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大阪高等裁判所 昭和55年(う)1147号 判決 1981年1月20日

被告人 関口忠雄

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年二月に処する。

押収してある自動式二五口径けん銃一丁(当裁判所昭和五五年押第四二八号の一)、弾丸(けん銃用実包)二発(同号の二、三)を没収する。

理由

(控訴趣意)

本件各控訴の趣意は、検察官小林照佳及び弁護人若松芳也が作成した各控訴趣意書に記載のとおりであるから、これらを引用する。

(控訴趣意に対する判断)

検察官の控訴趣意は、暴力行為等処罰に関する法律違反の点に関する事実誤認、法令適用の誤の主張であつて、要するに、原判決は被告人のけん銃発砲行為を正当防衛であると判断したが、(イ)右発砲行為は被告人が属する暴力団岡山組とこれに敵対する暴力団井内組との間に行われていた一連の喧嘩闘争の一駒であつたこと、被告人は井内組組員らによる攻撃を予期してその機会を利用し積極的に加害を行う目的で敢てけん銃を準備していたこと、井内組組員らによる岡山組組員らに対する攻撃はさして強力なものではなく極度に緊迫した状況でもなかつたことのいずれの点からしても、侵害の急迫性の要件に欠けていた、(ロ)右発砲行為は防衛に名を借り侵害者に対し積極的に攻撃を加える意図でなされたものであつて、防衛の意思に出たものではなかつた、(ハ)右発砲行為は防衛行為として相当な程度をはるかに超えた極めて反社会性の強いものであるから、已むことを得ざるに出たものとはいえない、というのである。

そこで、原審で取調済みの証拠に基づき、まず本件の事実経過をみると、大要次のとおりである。

(一)  被告人は、暴力団会津小鉄会系岡山組の本部長であつて、組長を補佐する立場にあつた。

(二)  昭和五五年一月二九日早朝岡山組舎弟頭代行の中川千恵造が自分の情婦申美代子と同衾していた暴力団山口組系小田秀組内井内組組員の田中俊治を岡山組事務所まで拉致して暴行を加えるという事件が起き、続いて、その報復として井内組組員の辻末男、松本幸夫らが岡山組組員の寺谷雅を中川の身代りに同組事務所から京都市内淀競馬場の駐車場まで連行して暴行を加えるという事件が起きた。

(三)  被告人は、同日昼過ぎころ、岡山組事務所において、寺谷から右の両事件を聞いて組の体面をけがされたと激しい憤りを感じ、同日午後一時過ぎころ、右の辻、松本のほか小島栄一の三名が再び岡山組事務所前に押しかけ、中川の身柄を引き渡すよう要求したのに対し、「千恵造はわしの傘下や。そんなもん渡せるかい。」といつてこれを拒絶した。そのため右小島が被告人を中川の代りに拉致する気配を見せたが、岡山組組員らが大声で叫んだり警察官が駆けつけたりして小島らは逃げ帰つた。

(四)  被告人は、こうした経過から、井内組組員が再度中川の引き渡しを要求してくるであろうし、その場合は断固としてこれを拒絶するつもりであり、そうなれば組同士の喧嘩は避けられないと予想し、これに備え、かねてから隠匿保管していた実包五発装てんのけん銃一丁を自宅から持ち出して背広のポケツトに入れたうえ、同日午後四時ころから他の岡山組組員と共に組事務所で待機していた。

(五)  ついで、被告人は、京都市内のホテルに宿泊中の中川がその侭では井内組組員によつて拉致される危険があると考え、同人を早急に岡山組事務所に連れ戻して保護するため、同日午後八時四〇分ころ、組員桐山正、垣嵜二千六、浜口光明を伴つて車で右ホテルに向つた。一方、前記井内組組員の松本、辻、小島ら四名は、中川本人に制裁を加えずにこれを放置しては組の体面を保つことができないと考え、同人を拉致すべく車で岡山組事務所周辺を監視中、右のとおり被告人らの車が同事務所を出発するのを発見してこれを追跡した。被告人らは、組事務所を出発後間もなく右の追跡に気付き、急拠目的を変更して同組事務所のある山城ビル前の駐車場に引き返し、車首を同ビルの方に向けて車を停車させた。そして、被告人は、すぐ下車し、押し寄せてくるであろう井内組組員との喧嘩に備えて雪駄を長靴に履きかえるため一人で同ビル内に駆け込んだ。その直後、予想したとおり井内組組員の車が同ビル前に到着し、未だ車内にいる桐山ら岡山組組員のいずれかを中川の代りに拉致すべく前記の四名で車を取り囲み、口々に「こら降りて来んかい。」などと怒鳴りながら車体を蹴るなどし、運転席にいた桐山がドアのロツクを外すと松本がそのえり首を掴んで車外にひきずり出し、二、三回殴打したうえ井内組の車の方へ引つ張つていつた。

(六)  被告人は、右の状況を山城ビル三階の窓越しに目撃し、桐山が拉致されるのを妨げる意思をもつて、前記駐車場わきのブロツク塀をめがけてけん銃三発を威嚇発射した。その結果、松本ら井内組組員は、桐山をその場に残したまま車に乗り込んで逃走した。

