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大阪高等裁判所 昭和56年(う)1398号 判決 1983年2月18日

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金八万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

当審及び原審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、大阪地方検察庁検察官検事細谷明作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人上坂明、同北本修二、同三上陸、同沼田悦治共同作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意中事実誤認の主張について(略)

控訴趣意中、法令適用の誤りの主張について

論旨は、原判決は、五味屋は、形式的には丸二の労働者とは労働契約の当事者たる地位に立つものではないが、丸二の親会社であつて実質的にはこれと同視し得る程度に労働関係上の諸利益につき決定的な支配力を有するものであるから、丸二の労働者である被告人らとの間には労働関係上の使用者性を肯定することができるとし、佐藤は使用者たる五味屋の代表者として自ら懇願に名をかりて執ように争議中の丸二組合の集会に介入してその自主的な運営を妨げ、そのあげく何らの合理的理由もないのにシユプレヒコールの中止を要求し、その要求が入れられないとみるや、集会の中心をつとめる丸二組合執行委員長である被告人に脅威を与える勢いで歩み寄るなどしているのであるから、使用者として許される言論の範囲を逸脱し、不当労働行為少なくともそれに類する違法行為との評価を免れず、これに対して被告人のとつた佐藤の左肩を一回押しとどめた行為は、被告人の身体及び丸二組合の集会に対する佐藤の急迫不正の侵害に対する正当防衛行為として罪とならない旨説示するが、五味屋は丸二の経営不振から、人的及び資金的援助をするようになり、丸二に対しかなりの影響力を持つようになつたものの、それは経済上における援助であり、五味屋と丸二とはともに別個独立の企業で、五味屋としては丸二の従業員の採用、人事配置、労務管理、労働条件など、企業の運営全般にわたつて支配し、これを従属させているという状況にはなく、被告人ら丸二の従業員の使用者ではないのに、使用性を認めた原判決は労組法七条の「使用者」の解釈を誤つたものであり、したがつて両者間に労使関係は存在しないから、労組法七条三号の不当労働行為に関する規定を適用する余地はない。仮に、五味屋と被告人ら丸二組合員との間に実質上の労使関係が認められるとしても、佐藤は丸二組合に対し五味屋へのデモの中止方を懇請するため丸二に赴き、正門から会社事務所へ行く途中、被告人から呼び止められて集会場所に赴いたものであり、その後の同人の言動は、最敬礼をしながら五味屋への押しかけ、シユプレヒコールの中止を丸二組合に要請懇願したものにすぎず、丸二組合又は特定組合に対し不利益を与える内容を含んだ発言をしておらず、被告人に脅威を与える勢いで被告人に歩み寄るような行動には及んでいないのであるから、同人の行為をもつて労組法七条三号の不当労働行為ないしそれに類する違法行為といえないことはもとより、被告人の身体の安全感や組合の団結権、団体行動権に脅威を及ぼすおそれのある急迫不正の侵害ではない上、被告人は一方的に佐藤を突き飛ばしていて防衛の意思が認められないから、被告人の本件行為を正当防衛であるとした原判決には刑法三六条一項の法令の適用を誤つた違法があるというのである。

よつて案ずるに、原判決が、五味屋が丸二の労働者に対しいわゆる使用者性を有することを肯定できるとしたうえ、五味屋の代表者である佐藤の本件当日における所論指摘の言動は不当労働行為、少なくともそれに類する違法行為との評価は免れないとし、これに対して被告人のとつた佐藤の左肩を一回押しとどめる行為は所論の急迫不正な侵害に対する正当防衛に該当すると判断していることは、所論指摘のとおりである。そして、右原判決の認定するところによれば、原判決は、五味屋の代表者である佐藤が不当労働行為上の使用者であると認定しているものと解せられる。

