大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和54年(ネ)1252号 判決 1981年1月30日

控訴人(附帯被控訴人) ラツキーベルシユーズ株式会社

被控訴人(附帯控訴人) 藤川忠文

主文

本件控訴を棄却する。

本件附帯控訴に基づき原判決中控訴人(附帯被控訴人)と被控訴人(附帯控訴人)とに関する部分を次のとおり変更する。

控訴人(附帯被控訴人)は、被控訴人(附帯控訴人)に対し、金六二二万五八〇〇円およびこれに対する昭和五一年八月二一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。 被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、原審における控訴人(附帯被控訴人)と被控訴人(附帯控訴人)に関する部分および当審における分(附帯控訴を含む)を通じて三分し、その一を控訴人(附帯被控訴人)の、その余を被控訴人(附帯控訴人)の各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人(附帯被控訴人、以下控訴人という。)

1  控訴事件

原判決中控訴人敗訴部分を取消す。

被控訴人(附帯控訴人、以下被控訴人という。)の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  附帯控訴事件

本件附帯控訴を棄却する。

二  被控訴人

1  控訴事件

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

2  附帯控訴事件

原判決中控訴人に関する部分を次のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人に対し、一六五〇万円および内金一五〇〇万円について昭和五一年八月二一日から、内金一五〇万円については本判決確定の日の翌日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

第二当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加、 訂正もしくは削除するほか、原判決事実摘示のうち控訴人と被控訴人とに関する部分と同一であるから、これを引用する(ただし、被控訴人の主張のうち第二、一、(一)、3、(1) 逸失利益及び同4結論の項--原判決四枚目表一二行目から同裏八行目まで及び同五枚目裏三行目から一〇行目まで--は引用しない。原判決三枚目裏一、二行目及び同四枚目表八行目の各「詐し」を「騙し」に、同六枚目表末行「被告ら」を「被告会社」に、同裏九行目「(4) 項」を「4項」に、同九枚目表四行目「昭和五〇年」を「昭和五一年」に、同一一行目「同橋本栄吉」を「同橋本栄一」に、同裏二行目「被告」を「被告ら」にそれぞれ訂正する。)。

一  被控訴人の主張

1  損害についての主張を次のとおり変更する。

(1)  逸失利益

原審において昭和四九年分の報酬額に基づいて算出した額を主張したのであるが、被控訴人の昭和五〇年分の一か月の役員報酬は、三四万二〇〇〇円であり、同年七月一二日に支給された役員賞与は一二三万一九〇〇円である。控訴人の役員賞与は、毎年七月と一二月の二回に支給されていた。そして一二月の役員賞与は、毎年七月の賞与より多額であつたが、本件では七月と同額の金額が支給されたとの前提で計算する。そうすると、被控訴人の昭和五〇年一月から同年一二月までの役員報酬は、三四万二〇〇〇円の一二か月分と一二三万一九〇〇円の二回分を合計した六五六万七八〇〇円となり、一か月の平均報酬額は五四万七三六一円となる。ところで控訴人の取締役の任期は、定款で二年と定められており、被控訴人は、昭和四九年一〇月二九日に取締役に再任されたのであるから、残任期は一一か月であり、当然残任期間常務取締役の職務を果しえたはずであるから、右報酬の一一か月分六〇二万〇四七六円を得ることができたはずである。

(2)  慰藉料についての主張を撤回する。

(3)  請求金額

被控訴人の役員報酬としての逸失利益を六〇二万〇四七六円に拡張し、退職金の内金を八九七万九五二四円に減縮して、右合計一五〇〇万円と弁護士費用一五〇万円との合計一六五〇万円と、弁護士費用を除く内金一五〇〇万円については本件訴状送達の日の翌日である昭和五一年八月二一日から、弁護士費用一五〇万円については本判決確定の日の翌日から各支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(4)  取締役の報酬についての控訴人の主張については、これを争う。控訴人の役員報酬の件は、会社設立以来毎年株主総会の承認を得て実施していたものであつて、被控訴人は当然控訴人の常務取締役としての役員報酬を受けていたのである。

2  株主総会決議取消の訴について、被控訴人が右訴を提起するのを控訴人と原審被告が共謀して妨害しようとしたとの原審における主張(原判決三枚目表一二、一三行目)を原審被告がこれを妨害しようとしたと変更する。

