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大阪高等裁判所 昭和54年(行コ)64号 判決 1980年6月27日

控訴人 株式会社東洋精米機製作所

被控訴人 和歌山税務署長

代理人 小林敬 小林修爾 ほか三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求める判決

1  控訴人

(一)  原判決を取消す。

(二)  被控訴人が、控訴人の昭和四九年四月一日から昭和五〇年三月三一日までの事業年度の法人税確定申告について、昭和五〇年五月一九日付で控訴人に対してした申告期限延長申請却下の処分を取消す。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

主文と同旨

二  当事者の主張

左記のほか原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

控訴人

(一)  控訴人が提出した昭和四八年度分の「確定申告書」と題する書面は法律上の確定申告書ではない。控訴人はたとえ概算であつても決算できる状況になく、確定申告の意思のないことは「添付書」にも明記している。

(二)  控訴人の作成した無題ノートは昭和四七年八月三日大阪国税局により法人税法違反の容疑で差押えられた。控訴人はその後同容疑で起訴されたので検察庁に右ノートの閲覧を求めたところ、検察庁はその所在が不明であり捜索中であると述べて現在に至つている。

(三)  無題ノートには、控訴人と財団法人雑賀技術研究所及び雑賀慶二との間の販売協力金債権、特許料債務等についての詳細多岐な契約内容が記載されていて、決算には勿論控訴人の事業のためにも不可欠のものである。ところがこれが作成翌日に差押えられ、他の当事者の手許にも写しなどはないため、その複雑な契約内容が分らず、またその紛失が決つたわけでもないから、雑賀らと新たな契約を結ぶこともできないのであつて、確定申告ができないのは控訴人の責任でない。

三  証拠 <略>

理由

一  請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

二  本件処分に至る経過についての当裁判所の認定は、次に付加訂正するほか、原判決八枚目裏一〇行目より一二枚目表五行目までのとおりであるからこれを引用する。

1  原判決九枚目裏八、九行目の「更正申告」を「更正の請求」と、同一〇枚目表二行目の「計算をし」を「計算をして決算をしたうえこれに基づき」と各改める。

2  原判決一〇枚目表六、七行目の全文を次のとおり改める。

右「仮申告書」は法人税法施行規則別表一(一)、三、四、五(一)、六(一)、十一(一)(二)(三)、十五に定める書式を用い、同規則に定める記載要領に従い、法人税の確定申告として必要な事項の全てを記載したものであつた。ただ、同法施行規則別表一(一)の様式の表題部に「申告書」と印刷された部分の前の空白には「仮」と記載されていたが、その内容は修正申告書とか中間申告書とはみられないものであつて、所得金額一八三四万七六五二円、本申告により納付すべき法人税額△一四五万九九〇〇円、還付を受けようとする銀行三和銀行南和歌山支店等の記載があり、添付された貸借対照表には期末における資産、負債の内訳と額が記載されていた。なお右決算と申告は無題ノートを資料に用いないでなされたものであつた。

3  原判決一〇枚目表一〇行目の「基づいて」の次に「還付金及び還付加算金計」を加え、同一一枚目表一行目の「前記(三)と同様の様式によつて、」を「後記押収後に作成した帳簿、伝票類等を参照して、できる限りの範囲で損益計算をして決算をしたうえこれに基づいて」と改める。

4  原判決一一枚目表六行目のあとに次のとおり加える。

右「確定申告書」は法人税法施行規則別表一(一)、四、五(一)(二)、六(一)、十一(一)(二)(三)に定める書式を用い、同規則に定める記載のあるものであつた。その表題には「確定申告書」と明記され、その内容も修正申告書とか中間申告書とはみられないものであつて、欠損金額一二八八万二八〇四円、この申告による還付金額七七一万〇六二九円、還付を受けようとする銀行三和銀行南和歌山支店とあり、添付された損益計算書には右年度の損金計五億四五六七万〇七六一円、うち支払特許料九六二二万二一〇〇円、そのほか各項目ごとの損益金の額が記載され、同様貸借対照表には期末における資産、負債の内訳、すなわち預貯金、受取手形、未収売掛金、仮払金、貸付金、たな卸資産、有価証券、固定資産、支払手形、未払買掛金、仮受金、預り保証金、借受金等の個々の明細と額が記載されていた。また右決算と申告は無題ノートを資料として用いないでなされたものであつた。

5  原判決一一枚目表八行目の「還付金」の次に「及び還付加算金」を加える。

三  控訴人の昭和四九年度分の決算のための資料について、<証拠略>によれば、次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足る証拠はない。

