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大阪高等裁判所 昭和55年(ネ)1193号 判決 1981年10月29日

控訴人

更生会社日興観光株式会社管財人 井上隆晴

右訴訟代理人

中本勝

被控訴人

高山鉄洲

右訴訟代理人

笹山利雄

主文

一  本件控訴を棄却する。

ただし、原判決主文第一項を「被控訴人が更生会社日興観光株式会社に対し、サンイーストカントリー倶楽部理事会の承認を停止条件とする一口二五〇万円のゴルフ会員権四口(合計一〇〇〇万円)を有することを確定する。」と訂正する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二被控訴人は、更生会社からその経営にかかる本件ゴルフクラブのゴルフ会員権四口(ただし、理事会の承認を停止条件とするもの)を代物弁済により取得したと主張するので、判断する。

1  <証拠>によれば、(一)更生会社(旧商号甲陽観光株式会社)は昭和四六年に設立された会社で、本件ゴルフクラブのゴルフ場を昭和四九年一〇月頃完成し、完成と同時に開場したこと、(二)更生会社が本件ゴルフクラブの入会希望者から入会金の預託を受けた場合に発行される預り証には、額面表示の金額を本件ゴルフクラブの入会金として会則により預り、会員であることを証する旨、右入会金は本証発行日並びに譲渡日より三年間据置とし、以後は請求により同クラブ会則に基づいて本証と引換に返却する旨、そして、本証は同クラブの承認がなければ譲渡又は質入等一切できない旨の記載がなされていること、(三)本件ゴルフクラブの会則によれば、本件ゴルフクラブでは、更生会社が経営するゴルフ場及びその付属施設を利用して、健全なるゴルフの普及、発達につとめるとともに、会員の親睦を図る社交機関たることを目的とすること(第一条)、入会希望者は、本件ゴルフクラブに入会申込書を提出し、その理事会の承認を得た後、所定の入会金を更生会社に預託して会員の資格を取得し、会員証並びに預り証を受領するものとすること(第五条)、退会、除名、死亡を会員資格の喪失事由とし、退会しようとするときは、所定の用紙をもつて届出をし、理事会の承認を得るものとすること(第七条)、入会金は預り、クラブ開場後三年間据置とし、その後退会の際は請求により、会員資格喪失後二か月以内に預り証と引換に返還するが、年会費等の未払のある場合は入会金から控除すること(第九条)、会員資格を他人に譲渡するときは、所定の手続により、理事会の承認を得て譲渡しその名義を変更することができるが、この場合には、別に定める料金を納入し、会員証書に会社承認印を捺印することによつて譲渡の効力を生ずるものとすること(第一一条)、更生会社が止むを得ざる事情によつて会員の入会金を返還した場合は、その会員の権利はすべて消滅すること(第一四条)、会員は年度開始前に年会費を前納するものとすること(第一五条)、更生会社の委嘱任命する理事長及び理事によつて構成される理事会において本件ゴルフクラブの運営に関する基本的事項、諸規定の制定改廃等について発案創意し、更生会社と協議決定をなし、更生会社はその決定に基づいてこれを執行すること、及び理事長は本件ゴルフクラブを代表して理事会の議長となり、理事長に差支えのあるときは更生会社の任命する他の理事の一人にその職務を代行させることができること(第一七条ないし第二〇条)などの規定が置かれているが、会員総会等の会員の意思決定機関を欠き、また、本件ゴルフクラブ固有の財産がないため、その財産管理に関する事項についての定めも存在しないことが認められ、右の認定に反する証拠はない。

右に認定した事実によれば、本件ゴルフクラブは、それ自体独立して権利義務の主体となるべき社団としての実体を有しないいわば任意団体というべきものであつて、その理事長及び理事会の地位は、更生会社の代行機関にすぎないものというべきである。そして、本件ゴルフクラブの会員権は、前記会則(これはゴルフクラブ入会契約についての一種の普通取引約款的性格を有するものと解される。)所定の理事会の承認と更生会社に対する入会金の預託を経て成立する会員の更生会社に対する契約上の地位であるというべく、その内容は、一定期間経過後退会時に請求できる預託金返還請求権、ゴルフ場施設の優先的利用権及び年会費納入等の義務を包括する債権的法律関係であつて、これらの権利義務は、密接不可分な関係にある一体のものとしてゴルフ会員権を構成するものと解するのが相当である。

