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大阪高等裁判所 昭和55年(ネ)1648号 判決 1981年8月28日

控訴人 野々村辰己

右訴訟代理人弁護士 山本寅之助

同 芝康司

同 亀井左取

同 森本輝男

同 藤井勲

同 山本彼一郎

右訴訟復代理人弁護士 松村信夫

被控訴人 同和火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 辻野知宜

右訴訟代理人弁護士 原田正雄

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人は控訴人に対し金一三二四万一三三三円及びこれに対する昭和五三年八月一九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを五分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

五  この判決は第二項につき仮に執行することができる。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

(一)  原判決を取り消す。

(二)  被控訴人は控訴人に対し金一六〇〇万円及びこれに対する昭和五三年八月一九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  控訴の趣旨に対する答弁

(一)  本件控訴を棄却する。

(二)  控訴費用は控訴人の負担とする。

二  当事者の主張

次のとおり付加・補正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決の補正

(一)  原判決二枚目表三行目の「三一番地」の次に「先」をそう入し、同裏三行目の「証明書」を「証券」に、同三枚目表二行目の「背髄性」を「脊髄性」に、五枚目表一一行目の「三輪」を「出野」に、七枚目裏二行目の「相達点」を「相違点」に各訂正する。

(二)  同判決二枚目表三行目の「交差点」の次に「(以下、「本件交差点」という。)」を、同一〇行目の「衝突した」の次に「(以下、「本件事故」という。)」を、同裏五行目の「供していたもので」の次に「あり、その運行によって本件事故を起こしたもので」を各そう入し、同行目の「自賠法」を「自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」という。)」に改める。

(三)  同判決四枚目表三行目の「合計一九六九万四七四七円」を「合計四六六九万四七四七円」に、同五行目の「四六九万四七四七円」を「三一六九万四七四七円」に、同裏一〇行目の「同3、4は不知。」を「同3は不知、同4は認める。」に改める。

2  控訴人の主張

(一)  本件事故は加害車(一)の本件交差点の側端から五メートル以内における違法停車(以下、「本件違法停車」という。)によって増大した危険が具体化して発生したもので、同車の運転者出野の予見可能なものであるから、同人の過失は免れない。

そして、右過失は、本件事故の発生に加害車(二)の運転者三輪及び被害者である控訴人の過失が介在していることによって否定されるものでない。

(二)  仮に、控訴人が万全の注意義務を尽していれば本件事故を避けられたもので、その過失は否定できないとしても、右事故を避けるためには急ブレーキ・急ハンドルによる間一髪の措置が必要であるから、これをなしえなかった控訴人の過失は軽微で、その責任を問う程の事案ではない。

3  被控訴人の主張

(一)  停車によって生ずる道路交通の危険は右停車が違法であるか否かによって形式的に判断するものでなく、道路の幹・支線又は都市・田舎道の区別、幅員の広狭、交差点の大小、信号機の有無、人車往来の有無と多少、天候、昼夜の別、停車方法等の具体的諸条件に照らし実質的に判断すべきである。

ところで、本件交差点は田舎道で南北道路の見通しは極めて良好で、夜間でも街路燈等で十分前方を見通すことができるうえ、西行交差道路はすぐに行き止まりとなっていて往来も少なく、車両の運転者の払う注意義務の程度も通常の交差点に比べ緩和される状態にあった所で、本件事故当時もその直前数分以内に本件交差点を通過した車両は加害車(一)、(二)を除いて東西・南北各道路とも全く見られなかったのであるから、加害車(一)が本件交差点の側端から五メートル以内に違法停車しても、これによって本件交差点における他車の通行を妨害したり、見通しを悪くさせたりするなど具体的危険を生じさせるような状態になかった。

(二)  結局、本件事故は三輪及び控訴人が運転者として最も基本的な注意義務を怠ったため発生したもので、加害車(一)の運転者出野としては予測不能のものというべきであり、同車の本件停車との間に相当因果関係はない。

