大阪高等裁判所 昭和54年(行コ)2号 判決 1979年7月27日
控訴人
細江賢三
右訴訟代理人
藤修
被控訴人
滋賀県選挙管理委員会
右代表者委員長
文室定次郎
右訴訟代理人
石原即昭
右同
宮川清
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実
一 当事者双方の求めた裁判
1 控訴人
原判決を取消す。
被控訴人が、控訴人に対して昭和五三年九月五日付でなした滋賀県知事武村正義の失職決定不作為に係る異議申立を却下する旨の決定は、これを取消す。(第一次請求)
被控訴人は、同県知事武村正義が地方自治法第一四二条の規定に該当し昭和五一年六月二六日その職を失つたことを確認せよ。(第二次請求)
2 被控訴人
主文同旨。
二 当事者双方の主張および証拠関係
次に付加するほかは、原判決の事実摘示と同じであるから、これを引用する。
1 控訴人
(一) 第一次請求について
控訴人は、被控訴委員会に対し、地方自治法一四三条一項に定めるところの決定をなすことを求める申立権を有する。その理由は、次のとおり。
(1)(イ) 地方自治法上、右申立を禁ずる規定は、どこにも存在しない。
(ロ) 同法の目的が民主的行政の確保にあることは、同法一条の明言するところ、右目的からして、住民には、普通地方公共団体の長の違法な行為につき、当然に、同法一四三条一項所定の決定を求める申立権を有する。
もし、右申立権が認められなければ、普通地方公共団体の選挙管理委員会が、当該普通地方公共団体の長の違法な行為を黙認し、両者が、この点につき結託してしまえば、これを阻止する方法がないことになる。
以上の観点から、右選挙管理委員会は、住民の申立により、あるいは自ら探知して、同法一四二条の違反事実について同法一四三条一項所定の決定をする義務がある。
そして、右選挙管理委員会は、行政権の行使を検査する準司法的機関であるから、不告不理の原則上、先ず住民の申立がなければ、その権限を発動することができず、ただ、職権探知の場合にも、その権限を発動することができるというべきである。
(2) 同法一四三条二項には、同条一項所定の決定は文書で本人に交付しなければならない旨明定されているところ、右決定には、当該普通地方公共団体の長が同法一四二条の規定に該当するという決定と、それに該当しないという決定があることになるが、右決定の内容からして、右決定の交付を受ける本人とは、申立をなした者とその相手方である当該普通地方公共団体の長ということになる。即ち、同法一四三条二項は、右地方公共団体の長の同法一四二条該当行為について、住民にその申立権があることをその前提としているのである。
(二) 第二次請求について
滋賀県知事武村正義の、控訴人が本訴請求原因3において主張した行為は、同法一四二条に該当するところ、第一次請求で主張した申立権が、控訴人に認められないとしても、失職すべき知事が在職するという違法状態は存在する。
しかして、被控訴委員会において、右違法状態に対し、その職権を発動させない怠慢が継続する以上、控訴人の知事被選挙権および選挙権の行使の侵害が継続することになる。
よつて、控訴人は、本訴により、被控訴委員会に対し、右違法状態の確認を求めるものである。
2 被控訴人
控訴人の、当審における主張は、全て争う。
就中、控訴人は、地方自治法一四三条二項所定の「本人」を「申立人又はその相手方である当該普通地方公共団体の長」である旨主張するが、右「本人」とは、当該普通地方公共団体の長を指すものであることは、文理上も、論理上も明らかである。
理由
一当裁判所も、控訴人の本訴第一次請求は、これを棄却し、同第二次的請求は、これを却下すべきものと判断するが、その理由は、次に付加するほかは、原判決の理由説示と同じであるから、これを引用する。
1 控訴人の本訴第一次請求について
控訴人は、当審においても、同人において被控訴委員会に対し地方自治法一四三条一項所定の決定をなすことを求める申立権を有する旨主張する。
よつて、この点につき判断する。
