大阪高等裁判所 昭和54年(ネ)1094号・昭54年(ネ)493号 判決
主文
原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。
被控訴人らの請求を棄却する。
被控訴人らの附帯控訴を棄却する。
訴訟費用(附帯控訴費用を含む。)は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
事実
第一 当事者の申立
(控訴人)
控訴につき
主文第一、二項同旨。
訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
との判決
附帯控訴につき
主文第三項同旨。
附帯控訴費用は被控訴人らの負担とする。
との判決
(被控訴人ら)
控訴につき
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
との判決
附帯控訴につき
原判決中被控訴人ら敗訴の部分を取り消す。
控訴人は、被控訴人田中隆一郎に対し金二三八二万一〇六九円、被控訴人田中六百年に対し金八三四万五三八八円、被控訴人田中紀子に対し金三〇〇万円及びいずれもこれに対する昭和五〇年二月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。
との判決
第二 当事者の主張及び証拠関係<以下、省略>
理由
一当事者及び診療契約並びに被控訴人隆一郎の現在の後遺症状についての当裁判所の認定判断は、原判決理由第一(原判決二二枚目表三行目から同裏九行目まで)の説示中控訴人に関する部分及び第二の二(原判決二四枚目表三行目から同裏六行目まで)の説示と同一であるから、これを引用する。
二井上医院における被控訴人隆一郎の症状及び診療の経過
<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができ、右認定を左右する証拠はない。
1 被控訴人紀子(血液型O型)は、昭和四五年四月一〇日午前〇時七分井上医院において、正常分娩により被控訴人隆一郎を出産し、被控訴人隆一郎は、生下時体重三一〇〇グラムの成熟児で出生当初異常はなく(以上のうち分娩時期及び出生当初異常がなかつたことは当事者間に争いがない。)、午前一〇時三〇分五パーセントのブドウ糖液二〇CCを飲み、午後一時三〇分及び四時三〇分にそれぞれミルク七〇CCを、午後七時三〇分及び一〇時三〇分にそれぞれミルク五〇CCを飲んだ。
2 四月一一日は、午前一時三〇分及び四時三〇分にそれぞれミルク三〇CCを飲んだ。この時点で看護婦の肉眼による所見として黄疽強しと観察されている(もつとも、新生児経過表の一一日の皮膚黄疽の欄に記載された+の印は、秋山・中村法による新生児黄疽判定法で「顔面、胸部に軽度黄色調あるもの」である。)。午前七時三〇分にミルク四〇CCを飲み、血液型B型と判明した。午前一〇時三〇分ミルク二〇CCを飲み、体重三一〇〇グラムであつた。午後一時三〇分ミルク二〇CCを、四時三〇分ミルク七〇CCを飲み、この時点(生後約四〇時間)におけるビ値の測定結果は8.8であつた。その後、午後七時三〇分ミルク五〇CCを、一〇時三〇分ミルク三〇CCを飲んだ。その間、被控訴人隆一郎にはなんら異常は認められていない。
