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大阪高等裁判所 昭和55年(ネ)1780号 判決 1981年7月15日

控訴人 扶桑興業株式会社

右代表者代表取締役 村松孝市

右訴訟代理人弁護士 古川靖

被控訴人 大東京火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 反町誠一

右訴訟代理人弁護士 児玉憲夫

同 石川寛俊

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一、当事者の求めた裁判

1.控訴人

(一)原判決を取り消す。

(二)被控訴人は、控訴人に対し、八〇万円及びこれに対する昭和五四年六月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三)訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決。

2.被控訴人

主文と同旨の判決。

二、当事者の主張

次のとおり付加、補正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1.原判決事実摘示の補正

(一)原判決二枚目表一〇行目の「につき、」の次に「控訴人を被保険者、」を付加し、同一一行目から一二行目の「、と各する」を「とする自動車」と、同三枚目表四行目の「受傷等」を「受傷の部位・程度」と、同七行目の「右膝部」を「左膝」と、同三枚目裏一行目の「所定の後遺障害別等級表」を「施行令二条別表所定の」と、同三行目の「支払等」を「支払」と各改める。

(二)同四枚目裏六行目の「本件保険契約」から同末行目までを次のとおり改める。

「本件保険契約の内容を成す自動車保険普通保険約款(昭和五一年一月一日施行のもの。以下、約款という。)の一章六条四号には、保険者は、対人事故により被保険者の業務に従事中の使用人の生命又は身体が害された場合には、それによって被保険者が被る損害をてん補しない旨定められている(以下、本件免責条項という。)。」

(三)同五枚目表七行目及び九行目の「右約款」を「本件免責条項」と、同七枚目表二行目の「周く」を「よく」と、同裏二行目の「前記約款の」を「本件」と、同八枚目表末行目の「答弁等」を「答弁及び再抗弁」と、同一一枚目裏一二行目の「答弁等」を「答弁」と各改める。

2.控訴人の主張

自動車対人賠償責任保険制度は、今日においては、被保険者の財産上の損害をてん補するという保険契約本来の目的を果たすにとどまらず、対人事故の被害者を救済するという社会的機能をも営んでいるものであるから、本件免責条項所定の「使用人」は、指揮監督の有無という点よりは、当該被害者が企業に対し身分的・経済的な独立性を有しているかどうかという観点から厳格に解釈されるべきであって、みだりに拡張解釈されるべきではない。そして本件事故の被害者である訴外佐藤秀吉こと佐藤秀伍(以下、佐藤という。)は、控訴人の正規の従業員とは身分的・経済的な待遇を著しく異にし、控訴人に対する独立性も高く、したがって、両者の関係は請負契約に基づく下請関係に外ならず、雇用契約的な要素は全く存在しないから、同人は右条項にいう「使用人」には該当しないというべきである。

3.被控訴人の主張

佐藤は、控訴人が有する設備及び資材を利用し、控訴人の指揮監督の下に労務に服し、その対価として報酬を受ける労働者であって、両者は典型的な使用従属関係にあり、互換性もなく、佐藤が控訴人主張のごとく社会的・経済的に控訴人から独立した主体であるとは到底いえないから、本件免責条項にいう「使用人」にあたることは明らかである。控訴人は被害者救済を主張するが、本件事故は、本来、控訴人の責任において処理すべき労災事故であり、このような場合にも本件免責条項の適用がなく自動車保険によりてん補すべきものとすれば、控訴人の正規の従業員の大半が同様にその適用対象外とならざるをえず、かくては同条項の存在自体が骨抜きになり、自動車保険が国民的規模で利用されている現在、それだけ一般国民の保険料の負担増を招くこととなり、不当である。

三、証拠関係<省略>

理由

一、請求原因一ないし三の各事実は当事者間に争いがない。

二、そこで、まず被控訴人の免責の抗弁について判断する。

1.本件保険契約の内容を成す約款の一章六条四号には、保険者は、対人事故により被保険者の業務に従事中の使用人の生命又は身体が害された場合には、それによって被保険者が被る損害をてん補しない旨の本件免責条項が定められていること、佐藤は、控訴人の業務に従事中、本件事故により受傷したものであることは、当事者間に争いがない。

