大阪高等裁判所 昭和54年(行コ)12号 判決 1980年1月18日
尼崎市武庫元町一丁目二七番五号
控訴人
株式会社武庫不動産
右代表者代表取締役
中村正春
右訴訟代理人弁護士
林田崇
尼崎市難波町一丁目八番一号
被控訴人
尼崎税務署長
小林武
右指定代理人
平井義丸
同
森江将介
同
山田俊郎
同
木下昭夫
同
吉田真明
右当事者間の更正処分取消請求控訴事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一、控訴人
1 原判決を取消す。
2 被控訴人が控訴人に対し、昭和四九年一月三一日付でした控訴人の、(一)昭和四五年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度分法人税について、欠損金額を金二〇五万三三九〇円(ただし、裁決により一部取消された後の額)、税額を金三万六二〇〇円とした更正処分のうち、欠損金額金二五四万三七九〇円、遠付すべき税額金七万七七〇三円を超える部分および過少申告加算税金五六〇〇円の賦課決定処分、(二)昭和四六年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度分法人税について、所得金額を金一三四七万八一六五円、税額を金四〇一万五四〇〇円とした更正処分(ただし、裁決により一部取消された後の額)のうち、所得金額金三八七万七七六五円、税額金一〇六万九三〇〇円を超える部分および過少申告加算税金一四万七三〇〇円(ただし、裁決により一部取消された後の額)の賦課決定処分を、いずれも取消す。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二、被控訴人
主文と同旨
第二当事者の主張・証拠関係
次のとおり付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する(ただし、原判決九枚目表三行目の「経由し」を「経過し」と、同裏五行目の「昆陽」を「西昆陽」と各訂正する。)
(控訴人の主張)
一(一) 買取り等の申出の時期については、これと準備段階としての折衝との区別が必ずしも明確ではないのみならず、措置法六五条の二第一項が適用されるのは、同条の二第三項一号により、買取り等の申出の日から六ケ月以内に譲渡がなされた場合でなければならないという制約が付されているのであるから、買取り等の意思表示は客観的に明確に確定しうるものでなければならない。したがって、書面による買取り等の申出がなされたような場合はとも角、一般的には証明書(乙第一号証の一ないし三)に記載された日をもって右申出の日と解すべきである。また、金額の提示を欠く買取り等の申出は要素を欠く無効ないし不完全な意思表示であるから、措置法六五条の二第三項の買取り等の申出ということはできない。もし、金額の提示がなくても買取り等の申出があったとするときは、措置法六五条の二第三項一号所定の六ケ月の期間は余りにも短かきに失し、特別控除の利益を受けられない者が続出し、かえって、公共用事業資産の早期取得への協力の意欲を阻害する結果となり、立法趣旨に反することとなる。
(二) さらに、買取り等申出の日を被控訴人主張のように昭和四五年八月中旬頃とすれば次のような甚だ不当な結論となる。すなわち、本件借地権に対する補償は、借地権者と地主との間の協議で定める借地権割合にもとづいてなされることになっていたため、両者を同一歩調で交渉しなければならない関係上、国鉄としては、まず本件建物およびその借家人に対する問題を解決し、借地権に対する買取りの交渉を後廻しにするという方針をとり、右方針に従って本件建物および本件借地権の買取り等の交渉が進められ、その結果、建物と借地権が別々に譲渡されることとなったのである。ひとり控訴人だけが借地権譲渡を急ぐことは不可能であった。したがって、このような買取り等交渉の経緯に照らせば、昭和四五年八月頃に借地権の買取り等の申出があったとして、売り渡しが右買取り申出の日から六ケ月を経過しているから特別控除の適用が受けられないとするのは控訴人に不可能を強いるものであり、甚だ酷であるといわなければならない。