3 四月一二日(日曜日)は、午前一時三〇分ミルク一〇CCを、四時三〇分ミルク四〇CCを飲み、七時三〇分被控訴人紀子が母乳を与えた。控訴人は、当日外出する予定であつたため午前八時過ころ被控訴人隆一郎を診察したところ、黄疽が強くなつていたので、看護婦に採血検査を指示して外出し、その後は代診の福西医師(神戸大学医学部産婦人科医局において八、九年の経験を有する。)と当直の看護婦二名が在院して診療に従事した。被控訴人隆一郎は午前一〇時三〇分ミルク六〇CC及び四〇CCを飲み、この時点で体重は二九三〇グラムであつた(生下時体重の一割程度の減少は生理的範囲内である。)。午前一一時になつて一〇時二〇分ころ(生後約五八時間)採血した血液のビ値が一八と判明したので、当直の藤原看護婦は控訴人の外出先へ電話連絡し、控訴人の指示により、午前一一時三〇分アクス一〇単位及びタチオン一〇〇ミリグラムが注射された。被控訴人隆一郎は、午後一時三〇分ミルク四〇CCを、四時三〇分ミルク二〇CCを飲み、六時三〇分(生後六六時間)のビ値は22.5であつた。控訴人は、午後七時ころ帰院し、七時三〇分看護婦から被控訴人隆一郎のミルクの飲みがやや悪いとの報告を受けて五パーセントのブドウ糖液に切り換えたところ三五CCを飲み、午後一〇時三〇分にはブドウ糖液四〇CCを与えたところ、それでは不足で泣いていたので更に三〇CCを追加しており、この段階では哺乳力がやや落ちていたが吸着反射に問題はなく、啼泣力もあり、筋緊張の低下や元気がないという症状は認められていない。その間、午後八時三〇分にアクス一〇単位が、九時にフェノバルビタール0.2ミリがそれぞれ注射されている。
4 四月一三日は、午前一時三〇分六〇CC、四時三〇分三〇CCの各ブドウ糖液を飲んだが、四時三〇分には時々口唇チアノーゼを呈した。ところが、午前七時三〇分にはブドウ糖液を五CCしか飲まず、啼泣力、哺乳力ともに不良で、体温は三五度と低下した。そして、午前八時(生後約八〇時間)にビ値は28.6と上昇し、九時三〇分関病院へ転院した。
三関病院転院後の被控訴人隆一郎の病状及び診療の経過
<証拠>を総合すると、次の事実が認められ<る>。
四月一三日午前九時三〇分ころの被控訴人隆一郎の状態は、体重三〇七〇ゲラム、大泉門軽度膨隆、頸部強直なし、腹部中等度に膨満しやや固い、四肢強剛の存在が疑われる、中等度の強皮症状態で皮膚は強い黄疽、小さな痙れん様の状態(マイナー・コンバルジョン)が持続、第一度の胎児水腫状態、手足に浮腫、モロー反射中等度に増強という最重症状態であつた。そして、血液検査の結果によると、代謝性アチドージスの状態であり、赤血球数は正常に近いがヘモグロビン及び血小板が非常に減少し(これは溶血性の貧血が強いものでないことを示す。)、血管内凝固症(全身感染がその大きな原因の一つである。)の存在がうかがわれ、また、ビ値は26.9であつた。関医師は、以上の所見から全身感染症(敗血症)を強く疑い、痙れん防止のため輸液及び抗痙れん剤を投与したのち腰椎穿刺により脳脊髄液の検査を行つた。午後二時その結果が判明したが、それによると、著明な蛋白の増加、ブドウ糖の減少が見られ、細菌性髄膜炎の徴候が明らかであつた(なお、被控訴人隆一郎の動脈血の細菌培養の結果、四月一五日には大腸菌が検出され、全身感染症であることが確定された。)。その後、午後三時三〇分から五時三〇分までかかつて交換輸血(六〇〇CC)が行われ、抗生物質スタフシリンⅤが注射され、午後ビ値は17.9に下つたが腹部膨満は交換輸血後なおも増強し、四月一五日に至つても全身浮腫とともに持続し、モロー反射は著明に増強し、四肢の強直性運動が常に見られる状態であつた。
四核黄疽について
<書証>、原審証人小川次郎、当審証人美濃真の各証言、原審における小川鑑定及び当審における美濃鑑定の各結果を総合すると、次の事実が認められ、この認定を左右しうる証拠はない。