控訴人は、前示の理事会の承認と入会金の預託に加えて会員登録がなされることも本件ゴルフクラブの会員権取得の要件であると主張するが、本件ゴルフクラブの会則(乙第一号証)中には右の主張にそう趣旨の規定を見出すことはできず、その他このことを是認すべき資料は何もないから、右主張は採用できない。

2  <証拠>よれば、(一)梅本昌男は、昭和四八年一月頃更生会社の経営権(株式の全部)を取得したが、直ちに自らが代表者の地位に就くことをせず、妻の弟に当る吉井宏を更生会社の代表取締役に就任させたこと、しかし、右は形式上のことにすぎず、実質的には梅本が代表者としての権限を握つており、吉井に指示して更生会社の業務を執行させるとともに、自らも会長と称し、吉井の承諾の下に、更生会社の代表者印を使用して直接代表者としての事務全般を執行していたこと(なお、梅本は昭和五〇年二月正式に代表取締役に就任した。)、(二)梅本が更生会社の経営権を取得した当時、更生会社は本件ゴルフクラブのゴルフ場建設のための多額の工事代金債務等を抱えて資金繰りに苦慮していたこと、そこで、梅本は、資金護得のため、昭和四八年四月頃から、前記1(二)で認定したとおりの記載のある預り証を多数印刷し、一方で本件ゴルフクラブの会員の公募を始めるとともに、他方では、右の預り証を担保に供して金融業者らから融資を求め、あるいは既存の債務の支払のため又は支払に代えて預り証を債権者に交付するなどの方策をとつたこと、(三)右金策の一環として、梅本は昭和四九年六月頃被控訴人に対して一〇〇〇万円の融資を依頼し、被控訴人はこれに応ずることにしたこと、そこで、同年六月二一日頃、梅本は、高田信夫を使者として前示の預り証四通(本件預り証。いずれも金額二五〇万円で、名宛人白地のもの)を被控訴人に交付し、右貸金の弁済期は同年七月五日とし、同日までに弁済できないときは右の預り証を一〇〇〇万円の弁済に代えて被控訴人において取得し、これを第三者に売却して貸金を回収すべき旨を申し入れたこと、被控訴人は、右の申し入れを承諾し、右同日頃本件預り証四通の交付を受けるのと引換に高田に一〇〇〇万円を渡したこと、高田はこのうち九三〇万円を即日梅本が指定した大阪産業信用金庫天満支店のイゼキプレハブ株式会社(更生会社と同様梅本が実質上の経営権を握つていた会社)名義の預金口座に振込んだこと(残り七〇万円は、高田が梅本との間に貸借関係があるとして手許に留めた。)、被控訴人は昭和四九年七月五日の弁済期を経過するも、右一〇〇〇万円の貸金について何らの弁済も受けていないこと、以上の事実を認めることができ<る。>

右認定の事実によれば、梅本は昭和四八、四九年当時も更生会社の実質的経営者の地位にあり、その代表取締役であつた吉井宏から代表者としての権限を包括的に委託されていたものと認められるところ、梅本がなした被控訴人との間の前示一〇〇〇万円の消費貸借契約及びこれに付随する本件預り証を目的とする停止条件付代物弁済契約は、更生会社の資金繰りの一環として同会社のためになされたものと推認することができるから、右契約の効果は更生会社に帰属するものというべく、したがつて、被控訴人は、昭和四九年七月五日の弁済期が経過したことにより、本件預り証四通を代物弁済により取得したものということができる。右に反する控訴人の主張は採用できない。

3  そこで、進んで、本件預り証の代物弁済によつて被控訴人が本件ゴルフクラブの会員権を取得したものといえるかどうかについて考察する。

すでに認定した本件ゴルフクラブの会員権の性質、同クラブの会則の内容等に照らすと、本件ゴルフクラブの会員権は、通常、更生会社による会員の公募、会員となろうとする者の入会申込、クラブ理事会の承認、入会金の預託等の手続を順次経ることによつて取得されるものであり、右の過程で会員と更生会社との間にゴルフクラブ入会契約(その性質は要物の消費寄託契約の要素を有する無名契約と解される。)が成立したものと観念することができるのであつて、預り証は、本来、右の入会金を預り入会契約が成立したことを証明するものとして発行交付されるものということができる。

ところが、本件の場合は、前示のとおり更生会社が本件預り証四通を借入金の担保として被控訴人に交付し、被控訴人が代物弁済としてこれを取得したというのであるから、このような場合当事者間にいかなる権利関係が生ずるかについて以下考察することとする(右のようにゴルフ場を経営する会社がいわば未募集の会員権を担保に供して資金の融通を受けるといつた事例は、本件の場合のみならず巷間広く増加しつつあることは、公知の事実である。)。