(三) そうすると、本件借地権についての買取り等の申出の日を被控訴人主張のように昭和四五年八月中旬頃とするのは相当でなく、したがって、本件建物と本件借地権の譲渡が措置法六五条の二第三項二号の「一の買取り等の申出」にかかるものとはいえないから、本件借地権買取りの補償金についても、建物と別に特別控除の適用が受けられるものである。
(四) 仮に、本件建物および借地権の買取り等の申出が昭和四五年八月中旬になされ、一の買取り等の申出にかかるものであるとしても、本件建物については、昭和四五年一二月に売り渡し等の合意が成立し、同四六年二月中旬には収去をおえ、国鉄にとって工事着工が可能な状態となったので借地権については後記証明書の記載にかかわらず措置法六五条の二第三項一号所定の期間内に譲渡を完了したと認めるべきであるから、建物および借地権の補償金の総額二三一〇万円につき金一二〇〇万円を限度として特別控除が受けられる筈であり、被控訴人としてはこれを前提として更正処分をなすべきである。もっとも、乙第一号証の二、三の証明書には本件借地権の譲渡の日としては昭和四六年四月二三日と同年九月三〇日と記載されていて、昭和四五年八月中旬から六ケ月を経過していることになるが、右証明書に記載されている買取り等の申出の日を否定する以上、同一書面に譲渡の日として記載されている日のみを認めることは筋が通らない。
二、措置法六五条の二第三項二号に関する通達は「一の特定公共事業について同一人に対して買取り等の申出をする場合には、その申出が二回以上にわたって行なわれたものであっても、原則として一の買取り等の申出があったものとする」としながらも、「別個に買取り等の申出をすることについて合理的と認められる事情があるときは、それぞれの申出ごとに一の買取り等の申出とする」として二、三の場合を列記している。右の本文は措置法に明らかに違反するものであるが、仮にそうでないとしても、本件建物および本件借地権が前記のような経緯で譲渡されたことは右通達にいう合理的事情にあたるから、本件借地権は本件建物と別個の買取り等の申出にかかるものであると認めるべきである。
(被控訴人の主張)
本件建物および本件借地権の買取り等の申出については昭和四五年七、八月頃に金額の提示がなされている。仮に右提示がなかったとしても、措置法六五条の二第一項の趣旨からも、買取り等の申出の意思表示に金額の提示は必ずしも要しないと解するのが相当である。
理由
一、本件更正処分に至るまでの経緯については原判決理由の説示(原判決一四枚目表三行目から同一六枚目表五行目の「争いがない。」まで)を引用する。
そこで、被控訴人が、控訴人の昭和四五年度分法人税について、控訴人が国鉄から本件建物の買取り等に対し交付を受けた補償金の一部および昭和四六年度分法人税について、控訴人が国鉄から本件借地権の買取りに対し交付を受けた補償金の全部を、措置法六五条の二第一項の適用がないとして損金計上を否認してなした本件各更正処分(一部裁決により取消された部分を除く)の適否につき判断する。
二、昭和四五年度分法人税について
(一) 本件建物の買取り等の経緯、補償金の内訳、その算定の基準等についての原判決の説示(原判決一六枚目裏二行目から同一九枚目表九行目まで)をここに引用する(ただし、原判決一七枚目裏一行目と五行目にそれぞれ「除却工法」とあるのを「移築工法」と改め、同一八枚目裏八行目の「交付を受け」の次に「、昭和四六年一月下旬頃本件建物を取り毀し」を加える。)。
(二) ところで、収用等により交付を受ける補償金のうち、措置法六五条の二第一項の課税の特例の適用を受けうるのは、同法六四条三項によれば、名義のいかんを問わず、収用等による譲渡の目的となった資産の収用等の対価たるものに限られるから、事業について減少することとなる収益または生ずることとなる損失の補てんに充てるものとして交付を受ける収益補償金、休廃業等により生ずる事業上の費用の補てんまたは収用等による譲渡の目的となった資産以外の資産について実現した損失の補てんに充てるものとして交付を受ける経費補償金、資産の移転に要する費用の補てんに充てるものとして交付を受ける移転補償金は別に定める場合を除き右課税の特例の適用はない(収益補償金は通常の営業によってあげられた収益と同様に当該年度の収益として課税され、経費補償金は(移転補償金も実質は経費補償金である)経費として支払った分については課税されないが、支払われなかった分については収入として課税されることとなる)。