三  証拠関係《省略》

理由

一  本件事故の発生について

昭和五〇年一二月二三日午後九時五五分ころ京都市右京区嵐山朝日町三一番地先の本件交差点内において出野数之助運転の加害車(一)が客扱いのため停車したところ、これに追従中の三輪敦運転の加害車(二)が加害車(一)を追い越すため対向車線に侵入し、折から同車線内を進行して来た控訴人運転の被害車に衝突したことは、当事者間に争いがない。

そして、《証拠省略》によると、控訴人は本件事故によって頸髄損傷・右大腿骨骨折・左脛骨骨折・多発性挫創等の傷害を負い、昭和五〇年一二月二三日から昭和五二年一二月二二日まで七三一日間シミズ外科病院に入院して治療を受けた結果、脊髄性の上肢不全麻痺・下肢完全麻痺・膀胱直腸障害等の後遺症を残して症状が固定し、常時介護を要するいわゆる寝たきりの状態(自賠責後遺障害等級一級該当)となったが、その後昭和五三年一一月まで対症療法のため同院に入院、同月八日から昭和五四年八月まで膀胱手術のため鞍馬口病院に入院、その後昭和五五年三月まで機能回復訓練のため京都市立リハビリセンターに入院、その後は帰宅して適宜機能訓練に従事している事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

二  訴外会社の責任について

1  訴外会社が加害車(一)を所有し、自己のため運行の用に供していたことは、当事者間に争いがない。

2  ところで、控訴人は、加害車(一)の運行によって本件事故が発生した旨主張するのに対し、被控訴人は、同車の運行と本件事故との間には相当因果関係がない旨反論してこれを争うので、以下これについて判断する。

(一)  前記一、二の1の各当事者間に争いのない事実及び《証拠省略》によると、次の事実が認められる。

(1) 本件交差点は南北に通ずる府道宇多野・嵐山・樫原線(通称物集女街道)(以下、「南北道路」という。)と、ほぼ西北西から東南東に通ずる道路(以下、「東西道路」という。)とがやや斜に交差する信号機のない変形交差点(右交差によって生ずる南東角は見通しを確保するため角切りがなされている。)であり、南北道路は東側端〇・八メートルの路側帯を含めて幅員五・五メートルの平たん、かつ直線の見通しの良いアスファルト舗装道路で、その西側には幅員約一メートルの未舗装の帯状空地が、右交差点以北においては東側にも西側同様の帯状空地がそれぞれ設けられており、東西道路は幅員が南北道路より狭く自動車一台がようやく通行できる平たんなアスファルト舗装道路で交差点以西は程なく行き止まりとなっている。

南北道路は最高速度が時速四〇キロメートルで、駐車禁止となっており、市街地の道路として通常かなりの交通量を有し、本件事故当時は夜間、かつ、曇天にかかわらず街路照明によってかなり前方まで見通しが可能で、路面は乾燥して制動に困難な状態になかった。

そして、本件事故地点は本件交差点の北端から南北道路を北に約一二メートルの所にある。

(2) 出野は加害車(一)に女性の客一名を乗せ、南北道路を北進して本件交差点に至ったが、右客の指示で右交差点の北西角の同道路左側端に沿って同車を北向きに、車体後部を一部交差点内に突出した状態で停車させ、運賃の支払を受けて右客を降車させた直後、同車右斜前方約一〇メートルの南北道路上で加害車(二)と被害車とが衝突する衝撃音を聞いた。

加害車(一)の停車位置は本件交差点北側端から五メートル以内の地点であるから、右停車は道路交通法四四条二号に違反するものであるが、右停車時前照燈を減光し、ブレーキランプを点燈しただけで、右に出て発進することを示す右側方向指示燈の点滅はなかった。