前記2(三)で認定した事実と<証拠>とを総合して、右の担保設定契約(停止条件付代物弁済契約)における当事者間の合意の趣旨を推測すると、次のようなものであつたと認められる。すなわち、前記一〇〇〇万円の貸金債務が弁済期までに弁済されないときは、被控訴人は右債務全額の弁済に代えて本件預り証四通(額面合計一〇〇〇万円)を取得し、これを第三者に任意売却して右貸金の回収を図ることができること、右の売却により本件預り証を取得した第三者から本件ゴルフクラブへの入会申込があつたときは、更生会社は、同人が預託金返還請求権を譲り受けたことによりすでに右預り証に表示された金額の入会金の預託を了したものとして取扱い、会則所定の理事会の承認手続を経るだけで同人に会員資格を付与するものとすること、その際更生会社は右の第三者に対しいかなる出費も請求せず、また、右の第三者が会員資格を取得するまでの間は年会費等の支払義務は免除すること、以上のような合意があつたものと認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。ところで、また、右認定のように本件預り証の通常の換価方法として第三者への売却が予定されていたとしても、本件預り証を確実に額面金額以上の価額で売却しうるとの保証はなかつたものと推測されるから、右のような換価方法が予定されていたとの一事をもつて被控訴人自身が直接本件ゴルフクラブの会員となることを禁止する趣旨であつたとみるのは相当でなく、被控訴人としては、右売却の方法のみによることなく、自ら本件ゴルフクラブの会員資格を取得し、ゴルフ場施設の優先的利用権及び預託金返還請求権を取得することとによつて前記貸金の回収を図る方法を選択することも許容されていたものであり、被控訴人が右の方法を選択して自ら入会申込をしたときは、更生会社は前示第三者からの入会申込があつた場合と同様の取扱いをする趣旨であつたものと認めるのが相当である。

そうすると、被控訴人は、前示の代物弁済により、更生会社に対し、本件ゴルフクラブの会員権取得の要件の中核をなす入会金の預託を前示のとおりすでに了したものとして、いつでも同クラブ理事会の承認を得て会員資格を取得しうる地位を得たものということができ、このような被控訴人の地位は、一種の条件付権利(期待権)として財産法上の保護を受けるに値するものと解するのが相当である。そうすると、結局被控訴人は、前示の代物弁済により理事会の承認を停止条件とする入会金二五〇万円の本件ゴルフクラブの会員権四口を取得したものということができる。

控訴人は、理事会の承認を得ていない以上被控訴人は何らの権利も取得しえない旨、また、被控訴人自身が会員資格を取得することは許容されていなかつた旨主張するけれども、これらの主張が採用できないことは、右に説示したところから明らかである。また、控訴人は、理事会の承認を停止条件とすることはいわゆる純粋随意条件を付することになると主張するけれども、前示のように本件ゴルフクラブの会則において理事会の承認を会員権取得のための要件と定めた趣旨は、前示同クラブの目的である会員相互の親睦的雰囲気、ゴルフの健全なる普及発達、その技術的水準等を維持するためであることが同会則上推認せられ、したがつて、右の承認をするか否かについては自ら右会則の規定の趣旨からくる制約が存し、更生会社(理事会)の意思のみでこれをし意的に自由に決することはできないものと解される(とくに、本件のようにいわば入会金の預託が先行している場合にはなおさらである。)から、右の承認を停止条件としたからといつて純粋随意条件を付したことにはならないものというべきである。

三そうすると、被控訴人が取得した前示停止条件付ゴルフ会員権は、更生手続開始前の原因に基づいて生じた財産上の請求権として更生債権たる適格を有するものということができるから、その確認を求める被控訴人の本訴主位的請求は正当として認容すべきである。

四よつて、右と同旨に出た原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし(なお、控訴人は、原判決主文第一項は更生債権確定訴訟の主文を条件にかからしめたもので不適法であると非難するが、右主文の判示の趣旨は、その表現に多少の疑義がないではないけれども、更生債権の確定を条件にかからせたものではなく、停止条件付の債権の確定を意図したものと解されるから、右の非難は当らない。ただし、右の疑義を避けるため、原判決主文第一項を当審判決主文第一項のとおり訂正する。)、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(唐松寛 野田殷稔 鳥越健治)

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