大阪高等裁判所 昭和54年(ラ)282号 決定 1979年9月05日
抗告人 景井隆次 外二六名
主文
本件抗告をいずれも棄却する。
抗告費用は、抗告人等の負担とする。
理由
一 本件抗告の趣旨および理由は、別紙のとおりである。
二 当裁判所の判断
1 原決定理由第三 一ないし四、五1(同決定一四枚目表三行目「一 本件人事記録」から同一七枚目裏七行目「ことはできない。」まで。)を引用する。
2 本件人事記録が民訴法三一二条三号後段の文書に該当するとの主張について
(一) 民訴法三一二条三号後段にいう「法律関係」とは、もともと契約関係を前提として規定されたと解されるから、そこにいう法律関係につき作成された文書というのも、当該法律関係そのものを記載したものに限られないとしても、その成立過程で当事者間に作成された申込書や承諾書等法律関係に相当密接な関係を有する事項を記載したもののみをいうと解するのが相当である。
現行民訴法下においては、当事者が自己の手元にある証拠を提出するか否かは、原則として、当該当事者の自由であり、文書についても、これを法廷に提出して当該文書を相手方ひいては一般公衆の了知するところとさせるか否かの処分権は、一般的には、右文書の所持者に専属するところ、民訴法三一二条は、右原則に対する例外として、挙証者と文書所持者とが、その文書について同条所定の特別な関係を有するときにのみ、挙証者の利益のため、当該文書の所持者の右処分権に制ちゆうを加えようとするものと解すべきである。しかるとき、民訴法三一二条三号後段にいう「法律関係」をもつて、当事者間のあらゆる法律的関係に関して何等かの意味で関係のあるもの一般を指称するものと解すると、挙証者が、文書の所持者を相手方として訴訟を提起している場合には、当該訴訟で挙証者が文書所持者に対して主張している権利が認められるか否かという法律関係が両者間に必ず存在することになるから、当該文書に挙証者に利害関係のあることが記載されていれば、それだけで、挙証者は常にその提出を求め得ることになり、およそ現行民訴法が予定しているところと異なる結果を生ぜしめることになる。
よつて、民訴法三一二条三号後段所定の文書についても、前叙の如く、これを限定的に解するをもつて相当とする。
(二) 人事記録の作成保管の目的、人事記録が国家公務員法一九条に基づき各省庁においてその作成が義務付けられている点、その様式、作成方法、記載事項および保管等が人事記録の記載事項等に関する政令および人事記録の記載事項等に関する総理府令によつて規定されている点、人事記録は任命権者が当該職員の関与なしに独自に(右政令一条)、職員ごとに(右総理府令三条一項)作成するものであり、右人事記録には、職員の氏名および生年月日、学歴に関する事項、試験および資格に関する事項、勤務の記録に関する事項、右総理府令一条四項に記載する事項(本籍、性別、研修、職務に関して受けた表彰、公務災害に関する事項等)(右政令二条)が記載されている点、本件人事記録にも抗告人等および同期入関者各人についての右事項が記載されているものと推認されること、については、原決定認定(同決定一五枚目表末行「三 ところで、」から同一六枚目表四行目「することができる」まで。)のとおりである。
(三) 右認定にかかる、本件人事記録の記載事項からするならば、右人事記録は、抗告人等と相手方との間の法律関係そのものを記載した文書にも、その成立過程で当事者によつて作成された当該法律関係に相当密接な関係を有する事項が記載された文書にも、該当しないというべきである。
なお、抗告人等の本件訴訟は相手方の差別取扱に基づく賃金相当損害金等ならびに慰藉料の請求(その主張の詳細は、原決定一四枚目表五行目「二 本件記録によると、」から同裏一〇行目「主張し、」まで、のとおり。)であるところ、抗告人等と相手方との間のかかる不法行為(損害賠償)法律関係が、民訴法三一二条三号後段所定の法律関係に包含されるものでないことは、前叙説示のとおりである。
右認定説示に反する、抗告人等の、この点に関する主張は、全て理由がなく採用できない。
3 叙上の認定説示を総合すると、本件人事記録は、民訴法三一二条三号前段および後段の文書のいずれにも該当しないから、抗告人等のその余の主張につき判断を加えるまでもなく、相手方は、右文書の提出義務を負うものでない。
4 以上の次第で、本件文書提出命令の申立は、これを却下すべきであり、したがつて、これと結論を同じくする原決定は正当であり、本件抗告はいずれも理由がない。