1 核黄疽は、血液中のアルブミンと結合していない間接ビリルビン(胆汁色素)の増大(高ビリルビン血症。以下「高ビ血症」という。)により、間接ビリルビンが脳血管関門を通過して脳中枢の重要部分、特に大脳基底核、小脳歯状核、大脳海馬回等に沈着し、中枢神経細胞の退行変性ないし壊死を惹起するものであつて、それによつて死亡するか、死亡を免れても不可逆的な脳損傷を受けるため治癒不能の脳性麻痺を残す危険性の多い疾患とされている。そして、高ビ血症を生ずる原因としては、母子の血液型不適合による新生児溶血(赤血球の破壊)性疾患(この場合を溶血性高ビ血症と呼んでいる。)、先天性代謝異常による溶血性疾患、先天性胆道閉塞、感染症(敗血症)その他さまざまなものがあり、血液型不適合による溶血性疾患とは無関係にはつきりしない原因によつて高ビ血症を呈するものは、一般に特発性あるいは非溶血性高ビ血症と呼ばれている。また、脱水、感染、低体温、低血糖、低酸素症などのように代謝性アチドージスをきたすような条件は核黄疽発生を助長するとされ、感染症を起こしたり無酸素症の発作を繰り返した新生児において、ビ値が低いにもかかわらず核黄疽を発症している剖検例がいくつも報告されている。
2 新生児溶血性疾患による核黄疽の臨床症状については、次のとおり四期に分類されている(主にプラハによる。)。
第一期(発病後一両日)筋緊張の低下、嗜眠、各反射(吸啜反射、モロー反射等)の減弱、哺乳力の減退等。
第二期(発病後一、二週間) 発熱、痙れん、後弓反張(頭部後傾)、筋強直、落陽現象(上眼瞼の下垂を伴わない眼球の反射的下方転位)等の痙性症状。そのうち、落陽現象は、今日核黄疽の特異的な初期臨床症状として重視されている。
第三期(発病後一〇日ないし二か月)痙性症状の消退期。
第四期 恒久的な脳中枢神経障害(錐体外路系症状)の発現。
このうち、第一期ないし第三期が急性症状であつて、第二期症状出現以降においては脳の病変は不可逆性のものとなつており、たとえ救命し得ても恒久的な脳障害による後遺症を残す可能性が強いとされている。もつとも、新生児溶血性疾患による核黄疽のすべてにこれらの症状が一様に発現するものではないのみならず、第一期、第二期の症状は、落陽現象を除き、非特異的なものであつて、新生児がなんらかの疾病に罹患している場合には一般的に現われる症状であるから、これらの症状があることから逆に核黄疽に罹患しているものと推断することはできない。
3 核黄疽による脳障害の後遺症としては、アテトーゼ様の不随意運動、凝視麻痺、乳歯の琺榔質異形成、聴力障害の四つの症状が指摘されている。そして、アテトーゼ型麻痺を核黄疽後脳障害の必発の症状であるとする意見もあるが、アテトーゼ型麻痺は頭蓋内出血、髄膜炎等の後遺症としても生ずるものであるから、アテトーゼ型麻痺の存在から遡つてその原因を核黄疽であると断定することはできない。
4 ところで、新生児は、ある程度ビ値が上昇し、その大部分に黄疽が発現するが、そのほとんどは生理的範囲のものであつて、新生児の生理的黄疽と高ビ血症(重症黄疽)を画然と区別するビリルビンの数値があるわけではない。しかし、一般的には、成熟新生児の場合、生理的黄疽は出生してから四八時間経過後に可視黄疽(可視黄疽の最低ビ値は四ないし五である。)として現われ、生後四、五日が最高で、その時のビ値は一〇ないし一五であるのに対し、血液型不適合による新生児溶血性疾患に基づく高ビ血症の場合は、生後二四時間以内に肉眼的に明らかに黄疽を発現し(いわゆる早発黄疽)、多く生後七二時間以内に急速に増強するとされている。