(七)  本件の現場から約四四メートルには伏見警察署向島派出所があり、しかも、前記(三)のとおり、先に被告人と井内組組員との間において争いのあつた際警察官が駆けつけており、本件当時も通報すれば直ちに警察官の救いを求めうる状況下にあつた。

原判決は、以上の事実経過のうち特に被告人がけん銃を発砲した時点の状況に着目し、その時点では、桐山らの身体に対して現に危害が加えられており、かつ、桐山が車で拉致されようとしていてその自由に対する侵害の危険が切迫していたから、正当防衛における侵害の急迫性の要件は充たされていたとして、正当防衛の成立を肯定した。これに対し、前記の論旨(イ)は、侵害の急迫性の有無を判断するにあたつては岡山組組員と井内組組員との間の一連の抗争を全体として考慮に入れるべきであるとの観点に立ち、被告人は井内組組員の本件現場での攻撃をあらかじめ十分に予想し、けん銃を準備して積極的な加害の意図であえてこれに立ち向い、けん銃を発砲したものであるから、侵害の急迫性の要件は充たされていなかつたと主張するのである。

検討するのに、正当防衛における侵害の急迫性の要件は、相手の侵害に対する本人の対抗行為を緊急事態における正当防衛行為と評価するために必要とされている行為の状況上の要件であるから、行為の状況からみて、右の対抗行為がそれ自体違法性を帯び正当な防衛行為と認め難い場合には、たとい相手の侵害がその時点で現在し又は切迫していたときでも、正当防衛を認めるべき緊急の状況にはなく、侵害の急迫性の要件を欠くものと解するのが相当である(最高裁判所昭和五二年七月二一日判決・刑集三一巻四号七四七頁参照)。そして、このような本人の対抗行為の違法性は、行為の状況全体によつてその有無及び程度が決せられるものであるから、これに関連するものである限り相手の侵害に先立つ状況をも考慮に入れてこれを判断するのが相当であり、また、本人の対抗行為自体に違法性が認められる場合にそれが侵害の急迫性を失わせるものであるか否かは、相手の侵害の性質、程度と相関的に考察し、正当防衛制度の本旨に照らしてこれを決するのが相当である。ことに、相手からの侵害が避けられないと予想し、これに備えてけん銃を用意したうえ、相手の侵害が現実となつた際にけん銃を発砲してこれに対抗するような場合、あらかじめ兇器を準備したことについては、正当防衛行為の一環として正当視すべき例外的な場合を除き、これを違法と評価するほかはなく、したがつてまた、準備した兇器を使用して相手の侵害に対抗した行為も、相手の侵害の性質、程度などからみて特にこれを正当視すべき例外的な場合を除き、正当防衛の急迫性の要件を欠くものとしてこれを違法と評価するのが相当である。すなわち、もし法の禁止する兇器を用いて相手の侵害に対抗する行為を正当防衛と評価すべきものとすれば、手段たる兇器の所持をも一定の範囲で正当と評価すべきこととなり、正当防衛の本旨ひいては法秩序全体の精神に反することとなるからである。

本件についてこれを見るに、被告人は、相手の侵害を避けるため警察の援助を受けることが容易であつたのに、敢えて自ら相手の侵害に対抗する意図でけん銃を準備したうえ、これを発砲して侵害に対抗したものであるから、けん銃の所持はもとより、その使用も違法なものであり、行為全般の状況からみて正当防衛の急迫性の要件は充たされていなかつたと解するのが相当である。

そうしてみると、原判決が被告人のけん銃発砲の時点のみに着目して右発砲に至るまでの状況を深く考慮せず、たやすく侵害の急迫性を認め、被告人の所為について正当防衛と認定したのは、事実認定ひいては法令の適用には誤りがあつたというべく、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明白である。

(結論)

よつて、検察官のその余の控訴趣意及び弁護人の控訴趣意(量刑不当の主張)に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条、三八〇条を適用して原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い更に次のとおり判決することとする。

罪となるべき事実は、原判決の認定した事実のほか、次のとおりである。

被告人は、会津小鉄会系岡山組組員であるが、同組組員中川千恵造が女性問題に絡み山口組系小田秀組内井内組組員田中俊治を拉致して暴行したことから、井内組組員松本幸夫ら四名がその報復を企て、昭和五五年一月二九日午後八時五五分ころ、京都市伏見区向島丸町一六番地の一〇所在の山城ビル前駐車場において岡山組組員桐山正を拉致しようとしたことに憤慨し、同時刻ころ、山城ビル三階から同ビル前駐車場南側ブロツク塀めがけて所携のけん銃の弾丸三発を発射し、右松本ら井内組組員四名の生命身体に危害を加える態度を示し、もつて兇器を示して同人らを脅迫した。

証拠の標目は、原判決挙示のものに次の証拠を追加する。

(証拠略)

法令の適用は、原判示けん銃及び実包所持の点について原判決挙示の各法条を、右追加の兇器を示しての脅迫の点につき暴力行為等処罰に関する法律一条、刑法二二二条一項、罰金等臨時措置法三条一項二号(所定刑中懲役刑を選択)をそれぞれ適用する。なお併合罪の処理については刑法四五条前段、四七条、二〇条を適用し重い銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪の懲役刑に併合罪加重をすることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 瓦谷末雄 香城敏麿 鈴木正義)

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