大阪高等裁判所 昭和56年(う)287号 判決 1981年11月06日
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
本件各控訴の趣意は、弁護人森智弘作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官武内竜雄作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。
第一、本件控訴趣意中、事実誤認の論旨について。
一、被告人藤本高一と同高畑俊明間の贈収賄の事実(原判示第一及び第三の一の事実)につき
(一)、まず所論は、昭和四八年九月八日頃の料亭「しる一」における飲食(原判示第一の一、第三の一)、同年一一月九日頃の小料理店「花くま蕗」における飲食(原判示第一の四、第三の一)、昭和四九年二月一九日頃の喫茶店「ジヤパン」における現金五万円の授受(原判示第一の六、第三の一)、同年七月下旬頃の乗用自動車内における現金五万円の授受(原判示第一の八、第三の一)、昭和五〇年一月四日頃の料亭「しる一」における飲食(原判示第一の九、第三の一)の各事実は存しないのに、原判決がこれらを肯認し、また昭和四九年二月上旬頃貿易センタービル地下駐車場において授受された金員の額は五万円であるのに、これを一〇万円と認定しているのは、いずれも事実を誤認したものである、というのである。
しかし、右の各事実に関する原判決挙示の、被告人藤本高一の検察官に対する昭和五一年六月二八日付、同年七月一日付(二通)、同年七月三日付各供述調書、被告人高畑俊明の検察官に対する昭和五一年七月一日付、同年七月二日付、同年七月五日付(検甲七一号)各供述調書、下岡きよ子及び清水よし子の検察官に対する各供述調書、司法警察員作成の昭和五一年六月二四日付実況見分調書三通(検甲四〇号、同四二号、同四八号)等関係各証拠によると、右の原判示第一の一、四、六、八、九の飲食及び金員授受の各事実並びに原判示第一の五の授受された金員の額が原判示認定の如く一〇万円であることが優に肯認できる。即ち被告人藤本高一及び同高畑俊明の検察官に対する右各供述調書は、その供述内容が、右酒食の饗応、現金の授受について具体的かつ詳細になされており、その場所等についても図画を作成して説明し、また被告人藤本高一については、右金員授受の各現場においてその場所を指示する実況見分調書が作成されていること等に照らし、十分信用するに足りるものであるのに対し、被告人藤本高一及び被告人高畑俊明の所論の主張にそう原審公判廷における各供述は、第二回公判期日では右被告人両名とも、飲食及び金員授受の事実はすべて認めるがその趣旨は争う旨述べていたのが、被告人藤本高一については、第七回公判期日では原判示第一の八の現金五万円は記憶がないと述べ、第一〇回公判期日では右第一の一の飲食の事実を否定し、第一の五の授受した金員の額は五万円か一〇万円か不明であると述べ、第一六回公判期日には右第一の一及び第一の四の各飲食は馴染みのホステスとともにしたものであるとし、第一七回公判期日には右第一の六及び第一の八の各金員の授受は被告人高畑俊明に対するものではなく、金融関係の人に渡したものであると述べ、また被告人高畑俊明については、第一一回公判期日では被告人藤本高一とともに料亭「しる一」、小料理店「蕗」で飲食したのは一、二回で日時は不明確であると述べ、第一三回公判期日では飲食の日時ははつきりしないが、右「しる一」が二回、「蕗」が一回で現金も二回位であるとし、第一八回公判期日では第一の四、九の事実を否定し第一九回公判期日でも右第一の九の事実を否定し、また右第一の五の授受した金員の額が一〇万円か五万円か不明であると述べる等その供述がいずれも転々として一貫せず、その供述内容ことに右金員の授受、饗応の分量については不合理、不自然であり、また右の如く変転することについて合理的な理由も見出し難いことに照らし、到底信用できないものといわざるをえない。
(二)、次に、所論は、昭和四八年九月二一日頃の料亭「しる一」における飲食(原判示第一の二、第三の一)、同年一〇月二〇日頃の料亭「しる一」における飲食(原判示第一の三、第三の一)、昭和四九年二月上旬頃の貿易センタービル地下駐車場における現金の授受(原判示第一の五、第三の一)、同年五月上旬頃の乗用自動車内における現金の授受(原判示第一の七、第三の一)の各事実につき、原判示の如く、被告人藤本高一は宅地建物取引業を営む明盛開発株式会社(以下単に「明盛開発」と称する)の実質上の経営者ではなく、したがつて右飲食及び金員の授受は、同被告人より、兵庫県建築部建築振興課宅建業係長として、宅地建物取引業者に対する指導、監督の職務に従事している被告人高畑俊明に対し、右明盛開発が分譲販売した分譲地の購入者から土地の造成工事が遅延している等の苦情申出が右宅建業係になされた際、その指導処理にあたる被告人高畑俊明から便宜有利な取計いを受けたことの謝礼等の趣旨のもとに、なされたものではなく、右飲食は友人間の社交的行為としてなされたものであり、金員の授受は友人間の貸借にすぎないのに、原判決が、これを右の如き趣旨による贈収賄に該当すると認定しているのは、明らかに事実を誤認したものである、というのである。
