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大阪高等裁判所 昭和55年(行コ)32号 判決 1981年9月30日

控訴人

国税不服審判所長

岡田辰雄

右訴訟代理人

兵頭厚子

外六名

被控訴人

三宅妙子

右訴訟代理人

仲田晋

鈴木堯博

主文

一  原判決を取消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は「1 本件控訴を棄却する。2 控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、次に訂正・付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

<中略>

(主張)

1  控訴人

(一) 閲覧請求権の行使時期について

(1) 国税通則法(以下、通則法という。)に基づく国税不服審判所長に対する審査請求は、審査請求人が審査請求書を原処分庁の管轄区域を管轄する国税不服審判所の支部の首席国税審判官(本件の場合は広島国税不服審判所長)に提出してしなければならず(通則法施行規則二条)、首席国税審判官は国税不服審判所長から権限の委任を受け(通則法一一三条、同法施行令三八条)、当該審査請求書が通則法の規定に従つているかどうかの形式的要件を審査し、その要件が具備されているものにつき、原処分庁に審査請求書の副本を送付して答弁書の提出を要求し(通則法九三条一項)答弁書が提出されるとその副本を審査請求人に送付する(同条四項)とともに、当該事件の調査及び審理を行なわせるため担当審判官一名及び参加審判官二名以上を指定する(通則法九四条)。

そして、担当審判官及び参加審判官は合議体を構成し、当該事件の調査及び審理をなし、その限りにおいて一切の権限を有しており(通則法九五条ないし九七条)、国税不服審判所長も、裁決に当つては、合議体構成員(以下、合議体という。)の過半数の意見による議決に基づいてしなければならないとされており(通則法九八条三項、同法施行令三五条)、裁決権と実質的審査権とは明確に区別されているのである。

したがつて、通則法九六条二項が規定する審査請求人の有する閲覧請求権は、同条が閲覧請求を担当審判官にすべきものとしていることをも考えると、裁判段階より前の議決成立過程における調査や審理手続上のものであつて、合議体による調査や審理がすべて完了しすでに議決がなされて終うと、当該事件は調査や審理に直接関与しえない裁決権者による裁決の段階に入り、もはや審査請求人は閲覧請求権を行使し得ないものである。

(2) 原判決は、閲覧請求権の行使時期を裁決書謄本の発送のときまでと判示するが、右判示は次のとおり誤りである。

ア 閲覧請求権の行使時期に関しては明文の規定がないが、審査請求手続は行政不服申立制度の一つであつて、簡易迅速な手続によることを建前に職権主義を採用しており、厳格な手続による当事者主義を基調とする判決手続とは異なるから、原判決が閲覧請求権の行使の時期について明文の規定がないことをもつて直ちに判決手続を類推したのは、右のような審査請求制度の特質を無視したものである。

イ 合議体の議決は変更不可能なものではなく、改めて調査をし再議決をなすことも可能ではあるが、議決後において審査請求人による主張の追加や変更があつても、国税不服審判所長がその必要がないと判断したときは再議決に付さなくてもよいのであるから、右のように議決が変更不可能なものではないことを根拠として、閲覧請求権の行使が議決後も可能であるとすることはできない。

ウ 審査請求手続においては、審査請求人に対して議決がなされたことを通知する手続や訴訟手続における弁論終結のような手続が存在しないが、審査請求手続は前記のとおり職権主義を旨とし、当事者の関与は審査庁の審理の補充にすぎないものであつて判決手続とは異なるものであるのに、原判決は明文の規定のない手続過程に関する事項を、判決手続を基準として解釈し、それをもつて閲覧請求権の行使時期を定めようとしたものであり、行政不服申立制度としての審査請求制度に関する法解釈を誤まつたものである。