2.よって次に、佐藤が本件免責条項所定の「使用人」に該当するか否かについて検討する。

<証拠>を総合すると、次の事実が認められ、右佐藤秀伍の証言中、この認定に抵触する部分は前掲の各証拠に比照してにわかに措信し難いし、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)控訴人は、貯蔵槽の製造並びに配管及び器材据付工事の請負等を目的とする会社であり、その大阪事業所においては、本件事故当時、正規の労務職従業員(技能員)約二二名のほか、社外工として土木関係、電気関係及び配管工の合計一六名(そのうち法人が二社、いわゆる一人下請が六名)が工事現場で労務に従事していた。

佐藤は、右のいわゆる一人下請の一人で、昭和四九年六月ころから配管工(鉄工)として主にガス管の埋設工事に従事するようになったが、その際、控訴人大阪事業所長との間で、

(1)同事業所長(注文人)から佐藤(請負人)に対する工事の発注は一件五万円未満の工事を除き、注文書の発行によって行う。

(2)佐藤は、図面、仕様書及び工程表に基づいて施工することとし、これらによれないとき、又は疑義を生じたときは、直ちに同所長又はその代理人に報告してその指示を受ける。

(3)佐藤は、その業務の遂行にあたり、労働関係法規その他の諸法規を遵守するほか、工事上及び安全上の事項に関し、同所長及びその代理人の指示に従う。

(4)佐藤がその債権者に対し債務の履行を怠ったときは、同所長において直接右債務を履行することができる。ただし、この場合には、同所長は佐藤にその旨通告する。

(5)検収締切日は毎月末日、報酬支払日は翌月末日とする。

等の口頭の合意をし、昭和五〇年四月二五日その旨記載した工事請負基本契約書(甲第七号証)を取り交した。

(二)佐藤に対する報酬は、同事業所において定める実働一時間当たりの単価、すなわち午前九時から午後五時までの定時作業(実働七時間)は九〇〇円、午後五時から同一〇時までの残業は二割五分増の一一二五円、午後一〇時から午前五時までの深夜作業は五割増の一三五〇円の各単価に各実働時間を乗じた金額を基本とし、更に、(1)深夜明けの場合には定時日給の八割に相当する五〇四〇円の不就労手当、(2)「手待ち」と称し、工事現場を移動するまでの間同事業所の事務所で待機する場合には定時の就労時と同額の報酬、(3)残業を三時間以上した場合には一回四〇〇円の残業食補助、(4)事業所から工事現場までの往復及び夜勤帰りに電車、タクシー等を利用した場合にはその交通費の実費がそれぞれ付加支給される約定であった。

佐藤は、前記のとおり控訴人の業務に従事するようになってからは、それに専念し、同事業所から受ける報酬を唯一の収入源とし、本件事故当時までに控訴人以外の仕事をするようなことはなかった。

(三)前記(一)の約定に従い、工事発注のため、同事業所から佐藤に対し、毎月初めに注文書や図面、仕様書及び工程表が交付された(ただし、図面等は工事によっては口頭説明で代えることもあった)。が、右注文書は、月の初日を作成日付、その月の末日を納入期限とするものであり、簡単な工事名の記載(例えば「ONG-6502鋼単工事」)はあるが、注文金額欄は白地であって、翌月初めころ佐藤から同事業所に提出される工事出来高並請求書及び請求書所定の金額に基づいて記入され、前記(一)の約定に従い、その月の末日に佐藤に支払われた。

ところで、この工事出来高並請求書及び請求書は、佐藤が、同事務所からあらかじめ交付されている用紙に、同事業所長の確認を得た作業日報の記載に基づいて記入したものであり、体裁上は一か月分の請負代金を請求する形式を取ってはいるが、右請求書は、前記報酬単価に当該月の実働時間数を乗じて算出した同月分の報酬の内訳明細表に外ならないし、また右工事出来高並請求書も右合計金額を契約金額欄に移記し、着工を月の初日、出来高の査定時をその月の末日、その割合を一〇〇パーセントとして右契約金額に右出来高割合を乗じたものを出来高金額とし、一か月ごとの報酬を請負代金の形式にはめ込んだものにすぎないし、佐藤ら社外工は、同事業所から受領する金員を給料と呼称しており、同事業所もその作成した佐藤の本件事故に係る休業損害証明書において、給与なる表現を取っている。

(四)佐藤の就労状況についてみると、同人が事業所長から指示された特定の工事現場に赴く場合には、自己の判断により、ワンセットで仕事をしている他の工事関係者と共に現場に直行することが多く、場合によっては一たん同事業所の事務所に立ち寄ることもあるが、いずれの場合も同事務所によって出勤状況の確認がなされており、またその指示に基づき休日勤務をすることもあったほか、遅刻、早退、欠勤をする場合には、同事業所に報告してその了解を得るものとされ、無断欠勤等の場合は注意を受けていた。