3  被控訴人が自己の取締役解任決議取消の訴を提起できなかつた事情について補足する。

被控訴人は、控訴人代表者豊崎と被控訴人間の争いの仲裁に入つた中村功の顔を立てなければならないし、右豊崎から、被控訴人が右訴を起すと告訴する旨脅されていた。また、豊崎の常軌を逸した行為のために、控訴人は、大口取引先である有限会社ラツキーベルから債権仮差押を受けており、被控訴人が株主総会決議取消の訴を起せば、控訴人は倒産するおそれが強いと考えた。右事情があつたために、昭和五一年二月二日の時点で右訴を提起できなかつたのである。

4  控訴人の予備的相殺の主張は、時機に遅れた攻撃防禦方法であるから却下を求める。

控訴人の主張事実は争う。値引は控訴人において従来から行なつてきたものであるし、下請業者に対する支払は、控訴人が従来生産協力費として利益を還元してきているものである。

二  控訴人の主張

1  取締役会の招集手続に瑕疵はない。

控訴人の取締役会については、開催の都度代表取締役から被控訴人を含む各取締役及び監査役に事前に招集通知がなされていたし、被控訴人の出席を妨害したことは一度もない。ただ同人の取締役解任を審議するため一時退席を求めたところ、被控訴人がこれに応ぜず、議長をつとめていた原審被告豊崎に暴行を働いたのである(昭和五〇年一〇月一一日の取締役会での出来事である。)。被控訴人解任を株主総会に提案する旨を決議した同月二二日の取締役会については、被控訴人は、招集通知にかかわらず出席しなかつた。

株主総会招集通知は、右決議に基いて適式になされたものであり、被控訴人の取締役解任決議には何らの瑕疵は存しない。

2  仮に、被控訴人を取締役の任期途中で解任すべき正当事由がないとしても、被控訴人に残存任期期間における逸失利益の損害は生じていない。すなわち、控訴人では、取締役の報酬につき株主総会の決議がされたことはないから、被控訴人に従来支払われた金員は取締役としての報酬ではない。被控訴人は、常務取締役とはいうものの、実体は使用人であり、在職中使用人としての給与の支払を受けてきたにすぎない。ところが、被控訴人に控訴人の経営を阻害する前述した如き行為があつたので、控訴会社代表者豊崎は、昭和五〇年九月二〇日被控訴人を解雇したもので、同日以降の給与は労基法二〇条に定める三〇日分の賃金以外は支払われていない。

3  仮に控訴人が被控訴人に支払わなければならない金員があるとしても、控訴人は、被控訴人の次のような不法行為によつて損害を蒙つたので、控訴人代理人は、昭和五五年一〇月二日午後一時の当審第七回口頭弁論期日において陳述した同年九月四日付準備書面に基いて、右損害賠償請求債権をもつて、被控訴人の右債権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。

(一) 被控訴人は、昭和五〇年秋頃から、控訴人の業績が向上していることに着目し、控訴人の営業を混乱させたうえ、責任を控訴人代表者豊崎にありとして退任を要求し、山浦らの役員等と会合し、実権を握ることを企て、控訴人の営満な営業活動を妨害し、控訴人の信用を著しく毀損する行為を行なつた。

まず、控訴人の取引銀行に対し、控訴人は内紛があるので手形割引その他融資は危険であると虚偽の事実を申し向け、また販売先には電話もしくは書面で、「今会社がもめているから前払手形を出すな。出しても品物は出荷できない。」などと相手方にも不測の損害が及ぶかの如き虚偽の事実を申し向け、さらに、材料の仕入先や下請工場一〇数社に赴きもしくは電話等で、「取締役の内紛があり、営業にも支障を来たしているから、資材を納めても支払いができない。手形は危険である。」などと会社が危機に頻しているような虚偽の風説を流布した。

(二) このため、各販売先は、主な得意先である学校の注文を得ていても、新学期の納品に間に合わないために学校に迷惑をかけることを恐れてその注文を取消した。そのうち誠和商事ほか三社が、右注文取消しによる得べかりし利益の喪失は控訴人の内紛が原因であるとして、控訴人に対し、七八〇万円の損害賠償の支払を求めてきた。控訴人はこれに応ぜざるをえず、昭和五一年九月一日から同五三年八月末までに右販売先に対し受註商品である靴一足につき三〇円を値引することとし、合計二六万足につき合計七八〇万円を値引して右損害を蒙つた。

