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大阪高等裁判所 昭和54年(ネ)1776号 判決 1980年10月16日

控訴人 株式会社日本音楽放送 外一名

被控訴人 株式会社大阪有線放送社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

控訴人らは、「原判決を取消す。被控訴人の本件仮処分取消の申立を却下する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、

被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者の主張

1  被控訴人の、本件仮処分取消の申立の理由

(一)  控訴人株式会社日本音楽放送(以下「控訴人日音」という。)を債権者とし、被控訴人及び訴外廣原幸一(以下「廣原」という。)を債務者とする名古屋地方裁判所昭和五一年(ヨ)第九九九号仮処分申請事件について、同裁判所は、同年一〇月一二日、「被控訴人及び廣原は、控訴人日音に対し、原判決添付別紙物件目録記載の物件(以下「本件放送線」という。)を仮に引渡せ。」との仮処分決定(以下「本件仮処分決定」という。)をなした。

(二)  控訴人日音は、本件仮処分の本案として、被控訴人を被告とする占有権に基づく引渡請求訴訟を提起したが(大阪地方裁判所昭和五二年(ワ)第一二一七号動産引渡請求事件)、控訴人日音の本件放送線に対する占有権取得の事実が認められないとの理由で、昭和五三年一一月一七日請求棄却の判決がなされた。そこで被控訴人は事情変更を理由として本訴を提起した。

控訴人日音は右本案判決を不服として控訴し、大阪高等裁判所昭和五三年(ネ)第一九八号事件として係属審理中、本件第一審判決後の昭和五五年二月二八日、被控訴人の同意を得て右訴を取下げた。

(三)  そうすると、仮処分債権者である控訴人日音は、もはや本案訴訟を提起することが許されず、したがつて本件仮処分決定を維持存続させておくことを不当とする新たな事態が生じたものというべきである。けだし、控訴人日音が、昭和五一年四月三〇日に廣原から本件放送線の引渡を受けたとするその主張の事実関係に基づく自己の権原を、占有権と構成するか、あるいは所有権と構成するかはその自由であるが、右のような同一の事実関係の下において、本件放送線の仮の引渡を求める断行の仮処分を得てその執行をしたのち(本件仮処分決定は、その発令の翌日である昭和五一年一〇月一三日執行がなされた。)、その本案として占有権に基づく引渡請求訴訟を提起し、第一審の終局判決がなされ、控訴審係属中に訴の取下をした以上、再び占有権に基づく引渡請求訴訟を提起することはもとより、改めて本案として所有権に基づく引渡請求訴訟を提起することも、また、民訴法二三七条二項の趣旨に抵触し、結局、本件仮処分決定を右の本案訴訟のために維持流用することは許されないからである。

なお、控訴人日音が右訴の取下をした経緯について付言するに、被控訴人は、昭和五一年八月二七日廣原から愛知県刈谷市内及び知立市内の有線音楽放送の営業権(本件放送線の所有権を含む。)の譲渡を受けたものであり、これより先に廣原からその譲渡を受けたと主張して譲らない控訴人日音との間で紛争を生じたが、被控訴人は、本件仮処分決定の執行に応じて本件放送線の仮の引渡をし、後日別に自社の放送線を架設して新たに営業を開始したところ、控訴人日音は、右仮処分決定の取消を命じた原判決が言渡される直前、本件放送線に接続された各顧客に対する引込線をすべて切断し、新たに架設した自社の放送線を接続し、もつて仮処分に名を借りて被控訴人の顧客関係を奪取し、右仮処分取消判決の仮執行による原状回復を事実上阻止したのち(顧客に対する引込線をすべて切断されてしまつた放送線が無価値であることは明らかであり、被控訴人は、その損害の賠償を求める別訴の提起を余儀なくされた。)、本案敗訴判決が確定するのを避けるため、控訴審においてあえて訴の取下に及んだものである。

