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大阪高等裁判所 昭和54年(行コ)22号 判決 1980年3月18日

京都市中京区釜座通二条下る上松屋町七〇一番地

控訴人

伊吹猪精練加工株式会社

右代表者代表取締役

伊吹栄次郎

右訴訟代理人弁護士

古家野泰也

川村フク子

同市同区柳馬場二条下る

被控訴人

中京税務署長

郷野五藤治

東京都千代田区霞ケ関一丁目一番地

右代表訴人ら指定代理人

倉石忠雄

安居邦夫

城尾宏

長田龍三

杉山幸雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担額とする。

事実

一、控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人中京税務署長が昭和四七年一二月二七日になした控訴人の昭和四五年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度及び昭和四六年一月一日から同一二月三一日までの事業年度の各法人税の更正処分及び重加算税賦課決定(いずれも国税不服審判所長が昭和四九年七月三日になした裁決による一部取消後のもの。)を取消す。被控訴人国は控訴人に対し金二七八万四〇〇円及びこれに対する昭和四九年一一月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決並びに右金員支払部分につき仮執行の宣言を求め、被控訴人らは、主文同旨の判決を求めた。

二、当事者双方の主張と証拠の関係は、次のとおり付加するほかは原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

(控訴人の主張)

1  控訴人代表者伊吹栄次郎は、もともと個人で繊維織物の精練及び整理の事業を営んでいたが、控訴人が昭和三七年一〇月設立され、右整理部門の事業を営むようになってから昭和四三年四月右精練部門の事業を統合して併せて営むようになるまでは、依然として右精練部門の事業を営んでいたものである。本件定期預金は、右の個人営業による収益からその資金が拠出されたものであり、控訴人に帰属しないものである。

2  被控訴人署長は大阪国税局が控訴人と関係のない他の納税者についての銀行調査の過程で得たいわゆる横目資料によって本件定期預金の存在を知り、これを端緒として控訴人に対する税務調査が行なわれたものである。右のような横目資料を端緒とする税務調査は、預金者の秘密を害し、税務調査の公正に反するから違法である。しかるに被控訴人署長の担当職員は、右のような違法な手続によって得られた資料を示して控訴人代表者を動揺させ、右預金が控訴人の売上除外によるものであることを自認すべき旨の強迫的、強権的指導を行なって本件修正申告をなさしめたものであり、しかもその申告内容は前記のとおり事実に反するから、控訴人がした右修正申告は無効であり、これを前提とする本件更正決定も違法である。

(被控訴人らの主張)

1  控訴人の前示1の主張のうち、本件定期預金が伊吹栄次郎の個人営業による収益からの拠出によるものであることを否認する。本件定期預金は、控訴人がそれまで伊吹栄次郎の営んでいた繊維織物の精練部門の事業を統合したのちである昭和四三年五月から同年九月までに新規に預入れられたものである。経済的才覚を備えた同人がそれ以前に得た個人資金を無利息のまま漫然と手元に置いていたとは考えられないし、右預金が同人の債権の回収金や他の銀行に対する預金の払戻金等を預入れたものであることを示す資料は全く存在せず、その個人所得に関する納税申告もなされていないから、右預金の資金は、控訴人の営業収益から拠出されたものとみるべきである。現に控訴人は、その自主的判断にもとづいてそれが売上除外による旨の本件修正申告を行なった。

2  控訴人の前示2の主張事実はすべて否認する。本件定期預金が控訴人のいう横目資料によりその存在を把握されたたか否かの事情は、右預金が控訴人に帰属するか否かの判断の正当性に何らの影響を及ぼすものではない。またその横目資料を端緒として税務調査が行なわれた結果、申告漏れの所得が発覚した場合に、税務署の担当職員が修正申告勧奨してこれによりその申告がなされたとしても、これをもって右の税務調査が違法不当であるとはいえず、まして右修正申告が無効となることもない。

(証拠関係)