(三) 控訴人の下請工場は、被控訴人の前記行為により、融資や資材の納品を制限されたので、製造に必要な資材の準備が遅れ、そのため仕入原価も値上りし、原料待ちで工場や機械設備を遊ばせることになつたから、生産コストが上り、そのうえ減産で損害を蒙つた。右下請工場一三社は、控訴人に対し、同五二年九月から翌年にかけて右損害の賠償を求めたので、控訴人は、同五三年九月に、各工場が工場及び機械設備の賃借料として兵庫県ゴム製品協同組合に支払うべき金員を控訴人において代払いすることで、合意に達し、同五四年九月一〇日、右下請工事及び同組合に対し、合計六七七万〇四六〇円を支払い、右損害を蒙つた。

(四) 被控訴人は、黒田浩平と共謀のうえ、昭和四七年から同四八年中ごろにかけ控訴人の北陸三県にある販売先松原商事ほか二社から、靴一足につき二〇円から一〇〇円を宣伝広告費として受領しておきながら、全く宣伝広告もせず、右金員を控訴人に入金もしなかつた。その後右販売先から仕入費が高くつくとの苦情が出たので、控訴人は、被控訴人らが受領した金員を以後受注する靴一足につき三〇円を値引することで合意し、同五二年四月一日から同五三年一二月末までに右三社に対し、合計六万七六九五足、合計金額二〇三万〇八五〇円を値引し、右損害を蒙つた。

四  証拠関係<省略>

理由

第一一次的請求について

当裁判所も被控訴人の主張は理由がないと判断するものであつて、その理由は、次のとおり付加、削除もしくは訂正するほか、原判決理由の説示(原判決九枚目裏九行目から同一三枚目裏一行目まで)と同一であるから、これを引用する。

1  原判決九枚目裏一二行目「証人橋本栄吉」から同一〇枚表五行目「各証言」までを「いずれも成立に争いのない甲第三号証の七、第六、第七号証、第九号証、第一九号証、乙第二、第三号証、第一三号証、いずれも原審における被控訴人本人尋問の結果(第一回)により成立の認められる甲第一号証、第五号証、当審における被控訴人本人尋問の結果により成立の認められる甲第二五号証、いずれも原審における控訴人代表者尋問の結果により成立の認められる乙第一四号証、第二〇号証、原審証人橋本栄一、同足立孟郎、同山浦捨次、同黒田浩平、同中村功の各証言、いずれも原審及び当審における被控訴人及び控訴人代表者の各本人尋問の結果(いずれも原審は第一回)によれば、次の各事実が認められ、右認定に反する原審証人松島英夫の証言、原審及び当審における控訴人代表者の本人尋問の結果(原審は第一回)」と改める。

2  同一〇枚目表一一行目「全取締役」を「全役員(控訴人の取締役は四名、監査役は二名であり、取締役は、原審被告豊崎、被控訴人、山浦捨次、山口新であつた。)」に改め、同裏二行目「全取締役」を削除する。

3  同一〇枚目裏末行「話があつたので、」の次に「昭和五〇年一〇月一一日」を加え、同一一枚目表五行目「反対を受けたにもかかわらず、」から同一一行末までを、「反対を受けた。同月二二日開催の取締役会では、招集通知のなかつた被控訴人を除く全取締役(三名)が出席して、昭和五〇年度第一五期定時株主総会の開催を同年一一月七日午後三時に変更する旨を決定した後、被控訴人の取締役解任を協議し、取締役山浦は終始反対の意見を述べたが、結局出席取締役の多数で右解任を株主総会の議案とすることに決定した。そして同年一〇月二二日付で、代表取締役豊崎から各株主に対し、右株主総会開催日時の変更と同五〇年度における控訴人の事業経過報告、決算承認等のほかに取締役四名を増員し、一名を解任することを議案とする旨の株主総会招集の通知がなされた。同年一一月七日定時株主総会が開かれ、被控訴人を取締役から解任する決議が成立した。」と改める。