1  控訴人は法人税ほ脱の疑いで、昭和四七年八月三日大阪国税局より、昭和四八年四月一二日及び同月二五日和歌山地方検察庁より多数の帳簿書類を差押えられたが、大阪国税局差押分の中には無題ノートも含まれていた。

2  無題ノートは和歌山地方検察庁において保管中に所在が分らなくなつた。同検察庁は控訴人に対し昭和四八年七月ころ、その全部かどうかはともかくとしてそれまでに作成してあつた右ノートの写真コピーを交付し、同年九月ころには無題ノートの原本は所在不明であるがなお捜索中であると通告し、その後も同様趣旨のことを伝えて来ている。控訴人は前記差押以降は無題ノート原本を閲覧していない。

3  控訴人が右差押を受け本件処分当時未だ還付、閲覧を受けていない帳簿書類のうち、少くとも無題ノート以外は昭和四九年度分の損益の計算に必要なものでなかつた。

4  右無題ノートに控訴人主張のような財団法人雑賀技術研究所及び雑賀慶二との継続的な特許料支払等に関する取決めが記載されていたか否かはともかくとして、それ以外には前記ノートの記載中昭和四九年度分の損益の計算に必要なものはなかつた。なお2掲記の写真コピーには叙上取決めを記載した部分はない。

5  控訴人代表者と雑賀慶二は兄弟であり、控訴人は右1の差押の後も営業を継続し、その過程で必要な伝票、帳簿、書類を作成し保管して来ている。

四  以上の認定事実によれば、控訴人について、やむをえない事由により昭和四九年度の決算が確定しないものと認めることはできない。すなわち控訴人は既に昭和四七、四八年度分については決算を済ませているのであるから、昭和四九年度分の決算のため従前の資産状況等を必要とする場合は右の昭和四七、四八年度分の決算を基礎とすることができるし、昭和四九年度における営業にあたつては帳簿等が作成されていてこれにより同年度における損益を明らかにできる筈である。更に昭和四八年度分については既述のとおり支払特許料も含め詳細に個々の項目と額をあげて決算をしているのであるから、これよりも資料が乏しいと思われない昭和四九年度分についても同様に決算ができる筈である。

五  のみならず<証拠略>によれば、無題ノートに記載されていたとする販売協力金とは昭和四七年度に支払うべきもので、昭和四八年度以降の収支に関係がないものと認められる。また特許料支払に関する継続契約については、それが仮に無題ノートに記載されていたとしても、その支払債務は控訴人の昭和四九年度の損金の一部でしかない筈であるし、そのうえ無題ノートは本件処分の日より二年九月も前に差押えられたものであつて、その約一年後には検察庁がこれが行方不明であることを控訴人に伝えていたのである。そしてこのように経理に関する帳簿書類の一部が差押えされていても、その事由が発生してから相当期間を過ぎた後は納税者としては残余の資料で出来るかぎりの決算をすべきであつて、いつまでも「やむをえない理由により決算が確定しない」とすることはできない。すなわち、経理関係の書類や帳簿の一部の利用不能のためにいつまでも決算が確定しないとすれば、株主や債権者は会社の営業や資産状況を知つたり配当を受けることができなくなるし、国も資料の不明確な部分に対応するものを除いた最少限度の税を徴収することもできなくなつて他の納税者との間の均衡を失することになる。そしてこの場合利用できる限りの資料にもとづく決算と申告を要求することとしても、真の所得額が申告額を上廻ることの立証責任は税務署長側にあるし、申告が判明した限りの資料と取引の実体にもとづき誠実にされたものであれは、結果として申告額が実際の所得額より低かつたとしても、過少申告加算税や重加算税を課されることはない筈であり(国税通則法六六条一項ただし書、六八条一、二項)、また仮に申告額が真実の所得額よりも過大であることが判明した場合には、その更正の請求をすることができ、特に本件のように書類の押収があつたときは更正の請求期間について特別の定めがされている(同法二三条一項、二項三号、同法施行令六条一項三号)のであるから、納税者にとつて右の解釈が著しく不利になるとすることはできない。

以上のとおり、無題ノートに控訴人主張のような協力金や特許料等支払に関する契約条項が記載されていたとしても、これをもつて本件処分の時点において、「やむを得ない事由により決算が確定しない」ものと認めることはできず、他にこれを認めるに足る証拠は存しない。

六  そうすると、被控訴人の本件処分は適法であり、控訴人の請求を棄却した原判決は相当で本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 黒川正昭 志水義文 井関正裕)

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