そして、本件建物の買取り等に対し交付された補償金のうちイの建物等移転補償金とロの電気設備移転補償金は右の移転補償金に、ハ<1>の移転先選定費、ハ<2>の就業不能補償金、ハ<3>の法令手続その他の費用、ハ<4>の雑費に対する補償金は右の経費補償金に、ニ<1>の家賃減収補償金ニ<2>の得意喪失補償金は右の収益補償金にそれぞれ該当するものであって、性質上は対価補償金ではないから、本来は前記課税の特例の適用はないものである。しかしながら、本件のように、建物を移築するものとして補償金の交付を受けたのに、実際は建物を取り毀した場合においては、その実体に照らして(除却工法によるときは建物移転の補償金は建物の価額と取り毀しの費用である)、建物移転補償金と電気設備補償金は対価補償金として認めるべきであり(昭和四一年三月五日直審(法)第一九号通達「九」参照)、また、家賃減収補償金と得意喪失補償金も、昭和三八年六月二九日付直審(法)第一一五六号通達「一八」(営業補償名義で交付を受ける補償金を対価補償金として取扱うことができる場合)を適用できる限度では、これを対価補償金と認めるのが相当である(収益を生じる物の価格は将来生じる収益の総体を評価したものにほかならないからその収益に対する補償は見方をかえれば物の価格に対する補償であるとも言える)。したがってこれらの補償金については措置法六五条の二第一項の課税の特例の適用がある。これに対し、移転先選定費、就労不能補償費、法令その他の費用、雑費の補償金は純然たる経費補償金であって対価補償金として取扱う余地はなく、右課税の特例の適用はないといわなければならない。
控訴人は昭和四一年三月五日付直審(法)第一九号通達「九」を根拠として、経費補償金である前記移転先選定費等の合計金四九万四〇〇円(端数整理後のもの)についても、それが右通達「九」にいう「建物または構築物を曳家し、または移築するために要する費用」にあたるとして、対価補償金として取扱うべきであると主張するが、右通達によって対価補償金として取扱うことができるとされるのは建物移転補償金(電気設備移転補償金も右設備は建物と一体をなしているものであるから建物移転補償金とみて差支えない)についてであり、本来の内容が移転補償金でないものまでも対価補償金として取扱うことができるという趣旨ではないと解されるから、控訴人の右主張は理由がない。
さらに、控訴人は、当初から曳家または移築の予定がない場合には移転先選定費が発生する可能性がないから、移転先選定費その他建物を移築するために要する費用の名目で補償金が交付されても、その名目いかんにかかわらず、実質上は対価補償金であると解すべきである旨主張するが、建物移転の補償は、通常妥当と認められる移転先に、通常妥当と認められる移転方法により移転するものとして算定されるものであり、建物所有者の主観的事実に左右されないのであるから(要綱二四条、基準二八条参照)、控訴人が移築工法によるものとして補償を受けた以上、控訴人において当初から移築の意思がなかったとしても、移転先選定費等として交付を受けた補償金を対価補償金であるとみることはできないといわなければならない。控訴人の右主張も理由がない。
(三) したがって、控訴人が昭和四五年度分法人税における欠損金額について損金として計上した建物等の補償金一、一二〇万円のうち前記ハ<1>ないし<4>の移転補償雑費補償金四九万四〇〇円については措置法六五条の二第一項に基づく所得の特別控除の適用がなく、損金算入はできないので、控訴人の欠損金額は、その申告にかかる欠損金額二五四万三、七九〇円から損金として算入できない右金四九万四〇〇円を控除した金二〇五万三、三九〇円である。
三、昭和四六年度分法人税について
(一) 本件借地権の買取りの経緯等についての原判決理由の説示(原判決二一枚目表七行目から同二三枚目裏三行目まで)を引用する。
(二) 控訴人は、本件借地権の譲渡は、本件建物とは別個の買取りの申出にかかるものであるとして、本件建物とは別個に措置法六五条の二第一項の課税の特例が適用されるべきであると主張するものである。
