大阪高等裁判所 昭和55年(ラ)633号 決定 1982年4月01日
抗告人 竹中君代
右代理人弁護士 佐古祐二
同 鬼追明夫
同 的場俊介
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
一 本件抗告の趣旨は、「原決定を取消し、更に相当の裁判を求める。」というにあり、抗告人の抗告理由は、別紙のとおりである。
二 当裁判所の判断
1 本件記録によると、本件競落許可決定に至る状況として以下の事実が認められる。
債権者竹中君代は、昭和五五年五月一七日、大阪地方裁判所に対し、合計金二億二二九六万八〇〇〇円及びこれらに対する遅延損害金の弁済を受けるべく、同地方裁判所昭和五五年(ワ)第一三二号約束手形金請求事件の仮執行宣言付手形判決(被告は債務者林巖、及び、株式会社巽産証)の執行力ある正本に基づき、債務者林巖所有の別紙物件目録記載の宅地、居宅(以下本件不動産という。但し、右建物につき持分二分の一の所有名義人林綾子)につき強制競売を申立て、これに基づき、同五五年五月二〇日、同裁判所において、競売手続を開始し債権者のためこれを差押える旨の強制競売開始決定がなされた。そして、同裁判所は、同年五月三〇日、大阪地方裁判所執行官に対し、本件不動産につき賃貸借の有無等についての取調命令を、また、鑑定人湯浅富一に対し右不動産についての鑑定命令を発し、その後、右執行官西山治良は同年六月二三日、右不動産について賃貸借関係はない旨報告し、右鑑定人は、同年七月三日、大阪地方裁判所に対し、昭和五五年六月三日の時点において、その評価額が一億二八三七万五〇〇〇円であると報告し、この結果、同裁判所により、同年九月二四日、右不動産について強制執行により入札に付する、入札期日同年一〇月二九日、競落期日同年一一月五日、その最低入札価格一億二八三七万五〇〇〇円とする旨の入札期日の公告がなされた。そして、右入札期日である同年一〇月二九日、大阪地方裁判所において、同地方裁判所執行官は、執行記録を出頭した各人の閲覧に供する等して入札申出をまち、その結果、住所大阪市《番地省略》の林秀典(代理人浦東利一)が最高価入札人とされ、債務者林巖は出頭しなかったが、利害関係人林綾子(代理人和田勇)はこれを承諾して署名押印した。右の入札者及び入札価格金は、右林秀典が一億八〇〇〇万円、右林綾子が一億六〇〇〇万円、株式会社三護商会が一億四〇〇〇万円、吉本興業株式会社が一億三八〇〇万円、三田武雄が一億三五二〇万円であった。そして、右林巖は、同年一〇月三〇日、同地方裁判所に対し、抗告人において、右林巖が得た強制執行停止決定につき、保証金を提供することを故意に不可能ならしめたとして、競落許可に対する異議の申立てをなし、同裁判所は、同年一一月五日、右申立書を陳述せしめたうえ、本件不動産につき林秀典が最高価金一億八〇〇〇万円の入札をしたとして、同人につき競落許可決定を言渡した。
2 抗告人は、右競落許可決定は、民事訴訟法第六七二条第二号に該当する事由があり、明らかに違法のものであるとするので検討する。
民事執行法施行前において、民事訴訟法第六七二条第二号は、「最高価競買人売買契約ヲ取結ヒ若クハ其不動産ヲ取得スル能力ナキ」場合に、これが競落許可についての異議事由となる旨規定し、最高価競買人の競買申出につき必要な行為能力や代理権限の欠缺のためその効力を認めることができず、ないし、競落人が競落不動産を取得する資格を欠くため、その者に競落を許可することができないとき、これを許さないものとしているが、右規定の趣旨から競売手続の公正を害する行為があった場合には、それが最高価競買人であっても、その者に競落人となるべき資格、能力がないと解される。ところで、強制競売における所有者である債務者ないしはその者の計算における競買申出については、右民事訴訟法上これを一般的に禁止する明文はなく(同法第六八八条第五項参照)、解釈により決すべきであるが、任意競売にあっては、所有者である債務者が競落人となった場合においても、その抵当権の負担を消除する実益があることから、これを肯定的に解されるのに反し(なお、競売法第四条第二項参照)、強制競売の場合には、かかる債務者が執行債権以上の額で競落するのであれば、それにより直接債務を弁済すれば足りるし、これが右債権を弁済できない程度の競落代金にとどまるときは、競落により差押えの効果が消滅しても、債権者は、同一債務名義により、更に同一不動産に対し差押、競売ができることとなって、その実益に乏しいのみならず、かつ、その競買申出を許す場合に同手続の公正を害する虞れが大きいことから、競売不動産の所有者(共有を含む)である債務者は、自己の物を買得できず、したがって、その競買申出についての資格、能力を欠くものと解すべきである(大判大正二年一二月二〇日刑録一九輯一四九八頁)。しかしながら、競買申出が、かかる債務者の計算によるものである場合には、右のような問題は回避されるが、またそのために競売手続の公正維持の必要が増大することから、右民事訴訟法は、競買申出から更には競落を許すべきか否かにつき、当該競売におけるこれらの具体的事情を勘案して決することを予定しているものと解される。もっとも、民事執行法は、このような状況等に鑑み、その第六八条及び第七一条第二、三号において、改正前の任意、強制競売の態様を区別することなく、債務者ないし債務者の計算による競買申出を一律に売却不許可事由と定めているが、債務者の計算による場合について、その趣旨を、直ちに既往の事例に推及せしめることはできないというべきである。
よって、これを本件についてみるに、本件に表れた資料によれば、前記最高競落人とされた林秀典は、債務者林巖とその妻である利害関係人林綾子間の唯一子であり、松下電子部品株式会社生産機器事業部に勤務し、最近三か年平均約二五〇万円程度の収入を得ているところ、昭和五六年三月には結婚して、現に、その妻、及び、林巖とともに本件不動産所在地の同居宅に居住していること、右林巖は、金融会社である株式会社巽産証の代表取締役であって他にも資産を有しており、本件競売の入札に際し林秀典の代理人とされた浦東利一も、昭和五三年三月三〇日以降右巽産証の取締役であることが認められ、これに前示のように林綾子も本件不動産の入札に加わり、右秀典に次ぐ高価入札をしている事実を考慮すると、林秀典は、林巖、綾子らと事前に話し合い、自らの資金に加え、右林巖らの援助をも予定して、本件不動産を確保するべく、右入札買受けの申し出をしていることが認められるけれども、右林秀典の競買申し出についてはその行為能力及びその代理権の存在について特段の問題があるとはいえず、林秀典自身独立の生計を営み、林巖と同居しているものの、本件不動産を自らにおいて確保する必要が肯定されるところであって、専ら林巖の計算によっているものとも認め難く、更に、前示のような入札の経過によれば、林秀典は、最低競売価格を約五〇〇〇万円も上廻る買受けの申出をしているところであり、その余の競買申出人との間で、その価格を低減させるため謀議し、申出人を操作等したとの事跡も窺われないから、右最高価競買人とされた林秀典について、本件競売手続の公正を害しているとすることもできない。
その他記録によっても、原決定を取消すに足る違法の点を見出すことはできない。
三 してみると、原決定は相当であって、抗告人の本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人の負担とすることとして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 大野千里 裁判官 林義一 稲垣喬)
<以下省略>