エ 原判決は裁決の対内的成立と対外的成立を区別し、後者の段階までは閲覧請求は可能であるとするが、判決手続においてすら判決の対外的成立の時期まで当事者の攻撃防禦に関する権利が認められているものではなく、時期に遅れた場合及び弁論終結後においては、右権利を認めるかどうかは裁判所の裁量に属するから、職権主義を旨とする審査請求制度において、攻撃防禦に関する閲覧請求権が裁決の対外的成立の時まで存続しあるいは行使可能であると解すべき根拠はない。

(二) 本件閲覧請求拒否が本件裁決の取消事由にならないことについて

(1) 本件閲覧請求当時、後記(2)以下のとおり、当事者双方の主張は出尽し、すべての事実関係が開示され、争点は事実の評価及びその対する法令の解釈であつたし、さらに被控訴人は原処分庁の主張や証拠資料を知悉していたから、仮に控訴人が被控訴人に対し原処分庁から提出された書類等の閲覧請求を許可していたとしても、被控訴人の攻撃防禦に新たに参考となるものは何もなく、従つて閲覧を許可する実質的な必要性もなく、控訴人が本件閲覧請求を拒否したことが本件裁決の結論になんらの影響も及ぼさなかつたので、控訴人の本件閲覧請求の拒否は正当な理由があり、仮にそうでないとしても、本件裁決には取消事由に該当する程の違法性がない。

(2) すなわち、被控訴人、奥田泰郎(以下、泰郎という。)、奥田純子(以下、純子という。)、菅原浩子(以下、浩子という。)及び小山悦子(以下、悦子という。)ら五名(以下、被控訴人らという。)は、亡奥田春男(以下、春男という。)の相続人であるが、春男が自作農創設特別措置法(以下、自創法という。)により国に買収された別紙物件目録記載の各土地(以下、一括して本件土地といい、個別的には一の土地、二の土地等という。)について農地法八〇条により売払いを受け、これを日本機械土木株式会社(以下、日本機械という。)に売却処分した。そして泰郎は、本件土地上の工場建物で塗料製造業を営み、また日本耐アルカリ塗料株式会社(以下、日本耐アルカリという)に本件土地上の別の建物を賃貸していたので、本件土地売却に伴い、右塗料製造工場で働いていた奥田昇次(以下、昇次という。)に退職功労金二〇〇〇万円を支払う約束をし、日本耐アルカリに立退料二五〇万円を支払つた。

(3) 被控訴人らは本件土地の譲渡による所得について枚方税務署長に対し次の理由により確定申告したが(その後、被控訴人及び悦子については、その各住所地を管轄する下関税務署長及び豊能税務署長にそれぞれ移送された。以下、税務署長を一括して原処分庁等といい、下関税務署長を原処分庁という。)

ア 本件土地の譲渡による所得は分離長期譲渡所得である。

イ 昇次に支払うべき金員は本件土地の譲渡費用に当る。

ウ 日本耐アルカリに対する立退料のうち一四七万五〇〇〇円は本件土地の譲渡費用である。

(4) ところが、原処分庁等は被控訴人らのそれぞれに対し次の理由により各更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(以下、一括して原処分等といい、下関税務署長の処分を原処分という。)をした。

ア 本件土地は被控訴人らが農地法八〇条により国から売払いを受けこれを他に譲渡したものであるから、右譲渡による所得は分離短期譲渡に該当する。

イ 昇次に対する支払金は昇次が泰郎の経営する奥田塗料製造工場を退職するに当つての退職金であるから本件土地の譲渡費用には当らない。

ウ 日本耐アルカリに対する立退料金額は泰郎の所有していた建物の譲渡費用であり、本件土地のそれには当らない。

(5) そこで、被控訴人らは、それぞれの原処分庁に対しいずれも税理士中居朝夫(以下、中居という。)を代理人としてそれぞれ異議の申立をし、原処分庁等はいずれも各異議の申立を棄却したので、被控訴人らは控訴人に対し審査請求に及んだ。

(6) 大阪国税不服審判所長は泰郎、純子、浩子及び悦子に対し、広島国税不服審判所長は被控訴人に対しそれぞれ原処分庁等から提出された答弁書副本を送付したが、それに記載された主張の要旨は原処分等の理由とほぼ同一であつた。

