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大阪高等裁判所 昭和55年(行コ)42号 判決 1981年6月26日

控訴人(原告) 辻清治

被控訴人(被告) 泉大津税務署長

訴訟代理人 高田敏明 西峰邦男 外三名

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は「1 原判決を取消す。2 被控訴人が控訴人に対して昭和五三年六月二七日付でした昭和五二年分所得税についての更正処分(税額金八〇万二三〇〇円)のうち税額金四一万一六〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分を取消す。3 訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、次に訂正・付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(訂正)

1  原判決四枚目表八行目の「捺養親族」を「扶養親族」と、七枚目表五行目の「甲扶養」を「甲扶養」と、八行目の「乙通常」を「乙 通常」とそれぞれ改める。

2  同一一枚目裏一行目の「弊害」を「弊害」と、一二枚目表末行を「三 被控訴人の主張に対する控訴人の認否及び反論」とそれぞれ改める。

3  同一三枚目裏一一行目の「所得におき」から一四枚目表八行目の「ところが」までを「所得に分けて捕え、それぞれの所得について定めた計算方法により所得額を算出し、その合計額より各種所得控除額を差引いて課税標準額を出し、これに高度の累進性を有する税率を乗じて得た額から各種税額控除額を差引いて税額を算出する累進構造を採用している。ところで、所得控除額を人的控除項目である基礎控除、配偶者控除、扶養控除に限定してみると、同一家族構成の家族間では人的控除額が同一でなければならないのに」と、一四枚目裏二行目の「多くなる」を「多くなり、適正な累進構造とはいえない」と、一一行目の「配当控除額」を「配偶者控除額」とそれぞれ改める。

4  同一九枚目表一行目の次に「これを例示すると次のようになる。家族構成の同じ夫婦と子供三人のA、B二つの家族を想定し、A家族の子供三人にそれぞれ配当収入各一〇万〇〇〇一円があり、B家族の子供三人にそれぞれ給与収入各七〇万円があるとした場合、昭和五二年の課税最低限は、A家族については、基礎控除、配偶者控除(各二九万円)だけで扶養控除が認められないので配当収入(三〇万〇〇〇三円)を考慮しても、八八万〇〇〇三円となり、B家族については、基礎控除、配偶者控除(各二九万円)のほか扶養控除(八七万円、給与収入については子供一人につき五〇万円の給与所得控除が認められるので一人当りの給与所得が二〇万円となり、三人の子供が扶養親族に該当する。)が認められるので子供三人の給与収入(二一〇万円)を考慮すると、三五五万円となる。したがつて右規定を適用する限り、A、B両家族の課税最低限は八八万〇〇〇三円と三五五万円という大変な較差を招くことになる。」を挿入する。

5  同二四枚目表一〇行目の「格差」を「較差」と改める。

(控訴人の主張)

法二条一項三四号及びこれが引用する限りでの同項三三号は憲法二五条に違反する無効な規定であるから、控訴人の昭和五二年分所得税については三人の子供はいずれも扶養親族に当るものである。

(一)  憲法二五条一項は「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と規定しているところ、生活保護法一条にはこれを受けて「この法律は日本国憲法第二五条に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする。」と規定し、国民の生存権を保障する社会保障制度の根拠法となつている。

そして、生法保護法によると、最低限度の生活基準は、最低限度の生活の需要を満たすに十分なもので、且つ、これを超えないものとし、その基準を厚生大臣が定めるものとしており(生活保護法八条一項、二項)、右により厚生大臣の定めた昭和五二年度の年間最低生活水準は、標準四人世帯一四四万六七六八円、母子三人世帯一一三万二五九六円である。

ところで、憲法二五条と生活保護法を一体として判断すると、健康で文化的な最低限度の生活を維持するために必要な所得には課税しないことが憲法の要請するところである。したがつて所得が最低限度の生活の需要を満す水準を超えない以上担税力が認められず、また右水準の所得に課税することは最低限度の生活をおびやかすことになり許されない。

