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大阪高等裁判所 昭和54年(ネ)346号 判決 1979年9月28日

控訴人 庄子ますえ

右訴訟代理人弁護士 勝岡實

被控訴人 下田明

右訴訟代理人弁護士 辻内隆司

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金八万二三〇〇円およびこれに対する昭和五二年一一月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを七分し、その三を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

この判決の第二項は仮に執行することができる。

事実

一  控訴人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の右取消部分の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却、控訴費用控訴人負担の判決を求めた。

二  当事者双方の主張と証拠の関係は、原判決事実摘示と同一であるのでこれを引用する。

理由

一  当事者双方の主張に対する当裁判所の判断は、控訴人の抗弁に対する判断の点を除き、原判決理由第一ないし第三項に認定、説示されたところと同一であるのでこれを引用する。

なお亡小山菊野から本件賃貸借における賃貸人の地位を承継した控訴人を含むその相続人らの、賃借人たる被控訴人に対する保証金返還債務が、分割債務となるか否かについて付言するに、右のように賃貸人が複数の場合、その賃借人に対する用益提供は共同不可分になされているとみられるから、その対価である賃料債権や用益提供した目的物の保管または返還義務の不履行による損害賠償債権などもやはり不可分債権として成立するというべきであり、そうすると賃貸借が終了して目的物が返還されるときにその賃貸借に関して生じた右のような各債権をすべて控除したその残額につき成立すべきいわゆる敷金の性質を持つ保証金の返還債務について、これを分割債務とすると、賃貸人と賃借人間の利益の均衡を失するうえ、法律関係の錯綜を生じて不都合であって、右債務も他に特段の事情のない限りは右の各債権に対応して不可分と解するを相当とするところ、本件賃貸借における保証金が右敷金の趣旨で差入れられたものであることは、《証拠省略》によって明らかであり、またその保証金の返還債務につき右特段の事情を認めるに足る証拠はなく、したがって控訴人には、右保証金返還債務の全額につき支払義務を生じたというべきである。

二  そこで抗弁につき判断するに、

(一)  《証拠省略》によると、被控訴人は、本件建物の明渡に際して控訴人に対し、その建物に生ぜしめた汚、破損につき、自ら修繕をなしまたはその修繕費を負担する意思あることを表明したことが明らかではあるが、しかしこの意思表明は、右汚、破損の箇所や修繕費の金額につき何ら具体的に言及されるところのない不特定な内容のものであったと認められるので、これをもって被控訴人が控訴人の依頼によりなされた後記修繕、改装工事の費用全部を負担し、あるいは後記保管義務違反による損害賠償債務とは別個に何らかの債務を負担する趣旨でなされた意思表示であるとみることは困難であるから、その旨の合意がなされ、さらにはこれを前提にその合意による修繕費請求債権と前記保証金返還債務との相殺契約が結ばれたとする控訴人の抗弁は、いずれも採用の限りではない。

(二)  ところで被控訴人が本件建物を明渡したのちに、控訴人の依頼によって、訴外森住雄が本件建物の修繕、改装工事をなし、その費用に金五二万一九〇〇円を要したことは、原判決理由第四項の冒頭部分に認定、説示されたとおりであるのでこれを引用し、また右認定に供された各証拠によると、右工事の明細と費用の内訳は、(イ)玄関引違戸、風呂場入口扉、台所窓引違戸およびそれらの敷居を交換した鋼製建具工事金一一万三三〇〇円、(ロ)内壁全部を塗替えた壁塗替工事金一三万三四〇〇円、(ハ)裏庭板塀全部を建替えた板塀工事金八万九七五〇円、(ニ)襖張替工事金二万八七〇〇円、(ホ)建具調整工事金一万二〇〇〇円、(ヘ)台所流し台入替工事金四万五〇〇〇円、(ト)台所床板、根太、大引の一部を交換した台所床補修工事金一万八四〇〇円、(チ)ひび割れた硝子を入替えた硝子工事金七〇〇〇円、ならびにそれらの工事に付随して生じた費用である(リ)釘および建具用金物代金五三五〇円、(ヌ)跡片付残材処理代金一万八〇〇〇円、(ル)運搬諸経費金五万二〇〇〇円というものであったことがそれぞれ明らかである(なお右費用内訳の合計は金五二万二九〇〇円になるが、右の各証拠と弁論の全趣旨から、その内訳合計と前記認定費用との差額金一〇〇〇円は値引きされたものと認められる。)。