(7) 控訴人は、昭和五二年三月一八日付で泰郎に対し、同月二八日付で純子、浩子、及び悦子に対し、それぞれ原処分庁等の判断とほぼ同一の理由で、審査請求を棄却する旨の裁決をしたので、泰郎ら四名は昭和五二年七月一二日原処分等の取消を求める訴を大阪地方裁判所へ提起したが、その請求の原因における主張はほぼ従来の主張と同様であつた。

(8) 被控訴人は、泰郎らが右訴を提起した後の昭和五三年三月一四日控訴人に対し本件閲覧請求をしたが、その当時本件土地の譲渡による所得に関する課税につき原処分庁等と、泰郎ら四名との間の争点のほか、被控訴人との間の争点も確定し、右争点に関する法的主張及び立証関係は尽されていたものである。そして、原処分庁から提出されていた資料で本件閲覧請求当時被控訴人の目に触れていなかつたものは、譲渡所得実地調査書(以下、所得調査書という。)のみであり、この書面は原処分庁の調査担当者が原処分庁等における調査の結果を取りまとめたものであるが、被控訴人の手元にある異議決定書の記載内容とほぼ同旨のことが記載されているので、被控訴人はこれを閲覧しなくてもその記載内容を充分承知していたものである。

2  被控訴人

(一) 審査請求人は、次の理由により、裁決書を受領するまで何時でも自己の判断において閲覧請求権を行使できるものである。

(1) すなわち、審査請求手続は職権主義によつて行なわれ、審査請求人はそれに参加することができず、審理の過程で原処分庁からの資料収集がどの程度まで進捗しているかどうかを知ることができず、しかもその審理期間は無限定である。

(2) 担当審判官が、審理のための質問や検査を行ない(通則法九七条)、原処分庁の処分の理由となつた資料提出の相手方(通則法九六条一項)になつていることから、その指定後でなければ閲覧請求権の行使の意味がないだけであり、それ以上に、閲覧請求権行使の終期を合議体の議決の時までと限定する解釈を導き出し得るものではない。

(3) 審査請求制度は納税者の権利利益の救済を第一義とするものであるから、通則法九五条の証拠書類等の提出期限指定のような規定が設けられていない以上は、判決手続と比較するまでもなく、閲覧請求権の行使時期を制限することができない。

(4) 判決手続は対審構造をとり弁論主義が行なわれ、当事者において審理の進行過程を充分知り得る状況にあるので、時期に遅れた場合や弁論終結後には攻撃防禦方法を提出できないとすることも何ら怪しむに足りないが、審査請求手続では、審査請求人が前記のとおり審理過程を知り得ないのであるから、裁決書の交付を受けるまで証拠資料の提出や主張の追加も可能であるとすべきである。

(二) 本件閲覧請求拒否は次のとおりである。

(1) 本件閲覧請求の不許可が裁決の結論に影響を及ぼしたか否かは、閲覧請求権が行使されていない段階で、審査庁たる控訴人が軽々に主張すべきことではない。

(2) 本件裁決の対象となつた基礎事実は被控訴人らに共通のものであるが、各人の立場によつてその対応関係は異なり、その見方についても差異が生じるものであるし、また、更正処分は個々の納税者毎にそれぞれの管轄税務署長が行ない(通則法二四条、二八条、三〇条)、不服申立手続も個々の納税者毎にそれぞれの更正処分に対し個別的具体的に行われなければならないところ、原処分の通知書によれば、土地の譲渡費用等の計算において被控訴人とは事情を異にする泰郎と同旨の理由が付記されていたので、被控訴人が異議申立書でその不当性を指摘したが、異議決定書でも同旨の理由が付記され、審査請求手続における原処分庁の答弁書においても同様であつた。

