害目的認定の前提要件となる前記の状況面における緊迫性及び集合者が臨戦態勢にあることは、いずれも社会的法益侵害の指標となるとともに、前者は主として個人的法益侵害の可能性の高いことの、また後者は主として共同加害意思の強いものであることのそれぞれ指標となるものであるから、これらの要件を具備している限り、さらにそれ以上に前記のような襲撃の蓋然性ないし具体的可能性が客観的事実として、あるいは一般的社会人の判断において、存在することまでを必要とするものではないと考えられる。

したがつて、右とほぼ同趣旨に出た原判決の共同加害の目的に関する解釈は、おおむね正当として是認できるのであつて、所論のような法令の解釈適用の誤りはないというべきである。

その他所論にかんがみさらに検討しても、原判決に所論のような法令の解釈適用を誤つた違法があるとは認められない。論旨はいずれも理由がない。

控訴趣意第一の三について

論旨は要するに、原判決は、押収にかかる機関紙「前進」、ビラ、メモ等(原審昭和五一年押第二八四号の二一ないし二六、三一ないし三三、三七ないし四二、五四、六一及び六三)を証拠として、いわゆる中核派と革マル派の対立抗争の状況を認定しているが、原審は伝聞法則に反して右各証拠を採用したものであり、仮に右各証拠が伝聞法則の適用を受けないとしても、作成者が特定され、その意思表示が真摯なものか否かが検討され、かつその内容が組織の構成員をどの程度拘束し、影響を与えるかが吟味された後でなければ、その関連性、必要性が明らかでなく、したがつてその取調べは許されないのに、これに反してなした原審の右各証拠の採用及び取調べには、証拠法則の解釈適用を誤つた違法があるというのである。

そこで記録を検討すると、前記各証拠はいずれもその記載内容の真実性を立証の対象とするものではなく、その記載の存在自体が立証の対象とされるものであるから、伝聞法則の適用を受けない証拠物にあたり(なお、所論引用の判例は、本件と事案を異にし、不適切である。)、かつその押収の経緯及び右各証拠物の記載自体に徴すると、所論のような点につき検討を加えるまでもなく、本件証拠としての関連性及び必要性を優に認めることができるのであるから、右各証拠物を採用して取調べた原審の措置に所論のような違法があるとは認めることができない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二点について

論旨は要するに、原判決は、弁護人の主張に対する判断の項で、被告人らにはいわゆる迎撃形態での共同加害の目的があつた旨認定したが、その前提として、(1)原審で取調べたメモ、ビラ、機関紙等の証拠物に基き、中核、革マル両派の対立抗争の一般的状況を認定しているが、これらの証拠物により認定し得ることは、せいぜい中核派の革マル派に対する敵意ないし害意であるのに、その範囲を超え、中核派が暴力による報復を宣言し、呼びかけ、テロ行為を行い、暴力的報復を煽つた旨認定したのは、伝聞法則に違反するものであり、(2)また京都における両派の対立抗争の状況を認定するにあたり、「革マル派と思しき集団」とか「中核派と思しき者により」と認定しているが、これは証拠に基づかない認定、推論である。(3)次に原判決は、前進社支局内部において中核派が内ゲバの準備をしていた旨認定しているが、これを認めるに足りる証拠はなく、また被告人らが右前進社支局における原判決が認定したような中核派の活動状況を認識し得る立場にあつたとする認定も証拠を欠く。(4)しかして、被告人らが本件当時いわゆる迎撃態勢をとつていたと認めるに足りる証拠もないのに、被告人らにはいわゆる迎撃形態での共同加害の目的があつた旨認定した原判決は、以上の各点において採証法則及び経験則に反して事実を認定したものであり、訴訟手続の法令に違反し、かつ事実を誤認したものであるというのである。

そこで検討すると、(1)まず原審で取調べた機関紙「前進」、ビラ、メモ等の証拠物は、前記のとおりその記載の存在自体が立証の対象とされるものであるから、伝聞法則の適用を受けないものであつて、これらの記載内容が真実であるか否かに拘わりなく、その記載自体から、原判決が弁護人の主張に対する判断の項の(1)に摘示するとおり、中核派が革マル派に対する暴力による報復を公然と宣明し、機関紙「前進」紙上で、「カクマルに徹底報復せよ」等と呼びかけ、原判決が摘示するような襲撃の状況等を同紙上に生々しく記載して、暴力的報復を煽つていたことを容易に読みとることができるのであつて、右のような採証方法が伝聞法則に違反するものでないことは明らかである。なお、原判決が「いわゆる内ゲバと呼ばれるテロ行為を行い、」と摘示しているのは、所論のように中核派がテロ行為を行つた旨認定したものでなく、機関紙「前進」の記事内容を要約した一部であることは、その前後の文脈から明らかであつて、所論はいずれも失当である。