4  同一一枚目表一二行目冒頭「以上の事実によれば」から次行「瑕疵が存在し、」までを「ところで株式会社の『取締役会の開催にあたり、取締役の一部の者に対する招集通知を欠くことにより、その招集手続に瑕疵があるときは、特段の事情のないかぎり、右瑕疵のある招集手続に基いて開かれた取締役会の決議は無効になると解すべきであるが、この場合においても、その取締役が出席してもなお決議の結果に影響がないと認めるべき特段の事情があるときは、右瑕疵は決議の効力に影響がないものとして、決議は有効になると解するのが相当である』(最高裁判所昭和四四年一二月二日第三小法廷判決、民集二三巻一二号二三九六頁)。前記認定の事実によれば、本件株主総会招集を決定した取締役会については被控訴人に対する招集通知を欠いており、同人の意見が決議の結果を動かさないであろうことが確実に認められるような特段の事情の存在については何らの主張、立証がないから、本件株主総会招集の決議は無効といわなければならない。従つて」に改める。

5  同一一枚目裏五行目から次行にかけての「原告本人尋問」から一〇行目の「証言」までを、「いずれも原審における控訴人代表者尋問の結果(第一回)により成立の認められる乙第四号証、第一七号証、原審及び当審証人中村功の各証言、いずれも原審及び当審における控訴人代表者及び被控訴人本人の各尋問の結果(いずれも原審は第一回)によれば、次の各事実が認められ、控訴人代表者の右本人尋問の結果のうち右認定に反する部分」と改める。

6  同一二枚目表二行目「被告は」を「被告らは」に、同五行目、八行目の各「被告」を各「被告会社」にそれぞれ改め、同九行目「作成され」の次に「(右内容の念書が作成されたことは当事者間に争いがない。)」を、同一〇行目の「被告は」の次に「被告会社の代表者として」をそれぞれ加える。

7  同一二枚目裏一行目「被告も」を「被告らも」に、同二行目「被告」を「被告会社」とそれぞれ改める。

8  同一二枚目裏八行目「支払がなかつた」の次に「が、被控訴人は、中村の仲介に過大の期待を寄せ、取締役解任の株主総会決議取消の訴を提起するに至らなかつた。」を加える。

第二二次的請求について

一  解任決議と任期の定め

二次的請求原因1、2の事実については、当事者間に争いがない。

二  解任の正当事由の存否

当裁判所も被控訴人の取締役解任の正当事由は存在しないと判断するものであつて、その理由は、次のとおり付加、削除もしくは訂正するほか、この点についての原判決理由の説示(原判決一三枚目裏七行目から同一八枚目表末行まで)と同一であるから、これを引用する。

1  同一三枚目裏七行目「成立に争いのない」の前に「いずれも」を、同行「甲第四号証」の次に「第四一号証」を、同八行目「甲第一九号証」の前に「前示」を加え、同行「橋本栄吉」を「橋本栄一」と改め、同九行目「同山浦捨次」の次に「当審証人新原義雄の各証言」を加え、同行「原告本人尋問の結果(第一、二回)」を「原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果(原審は第一、二回)」と改め、同一〇行目の「証人中村功、」、同一一行目「同松島英夫の証言」をいずれも削除し、同行「被告本人尋問の結果(第一、二回)」を「原審及び当審における控訴人代表者尋問の結果(原審は、第一、二回)」を加える。

2  同一四枚目表三行目「日本の靴」の次に「(光洋繊化株式会社製造の体操シユーズなどを含む。)」を加え、同一一行目末尾に「もつとも被控訴人が本件Vシユーズを考案するに当つては、金型の作成につき新原義雄の援助を受けたけれども、本件Vシユーズの特長は実用新案公報(甲第四号証)の記載に見られる如く、単にその形態に限られず(大体靴の型は似たりよつたりのものである--当審証人新原義雄の証言)、選択された使用材料、その縫合等により、スポーツ靴として相当の作用効果をあげる構造を有するものであり、それが個々の公知の技術を総合したにすぎず、実用新案の価値を有しないとしても、そのため被控訴人の控訴人に対する功績を否定しうるものではない。」を加える。