しかしながら、被控訴人は、昇次との間には雇傭関係がなく、昇次に対する退職功労金が譲渡費用以外のものとは認識しがたいし、また、日本耐アルカリから賃借料を収受しておらず、日本耐アルカリに対する立退料について泰郎と同様の取扱になるとは考えられなかつたから、この点についての原処分庁の事実認定と意思決定過程を確かめ、控訴人に対し原処分の取消を要求する前提として本件閲覧請求に及んだものである。

<以下、事実省略>

理由

一請求原因(一)の事実及び被控訴人が本件閲覧請求をしたところ控訴人がこれを拒否したことは当事者間に争いがない。

二控訴人は、当審において、本件閲覧請求当時、当事者双方の主張が出尽し、争点は事実の評価及び法令の解釈であり、しかも被控訴人は原処分庁の主張や証拠資料を知悉し、異議決定書の記載内容とほぼ同旨の所得調査書だけを知らなかつたものであつて、本件閲覧請求の拒否が本件裁決の結論にならんの影響も及ぼさなかつたから、控訴人が本件閲覧請求を拒否したことについて正当な理由があり、仮にそうでないとしても本件裁決には取消事由に該当する程の違法性がない旨縷々主張するので、この点について判断する。

<証拠>を総合すると

1  本件土地はもと春男の所有であつたが、昭和二三年七月二日自創法三〇条(未墾地買収の規定)により国に買収されたので、春男はこれを不服として昭和二三年七月一日大阪地方裁判所に本件土地の買収計画(自創法三一条)取消訴訟を提起したが、同訴訟は昭和四〇年一二月二一日休止満了により終了した。

2  国は昭和二七年一〇月脇川好市ほか三名に本件土地の使用を許可したところこれらの者がその一部に入植し、一方春男も本件土地上の一部に二十数棟の建物を所有し、その一部を自ら経営する塗料製造工場等に使用するとともに、他の一部を他に賃貸していた。

3  ところが、昭和四五年本件土地を含む附近の土地が市街化区域に指定され、つづいて昭和四六年国有農地等の売払いに関する特別措置法(以下、農地売払法という。)が公布施行され、被控訴人らは昭和四七年一二月二五日農地法八〇条の規定により国に対し本件土地の買受申込をし、国からの売払を受ける前の昭和四八年二月二〇日頃一ないし八の土地を代金二億四二五二万八〇〇〇円で、同年六月三〇日九ないし一一の土地を代金一億七五八六万四〇〇〇円でいずれも日本機械に売渡す旨の契約を締結した。

4  国は昭和四九年二月六日付で被控訴人らに対し、本件土地を、代金合計一億六七三二万一六三五円、所有権移転の時期を同年二月二六日として、売払の通知をした。

5  被控訴人らは右売払の対価を支払つて昭和四九年三月一四日本件土地につき所有権移転登記を受け、次いで同年三月二七日日本機械に所有権移転登記を経由するとともに前記代金の支払を受けた(もつとも被控訴人らは国から売払を受ける前に事前に協議し、泰郎が一〇分の六、被控訴人を含む他の四人の物がそれぞれ一〇分の一の各持分の売払を受けることにし、右各持分の割合で国から売払を受けたものである。)。

6  被控訴人らが本件土地を日本機械に売却するに伴い、泰郎は当時、本件土地上の塗料製造工場で働いていた昇次に金二〇〇〇万円を支払う約束をするとともに本件土地上の工場の建物を泰郎から賃借使用していた日本耐アルカリにその建物の明渡を求め、その立退費用として金二五〇万円を支払つた。

7  以上の事実関係のもとに、被控訴人らはいずれも本件土地の譲渡による所得について、枚方税務署長に対し昭和四九年分の確定申告をしたが(被控訴人及び悦子の分についてはそれぞれ所轄の下関税務署長及び豊能税務署長に移送された。)、被控訴人らの申告の理由は一致して次のとおりであり、それに続く異議の申立及び審査請求における被控訴人らの主張もほぼ同様であつた。