法二条一項三四号及びこれが引用する同項三三号は扶養を受ける親族に一〇万円を超える給与所得等以外の所得のあるときは扶養親族とせず、扶養者である納税者にその者の扶養控除がなされないことにしている。その結果、控訴人家族に対する人的所得控除額は、本来、基礎控除額と子供三人の扶養控除額合せて一一六万円(配偶者には基礎控除額を上回る所得があるので、控訴人と三人の子供の四人世帯と考える。)のところ、子供三人(それぞれ一二万二〇〇〇円、一二万二〇〇〇円、一八万一〇〇〇円の配当所得がある。)が扶養親族とは認められず基礎控除額二九万円のみとなるから、控訴人家族に対しての課税最低限は、子供三人の配当所得四二万五〇〇〇円を考慮しても、七一万五〇〇〇円ということになり、したがつて生活保護法に基づく昭和五二年度標準四人世帯の最低生活水準一四四万六七六八円をはるかに下回る所得にまで課税される結果となる。このことは憲法二五条の保障する生存権を侵害することになるから、法二条一項三四号及びこれが引用する同項三三号は憲法二五条に違反し無効である。

(二)  課税最低限は、一般的には租税負担が最低生活費に食い込まないようにすべきであるところ、最低生活費の基準をどこに求めるかは、国や社会のあり方で異り一律には定め難いが、わが国の場合、憲法二五条で保障されている「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」に依拠することができ、課税最低限の権利は正に憲法的要請に基づくものである。

ところで、法二条一項三四号及びこれが引用する同項三三号を適用する限り、控訴人の昭和五二年分の所得税の課税最低限は、前記のとおり、本来、親一人、子供三人の場合の一一六万円を大きく下回る七一万五〇〇〇円に定められる結果、控訴人に保障されなければならない課税最低限の権利が侵され、憲法二五条の生存権が侵害されることになるので、法二条一項三四号及びこれが引用する同項三三号は憲法二五条に違反し無効である。

三  証拠<省略>

理由

一  当裁判所も控訴人の請求は失当として棄却すべきものと判断するものであつて、その理由は次に付加・訂正するほか、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二三枚目表一二行目の次に、次のとおり挿入する。

「(一) 成立に争いのない乙第一三、第一四号証及び弁論の全趣旨によると、法二条一項三四号及びこれが引用する限りでの同項三三号並びに九八条四項が設けられた趣旨及び立法の経過として次のことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

1 扶養控除は基礎控除、配偶者控除とともに人的控除と呼ばれるが、一般的な人的控除制度の制定の趣旨は、最低生活費、基準生計費ないしは標準生計費に対応する部分を課税外におき、担税力のない者には、課税最低限を設定することによつて納税義務を免除しようとすることにある。すなわち、扶養控除についていえば、納税者の家族に扶養される親族がいる場合、その者の最低生計費、基準生計費ないし標準生計費に対応する部分を扶養に必要な費用として担税力を認めず、当該納税者に対する課税の対象外におこうとするものである。

なお、昭和四一年度税制答申では、課税最低限の機能として、(ア) その時々の国民生活水準からみて通常必要とされる生計費に対応する部分を課税外におくこと、(イ) 納税者数を税務行政上処理可能な程度以内に保つこと、(ウ) 税率とともに所得税の累進構造を形成し、所得の低い階層の累進度を大きく緩和すること、(エ) 家族の構成内容、家族数等に応じて税負担の差等を設け、応能負担に適合せしめることの四点をあげている。

2  わが国の所得税制は、明治二〇年に創設されて以来、家の制度を反映して同居親族の所得合算制度が採られてきたが、昭和二五年度のシヤウプ勧告に基く税制改正により根本的に改められた。

右勧告は、合算課税は、<1>世帯間に負担の不均衡をもたらすこと、<2>世帯分割の誘因となること、<3>同居の判定等が困難で税務執行を複雑にすること等好ましくない結果が生じているので、これを改めて所得稼得者を単位として課税し、例外として、納税者の恣意による所得の分割を防ぐ等の趣旨から、<1> 資産所得の合算制度、<2> 家族専従者の労働報酬を事業主に合算する制度及び<3> 扶養控除を受ける扶養親族の所得を合算する制度を設けるべきであるとするものであつて、昭和二五年の税制改正で全面的に採用され、ここに現行制度への転換が行われたが、上記例外措置のうち<1>及び<3>は翌二六年に主として税制簡素化の見地から廃止され、その後昭和三二年に至つて財産の名義分割による不当な租税負担の軽減を防止する見地から一定の高額所得者の世帯に限つて再び資産所得の合算制度が復活された。