3  同一四枚目裏七行目及び同一六枚目表五行目各「橋本栄吉」を「橋本栄一」に改め、次行の「(第二回)」の次に、「原審における控訴人代表者尋問の結果(第一回の一部)」を加え、同一七枚目表一行目「原告」を「被告」に、「(第一、二回)」を「(第一回)」にそれぞれ改める。

4  同一七枚目表三行目「橋本栄吉」を「橋本栄一」に改め、次行の「乙第一六号証」の次に「の一、二」を加える。

三  損害

後記認定のとおり、被控訴人は、常勤の取締役として働き、控訴人から受けた報酬、賞与を主な生活収入としてきたところ、商法二五七条一項但し書にいう損害賠償責任は、取締役を正当な事由なく解任したことについて故意、過失を必要としない株式会社に課された法定の責任であつて、その損害の範囲は、取締役を解任されなければ残存任期期間中と任期満了時に得べかりし利益(所得)の喪失による損害を指すものと解するのが相当である。

1  役員報酬

取締役は、有償を原則とし、その報酬は、業務活動の対価として、会社の利益の有無にかかわらず、経費から支給されるもので、商法二六九条により定款に規定があるときはこれによるか、規定がないときでも、一たんその額について株主総会の決議がなされれば、その変更の必要のない限り、必ずしも毎年の定期株主総会でこれを決議する必要がなく、右決議による額を定期的に支払われるべきものと解されるから、残任期間の報酬は、商法二五七条一項但し書にいう損害の範囲に含まれると解された。

そこで被控訴人の残任期間の報酬額について検討する(役員賞与は、性質を異にし、報酬に含まれないことについては後に説明する。)。前示甲第三号証の七、第一九号証、成立に争いのない乙第三四号証、当審における被控訴人本人尋問の結果により成立が認められる甲第一一号証、原審証人橋本栄一、同足立孟郎、同山浦捨次の各証言、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果(原審は第一回)によれば、控訴人の取締役の任期は二か年と定められていること、被控訴人は、昭和四九年一〇月二八日取締役に再任され、常勤として働き、控訴人からの報酬、賞与を主な生活収入としていたこと、その残任期間は一一か月であつたこと、被控訴人は、解任当時満七二才ではあるが、非常に健康であり、当然残任期間常務取締役としての職を果しえたこと、被控訴人の昭和五〇年における役員報酬は、月額三四万二〇〇〇円であつたことが認められ、右認定を左右しうるに足る証拠はない。控訴人は、被控訴人に支給されていたのは使用人給与であつて、役員報酬ではないと主張するが、右主張は、前記各証拠と対比して採用することはできない。

そうすると、被控訴人の残任期間(一一か月)の役員報酬額が三七六万二〇〇〇円となることは計数上明らかである。

2  役員賞与

使用人賞与と異り、役員賞与は、取締役が会社の利益をあげた功労に報いるために支給されるもので、利益のあるときにのみ利益金のなかから支給される。その支給は、利益金処分として当然株主総会の決議を要し、前記役員報酬には該当しないが、役員賞与も役員として受ける所得の一種と考えられるところ、前記各証拠及び弁論の全趣旨によれば、控訴人の定款には、役員賞与が利益金の処分方法の一つとして掲記されており(第三六条四号)、少なくとも常勤の役員に対する賞与は、使用人の場合と同様に、従来毎年七月と一二月の二回に支給され、一二月分は七月分と同額以上であつたこと、被控訴人は、常勤の役員であつて、昭和四九年度には報酬と役員賞与を含め五五七万五五六〇円を、同五〇年度には前記報酬のほかに七月に役員賞与として一二三万一九〇〇円を支給されており、これらは株主総会で承認されたものであること、控訴人の常勤役員に対する報酬、賞与は逐年上昇の傾向にあつたことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

右認定事実に、被控訴人の残存任期は一年に満たない短期間であつて、その間に控訴人会社の業績等に大きな変化(特に業績の悪化)があつたことを窺わせる証拠がないこと及び被控訴人が健康であつて常勤し前判示の如き報酬を得てきたこと等を考え併せると、被控訴人の残存任期中における昭和五〇年一二月と同五一年七月の二回にわたり、同五〇年七月分を下らない役員賞与を受けえたものと推認される。そうすると、被控訴人は、残存任期中に右二回分の役員賞与計二四六万三八〇〇円の得べかりし収入を失つたことになる。