(三)  しかして《証拠省略》によると、

(1)  前示(イ)のうち、玄関引違戸、風呂場出入口扉およびそれらの敷居の交換工事は、その戸や扉の各下部およびそれらの敷居が朽廃したために、また前示(ハ)の板塀工事もその板塀が朽廃したためにそれぞれなされたものと認められるが、これらの朽廃は通常の使用方法によっても生じ得ると考えられるところ、特にそれが被控訴人の保管義務違反にあたる行為(不作為を含む。)によって生じたことについて、これを認めるに足る証拠はなく、

(2)  前示(イ)のうち、台所窓引違戸とその敷居の交換工事、前示(ヘ)の流し台入替工事および前示(ト)の台所床補修工事は、台所流し台が漏水し、その水により台所床板の一部やこれを支える根太、大引が朽廃し、これに伴って台所窓の引違戸や敷居に歪みを生じたためになされたものであるが、しかし右流し台は、被控訴人が本件建物に入居した当初から排水口の腐触等によって水漏れしており、その下部の床板等もすでに多少朽廃していたこと、そこで被控訴人は、控訴人にその旨を通知して修繕を請求したが容れられなかったので、やむなく自らその排水管を電気洗濯機用の排水ホースと交換するなどして水漏れ防止の処置を講じたが、それが完全にできなかったため右床板等の朽廃がさらに進行したものであることがそれぞれ認められ、これらの諸事情に照らすと、右流し台の漏水、床板等の朽廃あるいは窓の引違戸やその敷居の歪みは、むしろ控訴人がその修繕義務を尽さなかったことに起因すると考えられるから、これらが被控訴人の保管義務違反にあたる行為によって生じたものとはにわかに断定し難く、

(3)  前示(ロ)の壁塗替工事は、内壁に穴があいたり壁土が剥離した箇所があったためになされたものではあるが、しかしこれらの壁穴等のなかには、被控訴人が本件建物に入居中その使用方法が悪かったために生じたものもあるが、そのほかに右入居の当初からすでに発生し、あるいはその当初から壁土が剥がれやすい状態となっていたために生じたものもあり、しかも少なくとも前者の原因のみによって生じた壁穴等の修繕であれば、必らずしも内壁全部の塗替は要しなかったものとそれぞれ認められ、これらの諸事情とその認定に供した前記各証拠を総合すれば、右の壁塗替工事に要した費用のうち、被控訴人の保管義務違反と相当因果関係ある損害は、右費用の約三分の一にあたる金四万五〇〇〇円と評価するのが相当であり、

(4)  前示(ニ)の襖張替工事、前示(ホ)の建具調整工事および前示(チ)の硝子工事は、襖が汚損し、またそれを含む建具および硝子が破損したためになされたものであり、しかもそれらの汚、破損は、いずれも被控訴人が本件建物に入居中その使用方法が悪かったために生じたものとそれぞれ認められるので、右の各工事に要した費用である金四万七七〇〇円は、被控訴人の保管義務違反と相当因果関係ある損害と評価することができ、

(5)  前示(リ)の釘および建具用金物代金、前示(ヌ)の跡片付残材処理代金ならびに前示(ル)の運搬諸経費は、前示(イ)ないし(チ)の各工事に付随して生じた費用であること前記のとおりであるが、そのうち右の(3)および(4)で認定した被控訴人の保管義務違反による内壁、建具および硝子等の汚、破損に対する各修繕工事に関して生じた分は、右費用の約二割にあたる金一万五〇〇〇円と評価するのが相当であるから、これは被控訴人の保管義務違反と相当因果関係ある損害とみることができる。

(四)  そうすると控訴人に生じた被控訴人の保管義務違反による損害の額は、右の(三)の(3)のないし(5)における認定額の合計である金一〇万七七〇〇円となり、なお控訴人が被控訴人との間で、金五万円のほか物干台代金として金一万円を保証金から差引く旨を合意したことは当事者間に争いがなく、またその保証金が敷金の趣旨で差入れられたものであることは前記のとおりであるので、被控訴人の控訴人に対する保証金返還債権は、被控訴人が差入れた保証金二五万円から右の損害と約定控除金を差引いた残額である金八万二三〇〇円の限度において成立したものというべきである。

三  以上によれば、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は、右の保証金返還債権金八万二三〇〇円およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和五二年一一月一二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余を失当として棄却すべきであるところ、これと異なる原判決は一部不当であるのでこれを右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条本文、九六条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山田義康 裁判官 潮久郎 藤井一男)

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