そこで、現行所得税制においては、稼得者課税の原則を維持して人的控除制度を採り、扶養控除の対象となる親族を定義して、扶養親族に所得限度額以下の所得があつてもこれを追求せず、所得がない場合と同様扶養控除を行うという措置が採用され、法律として制定されたが、右制度によると、扶養親族に所得限度額以下の所得があつても、これを課税外におくとともに、扶養親族のある者の所得から扶養控除額を差引くことになり、生計単位としてみると、扶養親族の所得と扶養控除額との合計額の控除を受けるのと同じ結果となるが、一方、扶養される親族に所得限度額を超える所得のある場合にはその親族を扶養する者の所得から扶養控除額を差引くことはしないことになる。

3  扶養控除額をはじめとする人的控除額については、国民の所得水準、生活水準、物価水準、貯蓄水準、所得階層分布、納税人員の推移、財政事情等を考慮して逐次引き上げられ、扶養控除額については原判決別表三記載のとおり改正された。また、扶養親族の所得限度額についても、扶養される親族に限度額を超える所得がある世帯と限度額を超えない所得のある世帯との衡平、次項記載の事情や前記国民所得水準等の諸般の事情を考慮して同別表記載のとおり改正がなされた。

4  昭和四一年までは、扶養親族は一律にその年間の合計所得金額が五万円以下に限るとされていたところ、妻や子供が家計を助けるため内職やパートタイムで稼働する事例が多く見受けられ、その結果扶養控除が受けられなくなるという実情に合わない事態が生じたことから、昭和四二年度改正において、所得の全部が自己の勤労に基いて得た事業所得、給与所得、退職所得又は雑所得(給与所得等)についてのみ所得限度額が一〇万円に引き上げられたが、給与所得等以外の所得である場合には、家計の生活水準を維持するために生じたものではない不労所得であることから、担税力の差異に鑑み五万円に据置かれ、その後の改正により給与所得等の所得者の所得限度額が二〇万円、それ以外の者の所得限度額が一〇万円にそれぞれ引き上げられた(法二条一項三四号及びこれが引用する同項三三号)。

5  現行の所得税法は前記のとおり稼得者課税の原則を採つており、昭和二六年から資産所得(利子所得、配当所得、不動産所得)者に対しても個別に課税していたところ、資産名義を世帯員に分散して不当に税負担を軽減する弊害があつたので、これを防ぐため昭和三二年から資産所得の合算課税制度が設けられ、資産所得についてはこれを主たる所得者の所得とみなす代りに、所得控除についても主たる所得者が支払つたものとみなすことにされたが、その制定当初から、合算対象世帯員の「給与から差引かれる社会保険料」については、<1> 給与から差引かれる社会保険料は制度上給与にスライドして算定されるものであること、<2> 雇用者が社会保険料の一部を負担する等給与と社会保険料が技術的に密接に関連していること等の理由で、主たる所得者の控除の対象から除外され、合算対象世帯員の給与所得から控除されるものとされた(法九八条四項)。」

2 同二三枚目表末行の「(一)」を「(二)ところで、」と、裏二行目の「1」を「1(1)」と、同八行目の「ない」を「ず、控訴人の原審における主張三(一)1(2)記載の設例ではその主張のとおりの差が生じる」と、九行目の「2」を「 (2)」と、二四枚目表二行目の「ない」を「ず、控訴人の原審における主張三(一)2記載の設例ではその主張のとおりの差が生じる(但し、給与所得控除は給与所得者の必要経費の概算分等を考慮したものである。)」と、三行目の「(二)」を「(三)」と、七行目の「社会保険控除」を「社会保険料控除」と、一一行目の「(三)」を「(四)」と、同裏三行目の「(一)(二)」を「(二)」とそれぞれ改める。

3 同二四枚目裏六行目から三五枚目裏六行目までを次のとおり改める。

「憲法八四条は「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。」と規定しているから、租税の種類、納税義務者、課税物件、課税標準、税率等の課税要件は、すべて法律に基いて定めなければならないと同時に、法律に基いて定めるところに委せられていると解すべきである(最高裁昭和三〇年三月二三日大法廷判決、民集九巻三号三三六頁参照)。すなわち、租税が国家の財政政策の中核をなし、国家の経済政策、社会政策とも密接な関連を有するものであり、性質上技術的、政策的考慮を必要とするうえ、国民の財産の保障と生活の安定に重大な影響を与えるものであるから、憲法は国民の意思を代表する国会(立法府)に具体的な課税要件の定立を委ねたものであり、立法府はその権限に基き自由な裁量により技術的、政策的見地から課税要件を定立することができるものというべきであり、課税要件の規定が憲法一四条一項の平等原則に違反して違憲といえるのは、立法府がその裁量権の範囲を逸脱し、明らかに合理性を欠く場合に限られることになる。

