大阪高等裁判所 昭和55年(ネ)1257号 判決 1981年5月12日
控訴人
金村順令こと
金順令
右訴訟代理人
吉岡良治
被控訴人
国
右代表者法務大臣
奥野誠亮
右指定代理人
浅尾俊久
外三名
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
二 被控訴人は控訴人に対し、金一九七万八〇〇〇円及びこれに対する昭和四八年七月二六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
三 控訴人のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は第一、二審を通じこれを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。
五 この判決は第二項に限り仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一訴外金村昇作こと金鳳河と被控訴人との間で本件契約が締結されたこと(請求原因1の事実)、本件交通事故が発生した後、被保険者である同訴外人が死亡したこと(請求原因2の事実)、控訴人主張の約款が存在していること(請求原因3の事実)、以上の事実は、本件交通事故と被保険者の死亡との因果関係の存否の点を除き、当事者間に争いがない。
二被控訴人の本案前の主張についての当裁判所の判断は、原判決理由第二の説示(原判決一一枚目表九行目から一七枚目表六行目まで)と同一であるからこれを引用する。
三基本契約に基づく保険金請求について
当裁判所も控訴人の基本契約にかかる保険金の支払請求は失当として棄却すべきものと判断する。その理由は、次に付加訂正するほか、原判決理由第三の一項の説示(原判決一七枚目表七行目から二四枚目表三行目まで)のとおりであるからこれを引用する。
1 原判決一七枚目裏六行目の「第一一号証、」の次に「原本の存在及び成立に争いのない甲第一二号証、第一四号証、」を加え、二二枚目表六行目の「心症患」を「心疾患」と訂正する。
2 同二二枚目表最終行から同裏一一行目末尾までを次のとおり改める。
「一方、本件事故の翌日から死亡に至るまで被保険者の診断治療を担当した前記坂野医師は、被保険者を診断した当初、本件事故の態様や初診時の被保険者の状態特に後頭部に血腫形成が認められていたことから、被保険者の受けた傷害は死に至る可能性の強いものと判断したと述べ、さらに同医師の予測以上に順調に回復しつつあつた被保険者が入院中に急死するに至つたのは、病理解剖の結果判明した被保険者の心肥大等の基礎疾患に基因する急性心不全が直接の原因であるとしても、本件交通事故による傷害がなければそのような急激な転帰はとらなかつたであろう、すなわち交通事故による精神的、肉体的ショックが右転帰の引金となつたことは十分推察されるとし、従つて、臨床科医の立場から云えば、本件被保険者の死亡原因は、被保険者に既存した基礎的疾患と交通事故の際の外傷性ショックの両者とせざるをえない旨述べている。」
3 同二三枚目表三行の「金哲」の次に「及び控訴本人」を、同裏四行目の「高血圧性心疾患」の前に「本件交通事故による外傷性ショック及び」を各加える。
四傷害特約に基づく死亡保険金請求について
1 本件被保険者が保険期間中である昭和四八年五月一六日交通事故に遭遇して傷害を受け、約款一六〇条所定の期間内である同月二六日死亡したことは前記のとおりである。
2 そこで、本件被保険者が、右交通事故によつて受けた傷害を法一六条の三及び約款一六〇条所定の「直接の原因」として死亡したものであるか否かについて検討する。
先ず右の法および約款に規定されている「直接の原因」の意義について考える。
簡易生命保険の傷害特約は、生命保険契約に付帯して傷害保険を提供するものであり、生命保険では、被保険者の死亡自体が保険事故とされるため死亡の事実のみが問題であるのに対し、傷害保険では保険事故は傷害事故の発生であり、被保険者の死亡はその傷害事故の結果にすぎない。それゆえ保険金請求権者は死亡の事実を立証するだけでなく、それが契約の対象となつている傷害事故の結果として発生したことを立証しなければならない。従つて前記各条項が、所定の保険金支払をする場合を、傷害と死亡との間に特に「直接の」因果関係の存在する場合に限定しているのは、右の因果関係の存在の立証責任が保険金請求権者にあることを明確にし、かつその因果関係が単に軽微な影響をあたえた程度のものまたは遠い条件的因果関係にすぎないものでは足りず、当該傷害が死亡の結果について主要な原因となつていることを要求したものと解される。