3  役員退職金

取締役が任期の途中で解任され、残任期間に対応する分だけ退職金が減額されるとすれば、その額は一応前記損害に該当すると考えられる。しかして、役員退職金も商法二六九条が準用され、定款に規定がない限り、別途株主総会の決議を要するところ、前示甲第三号証の七、第一九号証、原審証人橋本栄一、同山浦捨次の各証言、原審における被控訴人本人尋問の結果(第一、二回)によると、控訴人の定款には役員の退職金に関する定めが存在せず、また、従業員に関しても退職金に関する定めが存在しないこと、被控訴人に対し退職金を支払う旨の株主総会の決議がなされていないこと、被控訴人以前に取締役で退任した者がおらず、これに関する慣行も存在しなかつたこと、被控訴人解任後、控訴人の取締役であつた山浦捨次が昭和五一年一〇月一六日退任し、監査役であつた橋本栄一も同日解任されているが、いずれも退職金を支払われていないことの各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。してみれば、被控訴人は、当然には退職金を請求しうる立場になかつたのであるから、退職金をもつて前記損害にあたるということはできない。

4  弁護士費用

商法二五七条一項但し書にいう損害の賠償請求は会社と取締役との委任契約の不履行を原因とするものである(従つて、不法行為に基づく損害賠償請求とは本質的に異る。)から、右請求訴訟の弁護士費用は、不当応訴等の特段の事情がないかぎり当然発生する損害とは認められないところ、右特段の事情の主張、立証もないから、右費用の請求は理由がない。

四  むすび

よつて、控訴人は、商法二五七条一項但し書により被控訴人に対して損害賠償として六二二万五八〇〇円を支払う義務がある。

第三三次的請求について

当裁判所も被控訴人の主張は理由がないと判断するものであつて、その理由は、次のとおり付加もしくは訂正するほか、原判決理由の説示(原判決二〇枚目表一〇行目から同二一枚目表一〇行目まで)と同一であるから、これを引用する。

1  同二〇枚目表末行「第一の三項(1) 」を「第一の二項(1) 」に改め、同裏二行目「中村功」の前に「原審および当審」を、同行「原・被告各本人尋問の結果」の前に「原審及び当審における」を、同行から次行にかけての「第一回」の前に「原審は第一回」をそれぞれ加える。

2  同二〇枚目裏七行目末尾から次行「所謂自然債務で、」を「これにより直ちに控訴人に対し」に、同二一枚目表七行目「それが自然債務でないとしても、」を「控訴人にその効力が生ずるとしても、」にそれぞれ改める。

第四相殺の予備的抗弁について

控訴人は、昭和五五年一〇月二日午後一時の当審第七回口頭弁論期日において陳述した同年九月四日付準備書面に基づいて、被控訴人に対する不法行為による損害賠償債権合計一六六〇万一三一〇円を自働債権として被控訴人の前記損害賠償債権と対当額で相殺する旨の意思表示をなしたが、成立に争いのない乙第三六号証(乙第四八号証と同一)によれば、控訴人は、すでに昭和五四年一〇月付の訴状をもつて被控訴人外二名を被告として同一の不法行為による損害賠償債権合計一六六〇万一三一〇円の支払請求訴訟を提起していることが認められ、右事実によると、控訴人は、遅くとも右訴提起のころに前記相殺の抗弁を主張しえた筈である。それを一年近く経過した後はじめて主張するのは、控訴人の故意又は重大な過失により時機に遅れて提出した攻撃防禦の方法というべきである。さらに控訴人が右主張をなしたのは、当審最終弁論期日であつたところ、右主張の当否を審理するとすれば、新たな証拠調を必要とし、訴訟の完結を遅らせることは明らかである。

よつて右主張は、これを却下する。

第五結論

以上の次第であるから、控訴人は、被控訴人に対し、商法二五七条一項により、損害金六二二万五八〇〇円および訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和五一年八月二一日から完済まで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払義務があり、被控訴人の本訴請求は右の限度で認容し、その余は棄却すべきものである。

よつて、控訴人の本件控訴は理由がないから棄却し、本件附帯に基づき右判断と一部異にする原判決を右のとおり変更し、訴訟費用につき民訴法九六条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林定人 永岡正毅 山本博文)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例