(五) ところで、控訴人は法二条一項三四号及びこれが引用する同項三三号が扶養親族を定義するにあたつて、給与所得等以外の所得がある親族の場合所得限度額を一〇万円に限定し、給与所得等以外の所得がある親族よりも給与所得等の所得がある親族の所得限度額を高額に定めていること、及び法九八条四項が合算対象世帯員の社会保険料が給与から控除されるものにつき世帯主の所得税についてその者の社会保険料控除をしないことは、不合理な差別であり憲法一四条一項の平等原則に違反し、右各規定は違憲で無効なものである旨主張するが、右各規定は、前記のとおり国会の審議を経て法律として成立したものであつて、立法政策上も立法技術上もその定立の趣旨が首肯できるものであるから、立法府が裁量権の範囲を逸脱し、明らかに合理性を欠くものということができない。けだし、租税法規の定立に関する立法府の何が公平・適切であるかの技術的、政策的観点からの判断は、単に形式的整合性だけを要するものではなく、高度の価値選択を要するものであり、憲法は国会に対し租税法規の定立に関し広範な裁量権を与えているのである。

そうすると、この点についての控訴人の主張は理由がない。

四  次に、控訴人は、法二条一項三四号及びこれが引用する同項三三号が扶養親族を定義するにあたつて給与所得等以外の所得のある者の所得最高限を一〇万円に限ると、控訴人の世帯の課税最低限が憲法二五条で保障する「健康で文化的な最低限度の生活」水準(具体的には生活保護法による厚生大臣の定める生活保護基準又は控訴人の子供が無収入と仮定した場合の課税最低限)を下回り、控訴人家族の憲法二五条で保障された生存権が侵害されることになるから、右各規定は憲法二五条に違反し無効である旨主張するので判断する。

憲法二五条第一項は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と規定し、国に対し国民が健康で文化的な最低限度の生活を営み得るように国政を運営すべきことを国の責務として宣言しているから、実社会において健康で文化的な最低限度の生活を維持できない国民に対し国が積極的にこれを享受できるよう施策すべきことを定めたものと解されるところ、生活保護法は右規定を受けて、国が生活に困窮する国民に対し必要な保護を行うこととし、その保護基準は、憲法二五条でいう健康で文化的な生活水準を維持することができる最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであつて、且つ、これを超えないものとして厚生大臣が定めることにしているが、一方、現行所得税制は、稼得者課税の原則を維持し、人的控除制度を採用して最低生計費、基準生計費ないし標準生計費を課税外におくべく課税最低限を画し、所得が課税最低限を超える者に担税力を認めて累進税率を適用していることは先に述べたとおりであり、人的控除額及び扶養親族の範囲を定めるにあたつては、前記三(一)3で認定したように諸般の事情を考慮したうえ、多方面にわたる技術的、政策的配慮がなされているのであつて、これらの規定が違憲でないことも先に述べたとおりである。

ところで、本件更正処分によると、控訴人の昭和五二年分の所得税の所得金額は一〇七三万五〇〇〇円で税額は二一〇万八七〇一円であるが、法二条一項三四号及びこれが引用する同項三三号の適用により控訴人の子供三人を扶養親族と認めないことによつて、右のような高額の所得金額のある控訴人及びその家族がその保有する資産に基づき、憲法二五条一項でいう健康で文化的な生活水準を維持することができる最低限度の生活の需要を満たし得なくなるとは到底認め難いから、控訴人及びその家族の生存権を侵害する問題の生じる余地がない。

なお、控訴人は健康で文化的な最低限度の生活を維持するに足りる生活費に対応する所得部分に課税することは、憲法二五条一項に違反する旨主張するが、最低生活費に対応する所得部分を課税対象から除くかどうかは、前記のような租税政策の問題にすぎず、違憲の問題を生ずるものでないから、この点についての控訴人の主張もまた理由がない。

4 同三五枚目裏七行目「(七)」を「(五)」と改め、一二行目の「憲法一四条一項に」の次に「違反せず、また、法二条一項三四号及びこれが引用する限りでの同項三三号は憲法二五条一項に」を挿入する。

5 同三六枚目表初行の「四」を「六」と改める。

二 そうすると、前記判断と同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条によりこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 仲西二郎 長谷喜仁 下村浩蔵)

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