5 核黄疽の治療法としては、昭和四五年当時はもちろん現在においても交換輸血(一定の術式に従い体内の血液を瀉血して新血液を輸血することにより、血液中に蓄積された間接ビリルビンを除去するもの)が最も根本的かつ確実な方法であるが、交換輸血には血管損傷、空気又は凝血による栓塞、細菌感染、血清肝炎等の事故や副作用を伴う可能性があり、安易にこれを行うことができないところから、ビ値を指標とする交換輸血の適応基準が研究され、昭和四〇年ころはビ値が二〇以上を示した場合は他の臨床症状のいかんにかかわらず交換輸血を行うべきであるとする考え方が新生児学会に支配的であつた。ところが、その後、ABO不適合のある成熟新生児において溶血性疾患の発生頻度が0.2ないし0.3パーセント(全分娩数から見ると0.06パーセント)と極めて低いことや高ビ血症の予後追跡等からビ値のみを絶対的基準としてビ値が二〇以上であれば機械的に交換輸血適応とすることに対する反省が強まり、昭和四五年当時は、生下時体重二五〇〇グラム以上の成熟新生児については、ビ値が二〇になれば警戒を要することはもとよりであるが、前記第一期に分類される臨床症状が見られない限り、ビ値二五を交換輸血の適応基準として差支えないとする見解が大勢となつており、そのほかビ値の上昇速度が一時間当たり0.5もしくは一日当たり五以上であることも判断の基準の一つとされていた。
五新生児髄膜炎について
<書証>、原審証人小川次郎、当審証人美濃真の各証言、原審における小川鑑定及び当審における美濃鑑定の各結果を総合すると、次の事実が認められ<る>。
1 新生児化膿性髄膜炎は、敗血症(感染症)の一分症であることが多く(髄膜炎中七〇パーセント以上に敗血症が証明され、敗血症のうち三〇ないし四〇パーセントに髄膜炎が合併する。)、血流中に侵入した細菌が髄膜に転移して発生するものであり、敗血症の感染経路及び時期は通常特定し難いが、生後一週間以内に発病する髄膜炎は大腸菌をはじめとするグラム陰性菌によるものが多く、これは周産期における胎内又は産道での感染を意味すると考えられ、この感染は現代の医学では避けることのできないものである。
2 新生児の髄膜炎及びその原因となる敗血症は、年長児の場合と異なり、その症状がいずれも極めて特異性の少ないものである。敗血症については、無呼吸やチアノーゼの発作、強度の黄疽、嘔吐、下痢、腹部膨満等の症状であるが、特に重要なものは全身感染からくる肝臓機能の低下等による強度の黄疽(高ビ血症)であつて、敗血症例の五〇パーセントには必ず出現し、発現時期は出生後三日ないし七日とされている。髄膜炎についても、初期では体温異常(発熱、低体温)、食欲不振、不機嫌、嗜眠、嘔吐、過敏、呼吸窮迫等の非特異的徴候しか示さず、急激に経過が進行し最盛期ないし末期に至つて痙れん、大泉門膨隆、腹部膨満等の典型的症状が発生する。このように、新生児の敗血症・髄膜炎は初期症状が不明確なため新生児専門医にとつても初期に発見することが非常に困難な疾病であるが、異常分娩の経過と深い関係を有するものであるところから、早期破水等の出生時の異常があつて前記のような症状を呈する新生児については敗血症による化濃性髄膜炎の疑いをもち、髄液検査を行う必要があるとされている。ただし、髄液採取のための腰椎穿刺は、新生児の場合技術的に熟練を要し、ある程度危険を伴うものであるから、周産期異常のない場合に軽々に施術すべきものではないとされている。
3 敗血症・化膿性髄膜炎の第一の治療方法は、起因菌を発見し、これに適切な抗生物質を投与することである。前記のとおり新生児敗血症は高ビ血症を伴うことが多く、その場合核黄疽を生ずるおそれがあるので、ビ値を下げるためだけであれば交換輸血の方法が考えられるが、その間抗生物質による治療を中断せざるをえず、また、患児の防禦機構として血液成分の変化で反応している部分を体外に排出し抵抗力を減弱させる可能性が予想され、化膿性髄膜炎の方を悪化させる危険性を含んでいるため、交換輸血を実施するかどうかは極めて難しい選択となる。
