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大阪高等裁判所 昭和55年(ネ)1294号 判決 1982年12月24日

控訴人

加藤博一

右訴訟代理人

片山俊一

被控訴人

藤原敬之

被控訴人

松尾憲二郎こと松尾修

右両名訴訟代理人

田中成吾

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

被控訴人らは控訴人に対し、各自金二六四万五〇六七円及びこれに対する昭和五三年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人の被控訴人らに対するその余の主位的請求をいずれも棄却する。

二  控訴人の被控訴人らに対する当審での予備的請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一〇分し、その六を控訴人の負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。

四  この判決は、控訴人の勝訴部分にかぎり仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一被控訴人松尾に対する請求について

1  請求原因1の事実のうち、控訴人が昭和五二年四月一八日被控訴人松尾から五〇〇万円を利息月五分の約束で借受けたことは当事者間に争いがない。右の貸金の弁済期の定めについて、控訴人は同年一二月三一日の約束であつたと主張するが、右の主張にそうような原審及び当審での控訴人本人尋問の結果は<証拠>と対比して採用できず、むしろ右の各証拠によると、右の弁済期は同年五月一八日と定められていたことが認められる。

2  控訴人が、右の昭和五二年四月一八日右の借受金債務の担保として、被控訴人松尾に本件手形を預託したこと、及び控訴人は、同年八月一五日同被控訴人に対し、右債務の一部弁済として二五〇万円を支払つたこと(請求原因2、3の事実)は当事者間に争いがなく、<証拠>によると、本件手形は同年一二月三一日の満期に支払場所に呈示されて決済されたこと(同4の事実)が認められる。

なお、本件手形が決済されるに至つた経緯は次のとおりである。すなわち、<証拠>によると、被控訴人松尾は、前示の控訴人に対する五〇〇万円の貸金を他から借入れて融通していたこともあつて、控訴人からの弁済が受けられないことなどにより次第に資金繰りに窮し、昭和五二年一一月一九日頃本件手形を担保に供して檜川幹夫から六〇〇万円を借受けることとし、そのころ本件手形を同人に裏書譲渡(もつとも、裏書人の名義は、自己が事実上の代表者をしていた株式会社アルファを用いた。)して同人から五五〇万円の交付を受けた(五〇万円は利息として天引された。)こと、檜川は、同年一二月中旬頃、被控訴人松尾が右の貸金の弁済期(同年一一月三〇日の約であつた。)を徒過したとして本件手形を山口剛志郎へ譲渡し、同人はさらにそのころこれを鈴木正文へ譲渡した(檜川及び山口の裏書は存しない。)こと、そして鈴木が満期に呈示して本件手形金一〇〇〇万円を入手したことが認められ、右の認定に反する証拠はない。なお、本件手形の裏面には、順次、みずたに観光株式会社控訴人、株式会社アルファ(以上、いずれも白地裏書)、鈴木正文(取立委任裏書)の裏書がなされている(<証拠>により認められる。)。

3  以上の事実関係に基づき、まず、主位的請求(不当利得返還請求)について判断する。

(一)  まず、利得の点についてみるのに、前示のように、被控訴人松尾は、昭和五二年四月一八日控訴人に貸付けた五〇〇万円について、同年八月一五日に二五〇万円の弁済を受け、さらに同年一一月一九日には担保として預つていた本件手形を利用して五五〇万円を入手したのであるから、少なくとも右の各金額をもとに利息制限法所定の制限利率(年一割五分)により充当計算をした後の過払額二六四万五〇六七円(その計算関係は別紙計算書記載のとおりである。なお、弁済期後の遅延損害金については特段の約定があつたとは認められないので、右の損害金の割合も右の利息のそれと同じ年一割五分となる。)については、同被控訴人は法律上の原因のない利得を得たものということができる。

被控訴人松尾は、控訴人に五〇〇万円を貸付けるについて他から高利の借入れをしていたのであるから、その支払利息等を計算するとなんらの利得も残らないと主張するが、同被控訴人がどのようにして右の五〇〇万円を調達したかということは借受人である控訴人とは直接関係のないことであるから、仮に右主張のとおりの事実が認められたとしても、これをもつて右の利得額の認定を左右することはできない。

また、控訴人は、本件手形が満期に決済されている以上、被控訴人松尾が満期に手形金一〇〇〇万円を入手したものとして前示の充当計算をすべきである(その場合の過払額は七〇九万七六六一円となる。)と主張するけれども、不当利得の制度の趣旨は現実の財産状態の不公平を是正することにあるものと解されるから、前示のとおり被控訴人松尾が本件手形により五五〇万円しか入手していない(具体的にこれ以上の利得を得たと認めるべき証拠はない。)以上、同金額に基づいて利得を算定するのが相当である。したがつて、控訴人の右主張は採用できない。

(二)  次に損失について考えるのに、前認定の事実によると、控訴人はかつて裏書の連続により本件手形の適法な権利者としての推定を受けるべき地位にあつたところ、本件手形を担保として被控訴人松尾に預託したことに端を発して右手形上の権利を確定的に失うに至つたものということができるから、これにより控訴人は右手形金額相当(正確にはそれから被控訴人松尾に対する貸金残債務を控除したもの)の損失を受けたものと認めることができる。

被控訴人らは、控訴人において本件手形の原因関係上の実質的な損失を主張立証しなければ、控訴人に損失があつたものとはいえないと主張するが、手形法一六条一項の権利推定の規定が手形金請求訴訟以外の場面で働く余地がないと解すべき根拠はないから、右の主張には左袒し難い(もつとも、被控訴人らにおいて、控訴人の本件手形上の権利行使を妨げるべき事由、すなわち、控訴人が満期に本件手形を所持していたとしても振出人から支払を受けられなかつたであろうという原因事実を主張立証すれば、右の損失の認定を覆しうる余地はあると考えられるが、被控訴人らはなんら右のような主張立証をしない。)。

