大阪高等裁判所 昭和54年(ネ)527号 判決 1979年10月30日
控訴人・原告 木下忠義
右補助参加人 木下正一
被控訴人・被告 亡片山金一訴訟承継人 片山ナカ 外二名
訴訟代理人 吉本登
主文
原判決を取消す。
本件を神戸地方裁判所に差戻す。
事実
一 当事者の申立
(控訴人)
(一) 原判決を取消す。
(二)(1) 主位的請求
被控訴人らは関西観光開発株式会社に対し、原判決末尾添付物件目録記載の土地につき真正な所有名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
(2) 予備的請求
被控訴人ら所有の右土地と関西観光開発株式会社所有土地との境界確定を求める。
(三) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
との判決
(被控訴人ら)
(一) 本件控訴を棄却する。
(二) 控訴費用は控訴人の負担とする。
との判決
二 当事者の主張
次に付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるからこれをここに引用する。
(控訴人)
(一) 片山金一は昭和五四年二月九日死亡し、被控訴人らにおいて金一の権利義務を相続承継した。
(二) 商法二六七条の株主代表訴訟により追及しうる「取締役の責任」には本訴請求のごとき取締役の義務も含まれる。もしこれを限定的に解し本訴請求がその範囲に含まれないとするならば、会社の経営主体である株主は自己の名において訴訟を提起することも許されず、さりとて会社に訴の提起を強制する方法もなく、極めて重大な不利益を蒙りながらひたすら拱手傍観するほかないこととなり、株主代表訴訟制度の趣旨は全く没却され、取締役の独断専行、図利横領を許すこととなり、不当である。
(被控訴人ら)
(一) 控訴人主張(一)の事実は認める。
(二) 商法二六七条に規定する「取締役の責任」は、取締役が法令又は定款に違反した結果生じた会社に対する損害賠償(商法二六六条)と取締役の会社に対する資本充実責任(同法二八〇条の一三)を意味するものであり、控訴人の本訴請求はいずれも右の範囲に含まれない。控訴人が主張するように「取締役の責任」を広く解するならば、代表訴訟が、一株や二株の株主によつて会社荒しに利用されたり、単なる株主個人の不満で無用な訴訟提起をしたりして、かえつて、会社や他の株主が不利益を蒙る場合が多くなるので、前記のように「取締役の責任」の範囲は限定的に解すべきである。
理由
一 本訴請求は、商法二六七条の規定により、控訴人が株主として訴外会社に代り、亡片山金一が訴外会社代表取締役の資格において売主と折衝して買受け自己名義に所有権移転登記をなした本件土地につき、同会社のために真正な所有名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をすることを求め、予備的に、右土地と訴外会社所有土地との境界を確定することを求めているものである。
二 ところで、商法二六七条の規定により、株主が会社のために訴をもつて追及することのできる「取締役の責任」には、取締役が法令又は定款に違反した結果生じた会社に対する損害賠償責任や会社に対する資本充実責任だけでなく、不動産所有権の真正な登記名義の回復義務も含まれると解するのが相当である。けだし、会社の取締役は選任されることによつて委任の規定に従い会社に対し善管義務ないし忠実義務を負い、取締役の会社に対する責任を追及する訴の提起は元来、取締役の善管義務ないし忠実義務の履行請求権の主体である会社のみがなしうるところであるが、とくに、第三者である株主においてもなしうることとしたゆえんのものは、取締役間の特殊な関係から会社においてかかる訴を提起することがあまり期待できず、訴提起懈怠の可能性が少なくないことにかんがみ、その結果、会社すなわち株主の利益が害されることとなるのを防止してその利益を確保することにあるところ、取締役間の特殊の関係にもとづく訴提起懈怠の可能性は、取締役が会社に対し不動産所有権の真正な登記名義の回復義務を負つている場合でも異るところはないからである。
三 被控訴人は、代表訴訟がわずか一、二株の株主の会社荒しに利用される虞れのあることを理由に、代表訴訟によつて追及することのできる「取締役の責任」は、会社に対する商法二六六条の損害賠償責任と同法二八〇条の一三の資本充実責任に限られるべきであると主張する。もとより右の「取締役の責任」の範囲を考えるにあたつて、代表訴訟が濫用される虞れのあることも十分考慮に入れなければならないが、そもそも右のような濫用の虞れのあることは昭和二五年の商法改正により代表訴訟の制度が採用された当初から危惧されていたところであり、立法上もその防止のための一応の配慮(担保の提供・贈収賄に対する罰則など)がなされているのである。しかるに、商法二六七条の規定には、単に「取締役の責任」とのみあつてこれになんらの説明的文書が付加されていないのである。したがつて、被控訴人主張のような理由のみをもつて、取締役の責任の範囲をその主張のように限定的に解すべきいわれはないといわなければならない。
四 そうすると、被控訴人らに対し、訴外会社の真正な所有名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求める控訴人の主位的請求の訴は適法であり、原判決中、これを不適法として却下した部分は不当であるから、予備的請求に関する部分も含め原判決全部を取消したうえ原審に差戻すべきである。
よつて、民事訴訟法三八六条、三八八条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 本井巽 裁判官 坂上弘 裁判官 野村利夫)