(3) 三輪は近畿土地タクシー株式会社のタクシー運転手で、退勤後帰宅するため自己所有の加害車(二)(車体の幅員一・五六メートル)を運転し、南北道路を南から北に向け時速約四〇キロメートルで本件交差点に差し掛かり、時速三五キロメートルに減速して右交差点を通過しようとした際、右交差点北西角に北向きに停車中の加害車(一)を見たので、その右側方を通過しようとしたが、同車(一)が違法停車中であるうえ、右側方向指示燈を点滅させていないので、いつ発車するかと気になり、かつ、左右の交差道路に気を配ったこともあって進路前方の安全確認が不十分なまま、本件交差点手前(停車中の加害車(一)の後部左端から約八メートル南寄りの地点)から道路右寄りに進路を変え、同車の右側を、右車輪がほぼ路側帯表示に沿うように進行したところ、対向南進中の被害車を前方約一七・二メートルに始めて発見し、左にハンドルを切ることは発進した加害車(一)と衝突する危険があってできず、とっさに同一進路のまま急制動の措置を取ったが及ばず、加害車(二)の右前部を被害車の前部に衝突させ、同車の運転者である控訴人を同車もろとも路上に転倒させた。

(4) 控訴人は被害車を運転し、前照燈を付け南北道路の東路側帯寄りを南進中、自車進路上に侵入した加害車(二)に対し、なんら事故回避の措置を取ることなく同車と衝突した。

《証拠省略》中には、加害車(一)の停車位置は本件交差点北側端から五ないし六メートルであった旨、また、《証拠省略》中には、加害車(一)の右側方を通過北進中の先行車二台があったため、進路前方を見通せなかった旨、右認定に反する供述部分があるが、前者は《証拠省略》、後者は《証拠省略》によると、同人らは本件事故後、刑事事件の捜査段階までは右のような供述を全くしていないことが認められるうえ、右各供述を裏付ける客観的資料もなく、これに加え前記採証の各証拠とも比照すれば到底信用できず、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  右認定事実によると、本件事故は、三輪が加害車(一)の右側を通過するに際し、進路前方の安全の確認を怠った過失と、控訴人が自車の進路上を対向して来る加害車(二)についてその発見が遅れ、かつ、なんらの回避措置をも取りえなかったという過失とが競合して惹起されたものということができるが、加害車(一)の本件違法停車も三輪の前記過失を誘発助長したことによって本件事故の原因をなしており、しかも、同車の運転者である出野は同車の本件違法停車が本件交差点に進入する他車の見通しを妨げ、特に後続車に対しては自車に注意を奪われて前方注視義務に支障を来たすことは当然予測し、又は予測可能な状態にあったものと認められるから、本件事故は加害車(一)の本件違法停車と相当因果関係があり、同事故は同車の運行によって発生したものということができる。

(三)  被控訴人は、本件交差点の状況から加害車(一)の本件停車によって同交差点における他車の通行について具体的危険を発生させるような状態になかったので、本件停車と本件事故との間には相当因果関係はない旨主張するが、本件違法停車がその時刻、場所、態様において本件交差点における他車の通行に具体的危険を発生させたことは明らかで、このことは加害車(一)の運転者である出野も予測し、予測しうべきものであったと認めるに十分で、本件違法停車と本件事故との間には相当因果関係が肯認されること前記説示のとおりであるから、右主張は理由がない。

3  次に、被控訴人は訴外会社につき自賠法三条但書所定の免責事由を主張するので、これについて判断するに、出野の本件違法停車と本件事故との間に相当因果関係のあることは前記説示のとおりであるが、このような場合同人は右違法停車を避けるべき注意義務があったものというべきところ、同人は右義務を怠って本件違法停車をしたものであるから、本件事故の発生について同人の過失は免れない。

そうすると、出野が加害車(一)の運行に関し無過失であったことを右免責の一要件とする被控訴人の右主張も、その余の免責要件について判断するまでもなく、失当というべきである。

三  被控訴人の責任について

1  被控訴人が訴外会社と加害車(一)について保険期間を昭和五〇年七月三一日から昭和五一年七月三一日までとする自動車損害賠償責任保険契約(保険証券番号N三九二〇九三)を締結したことは、当事者間に争いがない。

2  そして、前記一の認定事実によると、控訴人の本件事故に基づく後遺障害等級は一級に該当するから、本件事故当時施行の自賠法施行令二条一項二号イ・ヘにより、本件保険金額は一六〇〇万円(傷害につき一〇〇万円、後遺障害につき一五〇〇万円)であることが明らかである。