4 新生児敗血症・髄膜炎の予後については、化学療法の発達した今日でも致命率が高く、敗血症で一三ないし四五パーセント、髄膜炎で六〇ないし九〇パーセントが死亡し、生存例の三〇ないし五〇パーセントに水頭症や神経系障害等の後遺症を残すとされている。それは、細菌及びそこから出てくる蛋白分解酵素によつて脳細胞が溶かされ直接に損傷を受けるからであるが、敗血症により脳に損傷がある場合には、ビ値が二〇以下であつても核黄疽を生ずることも指摘されている。そして、髄膜炎の後遺症としての神経系障害は多種多様であつて、アテトーゼ型麻痺も稀ではない。
六被控訴人隆一郎の脳性麻痺の原因について
訴訟上の因果関係の証明は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その証明の程度は、通常人が疑を差し挾まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものと解すべきであるから、以下この見地に立つて検討する。
被控訴人らは、被控訴人隆一郎の脳性麻痺はABO血液型不適合による新生児溶血性疾患に基づく核黄疽によつてもたらされたものであると主張し、前認定の被控訴人紀子の血液型がO型で被控訴人隆一郎のそれがB型であること、四月一三日朝の被控訴人隆一郎の症状の中にプラハの分類による核黄疽の第二期症状に合致するものが含まれており、ビ値が28.6(井上医院)又は26.9(関病院)に上昇したこと、被控訴人隆一郎の脳性麻痺が核黄疽による脳障害の後遺症とされているアテトーゼ型麻痺であること及び原審における長瀬鑑定の結果は右主張を裏付けるかの如くである。
しかし、他方、前認定の核黄疽及び新生児敗血症・化膿性髄膜炎の病態並びに被控訴人隆一郎の一連の症状、殊に(イ)生後四〇時間まではビ値は正常範囲内であり、生後二四時間以内に早発黄疽を発現していないにもかかわらず(四月一一日午前一時三〇分看護婦の肉眼による所見として黄疽強しと観察されているが、同日午後四時三〇分のビ値が8.8にすぎないのであるから、未だ早発黄疽を証明するものということはできない。)、その後急激に上昇していること、(ロ)核黄疽の特異的な初期症状として重視されている落陽現象が見られないこと、(ハ)核黄疽の第二期症状としては減弱するとされているモロー反射が中等度に増強していること、(ニ)四月一三日関病院転院時の被控訴人隆一郎の血液の状態(赤血球数は正常に近く、ヘモグロビン及び血小板が減少)は、溶血性の貧血が強いものではないことを示していること、(ホ)核黄疽による脳障害の後遺症としてアテトーゼ型麻痺と並んで指摘される凝視麻痺、乳歯の琺瑯質異形成が観察されていないこと、そして、なによりも、(ヘ)被控訴人隆一郎が周産期感染と見られる大腸菌の感染により重篤な敗血症・化膿性髄膜炎に罹患していたことのほか、原審における小川鑑定の結果によれば、被控訴人隆一郎の脳性麻痺の原因はむしろ敗血症に伴う髄膜炎が主であり、特発性高ビ血症が合併していたが、これは敗血症によつて急激に増強されたものであると考えるのが妥当であつて、高ビ血症による脳性麻痺と断定するのは妥当でないとされていること、当審における美濃鑑定の結果によれば、被控訴人隆一郎の症状は敗血症・化膿性髄膜炎が主体となつて出現している症状と判断して不合理な点は全くなく、核黄疽を合併していたとしても、それは敗血症・化膿性髄膜炎に附随して発生したものであるとされていること等に照らすと、被控訴人隆一郎の脳性麻痺の原因が血液型不適合による新生児溶血性疾患に基づく核黄疽であると推認するには幾多の合理的な疑いが残り、両者の間に因果関係の存在を認めることはできない。
