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大阪高等裁判所 昭和54年(行ス)2号 決定 1979年7月18日

抗告人

宮沢美佐子

右抗告人代理人

山田一夫

外一〇名

被抗告人

大阪中央労働基準監督署長

大松良行

外四名

主文

本件抗告をいずれも棄却する。

抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

一抗告人らの抗告の趣旨は「原決定を取り消す。被抗告人らが抗告人らに対しなした原決定添付の処分一覧表記載の各休業補償給付および休業特別支給金の支払いの一時差止処分の効力およびその執行を停止する。訴訟費用は第一、二審とも被抗告人らの負担とする。」との裁判を求めるにあり、その理由は別紙のとおりである。

二当裁判所の判断

当裁判所も抗告人らの本件申立てをいずれも却下すべきものと判断するもので、その理由は次のとおり付加するほか、原決定の認定説示と同一であるから、これを引用する。

1  抗告人らは、労働者災害補償保険法(以下、労災保険法という)四七条の三の対象となる差止めを受ける者は「保険給付を受ける権利を有する者」であつて、単なる「保険給付の申請をする権利を有する者」ではない。けだし、支払の一時差止めである以上、保険給付がすでに支払できるよう具体化されている筈であると主張する。

ところで、労災保険法による保険給付は、保険給付を受ける権利を有する者の申請にもとづき、同法所定の手続に則り、行政機関が保険給付の決定をすることによつて、給付の内容が具体的に定まり、受給権利者はこれによつて始めて国に対しその保険給付を請求する具体的権利を取得するものであつて、受給者は保険の事由が発生するとともに、直ちにその基準額の支払を請求できるものではなく、決定前においては、単に抽象的な保険給付を受ける権利が存在するにすぎないものである(最判昭和二九年一一月二六日民集八巻一一号二〇七五頁参照)。そして、休業補償給付は、その性質上、継続的な支払を予定しているものではなく、その請求は、あくまで各請求者が、その請求行為前の過去の日において、療養のため休業し、労働することができなかつたためにその賃金を受けえなかつた場合に、その補償を請求することを意味するものであり、補償請求に対する決定もこれに対応して、請求毎の個別決定としてなされるものである。右決定がなされていないことは原決定が適法に認定しているとおりであつて、所轄行政庁が、労災保険法四七条の三を適用しているからといつて、抗告人らが具体的な給付請求権者であるとすることはできない。同法条は原決定説示のとおり具体的な給付請求権を有する者と然らざる者を包含するものである。右法律を通読するとき、たとえば、同法一一条一項に「この法律に基づく保険給付を受ける権利を有する者が死亡した場合において、その死亡した者に支給すべき保険給付でまだその者に、支給しなかつたものがあるときは、云々」と、同二項に「前項の場合において、死亡した者が死亡前にその保険給付を請求しなかつたときは、云々」と定め、右一項の「保険給付を受ける権利を有する者」中には、具体的な給付請求権を有する者と、然らざる者、抗告人ら主張の「保険給付を申請する権利を有する者」とを包含して規定している等、合理的な事由のない限り、右法律中の「保険給付を受ける権利を有する者」には、右両者を包含するものと解するのを相当とする。休業補償給付の請求には、所定の資料等の提出等が要請せられ、これらの資料は、右請求に対し如何なる決定を行うかについての重要な資料であり、その提出がなされないときは、当該請求に対し法の趣旨に従つた適正な保険給付に関する決定ができないのであり、このことは、年金給付の如くすでに具体的な給付請求権者がその後、所定の手続をしなかつた場合と異るところはなく、労災保険法一二条の七の実効性を担保すべく規定されている同法四七条の三の解釈上、両者を区別すべき合理性は見出し難い。

また、同条項の「支払の一時差止」なる文言も、抗告人ら主張の如く単に形式的な文言により解釈せらるべきものではなく、右条項の位置づけ、右法律全体から判断せらるべきものであつて、到底これを採用することはできない。

以上の如く、抗告人らは本件保険給付につき具体的な請求権を有しないものである。

2 本件差し止め処分は支給決定をするに支障をきたす障害ありとしてなされもので、この障害が除去されて始めて支給決定がなされ、抗告人らは具体化された保険給付を受領することになる。本件差し止め処分の効力を停止する決定が、「右障害を除去し、直ちに審査をなすべき義務を行政庁に課するものであるとは解し得ない。

本件の差し止め処分を受けた後も、抗告人らが保険給付の支給決定を請求する権利を有するものであるとの法律関係に消長なく、差し止め処分の効力を停止しても直ちに具体化された保険給付の支払を請求し得ない以上、抗告人らに生ずる回復の困難な損害を避けることはできず、抗出人らのいう「執行停止の趣旨をも考えた許否決定がなされらるという法的期待が生ずることをもつて、保全法益とみなし得る」との解釈を、当裁判所は採用しない。

3  以上のとおり、本件申立ては、保全法益を欠くものであり、これを失当として却下した原決定は相当で、抗告人らの抗告は理由がないから棄却することとし、抗告費用の負担につき行訴法七条民訴法八九条九三条を適用して、主文のとおり決定する。

(大野千里 岩川清 鳥飼英助)

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