(2)また原判決挙示の各証拠、ことに証人稲垣保善の証言及び尋問調書、証人山田すゑ子、同勝野たか子、同多田基三、同高橋隆の公判調書中の各供述記載、佐竹実、大泉清、椎口正弘の各証人尋問調書(謄本)、高橋隆、佐藤伸一の検察官に対する各供述調書(謄、抄本)等によれば、原判決が弁護人の主張に対する判断の項の(1)の後段に摘示するとおり、それぞれ摘示の日に、中核派の拠点である前進社京都支局が革マル派と思しき集団に襲撃され、他方革マル派の学生である海野隆及び三好こと高橋隆がいずれも中核派と思しき者によつて襲撃されるという事件が発生したことが認められるのであつて、原審の右認定が所論のように証拠に基かない認定、推論であるとはいえない。

(3)次に、原審が取調べた証拠物のメモ、ノート、スクラツプブツク等によれば、中核派所属員により前記の海野隆、高橋隆の両名を含む多数の革マル派構成員の経歴、住居、家族構成、動静等について詳細な調査活動がなされていたことが明らかに認められるのであつて、この事実に、原判決が弁護人の主張に対する判断の項の(1)において認定した両派の対立抗争の状況のほか、本件当時の前記前進社京都支局内部における多数の鉄パイプその他の兇器の存在及び革マル派のせん滅を志向しての討論、会議等を通じて中核派構成員の意思の統一、昂揚がはかられていたことが窺われる等原判決が弁護人の主張に対する判断の項の(二)において認定した諸般の情況その他原審が取調べた関係各証拠を総合して判断すると、原判決が認定したように、中核派所属員は、革マル派所属員に対するいわゆる内ゲバの準備として、前記の調査活動をしていたことを窺知するに難くなく、所論のように原判決の右認定が証拠に基かないものとはいえない。また関係証拠によれば、被告人らはいずれも本件当時中核派所属員ないし同調者として右前進社京都支局へ出入りしていたのであるから、同所における前記のような中核派の活動状況を認識し得る立場にあつたことは否定できず、この点に関する原審の認定が証拠を欠くとの所論もまた失当といわなければならない。

(4)しかして、原判決挙示の関係各証拠によれば、原判決が弁護人の主張に対する判断の項の(1)に摘示するとおり、中核派と革マル派との間に存した殺傷行為を中心とした対立抗争状態は、本件当時深刻激化の一途をたどり、まさに緊迫した状況にあつたことが認められるのであつて、右のほか関係証拠によつて認められる前記前進社支局内部での中核派の活動状況並びに原判決の前同項の(三)に摘示する本件兇器の準備状況、右兇器の種類、形状、数量(鉄パイプ三二本、特殊警棒一本、たがね二本)、及び本件当時の被告人らの行動、すなわち街頭において革マル完全打倒を標榜するポスター貼りをしていたこと、とくにその際被告人らは手甲、すね当て等で身をかためていたこと等の諸状況に徴すると、被告人らが右兇器を準備したのは、単なる日常一般の警備、防衛のためではなく、むしろ前記の緊迫した状況を認識したうえ、革マル派所属員との戦闘に備えて臨戦態勢にあつたものと認められるのであつて、以上を総合すると、被告人らとしては街頭活動中に現実に革マル派所属員と遭遇すれば、いつでもこれを迎え撃ち、積極的にその生命、身体等に共同して攻撃を加える意思をもつて、前記多数の兇器を準備したものであることが認められ、いわゆる迎撃形態での共同加害の目的があつたことを優に肯認することができるのであるから、右と同趣旨に出た原判決の判断は、正当としてこれを是認することができる。なお所論は、被告人らが前記ポスター貼りをしていたころ、周囲には人が居らず、また被告人らがヘルメツトを着装していなかつたのであるから、迎撃態勢にはなかつた旨主張するが、関係証拠によれば、本件当時被告人らが行動していた現場にほど近い原判示の駐車場に停めていた普通乗用自動車内に前記の兇器と共にヘルメツト一四個を積み込んでいたことが認められるのであるから、現に被告人らがこれを着装していなかつたからといつて、いわゆる迎撃態勢になかつたとはいえず、また前記認定の諸般の状況に徴すると、被告人らがポスター貼りをしていたころ周囲に人が居なかつたからといつて迎撃態勢になかつたとはいえないことは明らかであるから、右所論はいずれも失当といわなければならない。

その他所論にかんがみさらに記録及び証拠を検討しても、原判決に所論のような訴訟手続の法令違反及び事実誤認があるとは認められない。論旨はいずれも理由がない(なお、原判決「罪となるべき事実」の項、終りから五行目に「普通乗用自動車(京五五わ〇四二二〇)」とあるのは、「普通乗用自動車(京五五わ四三二)」の誤記と認める。)。

よつて、刑訴法三九六条により主文のとおり判決する。

(裁判官 西村哲夫 藤原寛 内匠和彦)

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