七控訴人の診療行為上の不手際の有無について
<証拠>を総合すると、次の事実が認められ<る>。
1 控訴人が四月一二日(日曜日)午前一一時過外出先への電話連絡により被控訴人隆一郎のビ値が一八となつたことを知らされ、アクス及びタチオンの注射を指示したことは前認定のとおりであるが、昭和四五年当時、アクスは血液中のビリルビンを分解する効果を有する副賢皮質ホルモン剤として広く用いられていた薬品である。
2 控訴人は、かねて母子血液型不適合の新生児については、ビ値一八を交換輸血のための転医先を考慮する目途としていたので、前記電話連絡を受けた際、藤原看護婦に関病院へ連絡をとつてみるよう指示し、藤原看護婦は関病院に電話したが、引取を断わられた。そこで、藤原看護婦は、当時の真弓婦長が神戸大学医学部に勤務した経験があつたことから、同婦長に連絡して交換輸血のできる医療機関である神戸大学附属病院及び兵庫県立西宮病院へも頼んだが、いずれも日曜日で医師がいないとの理由で受け入れてもらえなかつた(昭和四五年当時は、日曜、祭日の新生児に対する救急医療体制を整備している病院は少なく、また、いわゆる大学紛争の影響により大学附属病院の受入態勢も正常な状況ではなかつた。)。
3 控訴人は、一二日午後七時ころ帰院後被控訴人隆一郎の午後六時三〇分のビ値が22.5であるとの報告を受け、ビ値のみを基準とすれば交換輸血のため転院させる方が適当であると考えたが、被控訴人隆一郎の全身状態は前認定のとおりミルクの飲みがやや悪い程度で、プラハの分類による第一期症状を思わせる異常が見られなかつたうえ、既に昼間に三箇所の病院から引取を断わられていたこともあつて、翌朝まで経過を観察することとし、その旨を被控訴人六百年、同紀子に告げた。そして、前認定のとおり午後八時三〇分にはアクスを、九時にはフェノバルビタールを注射している。フェノバルビタールは、元来抗痙れん剤であるが、ビリルビン抑制効果があるという研究発表が出たため昭和四五年当時は一般にビリルビン抑制の目的で使用されていたものである。
右認定の事実によれば、控訴人は、被控訴人隆一郎のビ値の上昇が敗血症によるものであるとは全然予想せず、まして化膿性髄膜炎のことなど念頭になく、もつぱらABO血液不適合による新生児溶血性疾患のみを考えてその対症療法を講じたものといわざるをえないが、既に見たように、新生児の敗血症・化膿性髄膜炎は、初期症状が非特異的で不明確であるため新生児専門医にとつても初期に発見することが非常に困難な疾病であり、しかも、被控訴人隆一郎は成熟児であつて、その分娩の経過にも異常はなく、敗血症を疑うべき条件は存在しなかつたのであるから、開業産科医である控訴人が四月一二日から一三日早朝の段階において敗血症・化膿性髄膜炎を予測してそのための検査・治療を行わなかつたことをもつて治療上の不手際ということはできない。なお、新生児溶血性疾患のみを考えていた控訴人が四月一二日中に交換輸血のための転院措置を現実にとらなかつた点については、被控訴人隆一郎の脳性麻痺の原因が血液型不適合による新生児溶血性疾患に基づく核黄疽であるといい難い以上、最早控訴人の責任原因と直接かかわりをもつものではないが、これを暫く措くとしても、前認定の昭和四五年当時大勢となつていたABO血液型不適合による新生児溶血性疾患の場合の交換輸血適応基準及び被控訴人隆一郎の出生後の症状の経過等に照らし、右の点をとらえて過失の責を帰することは相当でない。
(大野千里 島田禮介 鳥飼英助)