(三)  なお、被控訴人らは、昭和五二年九月二日控訴人の貸金残債務の支払に代えて本件手形を確定的に被控訴人松尾に譲渡する旨の代物弁済の合意があつたと主張するけれども、本件全証拠によるも右の主張事実を認めることはできないから、右の抗弁は採用できない。

(四)  以上によると、被控訴人松尾は、本件手形によつて法律上の原因なく前示の二六四万五〇六七円の利得を得、これにより控訴人は同額の損失を受けたものということができ、しかも、同被控訴人は悪意の受益者と推認されるから、同被控訴人は控訴人に対し、不当利得返還義務として、右の金員及びこれに対する受益の日である昭和五二年一一月一九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による利息の支払義務があるものというべきである。

したがつて、控訴人の被控訴人松尾に対する主位的請求(不当利得返還請求)は前示金員及び右受益の日の後であつて控訴人の主張する昭和五三年一月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による利息の支払を求める限度で理由があるが、その余は失当である。

4  そこで次に、予備的請求(合意に基づく清算金支払請求)について判断する。

(一)  控訴人は、まず、本件手形を前示の五〇〇万円の貸金債務の担保に供するに際し、その清算方法について明示の合意(貸金債務の弁済未了の間に本件手形の満期が到来して手形金が支払われたときは、右の手形金から貸金債務を控除した残額を清算金として直ちに控訴人に支払うという趣旨のもの)があつたと主張するが、右の主張にそう当審での控訴人本人の供述は当審での被控訴人松尾修本人尋問の結果と対比してたやすく採用できず、他に右の主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(二)  次に、控訴人は、右趣旨の明示の合意が認められないとしても、手形担保貸付の性質上当然右の趣旨の黙示の合意がなされたものというべきであると主張する。

世上一般に行われている手形担保貸付にあつては、担保手形の満期が被担保債権たる貸金債権の弁済期よりも早く(あるいは弁済期と同時に)到来するように設定されるのが通常であつて、この場合貸主は満期に担保手形を取立て、その取立金をもつて貸金の弁済に充当する(もちろん、剰余があれば清算金として返還する。)ことが予定されている(手形は担保であるとともに支払手段を兼ねる)ものということができる。したがつて、右のような通常の形態における手形担保貸付にあつては、担保手形をその満期以前(貸金の弁済期前)に他に処分することは原則的には予定されていないといえるから、仮に貸主が右のような例外的な挙に出て満期前に手形を換価した場合でも、該手形が満期に支払われたときは、貸主は自己がこれを取立てたのと同様の立場に立つて(すなわち、手形額面金額を入手したものとして)清算すべき義務を負うものと解するのが当事者の意思にそうものと思われる。

ところが、本件は、前記1、2で認定したところから明らかなように、右の通常の場合とは異なり、担保手形の満期が貸金の弁済期よりも遅れて(しかも半年余りも後に)到来する場合である。このような場合においては、右の通常の場合と同様に貸主は常に手形の満期の到来を待ち自らこれを取立てて清算すべきであるとするのはいささか貸主に酷であり、むしろ、貸主としては、右のように満期の到来を待つて自ら手形の取立てをし清算する手段を選ぶことももちろん自由であるが、他方また、手形の満期の到来前といえども、貸金の弁済期が到来した後は、手形を他に換価処分(売却のほか本件のように再担保として利用することも含む。)してその換価金をもつて貸金債務の弁済に充当することも許されるものと解するのが相当である。もつとも、貸主は、右の換価に当つては、不当に廉価に担保手形を処分して借主に損害を与えないよう、適正な価額で処分すべき注意義務を負うべきであるが、右の注意義務を怠つたものと認められない限り、現実に入手した換価金を基準として清算すれば足りるというべきである。

したがつて、本件のような場合においても常に手形の額面金額を基準として清算すべきものとする黙示の合意があつたとの控訴人の前記主張は採用できない(なお、前示のように被控訴人松尾が本件手形を檜川に対する六〇〇万円の貸金債務の担保に供して五五〇万円を入手したことが、担保権者(貸主)としての前示の注意義務に反する不当な廉価処分に当るか否かについて念のため考察しておくのに、なるほど右の五五〇万円というのは、本件手形の額面金額一〇〇〇万円と比較すると、いかにも廉価であるとの感をぬぐえないけれども、しかし、前掲の被控訴人両名各本人尋問の結果によると、昭和五二年一一月当時本件手形について、果して満期に決済されるのかどうか疑わしいといつた情報が流されるなどしたため、これを換価処分することがきわめて困難な情況にあつたことがうかがわれるのであつて、本件全証拠によつても右の五五〇万円を超える金額で本件手形を換価しえたものとはとうてい認められないから、右の被控訴人松尾の所為をもつて不当な廉価処分ということはできない。)。

(三)  以上のとおりであるから、担保契約上の合意に基づく清算金支払義務を前提とする場合も、控訴人の請求の認容額の範囲は前示の不当利得返還請求の場合のそれと一致しこれを超えないことになるから、控訴人の予備的請求は失当というほかない。

二被控訴人藤原に対する請求について<省略>

三結論

以上によると、控訴人の本訴請求中主位的請求は、被控訴人両名に対し前示の金員の支払を求める限度で正当として認容すべく、その余は失当として棄却すべきものである。よつて、右と結論を異にし右の主位的請求全部を棄却した原判決は一部失当であるから、これを主文第一項のとおり変更し、なお、控訴人の被控訴人らに対する当審での予備的請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(唐松寛 野田殷稔 鳥越健治)

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