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大阪高等裁判所 昭和55年(ネ)262号 判決 1981年9月22日

控訴人

富水物産株式会社

右代表者代表取締役

大西桓彦

右訴訟代理人

川合五郎

被控訴人

株式会社名村造船所

右代表者代表取締役

小野塚一郎

右訴訟代理人

阪口繁

櫛田寛一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴人

(一)  原判決を取消す。

(二)  被控訴人は控訴人に対し金二八〇〇万円及びこれに対する昭和五三年一二月一六日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

(三)訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

主文と同旨。

二  当事者の主張<以下、事実省略>

理由

一本件船舶先取特権の取得について

<証拠>によれば、控訴人は昭和五二年五月二五日訴外橋本造船株式会社(以下橋本造船という)に対し、ゼネラルモータースコーポレーション製の船舶用主機高速ディーゼルエンジン一四基を、橋本造船が製造中の船舶の装置品として、同年七月三一日から昭和五三年一〇月一五日まで七回にわたり一隻分二基宛分納、代金は一隻分二基が二八〇〇万円で検収後に半額、本船引渡後に半額支払の約定で売渡す旨の契約を締結したこと、控訴人は右売買契約に基づき、橋本造船に対し売買物件を順次納品していき、最後の第七回分二基(以下本件エンジンという)は昭和五三年一一月六日所定の場所に納品され、検収を了した後、橋本造船が製造中の船舶第五一一番船(以下本件船舶という)に据付けられたこと、橋本造船は五隻目までの代金全額及び六隻目の代金のうち半額一四〇〇万円を控訴人に支払つたが、六隻目の残額一四〇〇万円及び本件エンジン代金二八〇〇万円については支払のないまま、和議手続が開始されたこと、以上の事実が認められる。

控訴人は、本件エンジンは本件船舶の艤装品であり、その代金債権は船舶の艤装によつて生じた債権であるから、控訴人は商法八四二条八号により本件船舶に対し先取特権を有すると主張するので、まずこの点につき判断する。

ところで艤装というのは船舶に堪航能力を得させるための属具及び附具装置を備え付けることであり、船舶それ自体の製造であるというべき船体の製造やエンジン(機関)の備え付けはこれには含まれず、従つて本件エンジンは船舶の艤装品ではないというべきである。

しかしながら、同条同号によれば船舶の製造に因つて生じた債権についても船舶先取特権が認められており、商法八五一条によれば、右規定は製造中の船舶にも準用されるから、控訴人は橋本造船に対する本件エンジンの売買代金債権について橋本造船が製造中の本件船舶に対し先取特権を有していたものといわなければならない。

二売買代金請求について

1  控訴人は、本件船舶の譲受人である被控訴人に対し昭和五四年一月二六日頃到達の書面で商法八四六条所定の債権の申出をしたから、控訴人の前記先取特権は消滅せず、かつこのような場合控訴人は被控訴人に対し本件エンジンの売買代金を請求できると主張するので、この点につき判断する。

被控訴人が橋本造船から製造中の本件船舶の引渡しを受けたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、控訴人がその主張のとおり被控訴人に対し債権の申出をなしたことが認められる。

しかしながら船舶先取特権とは船舶に関する特定の債権者につき、その船舶及び附属物に対し認められる特殊の先取特権ではあるけれども、その性質は民法の先取特権と変わるものではなく、従つてその目的物につき競売権及び優先弁済権を有するが、それ以上に契約の当事者でない者に対して被担保債務の履行を請求し得るものではない。商法八四六条は、一定の手続のもとに船舶先取特権の追及力を消滅させ、船舶の譲受人に物的有限責任を免れる方法(逆に、船舶先取特権者の方からいえば、船舶先取特権を保存する方法)を付与しただけの規定であつて、船舶先取特権者が契約の当事者でない者に対して被担保債務の履行を請求し得ることを認めた規定ではない。

そうとすれば、控訴人の右主張はそれ自体理由がない。

2  次に控訴人は、造船業界においては、本件のように先取特権者が船舶譲受人に対して被担保債務の履行を請求した場合、譲受人がこれに応じて支払をなすのが一般的な商慣習であると主張するが、本件全証拠によつても右商慣習の存在を認めるに足りない。

三損害賠償請求について

1  控訴人は、被控訴人が控訴人において本件船舶につき先取特権を有することを十分知りながら、その不知の間に船舶を発航させ、その結果控訴人の本件船舶先取特権の実行を事実上も法律上も不能ならしめたが、これは不法行為であり、被控訴人は控訴人に対し本件エンジンの売買代金二八〇〇万円相当の損害を賠償する責任があると主張する。

判旨しかしながら、商法八四七条二項に明らかなように、同法八四二条八号の先取特権は、船舶の発航に因つて消滅する権利として予定されているのであり、それは、その被担保債権については船舶所有者の陸産に対しても執行が容易であるとともに船舶抵当権者及び航海中発生する特殊の船舶債権者の利益を保護するためであるから、同条同号の先取特権を有する者は、船舶の発航前にその権利を実行すべきものであり、その自由な選択によりそれをしないでいる間に船舶所有者が自らの占有下にある船舶を発航させ、その結果右先取特権が消滅するに至つても、右先取特権者はそれを甘受するほかなく、右の船舶所有者が船舶を発航させた行為が不法行為となるいわれはない。そして、このことは、右にみたとおり、商法八四二条八号の先取特権の権利としての特性に基づくものであるから、船舶所有者が船舶先取特権の存在を知らずに船舶を発航させたか、それとも知つて船舶を発航させたかによつて消長を来たすものではない。

従つて控訴人の前記主張は理由がない。

2  さらに控訴人は被控訴人の行為は商業道徳を無視するものであり、信義則に違背すると主張する。

しかしながら、すでにみたように被控訴人は売買契約の当事者ではないから控訴人に対し何ら契約上の債務を負わないものであり、また船舶譲受人が本件のような場合において、先取特権者に対し被担保債務の支払をなすとの商慣習もその存在が認められない以上、被控訴人が譲受代金もしくは請負代金から未払分を留保しなかつたとしても何ら信義則に違背するものではない。さらに船舶所有者が船舶を発航させるにつき先取特権者の承諾を要するものでもなく、また発航の事実を先取特権者に通知する義務もないから、被控訴人が本件船舶を発航させた行為が控訴人の予期に反したものであつたとしても、それは被控訴人の正当な権利の行使であつて、これを目して信義則に違背するものということはできない。

その他本件にあらわれた全証拠によつても、被控訴人の行為が信義則に違背するものとは認めることができない。

よつて控訴人の前記主張は採用することができない。

四結論

そうすると、控訴人の本訴請求はすべて失当として棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(奥村正策 広岡保 森野俊彦)

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