(四)  よつて、本件仮処分決定は、その発令後に事情の変更が生じたものであるから、その取消を求める。

2  控訴人らの、右申立の理由に対する答弁

(一)  申立の理由(一)、(二)の各事実は認める。同(三)の主張は争う。

(二)  本件放送線は、もと廣原が所有・占有し、その後協立商事株式会社(以下「協立商事」という。)がその占有代理人となつたところ、昭和五一年四月三〇日控訴人日音において愛知県刈谷市内及び知立市内の有線音楽放送の営業権(顧客及び放送設備を含む。)の譲渡を受け、本件放送線の引渡を受けたものであつて、右事実関係の下では、本件放送線に対する控訴人日音の権原が占有権及び所有権の二個であることは明らかである。そこで控訴人日音は、前記本案訴訟においては、早期解決をおもんぱかつてとりあえず占有権に基づく引渡請求権を訴訟物とすることとし、指図による占有移転の方法又はこれに代る合意等によつて控訴人日音が廣原から占有権を取得した旨主張したものである。そして控訴人日音において、右本案訴訟の控訴審で立証を尽くしておれば、右占有権に基づく引渡請求権の存在が肯認され、したがつてこれを排斥した第一審判決は取消を免れない筋合であつたが、控訴人日音には本件仮処分決定のもう一つの被保全権利である所有権に基づく引渡請求権を本案とする別訴を提起する途が残されており、この別訴の提起は、前記本案訴訟とは訴訟物を異にする以上、被控訴人主張のごとく民訴法二三七条二項に触れるものではないのみならず、十分勝訴の見込があるので、右別訴の提起を準備することとし、前記本案訴訟の控訴審において訴の取下をしたものにほかならない。そうすると、この度提起した右別訴(大阪地方裁判所昭和五五年(ワ)第四二七八号事件)の訴訟物である所有権に基づく引渡請求権を保全するために本件仮処分決定を維持存続させる必要があるから、その取消を求める本件申立は理由がない。

なお、被控訴人は、控訴人日音が本件仮処分決定の執行に名を借り被控訴人の顧客関係を奪取した旨主張するが、両社は有線放送線を通して顧客に音楽放送を配給している会社であつて、競合関係に立つ地域にあつては、双方が互に相手の顧客を争奪するために、相手の顧客との契約関係を破棄させて新たに自社との契約関係を締結することが通例であつて、本件のごとく、相手の放送線を切断し、それに自社の放送線を連結して自己の放送を流すことによつて顧客との契約関係が一方に移動することはありえないし、そもそも被控訴人主張の顧客は、当初から控訴人日音の顧客であつたのであるから、同控訴人において奪取する余地などはなく、右主張は理由がない。

三  証拠関係<省略>

理由

一  本件仮処分取消の申立の理由(一)、(二)の各事実は当事者間に争いがない。

およそ保全処分は、将来の執行を保全することを目的として、本案請求権の未確定の間になされるのであるから、それによつて保全される権利又は法律関係の確定を求める本案訴訟を前提としなければならず、その意味において実質上は本案に付随する性格を有するものである。ところで、本案訴訟の終局判決があつたのちに仮処分債権者が訴の取下をした場合には、民訴法二三七条二項に従い、訴訟物を同じくする再訴の提起は、それを正当ならしめる新たな利益又は必要性(再訴に対する応訴義務を相手方に課しても不公平とはいえない事情など)が生じたものでない限り、禁止されるから(最判昭和五二年七月一九日・民集三一巻四号六九三頁参照)、仮処分債務者は、その限りで(なお、右法案に抵触しない別訴の提起が本案訴訟として可能な場合については、次の項において検討する。)本案を欠缺するに至るのであつて、このような場合には、仮処分債権者は被保全権利の訴訟的解決を求める意思、したがつてまた仮処分を将来に存続させる意思(保全意思)を確定的に放棄する旨表明したものといわなければならず、これが仮処分の事情変更にあたることは明らかである。そうすると、本件放送線の仮の引渡を命じた本件仮処分決定について、仮処分債権者である控訴人日音は、その本案として提起した占有権に基づく引渡請求訴訟において第一審の終局判決があつたのち、控訴審において訴の取下をしたものであり、同一訴訟物に基づく再訴の提起を正当ならしめる新たな利益又は必要性についてその的確な主張・疎明が存しない以上、右仮処分決定については、その限りで事情の変更が生じたものといわざるをえない。

二  ところで、控訴人らは、本件仮処分決定の被保全権利は占有権に基づく引渡請求権と所有権に基づく引渡請求権の二個であつて、別訴として提起した所有権に基づく引渡請求権を保全するために本件仮処分決定を維持存続させる必要があるから、事情変更にはあたらない旨主張するので、この点について考察する。