(一) 地方自治法は、普通地方公共団体の議決機関である議会とその執行機関とを独立対等の関係に位置付けていると解されるところ、同法は、右議会を構成する議員についても、右執行機関の長たる、普通地方公共団体の長についても、等しく、請負禁止の規定(同法九二条の二、一四二条)を設けている。今、右両規定を対照のうえ検討してみると、右両規定は、該当者を関係私企業から隔離しその職務の公正な執行を完うせしめるとの立法目的の点において、該当者が右規定に該当するか否かの決定を一定の認定機関に委ねている、判断機関の点において、更に、右認定機関において該当者が右禁止規定に該当すると決定された時にその職を失うと解される効果の点において、全く符節を同じくすると解される。
しかして、同法が、右議員において同法九二条の二に該当するか否かの決定を議会に委ねたのは、被選挙権の有無を決定する権限を有する機関、即ち、議会の自主的決定の委せるという観点に立つたからにほかなく、したがつて、右議員の資格決定の発案権は、右議会を構成する議員に専属すると解するのが相当である。
叙上の如き、普通地方公共団体の議会と執行機関との関係、地方自治法九二条の二と同法一四二条における立法趣旨やその構造効果、議員の場合における資格決定の発案権の帰属形態等を総合勘案し、合せて、地方自治法が、普通地方公共団体の長につき、その被選挙権の有無を決定する権限を、当該地方公共団体の選挙管理委員会に委ねている点(同法一四三条一項)を考慮するならば、同法一四三条一項所定の決定をする権限は、右同様当該地方公共団体の選挙管理委員会の自主的判断にゆだねられ、専らその専権に属するものというべく、同法条所定の決定は、他からの申立をまたず右選挙委員会の職権により行われると解するのが相当である。
右説示に反する、控訴人の、この点に関する主張は、いずれも理由がなく、採用の限りでない。
(二) 控訴人は、地方自治法一四三条二項所定の「本人」には申立をなした者とその相手方である当該普通地方公共団体の長とを含み、同法条項は右地方公共団体の長の同法一四二条該当行為について住民にその申立権があることをその前提としている旨主張する。
しかしながら、右説示にかかる同法一四三条一項と、右決定を本人に交付すべく定めた同法条二項の法文上における相互関係からすると、同法条二項所定の「本人」とは、当該普通地方公共団体の長のみを指すと解するのが相当である。
したがつて、右法条二項が、同法条一項所定の決定につき住民に申立権があることを前提としているということはできない。
右説示に反する、控訴人の、この点に関する主張は、理由がなく採用の限りでない。
(三) 叙上の説示からして、いずれにせよ、控訴人には、その主張にかかる申立権の存在を認めることができない。
2 控訴人の第二次的請求について
(一) 普通地方公共団体の長が同法一四二条の規定に該定するかどうかの決定は、当該地方公共団体の選挙管理委員会において決定すべきであることは同法一四三条一項の明定するところであり、右規定からすれば、同法は、同法一四二条該当の有無の判定を行政機関たる当該普通地方公共団体の選挙管理委員会に委ねていて、しかも、同法一四三条一項中の、普通地方公共団体の長が同法一四二条の規定に該当するときは、その職を失うとの規定と相まち、右選挙管理委員会が、当該普通地方公共団体の長につき、同法一四二条に該当する旨の決定をしたときに、右長は、その職を失うと解するのが相当である。
(二) 本件において、被控訴委員会が、現在に至るまで、滋賀県知事武村正義につき地方自治法一四二条に該当する事由があるとの同法一四三条一項所定の決定をしていないこと、は当事者間に争いがない。
(三) 右認定説示からすれば、控訴人が、当審において本訴第二次請求に関し主張するところも、結局は、地方自治法一四三条が、行政機関である被控訴委員会に対し、専権的にその判定を委ねている同法一四二条該当の有無を、司法機関である裁判所に対し、判決でもつて判定させようとするものというほかなく、かかる訴は許されないというべきである。
してみれば、控訴人の、本訴第二次請求は、同人の、当審における、その余の主張につき、判断を加えるまでもなく、不適法として却下を免れ得ない。
二以上の次第で、原判決は正当であり、本件控訴は全て理由がない。
よつて、本件控訴を棄却し、控訴費用の負担につき民訴法八九条、九五条を適用して、主文のとおり判決する。
(大野千里 岩川清 鳥飼英助)