そこで検討するに、原判決が五味屋の使用者性を判断するにあたり、「五味屋と丸二の関係」「佐藤と五味屋、丸二及び同組合の関係等」の各項目において詳細に認定した事実関係は原審で取り調べた関係証拠により優にこれを肯認することができる。そして、右認定により明らかな五味屋と丸二の取引の状況、五味屋の丸二に対する権益、役員派遣、株式保有、融資の各状況、五味屋における佐藤の地位権限、佐藤はかつて昭和四七年から同五〇年六月一七日までの間丸二の代表取締役であつたこと、昭和五三年三月における丸二の大量な人員整理の際、五味屋の代表者である佐藤が自ら整理案を策定し、丸二の労使を強力に説得し、これを推進指導したこと、佐藤は同年一月以来行われた丸二労使の団交の席に再三出席し重要な発言をしていること、同年五月二五日、同月二九日の賃上げ要求に関する丸二の社長・部長らと丸二組合幹部との団交に際し、会社側から「五味屋に聞かねば決定できない。自分達には当事者能力がない。」等の発言があつたこと、その他佐藤が従前から直接丸二組合幹部らに発言してきたことがあつたこと、本件当時までにおける五味屋ないしはその代表者である佐藤の丸二に対する強い支配力並びに丸二組合に対する直接ないしは密接なかかわり合いなど、を総合すると、佐藤を代表者とする五味屋は、丸二労働者にとつて、形式上は労働契約上使用者たる地位に立つものではないが、本件当時においては、実質的にはこれと同視しうる程度に労働契約上の諸利益につき決定的な支配力を有するものといえるので、いわゆる使用者性を認める余地があり、したがつてまた五味屋の代表者であり使用者である佐藤は労組法七条にいう不当労働行為上の使用者と認める余地は十分にあるというべきである。してみると、五味屋の使用者性を肯認し、佐藤を不当労働行為上の使用者と認めたものと解せられる原判決には所論のような労組法七条の解釈を誤つた違法があるとはいいがたい。