3  そうすると、被控訴人は自賠法一六条一項により控訴人に対し、右保険金額の限度で控訴人が本件事故によって被った損害を填補すべき義務がある。

四  控訴人の損害について

1  付添介護費

前記一の認定事実によると、控訴人は生涯にわたり常時介護を要するものと認められるところ、その費用は少なくとも一日に二〇〇〇円を下らないことが経験則上明らかである。

ところで、《証拠省略》によると、控訴人は昭和三〇年一月二日生まれで本件当時満二〇歳一一か月の男性であったことがめ認られるところ、平均余命の算定に関する資料として裁判所に顕著な厚生大臣官房統計情報部作成の昭和五〇年度簡易生命表によると、二〇歳の男性の平均余命は五三・三一年、二一歳の男性のそれは五二・三七年であることが認められる。

そこで、控訴人の余命を五二年として右費用を年別ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して本件事故当時の現価を算定すると、次の算式により一八四四万〇八二二円となるから、これが付添介護に関する控訴人の損害である。

2,000円×365×25.2614=18,440,822円

2  逸失利益

《証拠省略》によると、控訴人は本件事故当時左官として稼働し日給六〇〇〇円を得ていたことが認められるから、その年収が、年収算定の資料として裁判所に顕著な労働大臣官房統計情報部作成の昭和五〇年度賃金センサスによる二一歳の男性の平均年収一五三万六三〇〇円を下回らないものと認められる。

ところで、前記一の認定事実によると、控訴人は本件事故によって労働能力を一〇〇パーセント喪失したものと認められるところ、本件事故に遭わなかったときの就労可能年数は経験則上六七歳までの四六年間と認めるのが相当である。

そこで、控訴人の右就労不能四六年間の年収を年別ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して本件事故当時の現価を算定すると、次の算式により三六一五万四八二三円(円未満切捨)となるから、これが逸失利益に関する控訴人の損害である。

1,536,300円×23.5337≒36,154,823円

3  慰藉料

控訴人の本件事故によって被った精神的損害を慰藉すべき金額は、その傷害及び後遺障害の程度からみて一二〇〇万円が相当である。

4  したがって、控訴人の損害は右1ないし3の合計六六五九万五六四五円となる。

五  過失相殺について

前記二の2の(一)の認定事実によると、控訴人は南北道路を本件交差点に向けて南進中、自車前方を注視し、もしその進路上に対向車が侵入して来るときは、その動静に注意し、減速・停車・回避等同車との衝突を防止する措置を講ずべき注意義務があったにもかかわらず、加害車(二)の侵入が突然であったこともあって、なんらなすことなく直進し、本件事故に至ったことが明らかであるから、本件事故について控訴人の過失も否定できない。

そうすると、訴外会社の損害賠償額を算定するについては、控訴人の右過失を斟酌すべきであるが、右過失の態様からすると、訴外会社は控訴人に対し同人について生じた前記四の損害から一割を減じた五九九三万六〇八〇円(円未満切捨)についてその賠償の責を負うべきである。

六  損害の填補について

控訴人が加害車(二)関係の自賠責保険から一五〇〇万円、三輪から三一六九万四七四七円の支払を受けたことは当事者間に争いがないから、これを控除すると、訴外会社が控訴人に対して支払うべき金員は一三二四万一三三三円となる。

七  結論

以上によると、訴外会社は控訴人に対し一三二四万一三三三円の支払義務があるので、被控訴人は控訴人に対し、前記保険金額の範囲内である右金員の支払義務があるところ、控訴人が被控訴人に対し昭和五三年八月一八日自賠法一六条一項による損害填補の請求をしていることは当事者間に争いがないから、被控訴人は控訴人に対し右金員及びこれに対するその翌日の同月一九日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるものといわなければならない。

したがって、控訴人の本訴請求は右限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべきである。

よって、右判断と一部異なる原判決はこれを右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 島﨑三郎 裁判官 高田政彦 古川正孝)

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