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大阪高等裁判所 昭和55年(行ス)6号 決定 1980年8月06日

抗告人(申立人) 宗教法人園城寺

相手方(被申立人) 滋賀県収用委員会

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨は、「原決定を取消しさらに相当の裁判を求める。」というにあり、その理由の要旨は次のとおりである。

本件権利取得裁決及び明渡裁決の効力が停止されなければ、本案判決確定前にトンネル及び道路工事は完成される見込みであるが、一旦トンネルを掘さくし道路にされてしまつた土地は、たとえ抗告人が本案判決に勝訴し収用された所有権ないし使用権が回復されたとしても、もとの境内地に回復することは困難である。また、トンネルを掘さくすれば抗告人境内にある信仰の対象の有名な湧水が枯渇してしまうことになるが、トンネル掘さくにより一旦変化した地下水系、水脈はもとどおりには回復しないから、たとえ抗告人が本案判決に勝訴しても枯渇した湧水は復活せず、この湧水を信仰し宗教上使用してきた千余年の伝統も終焉に帰すこととなる。以上で明らかなとおり、抗告人は本件各裁決により決して回復しえない損害を被る。

なお、本件各裁決の効力が停止されずにトンネル及び道路工事が進行された暁には、既成事実が作出されてしまい、その結果、行政事件訴訟法三一条のいわゆる事情判決により本件各裁決が違法であるにもかかわらず請求棄却の判決がなされ、遂に抗告人は違法な本件各裁決を排除する目的を達することができなくなるおそれがある。

仮に、本件各裁決の効力の停止をしなくてもその執行の停止をすることによつて目的を達することができる場合(行政事件訴訟法二五条二項但書)であると認められるときには、その執行を停止する旨の裁判をすべきである。すなわち、行政事件訴訟法二五条の執行停止の裁判には民事訴訟法一八六条の適用はなく、同法七五八条が類推適用されるべきであるから、処分の効力停止を求める申立に対し処分の執行又は手続の続行停止の裁判を、逆に処分の執行又は手続の続行の停止を求める申立に対し処分の効力停止の裁判をすることも可能であると解すべきであるから、処分の効力停止の申立があつた場合に、裁判所が審理の結果行政事件訴訟法二五条二項但書に該当する場合であると認めるときは、処分の執行停止又は手続の続行停止の裁判をすべきである。

二  当裁判所の判断

記録によると、(1) 建設大臣は、昭和五三年一〇月二五日、建設省告示第一六四八号をもつて別紙事業目録記載の事業につき土地収用法二〇条所定の事業認定処分をしたこと、(2) 相手方は右起業者からの申請に基づき、昭和五五年五月七日付で、抗告人所有の原決定添付別紙物件目録記載一ないし三の各土地につき、権利取得の時期を昭和五五年六月五日とし同目録記載の区分にしたがつてそれぞれ該当土地を収用ないし使用する旨の権利取得裁決及び右各土地を右同日限り明渡すべき旨の明渡裁決をしたこと、(3) 抗告人は相手方を被告として大津地方裁判所に対し昭和五五年五月三一日右各裁決処分取消の訴を提起し(同裁判所昭和五五年(行ウ)第一号)、右訴訟は現在同裁判所に係属していること、(4) 右収用及び使用各対象地は長等山を構成する土地の一部分であるが、長等山は古代より神山、神体山として民衆に崇拝されてきたものであるところ、その後智證大師円珍によつて再興された長等山園城寺(通称三井寺)すなわち抗告人に修験道、山岳信仰が導入されたこととあいまつて同山は聖なる行場とされるに至り、全山そのままが法身であり仏法曼荼羅を形成するものとして尊崇されるとともに、僧侶の回峯行の行場とされ今日に至つたこと、また智證大師時代に自然神信仰としての湧泉信仰が天台密教の教学にとりこまれ、抗告人総本堂(金堂)に近接して存在する湧泉「閼伽井」は霊泉、霊水として信仰の対象とされ、この水は抗告人の営む宗教上の諸行事に供されて今日に至つていること、(5) 本件事業は、バイパス道路を建設することにより現在の国道一六一号線の劣悪な交通事情を打開、改善するとともに、湖西地方の開発により将来予想される交通量の増大に対処し、円滑な都市機能の保持、良好な都市環境及び地域住民の利便の増進を図ることを目的として施行するもので、高度の公共性を有し、技術上又は経費上の観点から他に適当なルートを選択することは困難であること、

