大阪高等裁判所 昭和54年(ネ)373号 判決 1980年10月30日
控訴人 木本秀美
右訴訟代理人弁護士 岡島重能
被控訴人 竹原政子(旧姓 和田)
右訴訟代理人弁護士 吉田亘
主文
原判決を次のとおり変更する。被控訴人は、控訴人に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和五二年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、第一、二審を通じこれを五分し、その四を被控訴人、その余を控訴人の負担とする。
この判決第二項は、控訴人において金一〇〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。
事実
控訴人は「原判決を取消す。被控訴人は、控訴人に対し、金三七〇万円及びこれに対する昭和五二年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決と仮執行の宣言を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実適示のとおりであるから、これを引用する。
一 主張
1 控訴人
(1) 控訴人が真和から本件土地を置受ける契約をしたとき、その契約を担当したのは真和の被用者である訴外秀島武、同小川裕道で、訴外秀島は真和の事業本部長として社長の仕事を代行し、訴外小川は真和の課長待遇の地位にあったところ、訴外秀島は、自己単独又は訴外小川と共同して、控訴人に対し、本件土地の所有権の移転ができないのにこれができるように誤信させ、真和を売主、控訴人を買主とする本件土地の売買契約を締結させ、控訴人から右代金三〇〇万円を騙取したものである。なお、訴外小川は、以上の故意がなかったとしても、本件土地が真和の扱う土地でないことを知りながら、訴外秀島とともに控訴人にその買取を勧めて右契約をするに至らしめ損害を与えた点において過失がある。
(2) 本件土地の右売買契約は、昭和五一年五月ころ履行不能となって解除され、控訴人は、右契約に基づき真和に対し、手付の倍額金一〇〇万円の違約損害金請求権を有していたところ、訴外秀島において右損害金の内金三〇万円を支払ったが、真和は残損害金七〇万円の支払をしない。
(3) 被控訴人は、真和の代表取締役として真和に代わりその事業を監督する地位にあったから、民法七一五条二項により、訴外秀島、同小川が真和の事業の執行にあたり控訴人に与えた前示(1)(2)の損害合計金三七〇万円を賠償する義務がある。
よって、右の主張と、商法二六六条ノ三に基づく主張とを択一的に主張する。
2 被控訴人
控訴人の前示主張事実のうち、真和の代表取締役である被控訴人が、訴外秀島を真和の事業本部長としてこれに営業の具体的行為を委せていたこと、真和の使用人である右秀島及び訴外小川が真和の扱う土地でない本件土地を、売主を真和として控訴人に売渡す契約をしたことは認めるが、その余の点は争う。
二 証拠関係《省略》
理由
一 被控訴人が、不動産売買の仲介業を営む真和の代表取締役であり、真和の事業本部長である訴外秀島に営業の具体的行為を委せていたこと、真和の使用人である右秀島及び訴外小川が、真和の扱う土地でない本件土地につき売主を真和として控訴人にこれを売渡す契約をしたこと、はいずれも当事者間に争いがない。
二 右争いない事実、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。
1 真和は、不動産の売買、仲介等を目的として昭和四九年一〇月設立され、北海道の二地区に所有していた約一八〇区画の土地の販売業務を行い、昭和五〇年一一月当時には、従業員約二〇名を使用していた。当時、被控訴人は、真和の代表取締役として週三・四日出社し会社業務を統轄していたが、土地販売に関する営業部門は社員である事業(営業)本部長の訴外秀島武に担当させ、具体的な販売業務についてもすべて同人の指示によりこれを行わせ、被控訴人は、売買契約が成立したとき書類上の決裁をするのみで、入金も同人及び総務部長を経由して被控訴人の手許に届くようにしていた。なお、当時、真和ないしその代表者印及び売買契約書、領収証用紙は総務部長角石某が保管し、土地の売買契約が成立する見込のあるときは、事前に担当者から総務部長を経由して被控訴人の決裁を得て真和ないしその代表者印を押捺した右各書類を交付して契約書の作成、領収証の発行がされることになっていたが、被控訴人は、その不在のときは、右決裁と関係書類を担当者に交付する一連の事務を前示総務部長に委していた。