よつて、本件抗告をいずれも棄却し、抗告費用を抗告人等に負担させることとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 大野千里 岩川清 鳥飼英助)
(別紙)当事者目録<省略>
(別紙)同期入関者目録<省略>
(別紙)
抗告の趣旨
一、原決定を取消す
二、相手方は、大阪税関長の作成、保管に係る別紙同期入関者目録記載の職員の人事記録を提出せよ
との裁判を求める。
抗告の理由
一、原決定は、抗告人らの請求している本件人事記録について、民訴法第三一二条第三号の文書該当性について、つぎのような判断のもとにこれを否定した。
(一) 民訴法第三一二条第三号前段「挙証者ノ利益ノ為ニ作成」された文書とは、挙証者の法的地位や権限を直接証明し、又はこれを基礎づける目的で作成される文書という。そして本件人事記録は抗告人らの相手方に対する法的地位又は権限を直接証明し、これを基礎づける目的で作成されたものでないことは明らかであるから、同条項前段の文書には該当しない。
(二) 民訴法第三一二条第三号後段「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成」された文書の意義について、<イ>まず挙証者が当該文書に対して一定の関係を有することを要し、<ロ>右条項の「法律関係」とは、挙証者と文書の所持者との間の法律関係それ自体を記載した文書およびその法律関係の構成要件事実の全部又は一部が記載された文書であること、<ハ>法律関係「ニ付作成」された文書とは、右の法律関係自体の発生、変更、消滅を直接証明し、あるいは、右法律関係を前提として、その発生、変更、消滅の基礎となり、又はこれを裏付ける事項を明らかにする目的のもとに作成されたものをいう。
本件申立に係る人事記録は、抗告人と相手方との間の不法行為法律関係の構成要件の一部を記載したものといいうるが本件人事記録は法令の規定に基いて作成保管するものであつて、抗告人と相手方との右の(不法行為)法律関係の存在を前提として、その事実を明らかにするために作成したものではないから、同条項後段の文書には該当しない。
二、しかしながら原決定の右判断はいずれも誤まりである。以下にその理由を述べる。 (一) 本件人事記録が民訴法第三一二条第三号前段に該当しないとする点について 1 原決定は同号前段に該当しない理由として、前記のとおり、本件人事記録は、抗告人らの法的地位や権限を直接証明し、あるいはこれを基礎づける目的で作成されたものではない、からであるとする。
2 しかしながら、まず第一に、民訴法第三一二条第三号前段を原決定のように狭く解釈すべき理由はない。
むしろ、同号前段については、挙証者の権利権限を直接に証明し又は基礎づける目的で作成された文書のみならず重要な争点の解明に役立ち、間接的挙証者の権利権限の証明に効果ある文書もこれに含まれる、と解すべきである(小室意見書一二頁参照)。
このような解釈は、とりわけ本件のような形式は民事訴訟ではあるが、その実体は国と私人との訴訟であつて、一方当事者の国は絶大な国家権力を有するのに対して他方当事者の私人はいわば素手で立ち向うのであり、そこには当初から著しい力の不均衡が存在している。そもそも、民訴法第三一二条の予定するところは、平等な私人間の訴訟である。そこでは原決定のような解釈も妥当したかもしれない。
しかし本件のような国家権力を相手に訴訟を提起するときにも、なお、原決定のような解釈を維持するときは、結局、一方当事者の私人に対して著しい不平等を強いることとなる。
3 以上よりして原決定は同条同号前段の解釈を誤つたものである。本件人事記録は、間接的に抗告人らの権利の証明に効果ある文書であり、従つて同号前段に該当するものというべきである。
(二) 民訴法第三一二条第三号後段に該当しない、とする判断について
1 前記のとおり、原決定は本件人事記録は抗告人らと大阪税関の間の不法行為の法律関係の構成要件の一部を記載したものであつて、これは抗告人らと大阪税関の間の法律関係を明らかにするに役立つものではあつても、それらのを目的として作成されたものではないから、同条同号後段の文書には該当しない、という。
2 しかしながら本件の訴訟はいうまでもなく大阪税関(国)の不当労働行為による損害賠償請求訴訟である。これは形式上は前記のとおり民事訴訟であるが、その実質は、憲法第二八条の保障する労働基本権の不当な侵害に対する救済の訴訟である。