(一)  本件土地は自創法三〇条により国に買収されたことにはなつてはいるが、その買収計画が自作農の創設という制度の趣旨に全く適合せず、かつ買収手続にも買収令書の交付も対価の支払もないなどという重大な瑕疵があつたから無効であり、国がその所有権を取得していない。仮に買収が有効であつたとしても、一及び九ないし一一の土地については、春男及び泰郎がその地上に工場を建てて塗料製造業を営み所有の意思をもつて二〇年間その占有を継続してきたから時効によりその所有権を取得したものであり、その他の土地については、国の買収後も所有の意思をもつてその占有を継続してきたから、実質課税の原則により、本件土地の譲渡による所得は、租税特別措置法(以下、措置法という)三一条一項の分離長期譲渡所得とみるべきである。仮に本件土地の譲渡による所得が分離長期譲渡所得に該らないとしても、本件土地譲渡の実質は農地法八〇条に規定する買受請求権の売却と解され、その権利の取得時期は開拓者の耕作実績がほとんどなくなつた昭和二七年から三〇年とみるのが妥当であり、権利の譲渡として所得税法三三条三項二号の規定に該当するので、措置法三二条一項の規定を適用できないものである。

(二)  昇次に対して支払うべき二〇〇〇万円の金員は、本件土地の売買に関して仲介料ないし謝礼金の性質をもつものであり、本件土地の譲渡費用に該当する。

(三)  日本耐アルカリに対して支払つた立退料二五〇万円のうち一四七万五〇〇〇円も本件土地の譲渡費用に当る。

8  これに対し原処分庁等は、被控訴人らの確定申告に対しそれぞれ原処分等をなしたが、原処分庁等の処分理由とその後の審査請求手続における答弁書等でのその主張はほぼ次のようなものであつた。

(一)  本件土地の買収手続には被控訴人らが主張するような瑕疵はなく、国が有効にその所有権を取得したものである。また、本件土地は、国が買収後大阪府知事がそれを管理し国から許可された四名の開拓者が入植していたものであり、被控訴人らが本件土地の一部に建物を建てそれを利用していたとしても、それは国有地であることを知りながらそれを使用してきたのにすぎないから、その占有には所有の意思があつたものとはみることができず、時効取得をするに由がない。本件土地の譲渡による所得は農地売払法五条一項二号により措置法三二条一項が適用され、分離短期譲渡所得に該当する。

(二)  昇次に支払うべき二〇〇〇万円は、被控訴人らが本件土地を売却したことに伴い泰郎が本件土地上の塗料製造工場を廃止し昇次が退職することになつたための退職功労金として支給するものであるから、本件譲渡所得の計算上譲渡費用は算入することができない。

(三)  日本耐アルカリに支払つた金員は、泰郎が本件土地の一部に鉄骨スレート葺簡易工場を建築して同会社に賃貸していたが、これを日本機械に売却したことに伴いその明渡を求めるための立退補償金であるから、本件土地の譲渡費用はみることができない。

9  被控訴人、純子、浩子及び悦子は、春男の子であるが、泰郎が昭和三三年春男の養子となるとともに純子と結婚し、昭和三五年厚生省を退官して本件土地の一部でなされていた春男の塗料製造業を手伝い、春男死亡後も引き続きその仕事に従事していたことから、協議で本件土地の売却やそれに伴なう譲渡所得の申告手続等一切のことを泰郎に委ね、泰郎は税理士の中居を被控訴人ら五名共通の代理人として原処分庁等に対する確定申告から異議の申立、さらに控訴人への審査請求、反論書の提出等の本件土地に関する税務手続を進めていた。

10  控訴人は、昭和五二年三月一八日付で泰郎に対し、同月二八日で純子、浩子及び悦子に対し原処分庁等とほぼ同じ理由で各審査請求を棄却する旨の裁決をしたが、被控訴人については、昭和五二年一一月二五日合議体による議決がすでに行われていたものの、裁決が未済になつていた。