控訴人は、甲第二〇号証を提出し、当審証人北村昭平の証言を援用し、被控訴人らは、右書証の成立を認めた。

理由

一、当事者双方の主張に対する当裁判所の判断は、次のとおり改めるほか原判決理由に認定、説示されたところと同一であるのでこれを引用する。

1  原判決理由第一の二の2(三)の一六行目冒頭の「昭和」から四〇、四一行目の「納付した。」までを「昭和四七年九月、被控訴人署長は控訴人の法人税に関して調査を開始し、その取引銀行である三和銀行五条支店における預金調査をなし、その過程で控訴人またはその代表者である伊吹栄次郎が実質上の預金者であるとみられる相当数の架空名普通定期預金や無記名定期預金のあることをつきとめ、これらのなかには控訴人の申告漏れの収益をその資金としたものがあるのではないかとの疑いのもとに、井筒税理士を通じて控訴人代表者に対し、このような架空名や無記名の定期預金の全部を明らかにする一覧表を提出するよう促し、同年一〇月上旬ころこれに応じてその一覧表が提出された。その結果、総額八〇〇〇万円余に及ぶ右預金が存在し、そのうち少なくとも控訴人が前記精練部門の事業を合併統合したのちの昭和四三年五月から同年九月までに新規に預入れがなされた本件定期預金(原判決別表四参照。)の拠出資金七三〇万円につき、控訴人から所得の申告がなされていないことが判明したので、被控訴人署長の部下担当職員が控訴人代表者に対しその点の釈明を求めた。これに対し控訴人代表は、自己の個人預金であって控訴人には関係がないと主張したものの、その資金の取得原因に関しては、古いことで記憶がないとしてこれを明らかにせず、しかもこれに関して同人個人の所得税申告もなされていなかった。そこで被控訴人署長は、未だ本件定期預金の資金の取得原因を具体的に把握するまでの資料を入手してはいなかったが、その預金の種類、金額、預入れ時期、これについての控訴人代表者の釈明に対する答弁内容、その他前記税務調査の結果から、それらが控訴人の四三事業年度における売上等による収益から拠出されたものではないかとの一応の心証を有するに至ったので、その部下担当職員は、さらにこの点に関する取引先等に対する反面調査を進めることなく、この段階で控訴人代表者に対し、右収益とする修正申告をなすよう勧奨指導したところ、控訴人代表者及び井筒税理士もこれを了承し、昭和四七年一二月一二日付で右事業年度の法人税につき、本件定期預金の実質上の預金者が控訴人であることを前提として、その拠出資金を含む金七三三万円の売上除外があった旨の本件修正申告をなし、これによる法人税も納付した。」と改める。

2  前回二の2の(四)の一〇、一一行目の「他にこれを認めるに足るような資料は存在しない。」を「むしろ右の本件修正申告がなされるに至った経緯に関する認定事実からすれば、少なくとも本件定期預金は、控訴人の売上除外をその資金としたもので、その実質上の預金者は控訴人であると推認するのが相当である。」と改める。

3  前回二の3の六行目冒頭の「ところで」からその末行までを「ところで税務署長が更正処分をなす場合には税務調査が必要である(国税通則法二四条、法人税法一三〇条一項参照。)が、これは不十分な資料にもとづく見込や恣意による課税を排除するためであって、その認定資料を当該納税者についての税務調査から得られたものに限定する趣意のものではないと解されるから、仮に税務調査の端緒が他の納務者についての税務調査の過程で入手された資料によったとしても、その資料の入手が当該納税者に対する税務調査の困難を回避するため他の納税者の税務調査を口実として行なわれるなど、その入手手続が著しく公正を欠き、質問検査権の濫用にわたるような場合でない限り違法ではない。本件についてこれをみるに、原審証人井筒理介の証言中には、被控訴人署長による前記銀行調査後にその担当職員から預金一覧表のようなものを示されたが、これは右の銀行調査以外の不正な方法で入手された資料のごとく思われたという趣旨の、また控訴人代表者の原審供述中にも、右の銀行調査の模様を銀行職員から聞いたところでは、その調査が不正な方法で入手した別個の資料にもとづいてなされていると窺われたとか、あるいはまた被控訴人署長がそのような資料を有することを税務職員に知己のある他の税理士より伝え聞いているなどという趣旨の部分があるけれども、いずれも伝聞や憶測にもとづくものにすぎず、その根拠は曖味であるといわざるを得ないのでにわかに採用し難く、かえって前記乙第二号証並びに証人北村昭平の原当審証言によると、被控訴人署長が前記架空名や無記名の定期預金の存在をつきとめるに至ったのは、主として右の銀行調査によるものと認められ(伊吹栄次郎の家族名の普通定期預金やこれと同一印鑑を用いる普通定期預金の口座からその利息が振替えられた架空名普通預金口座を知り、その口座の振替関係を辿って前記架空名や無記名の定期預金の存在をつきとめたとする右証言内容は、一部記憶違いにより他の資料と符合しない点はあるが、大綱において措信できる。)、他に何らかの資料があったにしても、それが前記のような違法、不当な手段で入手されたことを認め得る証拠はないので、いずれにしても控訴人のこの点の主張は採用できない。」と改める。

二、なお控訴人は当審において、被控訴人署長の控訴人に対する本件修正申告の勧奨指導が強権的、強迫的なものであったとの主張をなし、控訴人代表者の原審供述中には、被控訴人署長の部下担当職員が井筒税理士に不当な圧力を加えることにより本件修正申告を強要したという趣旨の右主張に副うかのごとき部分があるけれども、これは原審証人井筒理介、同川端登喜男、原・当審証人北村昭平の各証言に照らしてにわかに措信し難く、ほかにも控訴人に対し申告の自主性を害するような勧奨指導が行なわれたことを窺わせる証拠はないので、この点の控訴人の主張は失当であり、またその余の控訴人の当審における主張も右に引用した原判決理由(前記変更部分を含む。)に認定、説示されているとおり、いずれも理由がない。

三、以上によれば、控訴人の被控訴人らに対する本訴請求はすべて理由がなく、これを棄却した原判決は相当であるから、民事訴訟法三八四条、九五条、八九条、行政事件訴訟法七条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小西勝 裁判官 潮久郎 裁判官 藤井一男)

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