この訴訟において先決的、中心的対象をなすのは労働基本権の侵害の有無、不当労働行為の成否であつて、これは私人間の訴訟とは趣を異にする。
いわば、労働者の団体的権利に関する公益的性質を有する訴訟である(小室意見書一七頁以下)。
このような公益的性質を有する訴訟にあつては、民訴法第三一二条第三号後段を原決定のように「法律関係の存在およびその変動を根拠づける事項を明らかにする目的で作成された」文書と限定するのは余りに狭きにすぎるといわなければならない。
3 もし原決定のような前提に立つならば、およそ不当労働行為という法律関係などということはその事柄の性質上その存在を前提とされるものではないし、又これを明らかにする目的をもつて文書などが作成される、というようなことはありえない。不当労働行為は、その私法上の法的性格は民法第七〇九条の不法行為である。しかし、これは、他の多くの不法行為の類型が過失に基くものであるのに対して、むしろ、主体的意思に基いて形成される、いわば故意による行為である。従つて、そもそもその不当労働行為の存在を裏付ける目的で文書などが作成されるはずはない。このような目的を要求すること自体無意味である。
4 以上よりして、同条同号後段の文書については、客観的に法律関係の構成要件の全部又は一部が記載されていることをもつて足り、それ以上に文書の作成の目的は不要と解すべきである。
とりわけ、本件においては本件人事記録は、そのこと自体で相手方の不当労働行為意思を明らかにするものというより(むろんその意味もないわけではない)むしろ抗告人らの主張に対して、相手方が何らの答弁をもしないことに起因しているのである。本件申立はその意味で単に実体的真実発見という観点のみならず、訴訟促進、訴訟経済という観点からもなされていることも十分考慮される必要がある。
そして原決定のような立場に立つならば、私人である抗告人らは結果的に国の不法行為に対しては権利救済の途を閉されてしまうこととなる。なぜならば、抗告人らの主張に対する答弁を強要することは不可能であり、それに副うと思われる証拠もすべて国が所有しているのであつて、これを全く使用することが出来ない、という事態になるからである。
このようなことは労働基本権を保障した憲法第二八条を全く否定するものであつてとうてい容認されるものではない。
三、以上よりして、原決定は民訴法第三一二条第三号の解釈を誤つたものであり、従つてすみやかにこれを取消し抗告人らの本件申立を認容されるよう、本申立に及んだ次第である。
なお、抗告の理由についてはさらに補充する予定である。
抗告理由の補充
第一、本件人事記録の民訴法第三一一二条第三号後段の該当性について
一、原決定は、本件人事記録が原告と被告との法律関係の構成要件の一部を記載した文書であることは認めながらも、本件人事記録は「大阪税関長が主として職員の人事行政の運営から法令の規定に基いて作成・保管するものであつて、原告主張のような法律関係の存在を前提としてその事実を明らかにするために作成したものでない」として、その民訴法第三一二条第三号後段該当性を否定した。
しかしながら、人事記録がどのような趣旨のもとに法令によつてその作成が義務づけられているか、さらに本件損害賠償訴訟の性格を考えるならば、原決定の誤まりは明らかである。
二、人事記録作成の目的と民訴法第三一二条第三号後段該当性について
(一) 国家公務員法第一九条第二項は「内閣総理大臣は、総理府、各省その他の機関をして、当該機関の職員の人事に関する一切の事項について、人事記録を作成し、これを保管せしめるものとする」と定めている。これが人事記録の法令上の根拠でありかつ、各省庁の担当者が故意にこの人事記録を作成しなかつたときは処罰される(同法第一〇九条第六号)という点で、その作成義務は極めて強いものである。
人事記録の記載事項の具体的内容等については、政令、省令等に委ねられている。
この人事記録の作成保管義務についての趣旨は「科学的な人事管理と職員の利益保護という点にある」、とされている(中村博、国家公務員法一一七頁--特別法コンメルタール)。
(二) ところで国公法第二七条は「すべて国民は、この法律の適用について、平等に取り扱われ、人種、信条、性別、社会的身分門地又は第三八条第五号に規定する場合を除く外政治的意見、若しくは政治的所属関係によつて差別されてはならない」と定め、平等取扱の原則を宣言している。そして、この条項の「すべての国民は」の中に、国の機関に働くすべての職員が含まれるものであることは当然のことである。