しかし、右の各事実に関する原判決挙示の、被告人藤本高一の検察官に対する昭和五一年六月一九日付(二通)、同年六月二八日付、同年七月一日付(二通)、同年七月三日付各供述調書、被告人高畑俊明の司法警察員に対する昭和五一年六月四日付、同年六月五日付及び検察官に対する同年六月一九日付、同年六月二八日付、同年七月一日付、同年七月二日付、同年七月五日付(検甲七一号)各供述調書、原審証人室谷仁美の供述、同人及び森岡章一の検察官に対する各供述調書等関係各証拠によると、原判決が弁護人らの主張に対する判断として説示するように、明盛開発は被告人藤本高一が発起人となつて昭和四五年五月に不動産販売を営業目的として設立され、同被告人の妻の実父がその代表取締役となつたが、これは名目のみで実質的には被告人藤本高一がその経営にあたつてきたこと、昭和四七年五月同被告人は室谷仁美を代表取締役としてその経営をまかす形式となつたが、同人は被告人藤本高一から能力を買われて取締役に登用されたのちさらに代表取締役に就任したもので、もともと同被告人とは対等の立場になく、その実権は依然として同被告人にあり、別途に同被告人が代表取締役として不動産取引業を営んでいた株式会社明盛(以下単に「明盛」と称する)が宅地建物取引業免許を取消されてからは、右明盛開発が不動産取引業務に関して明盛の分も併せて処理するほかはなく、むしろ中心的存在となつたことから、被告人藤本高一が右室谷仁美を通じて、また昭和四九年六月同人が退職後は直接に明盛開発の采配を振い、その実質上の経営者であつたといわざるをえないこと、そして明盛の宅地建物取引業免許が取消されたので、被告人藤本高一は明盛開発の免許まで取消されてはいけないと思い、同会社の販売した分譲地に関して購入者から苦情の申立が県に出ていないか様子を見るために、兵庫県建築部建築振興課宅建業係長として宅地建物取引業者に対する指導、監督の業務に従事している被告人高畑俊明のもとに訪れるようになつたこと、昭和四八年後半頃から右明盛開発の造成分譲地について、購入者から造成工事が遅延して家が建てられない等の苦情申立が県にあり、被告人高畑俊明は被告人藤本高一を呼び出して指導し、購入者が提供した頭金を返還して紛争を解決する措置を講じてやつたこともあり、被告人藤本高一としては右のような被告人高畑俊明の措置に恩義を感じるとともに将来も同様の便宜な取計いを受けたいとの気持があつたこと、被告人藤本高一が被告人高畑俊明と面識を持つようになつたのは、宅建業者とその指導監督の立場にある者という関係からであること等が、それぞれ認められるのであつて、被告人高畑、同藤本の原審公判廷の各供述中右認定に反する部分は措信し難い。そうして右各事実に徴すると、前示の酒食の提供、金員の授受が、所論の如く単なる友人間の社交的関係や金員の貸借としてなされたものではなく、原判示認定の如き便宜有利な取計いを受けたことの謝礼等の趣旨のもとになされたもので、それが贈収賄の賄賂にあたることは明らかであるというべきである。
二、被告人西口清美と同高畑俊明間の贈収賄の事実(原判示第二及び第三の二の事実)につき
所論は、原判示の如く被告人西口清美が魚住公博と共謀のうえ、被告人高畑俊明に供与した同判示の現金五〇万円は、同被告人が柴勝三の所有地の売却について、被告人西口清美等に協力してその仲介をしたことの謝礼として授受されたものであつて、原判示の如き宅地建物取引業者に対する指導監督等について、被告人高畑俊明から便宜な取計いを受けたことの謝礼の趣旨で授受されたものではないのに、原判決が右の趣旨による授受であるとして贈収賄の成立を肯認しているのは、事実を誤認したものである、というのである。