また佐藤はある工事現場の仕事が終了したり中断したりしたときは、同事業所の指示によって後続の仕事が割り当てられ、同人がこれを拒絶することはなく、工事現場の移動も同事業所の指示に基づいて行われていた。

なお、正規の労務職従業員も現場に直行して佐藤ら社外工と一緒に働くこともあり、その勤務時間の態様(定時、残業、深夜の各区分)、休日制度、不就労手当等も佐藤らと同一で、佐藤のように、責任を持たされて現場の仕事をする者は、同事業所においては、正規の従業員たると社外工たるとを問わず、「ボーシン」と呼称されていた。

(五)工事に使用する主な資材は、同事業所において発注先から支給を受け、これを佐藤に引き渡し、また道具類(溶接用酸素、アセチレンガス、コード、モンキー、ハンマー等)は同事業所から同人に無償貸与されていたほか、工事現場を往復するのに使用する車両(控訴人所有の二〇数台のほか、借り上げ車もあった。)に佐藤が同乗することも容認されており、本件事故当時も、同人は、深夜作業を終え、「さきて」と称する手伝いの社外工である松田茂義の運転する控訴人所有車両(加害車)に乗って同事業所に帰る途中であった。

(六)なお、控訴人の正規の労務職従業員と佐藤ら社外工との相違点は、本工と呼称される前者にあっては、本社に採用決定権があり、就業規則の適用を受け、したがって、給与は所得税等を源泉徴収のうえ、月末締切り翌月一〇日払で支払われ、賞与(年間に給与の四か月分)、諸手当、退職金等も支給され、作業服及び防寒服の無償支給、有給休暇などがあり、社会保険の加入対象とされるのに対し、下請ないし鍛治屋とも呼称される後者にあっては、出先機関である大阪事業所長に採否の決定権があり、就業規則の適用はなく、その報酬は、前記のとおり月末締切り翌月末日払で源泉徴収もなされず、その他前記各給付もなく、社会保険の加入対象にもされていないことなどである。

ところで、約款中に本件免責条項が設けられていることは前記のとおり当事者間に争いがないし、成立に争いのない乙第二号証によって認められる昭和五四年九月改訂の約款も総合して考察すると、本件免責条項の趣旨は、自動車が業務に使用される場合、その運行によって業務に従事する使用人が被災する危険度が一般に高いため、使用者と使用人という密接な関係に着目して、その危険を定型的に自動車保険の対象から除外し、このような企業内の事故については、労災責任ないし労災保険の分野に委ね、併せて不当な保険金請求を防止することとしたものであり、したがって、同条項にいう「使用人」とは、必ずしも被保険者と形式的な雇用契約(労働契約)を締結している当事者たる労働者に限られるものではなく、形式上の契約関係のいかんにかかわらず、事実上ないし実質上、被保険者との間に労働関係(支配従属関係)が存在している労働者をも含むものと解するのが相当である。

そこで、いまこれを本件についてみてみるに、先に認定のように、控訴人と佐藤との関係は、控訴人とその正規の労務職従業員との関係に比照し、身分的・経済的な待遇の面で完全に同一ではなく、請負的要素を全く否定することはできないけれども、佐藤は、控訴人の大阪事業所だけの業務に従事し、他から受注して稼働したことはなく、同事業所から支払われる請負代金名下の報酬は実質的には賃金と同一視しうるものであり、事実上、同事業所の一員としてその企業組織に組み込まれ、同事業所は、佐藤に対し、実質的な支配従属関係を及ぼしうる地位にあったものというべく、したがって、同人は本件免責条項の「使用人」にあたるものと認めるのが相当である。

原審証人水野実の証言(第一回)によれば、控訴人は、本件事故に関し、佐藤は右の「使用人」に該当しないとの見解の下に、同人につき労災の適用申請をしなかったことが認められるが、右のような取扱いは当を得たものとはいえないし、また成立に争いのない甲第一四号証に記載された見解も採用することができない。

3.してみれば、被控訴人は、本件免責条項により、被保険者である控訴人に対し、本件保険契約に基づく損害てん補の責任を負わないものというべく、被控訴人の免責の抗弁は理由があるものといわなければならない。

三、そうすると、控訴人の本訴請求は、その余の点についての判断を待つまでもなく、失当として棄却を免れず、したがってこれを棄却した原判決は相当であるから、民訴法三八四条によって本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担について同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 島崎三郎 裁判官 高田政彦 篠原勝美)

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