さらに、国公法第一〇八条の七は「職員は、職員団体の構成員であること、これを結成しようとしたこと、もしくはこれに加入しようとしたこと、又はその職員団体における正当な行為をしたことのために不利益な取扱いを受けない」と定め、もつて、労働組合の所属およびその組合活動を理由とする差別的取扱いを禁止している。
換言すれば、国の機関に働く職員は、これらの条項によつて平等に取扱われる権利、および労働組合の所属のいかん、もしくはその組合活動を理由として差別されない権利が保障されているのである。
(三) 人事記録の作成保管の制度の趣旨が前記のとおり、科学的な人事管理と合わせて、職員の利益保護にあるとされているのであるが、その後者の職員の利益保護の具体的内容は、まさしく職員が平等、公平に取扱われることを具体的に保障することを意味する。すなわち、そのときどきの人事管理者(国公法第二五条)の主観的もしくは恣意的な判断によつて、職員が不公平な取扱いを受けない、ということを制度的に保障したものというべきである。
右の人事記録作成保管の制度の目的よりすれば、人事記録は単に当該職員の利益(この場合は主として適材適所に配置されるという権利、科学的人事管理の面に属する)のみならず、他の職員との関係において、労働組合の所属ならびにその活動を理由とする差別的取扱いをしていないか、あるいは不平等な取扱いをしていないかどうか、を判断する資料として重要な役割をもつものである。そして、人事記録の果しているこの役割はとりも直さず、抗告人と相手方との法律関係(不法行為による損害賠償)の基礎となる事実の存在もしくは不存在を明らかにすることなのである。
ところで、人事記録と同様に法律上その作成が義務づけられているところの賃金台帳について、福岡高裁昭和四八年二月一日決定(判例タイムズ二九八号二四三頁)は、賃金台帳は、賃金請求権の基礎となる事項が記載されているから、使用者と労働者の間の法律関係に関係のある事項を記載した文書ということが出来、本来は使用者の便宜のためであつても、行政上の監督や労使紛争の予防解決のためにも作成されるものであるので作成者の内部的自己使用のためのみの文書ではない、として、民訴法第三一二条第三号後段の該当性を認めている。その後、同趣旨の裁判例は、運転日報について福岡高裁昭和四八年一二月四日決定(判例時報七三九号八二頁)、賃金台帳について、大阪高裁昭和五三年三月一五日決定(労働法律旬報九五三号二一頁)、等相次いで出されている。
本件人事記録についても、作成保管の目的は、前述のとおりであることからして、これらの裁判例と別異に解すべき理由はない。
(四) 然るに原決定は、人事記録は「職員の人事行政の運用の必要」から作成保管するものである、として、右に述べた点については全く思いを致していない。
なるほど、本件人事記録は抗告人と相手方との不法行為法律関係の存在を前提として、その事実を明らかにする目的で作成されたものということは出来ないかもしれない。しかし、本件人事記録を含めて、人事記録は前記のように、職員が公平平等に取扱われる権利、組合活動を理由として不当な差別を受けない権利を具体的に保障することをもその制度の目的としているそこからは、不法行為法律関係の存在および不存在を明らかにする目的ということは当然に導き出される結論である。その意味で、原決定のいう不法行為関係の存在のみを前提として、「その事実を明らかにする目的」という立論は、それ自体狭きにすぎるものであつて妥当ではない。
以上要するに、本件人事記録は、抗告人と相手方との間の不法行為法律関係の構成要件の一部を記載したものであり、さらに、人事記録の作成保管の目的の中には、不法行為法律関係の存否を明らかにすることをも含まれているものであつて、従つて、民訴法第三一二条第三号後段に該当する文書であることは明らかである。これと反する原決定は、民訴法第三一二条第三号、国公法第一九条の解釈を誤つたものといわざるをえない。
三、抗告人と相手方との間の本件訴訟の特殊性について
(一) すでに、抗告理由書でも触れたところであるが、抗告人と相手方との本件損害賠償請求訴訟は、形の上では通常の民事訴訟法に従つて、行われているのであるが、しかしその実質は、同法が予定しているところの私人間の個対個間の訴訟とは大いに趣を異にしている点は十分考慮されなければならないところである。