2 本件土地は、昭和五〇年一一月当時、訴外松本正の所有で同人名義に登記されており、真和においてこれを買収して転売する予定もなく、ほんらい真和がその営業上取扱う物件ではなかった。
3 ところが、訴外秀島は、真和ないし被控訴人に無断で本件土地の売却により自ら利得を得ようと考え、真和の営業部の社員訴外小川裕道に紹介された控訴人に対し、右2の事実及び訴外松本が本件土地を手放すか否か明確でなくその意向次第で控訴人に右土地の所有権を移転できないこともありうること並びに真和に無断で取引するものであることなどを秘して、本件土地の買取方を交渉し、控訴人をして、本件土地は真和の所有であって訴外秀島に真和の代理権があり本件土地の所有権を取得できるものと誤信させ、その結果、控訴人は、昭和五〇年一一月一一日訴外秀島との間で、控訴人が真和から本件土地を代金三〇〇万円、契約の履行期は同月一七日、売主が違約したときは手付金の倍額を損害金として買主に支払う旨の売買契約をして、控訴人は、訴外秀島に同月一一日手付金五〇万円、同月一七日残金二五〇万円を支払った。訴外秀島は、右契約にあたり総務部からひそかに入手していた真和所定の契約書用紙に真和の社印及び代表者印の押捺したものを持参して控訴人との間の右売買契約書を作成し、かつ、前同様ひそかに入手していた真和所定の領収証用紙に真和の社印及び代表者印の押捺されたものに受領金額を記入して控訴人に交付した。
4 しかし、結局、控訴人は、右契約の履行を受けられず、その後訴外秀島から違約損害金一〇〇万円の内金三〇万円の支払を受けたのみで、前示売買代金(手付金を含む)三〇〇万円の返還を受けられず右代金と同額の損害を被っている。
《証拠判断省略》
そして、以上の認定によれば、訴外秀島は、外形からみて真和の業務の執行として控訴人を欺罔して前示売買代金三〇〇万円を騙取し控訴人にこれと同額の損害を与えたものであり、かつ、被控訴人は、真和に代わり真和の事業を監督していた者として民法七一五条二項、一項により真和の被用者たる訴外秀島が控訴人に与えた右損害を賠償する義務があるというべきである。
ところで、控訴人は、前示売買契約における違約損害金一〇〇万円のうち、訴外秀島から支払を受けた金三〇万円を控除した残損害金七〇万円についても、被控訴人にこれが賠償義務があると主張する。しかし、民法七一五条により使用者あるいは代理監督者において第三者に賠償責任を負担するのは、被用者の不法行為と相当因果関係のある損害に限られるのであって、控訴人が、真和ないし訴外秀島に対して契約上の責任を追及し右違約損害金の請求をなしうる余地があるとしても、右損害金相当額は、訴外秀島の不法行為そのものと相当因果関係に立つ損害とはいえないから、被控訴人にこれが賠償義務の生ずる余地はないというべきである。また、前示認定の事実によれば、訴外秀島の前示一連の行為により控訴人に損害を与えたことにつき、被控訴人に悪意又は重大な過失があったものとは解し難いので、商法二六六条ノ三により被控訴人が控訴人に対し、前示違約損害金を賠償する義務があるものとはいえない。よって控訴人の前示主張は採用できない。
三 よって、控訴人の本訴請求は、被控訴人に対し金三〇〇万円及びこれに対する訴外秀島の不法行為後の昭和五二年一月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当としてこれを認容すべく、これを超える請求は失当であるからこれを棄却し、以上と結論を異にする原判決を主文のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 首藤武兵 裁判官 丹宗朝子 西田美昭)