そして死亡の主要な原因として、傷害のほかに他の疾病等の原因が併存している場合に、そのいずれもが単独で、または互いに影響しあつて死亡の結果を発生させ、かつそれが通常起りうる原因結果の関係にあると認められるときは、併存原因の一つである傷害が右条項にいう「直接の原因」となつて死亡の結果を招来したものというべきである。また右のような場合、死亡の結果が生じるについてはさまざまな要素が混入し影響しあうことが多く、複数の原因のうち各個の原因の強さについての優劣を判定することが困難であることが多いことにかんがみると、複数の主要な併存原因がおおむね同程度に影響を与えたことが認められればそれで足り、それ以上に他の併存原因と比較してより有力な原因であると認められることまでは必要としないと解するのが相当である(このように解しないと、傷害と疾病がそれぞれ強力な死亡原因となりうるものであつた場合に、その優劣が不明であるとき、または疾病が相対的に僅かでも優勢であるときには、傷害自体致命傷であるにもかかわらず常に傷害保険金の請求が全額拒否されるという不合理な結果となる)。
そこで本件についてこれをみるに、前記引用部分のとおり、本件被保険者の死因は、病理学的見地からみれば被保険者に既に存在していた高血圧性心疾患に基因する急性心不全であるとされているが、<証拠>によれば、被保険者は本件事故直前まで脳溢血後遺症および糖尿病の治療のため通院を続けていたが、事故当時は自動車を運転できる程度に回復して良好な健康状態にあり、本件交通事故の二日後には韓国へ旅行する予定であつたこと、被保険者は本件交通事故により約一〇メートル余はねとばされて頭から路上に落ち全身を打撲したこと、そして引用部分記載のとおりの傷害を受け入院加療を続け、比較的順調な経過をたどつていたところ、入院一一日目に突然心不全を来して死亡したこと、被保険者を解剖した結果同人の死因は前記のとおり病理学的には高血圧性心疾患による急性心不全であると認められたこと、しかし臨床医学的見地からすると、本件事故、受傷、入院という精神的、肉体的ショックもまた右の心不全を誘発する重要な原因の一つとなつたものであり、もし受傷によるショックがなければ死亡の結果は生じなかつたと推測されること、結局本件死亡の原因は、被保険者の既往疾患と事故による受傷とが互いに影響しあい、右両者が主要な原因となつて遂に急性心不全をもたらしたものであつて、右は通常起りうる原因結果の関係にあること、右両者が死の結果に及ぼした影響の程度については容易に優劣をつけ難いこと、以上の事実が認められる。そうすると、被保険者の死亡の主要な原因は右の両者の併存にあると認められるから、本件被保険者は本件交通事故による傷害を前記条項所定の「直接の原因」として死亡するに至つたものと認めるのが相当である。
3 そうすると、控訴人の被控訴人に対する傷害特約に基づく死亡保険金の支払請求は理由があり、被控訴人は控訴人に対し特約保険金と同額の二〇〇万円を支払うべきところ、被控訴人が控訴人に対し入院保険金として二万二〇〇〇円を支払つたことは当事者間に争いがなく、約款一六四条によれば、死亡保険金、傷害保険金及び入院保険金の支払額は通算して特約保険金額を限度とするから、右金員を二〇〇万円から差引くと、残額は一九七万八〇〇〇円となる。
五以上によれば、控訴人の本訴請求は被控訴人に対し一九七万八〇〇〇円及びこれに対する保険金支払請求の日の翌日である昭和四八年七月二六日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容すべきであるが、その余は失当として棄却を免れない。
よつて、原判決中、右と判断を異にする部分は失当で本件控訴は一部理由があるから、原判決を右の趣旨に変更し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条を仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して(なお仮執行免脱宣言の申立については、これを付するのが相当でないから却下する)、主文のとおり判決する。
(奥村正策 志水義文 森野俊彦)