いずれも成立に争いのない疎乙第一九号証の一ないし四によれば、控訴人日音の本件仮処分の申請理由は、本件放送線は愛知県刈谷市内及び知立市内の有線音楽放送の営業権を構成するものとして、もと廣原の所有・占有に属し、その後協立商事がその占有代理人となつたところ、昭和五一年四月三〇日、控訴人日音において右営業権(本件放送線を含む。)の譲渡を受け、本件放送線の引渡を受けたが、被控訴人が権原なくして右放送線を占有し、控訴人日音の営業に多大の損害を与えているので、本件放送線の引渡請求権の執行保全を求めるものであることが疎明される。そして右仮処分申請の被保全権利として、控訴人日音が、占有権に基づく引渡請求権のみを主張したのか、あるいは所有権に基づく引渡請求権をも予備的ないし選択的に併合主張したのか、また仮処分決定がいずれの請求権に基づいてなされたかは、前掲各疎明その他本件疎明資料上、必ずしも判然としない。しかし、保全処分は、その緊急性の故に、当事者においても被保全権利について確定的判断を下すに至らない段階で申請せざるをえない場合が少なくないことにかんがみると、仮処分申請時において右二個の引渡請求権を被保全権利として主張し仮処分決定も右二個の請求権に基づくものであるとの控訴人日音の主張自体は首肯できないわけではないし、両請求権は請求の基礎において同一性が認められるとはいえ、それぞれ成立要件、出訴期間等を異にする別個の請求権である以上、前記訴の取下をしたのち、控訴人日音において所有権に基づく引渡請求の別訴を提起することが民訴法二三七条二項の再訴禁止に抵触するものではない。

しかしながら、保全処分は、本来、長期間の存続を予定するものではなく、本案判決がなされるまでの暫定的措置にすぎないのみならず、保全命令は、通常、債権者の一方的な疎明資料に基づき比較的簡便な手続で発せられ、債務者に少なからぬ不利益を課するところ、一個の保全命令に数個の被保全権利が前提とされている場合、その中の一つについて本案訴訟で請求棄却の判決がなされたのち、訴が取下げられ、又は右判決が確定しても、債権者が請求の基礎を同一にする他の被保全権利につき順次本案訴訟を提起することによつて右の保全命令を維持することができ、したがつて可能なすべての本案訴訟が終了するまで一個の保全命令を存続させることができる(仮処分債務者としてはこれを明確に避けるために、本案の起訴命令を申立てることができる。)ものとすれば、それは右のような保全処分制度の本旨に反するのみならず、債務者の地位を著しく不安定にし、債務者のために種々の取消原因を設け保全当事者間の衡平を図つた法の趣旨とも相容れないことは明らかである。もつとも、右の場合、仮処分決定で認められた数個の被保全権利の中のいずれに基づいてどのような形態の本案訴訟を提起するかは、債権者の判断に委ねられているけれども、本案訴訟で併合訴訟の諸態様が認められている以上、被保全権利が数個あつても、一個の保全命令は一個の本案訴訟とその判決に対応する暫定的措置であると解するのが相当である。したがつて、債権者が一たん一個の被保全権利を特定して選択し、この請求権を本案とする訴を提起し、他の被保全権利を併合主張することなく訴訟追行を遂げた結果、当該被保全権利の存在を否定する終局判決がなされ、その後に訴の取下がなされた場合、あるいは終局判決が確定した場合には、たとえ請求の基礎を同一にする他の被保全権利について別訴を提起することが可能であつても、もはやこの別訴のために前の保全命令を維持して、その権利保全のためにこれを存続させることは許されず、右保全命令はその理出が消滅するに至るものといわなければならない。

これを本件についてみると、控訴人日音は、本件仮処分決定の本案たる訴訟において、占有権に基づく引渡請求権のみを主張し、その存在を否定する第一審の終局判決の後に訴の取下をしたのであるから、その主張のように所有権に基づく引渡請求権を訴訟物とする本案訴訟を別途提起する余地があるとしても、その権利保全のために本件仮処分決定を存続させることは許されず、右仮処分決定はその理由が消滅したことは明らかである。

三  そうすると、本件仮処分決定は、事情の変更により取消されるべきものであり、被控訴人の本件申立は理由があるから、これを認容すべきである。

よつて、これと結論において同旨の原判決に対する本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村瀬泰三 高田政彦 篠原勝美)

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