しかしながら、右の意味において原判決のいわゆる使用者性に関する判断を肯認するとしても、原判決が、佐藤の本件当日の言動を不当労働行為、少なくともそれに類する違法行為と評価する点、並びにその言動が急迫不正の侵害にあたるとする点については、これを是認することができない。すなわち、さきに事実誤認の主張に対する判断に際して認定した佐藤が五月二九日夜出張先の九州から帰阪してから翌朝丸二において受傷するまでの事実関係、ことに被告人の佐藤に対する行為の態様が原判決認定のような押しとどめる程度のものではなく左肩を突いて転倒させる程度の暴行であること、信用性があるとした原審証人佐藤の証言により認められる右受傷後構内の会社事務所へ行くまでの事実関係、並びに原審及び当審において取り調べた証拠により認められる組合員らが守衛室前へ移動する際には、「五味屋へ行こう。」との発言もあつたが、執行委員長である被告人としては、佐藤が丸二へ来たという事態の変化があるので、執行委員会で当日の行動予定を再検討する必要を感じていたこと、佐藤が受傷後構内の会社事務所へ行つたのち、被告人ら組合員はその場で集会を続け、シユプレヒコールをやり、構内をデモ行進し、その後当日の行動予定を再検討するため執行委員会を開き検討したこと、その間、組合が守衛室前で集会をしていた際、丸二組合の上部役員である要常任委員ほか一名が遅れてやつて来て、組合員から佐藤が転倒したことを聞き、心配して事務所に行き、応接室で佐藤、竹村らと会い、竹村から事情を聞かされて謝罪するということがあつたこと、その後、待機していた被告人らのもとに竹村から佐藤が使用者性を認めて団体交渉に応じるとの電話連絡があつたが、佐藤の入院という事態に至り、さたやみとなつたことなど、の事実関係にかんがみると、丸二組合員らがシユプレヒコールをやろうとするのに、これをやめさせようとした同人の言動は、その立場からしてやや行き過ぎとの感は免れないが、佐藤が本件の当日丸二組合の集会の場に臨んだ経過やその意図、組合の当日の行動予定、両者の話し合いの経緯、佐藤のシユプレヒコール中止要請の経過、態様、これを受けた組合側の反応、影響の程度など、ことに、佐藤は、丸二組合が当日要請ないし抗議に赴こうとした当の相手方であり、場所こそ予定と異り、丸二の構内となつたが、曲りなりにも団交要請の話し合いが始められたもので、その内容はその場では平行線をたどり、組合側にとり必ずしも成果をあげえていなかつたものの、右の話し合い自体は、丸二組合にとつて望むところであつたと考えられ、組合員らは、佐藤の態度に業を煮やし、一旦は守衛室前付近に移動したが、その行動は必ずしも佐藤との話し合いを完全に打ち切り、五味屋への抗議行動を開始するためのものともいえず、シユプレヒコールなどで組合側の気勢を示し、さらにその場の佐藤に団交要請を迫る意図のあつたことも看取でき、その意味で組合側と佐藤との団交要請の話し合いは継続していたとみる余地のあること、かかる中で佐藤が被告人の面前三〇ないし四〇センチメートルの所に立つて不動の姿勢で何回かしたシユプレヒコール中止要請は、頭を下げて懇請するという態様のものであり、何ら威嚇、強制、報復、利益誘導等の要素を伴わず、むしろその際の発言は、被告人の揶揄するような反論に会い、組合員らの笑い声をさそうこつけいさも帯びたものであつたこと、佐藤の右シユプレヒコール中止要請を含む当日の一連の言動により、組合側の集会、行動が特に委縮するなどの悪影響を受けたとも考えられないことなどに徴すると、佐藤のシユプレヒコールの中止要請、その他当日の言動をもつては、いまだ組合に対する支配介入その他労組法上の不当労動行為であつたとまでは認めがたく、またそれに類する違法行為とは評価できないものであることはもとより、被告人の身体に対する安全感や組合の団結権、団体行動権に脅威を及ぼすおそれのある急迫不正の侵害とは到底認められない。

そうすると、被告人が佐藤の左肩を突いて転倒させた行為については正当防衛の成立する余地はないから、被告人の行為の態様について前記のとおり事実を誤認したうえ、佐藤の言動の全体を違法とし、急迫不正の侵害行為にあたるとしてこれに対する被告人の行為を正当防衛に該当するとした原判決の判断は、その余の点について論及するまでもなく、刑法三六条一項の適用を誤つたものというほかなく、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、本論旨も理由がある。

よつて、刑訴法三九七条一項、三八二条、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い、さらに判決することとする。

(罪となるべき事実)

被告人は、大阪府堺市深井中町九一七番地の二所在丸二工業株式会社の従業員であり、同会社の従業員をもつて組織する総評全国金属労働組合大阪地方本部丸二工業支部の委員長であるが、昭和五三年五月三〇日午前九時一〇分ころ、同会社構内守衛室前において、同会社の親会社にあたる五味屋株式会社の代表取締役佐藤昇三郎(当時六〇歳)から、組合員らによるシユプレヒコールを中止するよう懇請された際、やにわに右手で同人の左肩を突いてその場に仰向けに転倒させる暴行を加え、よつて同人に約三週間の入院治療を要する後頭部・背部・頸部打撲傷の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人の行為につき可罰的違法性がないと主張しているが、被告人の暴行態様、佐藤の負傷の程度、その治療に要した期間等にかんがみると、被告人の行為の違法性は明らかで、その程度を軽く視ることはできないので、被告人が右行為に至つた経緯、その他原審で取り調べた証拠からうかがえる、佐藤の丸二組合に対する従前の言動等の背景事情を十分考慮に入れても、被告人の行為が可罰的違法性がないとはいえず、右主張は採用しない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するところ、所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人を罰金八万円に処し、右の罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金二〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、原審及び当審の訴訟費用については、刑訴法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

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