すなわち、本来国の機関としてはあるまじきところの国公法第二七条の平等取扱の原則、同法第一〇八条の七の不当労働行為の禁止の規定を破つて、大阪税関当局が、全税関労組に所属している抗告人らを、その組合所属と、その組合活動の故に不当に差別したというのが本件訴訟の内容である。そしてその内容は、事柄の性質上大阪税関当局の故意に基く行為である。この故意そのものを直接的に証明することはほとんど不可能に近い。そこで差別的取扱いを受けた抗告人らは、客観的なあれこれの資料を積み重ねることによつて、当局の故意の存在を間接的に証明するしかない。これは不当労働行為のすべてに共通する現象である。しかし、この故意を間接的に証明すると思われる資料もそのほとんどは大阪税関当局が保持している。すなわち、本件訴訟はその出発の当初より、法主体間に力のアンバランスがある上に、かつ証拠が当局の側に偏在している、というのである。これこそ、本件訴訟が、私人間の通常の民事訴訟と趣を大いに異にしている点である。
このような力のアンバランスを是正することこそ、訴訟における実質的平等と公平を期し、合わせて、真の権利者を保護する所以である。
そして、文書提出命令を認めることも、この力のアンバランスを是正する一つの有力な手段である。この観点からも、本件人事記録の民訴法第三一二条第三号後段の該当性は認められるべきである。
(二) 本件人事記録は、もとより抗告人らの本件訴訟の証拠資料としても重要な意味を有することはいうまでもないところであるが、それ以前に、本件訴訟の主張を整理し、争点を明確にする上でも大きな意味を有する。
改めて述べるまでもないことであるが、訴訟当事者は、お互いに、その主張を整理し、争点を明確化することによって、訴訟審理の促進を図ることは、訴訟当事者の当然の義務である。ところが本件相手方はそうした義務をも無視して裁判所の度重なる勧告にもかかわらず、原告である抗告人らの主張の重要部分についての認否をかたくなに拒否している。これは極めて不誠実な態度といわなければならない。そもそも、このような訴訟の提起を受けた国としては「正義を実現し、国民を庇護すべき立場にあるのであるから、民事訴訟の当事者となつた場合でも、通常の当事者と異なり、事件の解明に役立つ資料は進んで全部提出し、真実の発見に協力する(義務を負う)」(東京高裁昭和五〇年八月七日決定判例時報七九六--五八頁。事案は自衛隊航空機事故による損害賠償訴訟における航空機事故調査報告書の提出義務に関するもので、右決定はこれを認めた)。
本件訴訟の一方当事者である相手方は右決定にいうところの通常の訴訟当事者の尽すべき義務すら果していない。こうした背景よりすれば、本件人事記録の提出義務を認めることは正義の実現のためにも是非とも必要である。
第二、守秘義務について
一、原決定は、本件人事記録について民訴法第三一二条第三号の文書に該当しない、との判断をしたためさらに進んでその文書の提出義務と守秘義務との関連については判断をしなかつた。
そこで抗告審においては抗告人は原審での主張をすべて援用することとする。
二、右に若干の補足をするならば、すでに述べたように国家秘密は行政庁が形式的に秘密指定をすればすべて国家秘密となるものではない。行政目的を達するために必要かつ相当であるとの実質を備えたときのみはじめて認められる。これは民主国家の要諦である。とくに、国家公務員の証言については国公法第一〇〇条第三項は法律に特別の定めのある場合を除いては監督官庁は証言の許可を与えるのを拒否してはならない、と規定していることは、右の点からして十分考慮されるべきである。
「(文書の)提出によつて侵害される虞のある個人や企業等の秘密、公共の利益を保護する必要があるから、その保護の必要性が立証のための当該文書提出の必要性を上廻る場合には(中略)提出命令の対象とはならない」(前掲東京高裁昭和五〇年八月七日決定)というのが守秘義務と提出義務との調和を図る一つの基準とされている。この基準に照らしてみても、本件人事記録は秘密保護の必要(すでに述べたように、そのうちの大部分は事実上数年前まで職員録に印刷することによつて当局によつて公開されていた)よりも、立証のための文書提出の必要性がはるかに上廻つているものである。
こうした点から守秘義務についての相手方の主張は理由がない。