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大阪高等裁判所 昭和54年(ラ)348号 決定 1979年7月27日

抗告人

日商岩井株式会社

右代表者

植田三男

右代理人

山本晃夫

藤林律夫

主文

原決定を取り消し、本件を大阪地方裁判所に差し戻す。

理由

一抗告人の本件抗告の趣旨とその理由は別紙記載のとおりである。

二当裁判所の判断

破産宣告を受けた債務者は、以後破産者となり、その所有する財産は破産財団を構成し、これに関する管理処分の権能は破産管財人に専属するに至り(破産法七条、一八五条)、破産者をめぐる全財産関係は破産財団との関係に切り替えられることになる。債権者も、個別的な権利行使は禁止せられ、破産手続へ参加して、財団からの比例的満足に甘んずべく強制せられる。しかし、それは、清算的目的のため、破産宣告なる裁判により観念的に生ずる効果であつて、何ら現実の執行処分を伴うものではないから、それ以上に破産債権者の権利に消長を来すものではなく、また、第三債務者に対し破産管財人への支払を禁じたり、又同人に対し債権の取立を禁ずるものでもない。民法三〇四条一項但書に「先取特権者はその払渡又は引渡前に差押をなすことを要す」と規定した所以は、代位の目的物を特定せしめて優先権を保全せんとするがためには、債務者が第三債務者に対して有する一定の金銭その他の物の給付請求権を把握し、その債権を差押えて、第三債務者に対し価値の代表物たる金銭その他の物を債務者に払渡し、又は引渡すことを禁止すると共に、債務者に対してその債権の処分を禁止するためである。従つて、右差押がありというためには、現実の差押、すなわち、個別執行における仮差押手続がなされることを要するもので、破産宣告の如き単なる観念的なものでは足りないものというべきである。

破産宣告に右差押の効力を生ずることを前提として、抗告人の本件物上代位権を保全するため破産管財人を債務者としてなしたる約束手形金債権の差押申立を却下した原決定は、爾余の点を判断するまでもなく失当である。

よつて、抗告人の抗告は理由があり原決定は失当であるからこれを取り消すべく、申立の要件を欠くとして被保全権利等実体の存否等について何等の判断を示していない本件においては、さらにこの点の審理を尽さしめるため本件を原裁判所に差し戻すのを相当と認め、主文のとおり決定する。

(大野千里 岩川清 島田禮介)

抗告の趣旨

原決定を取消し、更に相当な裁判を求める。

抗告の理由

一、原決定

抗告人、相手方間の大阪地方裁判所昭和五四年(ル)第二〇二一号債権差押命令申立事件につき、同裁判所は本件申立を却下する旨の決定をした。

二、原決定の理由

原決定の理由とするところは、次のとおりである。すなわち、民法三〇四条一項が先取特権による物上代位権行使の要件として第三債務者の弁済前に差押をなすことを要する旨規定している趣旨は、公示方法の存しない物上代位権の行使により第三債務者が蒙るであろう不測の損害を防止するところにあり、その理は第三債務者以外の第三者にも妥当するものである。従つて、同条は第三者である破産債権者のために差押の効力を生じる破産宣告の場合にも類推適用され、物上代位権者はその物上代位権を行使するためには破産宣告前に差押え又は仮差押えをしておかなければならないところ、本件においては破産宣告前に差押えがなされていないことは明白であり、仮差押えがなされた事実も主張立証されていないので本件申立はその要件を欠き却下を免れないというのである。

三、原決定の不当性

1 原決定は先取特権に基づく物上代位権行使の要件としての差押は、第三債務者に対する公示の手段であり、その理は第三債務者以外の第三者にも妥当するとして、結局動産売買の先取特権に基づく物上代位権を行使するためには、先取特権者が目的物の売却代金債権について第三者から差押を受けたり、第三者に譲渡もしくは転付される前に自ら差押えをなし、公示方法を備えることが必要であると解するものの如くである。

そして、右原決定の解釈の根底には、大正一二年四月七日の大審院民事連合部判決(民集二巻二〇九頁)の考え方、すなわち、先取特権等の担保物件は本来目的物の滅失によつて消滅するはずのものであり、民法が物上代位により目的物の代償物の上に担保物権の効力を及ぼさせたのは担保物権者を保護するための特別の措置であつて、担保物権者はその効力を維持するためには、自ら差押えをする必要があるとする考え方が存在するものと推測される。

しかしながら、右のような連合部判決及び原決定の考え方は、物上代位の本質を見誤つたものと言わざるを得ない。

そもそも先取特権等の担保物権は目的物の交換価値を把握し、これを優先弁済に充てる権利であるから、目的物が何らかの理由で金銭その他の価値代表物に変形した場合にはその価値代表物の上に効力を及ぼすものであり、右のような物上代位の制度は担保物権の価値権的性質の本質に根ざすものである。そして、物上代位の要件としての差押えは、優先権を保全するためになされるものではなく、金銭その他の価値代表物が債務者の一般財産の中に混入されてしまうことがないようにするため、すなわち、価値代表物の特定性維持のためになされるものなのである。(同旨、我妻・新訂担保物権法二八五頁以下、柚木・高木・担保物権法(新版)二七九頁以下、林・注釈民法(8)・一〇一頁、柚木・西沢・注釈民法(9)・五〇頁以下、谷口・民法学3・一〇四頁以下等)。

従つて、差押えるべき売買代金が未だ破産財団に混入していない本件の場合、抗告人による差押、物上代位権の行使は当然認められるべきものと言わねばならない。

2 仮に、物上代位の法的構造及び代位の要件としての差押えの趣旨につき前記大審院連合部の判決の考えに従うとしても、そこから直ちに本件のような破産宣告後の差押えが物上代位の要件を欠くものと言うことはできない。すなわち、連合部判決の事例は、抵当権者が差押をする前に一般債権者が差押え、転付命令まで得てしまつていたものであり、そのため右判決は転付命令により債務者の責任財産から逸失した火災保険金債権は、物上代位の客体となり得ないと判断したのである。その反面、右判決は転付命令や債権譲渡等により債権が移転する前に一般債権者の差押えと抵当権者等の差押えが競合した場合は、抵当権者等の物上代位による優先権の行使を認めたものと考えられる(同旨吉野・ジユリスト増刊民法の争点一四〇頁)。そこで本件の場合破産債権者のために差押の効力を生ずる破産宣告がなされた後であつても、代位の目的たる代金債権につき転付、譲渡等の事実が存在しない以上、一般債権者に優先する先取特権の効力保存の要件である右債権の差押を禁止する理由にならないと思われる。

実質的に考えても、本件のような自己破産の申立による破産宣告がごく短期間になされる場合、担保物権者が破産宣告前に差押、仮差押をなし得る余地は少なく、それにもかかわらずあくまで宣告前の差押、仮差押を要求するときは、破産法九二条が特別の先取特権者に別除権を与えた趣旨が全く没却されてしまうものである。

また、破産宣告があつたとしても、破産管財人の第三債務者に対する債権の差押えを認めることで第三債務者に不測の損害を与えることにならないことも明らかである。

四、以上の次第で、いずれにしても原決定が抗告人の本件申立を却下したことは明らかに違法であり、原決定は取消を免れないものと思料する。

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