11  中居は、被控訴人をのぞく他の四名の審査請求手続では閲覧請求を全くしなかつたが、被控訴人の審査請求の日から一年以上も経過した昭和五三年三月一四日(本件裁決がなされた日、裁決書謄本は同月二〇日被控訴人あてに発送された。)になつて初めて、被控訴人の代理人として広島国税不服審判所長に到達した書面で本件閲覧請求をした。

12  当時原処分庁から担当審判官に提出されていた書類は(一)確定申告書写、(二)更正及び加算税の賦課決定決議書写、(二)異議申立書写、(四)異議決定書写、(五)所得調査書であり、中居はこれらの書面のうち右(五)の所得調査書だけをみたことがなかつた(もつとも、右(二)の書面もそれ自体は見てはいなかつたが、その内容は更正及び加算税の賦課決定通知書と全く同じである。)。そして、所得調査書は、原処分庁の担当官が被控訴人の本件土地の譲渡による所得に関し調査した結果に基づき所得金額及び税額を算出した計算過程を上司に報告するための書面であり、これを基礎にして(四)の異議決定書が作成されており、この書面は所得調査書の内容を詳細かつ平易に書き改めてはいるが、その骨子は同一である。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

判旨ところで、通則法九六条二項後段は閲覧請求を拒否できる場合として、(1)第三者の利益を害するおそれがあると認めるとき、(2)その他正当な理由があるときに限定し、それ以外には閲覧を拒むことができない旨規定し、右(2)の場合としては税務行政上の高度な機密に触れる等閲覧を拒否するについて合理的な理由を要する(閲覧請求が権利の濫用にわたる場合には拒否できることはいうまでもない。)ものと解されるところ、本件においてこれらの場合に当ることの主張立証がないから、本件閲覧請求拒否は正当な理由があつたものということができない。

判旨しかしながら、閲覧請求権は審査請求人に有利な裁決を得るための手続的利益を保障したものであるから、裁決がその取消事由に該当する程の違法性を帯びるのは、審査請求人が閲覧請求拒否にかかる書類その他の物件に対し適切な主張や反証を提出することによつて、当該裁決の結論に影響を及ぼす可能性のある場合に限られるものと解するのが相当であるところ、前記認定の事実によると、原処分上の争点は、泰郎ら四名と同一であつて、本件土地の譲渡による所得が措置法三一条一項の分離長期譲渡所得又は同法三二条一項の分離短期譲渡所得もしくは買受請求権の譲渡として所得税法三三条三項二号の譲渡所得のいずれに該当することになるのか、昇次に支払うべき金員及び日本耐アルカリに支払つた立退料が本件土地の譲渡費用になるかどうかということであつて、この点について双方の主張は出尽しており、これを当然熟知していた筈の被控訴人ら五名共通の代理人である中居は、被控訴人以外四名の審査請求手続では閲覧請求をせずに裁決を受け、被控訴人の関係においても審査請求をした日から一年以上も閲覧請求をしないまま放置し、控訴人が本件裁決をした日に初めてそれをしたものであることからすると、中居が本件審査請求手続において被控訴人の攻撃防禦を講じる上で原処分庁から提出された書類を閲覧することが果して必要であつたかどうかは相当疑問があるうえ、原処分庁から提出されていた書類の中で中居が目を通していなかつたものは、既に同人の手元にあつた異議決定書の記載内容とほぼ同一である所得調査書のみであつたから、中居が仮に所得調査書を閲覧していたとしても、本件裁決の結論に影響を及ぼす程の主張や反証を提出する余地のなかつたことが明らかであり、したがつて、本件裁決は本件閲覧請求の拒否によつて取消事由に該当する程の違法性を帯びなかつたものというべきである。

三そうすると、本件閲覧請求拒否が取消事由となることを前提として本件裁決の取消を求める被控訴人の請求は失当として棄却すべきところ、これと結論を異にする原判決は相当でなく、本件控訴理由があるから、民訴法三八六条により原判決を取消して被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(仲西二郎 長谷喜仁 下村浩蔵)

物件目録<省略>

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