そこで検討するに、措置法六五条の二第三項の「買取り等の申出があった日」とは特定公共事業の施行者が資産の所有者に対し、当該資産の買取り等の意思表示をした日と解するのが相当であり、右意思表示があったとするためには、右意思表示が客観的に明確なものでなければならないことは当然であるが、金額の提示は必ずしも要しないというべきである。また、施行者が発行する「買取り等の証明書」(乙第一号証の一ないし三)に記載された日をもって買取り等の申出のあった日としなければならないものでもない。先に引用した原判決理由で認定したとおり、本件借地権買取りについて、国鉄から控訴人に対し金額の提示がなされたのは、本件建物について譲渡(移転)の合意が成立した後の昭和四六年一月頃であり、国鉄が控訴人に交付した「特定公共事業用資産の買取り等の証明書(乙第一号証の二、三)には本件借地権の買取りの申出日が昭和四六年四月一日と記載されているけれども、国鉄は関係者に対する説明会の開催などの準備段階を経て、昭和四五年八月中旬頃、控訴人に対し本件借地権およびその上の本件建物につき買取り等の申出をし、借地権については、土地に対する補償金が土地所有者と控訴人間の協議で定められる借地権割合により分配されることになっているため、控訴人に対し右の協議をするよう述べたうえ、まず、本件建物について補償金の具体的交渉に入ったのであるから、本件借地権についても本件建物とともに昭和四五年八月中旬頃買取り等の申出の明確な意思表示がなされたものということができる。
そうすると、本件借地権の譲渡は本件建物とともに、昭和四七年法律一四号による改正前の措置法六五条の二第三項二号の「一の買取り等の申出」にかかるものであるというべきところ、控訴人は昭和四五年一二月四日に譲渡した本件建物につき、同事業年度においてすでに措置法六五条の二第一項の規定を適用しているのであるから、本件借地権については同条の二第三項二号にいう当該資産のうち最初に譲渡された資産以外の資産の譲渡に該当し、同条の二第三項本文により、右譲渡により交付を受けた補償金につき重ねて特別控除の適用を受けることができないといわなければならない。
なお、控訴人は、本件建物および借地権の買取り等の申出が昭和四五年八月中旬に「一の買取り等の申出」としてなされたものであるとしても、本件借地権の譲渡は、控訴人が国鉄から交付を受けた証明書(乙第一号証の二、三)の記載にかかわらず買取り等の申出のあった日から六ケ月以内になされたものと認め、本件建物および本件借地権の補償権の総額につき、金一、二〇〇万円を限度として特別控除を受けられるものとして更正処分がなされるべきである旨主張するが、仮に、控訴人主張のとおり、本件借地権の譲渡が買取りの申出の日から六ケ月以内になされたものと認めることができるとしても、本件建物および借地権の譲渡が二年にわたってなされており、本件建物につき昭和四五年の事業年度において措置法六五条の二第一項の規定を適用している以上、本件借地権の譲渡につき重ねて右規定の適用がないことは同条の二第三項二号に照らし明らかである。したがって控訴人の右主張は失当である。
(三) 昭和四六年度において損金に算入される繰越欠損金の正当額は、控訴人が申告した金三四三万七、八五八円から昭和四五年度において損金に算入することができない前記二(三)の金四九万四〇〇円を控除した金二九四万七、四八五円であり、したがって、所得金額は、申告額金三八七万七、七六五円に、損金として算入できない金九一一万円と繰越欠損金の当期控除の過大額金四九万四〇〇円を加算した金一、三四七万八、一六五円である。
四、以上の次第で本件各更正処分(ただし、裁決により一部取消された後の額)および各過少申告加算税の賦課決定処分はいずれも適法であって何らの違法ではないから控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきである。
よって、これと同旨の原判決は相当であって本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条本文、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 本井巽 裁判官 坂上弘 裁判官 野村利夫)