(6) 本件対象土地は抗告人寺域約一二〇万平方米の北西部に位置し、総本堂(金堂)から三つの尾根を隔て直線距離で約七〇〇米の北辺にある植林地(山林)であり、特別に宗教的行事に使用される土地でも、宗教上信仰の対象となる特別な物件のある由緒ある土地でもないこと、現在では長等山全体が抗告人寺域になつているわけではなく、かつて寺域内にあつた千石岩や長等山山頂も現在では寺域外となつており、特に同山頂付近は皇子カントリークラブのゴルフ場となつていること、本件収用、使用の内容は皇子ケ丘公園方面から抗告人寺域内トンネル開口部に至る二三五一・一八平方米の土地のみ収用の対象とし、それより南一万二九九一・八二平方米はすべて使用の対象であつて(土地所有権を収用するものではない。)、抗告人所有山林の地下をトンネルで通過するものであり、抗告人の宗教的活動に影響を及ぼすおそれが少ないこと、抗告人の霊泉「閼伽井」から約四〇〇米離れたところに国鉄湖西線のトンネルが既に敷設されているが、同トンネルの位置は閼伽井より約一五メートル低く、かつ透水しやすい地層を約一三〇〇米にわたつて貫通しているため閼伽井の湧水量に影響を及ぼしている可能性が大きいが、本件対象土地において起業者が計画しているトンネルと閼伽井との高低差は少くとも六三米あり右トンネルの方が高所に位置し、しかも約七〇〇メートル離れているうえ、右トンネル掘さく予定地は水を透しにくい性質を有する花崗岩類で生成されているため、トンネルの掘さくが閼伽井の湧水量に影響を及ぼす可能性は極めて少なく、仮に影響を及ぼすことがあつたにせよ、その程度は極めて僅かであること、が一応認められる。

ところで、行政事件訴訟法二五条二項の執行停止が許されるためには、「回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき」であることを要するので、前記認定にかかる事実関係のもとにおいて抗告人に回復の困難な損害があるといえるかどうかについて検討する。

そこで、まず、本件権利取得裁決に対する執行停止について考えるに、本件権利取得裁決によつては、抗告人は収用対象地の所有権を喪失し、使用対象地を使用させなければならないという制約を受けるだけで、直接的に右各対象土地を起業者に明渡すべき義務が生ずるものではない(権利取得裁決があり起業者が権利取得日に権利取得をした後でも、明渡裁決がない限り、起業者が権利取得した土地を従前から占有している者は、従前の用法に従つてその占有を継続することができる。)から、抗告人が本件権利取得裁決取消の本案訴訟において抗告人勝訴の確定判決を得た場合には、抗告人は収用対象地の所有権を回復し、使用対象地の使用権を覆滅できるのであり、結局抗告人は権利取得裁決前の権利状態を完全に回復できる関係にあるというべきである。勝訴の確定判決までの間対象土地を利用できない不利益は明渡裁決の効果であつて、権利取得裁決の直接的効果ではない。したがつて、抗告人が本件権利取得裁決によつて回復困難な損害を被るということはできない。

次に、本件明渡裁決に対する執行停止について考える。トンネル掘さくが閼伽井の湧水量に影響を及ぼす可能性が極めて少なく、仮に影響を及ぼすことがあつたにせよその程度は極めて僅かであると一応認められることは前記のとおりである。そして、抗告人が本件明渡裁決取消の本案訴訟において抗告人勝訴の確定判決を得た場合には、抗告人は右収用ないし使用対象土地の占有権、利用権を回復することができるのであつて、抗告人が被るべき損害は、明渡裁決期限の翌日から本案判決確定の日までの間右対象土地を利用できないことによる損害及び右対象土地が道路ないしトンネル工事により変形されたことによる損害等であると考えられるが、前記認定の右対象土地の位置、範囲及び現在の利用状況と収用ないし使用後の土地利用計画(国道一六一号線のバイパス工事で大部分が地下トンネル工事)等を総合して考えると、右損害は、一部については原状回復が、その余については財産的賠償による回復が可能と認めるのを相当とし、抗告人が本件明渡裁決によつて回復困難な損害を被るということはできない。

また、抗告人は執行停止されなければ既成事実が作出されてしまい将来行政事件訴訟法三一条の事情判決がされるおそれがある旨主張するが、本件において、回復困難な損害についての疎明がないことは前記のとおりであつて、単に将来事情判決がされるおそれがあるというだけの理由で執行停止をすべきものとは認められない。

以上の理由により、抗告人の主張はすべて採用することができない。

よつて、抗告人の本件執行停止の申立を却下した原決定は結局相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判官 川添萬夫 大須賀欣一 庵前重和)

事業目録<省略>

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