よつて、検討するに、右の事実に関する原判決挙示の被告人西口清美の検察官に対する昭和五一年六月一九日付、同年六月二八日付、同年六月二九日付、同年七月一日付各供述調書、被告人高畑俊明の検察官に対する昭和五一年六月二一日付、同年六月二九日付(二通)各供述調書、魚住公博の検察官に対する昭和五一年六月三〇日付、同年七月一日付各供述調書、原審証人柴慶子の供述等関係各証拠によると、被告人西口清美は不動産取引業を営む富士興産株式会社の代表取締役であるとともに、宅建業者で組織されている社団法人全国宅地建物取引連合会傘下の社団法人兵庫県宅地建物取引業協会生田支部長として、兵庫県宅建業担当の兵庫県建築部建築振興課からの行政指導について宅建業者にその徹底をはかるとともに県当局への業者団体からの要望の具申の取りまとめ等を担当していたこと、同被告人は宅建業者の指導監督にあたつている右建築振興課等の行政機関に対し、宅建業者の違反行為に対して業務停止、免許取消等の行政処分よりも行政指導を優先させて業者の指導育成の方法をとるべきであると同課宅建業係長の被告人高畑俊明に意見具申し、その結果同被告人が違反があれば処分するというだけでなく、業界の自主性を尊重し弾力性のある指導方針を採るようになつたことに感謝の念を抱いていたこと、また魚住公博は、不動産業を営んでいるものであるが、宅建業免許の取得に際して以前暴力団に関係していたことから、被告人高畑俊明に免許交付に問題があると注意されたが事情を説明して免許を取得し、その後関係法令の解釈や物件取引に必要な書類の作成、取引の処理等について同被告人から指導を受け、恩義を感じていたこと、被告人西口清美及び魚住公博は、相談のうえ、右の如く被告人高畑俊明から便宜な取計いを受けたことの謝礼等の趣旨で原判示の如く現金五〇万円を供与したことが、それぞれ認められるのであつて、右各事実に徴すると、原判示認定の贈収賄の事実は優に肯認できるものといわざるをえない。所論は、右の現金五〇万円は、被告人西口清美及び魚住公博とともに被告人高畑俊明も柴勝三の所有地の売却斡旋に従事したことから、その仲介の謝礼として供与を受けたものである旨主張するが、前掲関係各証拠によると、被告人高畑俊明は魚住公博から売却先について相談を受け、同人に被告人西口清美を紹介したに過ぎず、その後右土地の売却に関してなんら協力していないこと、右土地の売却方の依頼主である柴慶子は、魚住公博、被告人西口清美等に手数料を手交したが、被告人高畑俊明のことは念頭になく、同被告人が関係しているとは考えてなかつたことが認められるのであつて、この点に関する被告人高畑、同西口らの原審公判廷の各供述は措信し難い。右に徴すると右現金五〇万円が所論の如く土地売却斡旋の謝礼として授受されたものであるとは到底首肯されない。
三、被告人高畑俊明に対する岩崎昭二等からの収賄の事実(原判示第三の三及び四の事実)につき
所論は、被告人高畑俊明は、原判示の富国地所株式会社に対して、同判示の如き便宜有利な取計いをしたことはなく、原判示第三の三の受饗応及び現金の受供与は友人間の社交的行為としてなされたものであり、原判示第三の四の海外旅行も友人間の社交的行為として同行したもので費用は後日清算するということであつたし、同判示の現金一、五〇〇ドルは通関の関係上同判示の岩崎昭二から一時預つたものであつて、供与を受けたものではない。しかるに原判決が右の受饗応、旅行接待、現金の受供与等は、同被告人の職務に関する賄賂として収受したものであると認定しているのは、明らかに事実を誤認している、というのである。
よつて、検討してみるのに、原判決挙示の被告人高畑俊明の検察官に対する昭和五一年六月八日付(謄本)、同年六月一六日付、同年六月一八日付各供述調書、岩崎昭二の検察官に対する昭和五一年六月七日付、同年六月一五日付、同年六月一七日付各供述調書等関係各証拠によると、原判示の岩崎昭二は宅地建物取引業を営む富国地所株式会社の代表取締役等を、岡部忠夫は同会社専務取締役営業部長等をし、また阪東亮一は同会社取締役等をしていた者であるが、同会社が宅地造成工事として原判示「三田ハイランド」及び「東条湖ハイランド」等分譲地販売を始めたところ、その土地は宅地の造成許可を受けることなく分譲販売を開始したものであり、契約手付金受取の際の前金保証の措置を講じておらず、下水道等の排水施設が完備していないのに完備していると偽りの広告をしたこと等昭和四八年九月当時において数件にわたる宅地建物取引業法違反の行為があり、そのため顧客からの苦情申立により同年一〇月行政処分を検討するための聴聞に付されるに至つたが、当時兵庫県建築部建築振興課宅建業係長として右聴聞手続その後の処分等の職務を担当していた被告人高畑俊明は、当初右会社の違反行為に対し業務停止の処分を考えていたが、右岩崎昭二から再三にわたり寛大な処分を依頼され、顧客との紛争の解決に努めるよう指示したうえ、結局は昭和四九年一月下旬に至り同種の案件について大阪府が指示処分をしたのに不処分の措置をとつたこと、このことを知つた岩崎昭二及び岡部忠夫等は被告人高畑俊明に対し、深く感謝していたところ、その後昭和五〇年四月同被告人が原判示兵庫県住宅供給会社に出向となり同公社開発部参事兼開発課長となつたことを知り、これを機会に同被告人に右の謝礼をすることを相談のうえ、原判示の如き酒食の饗応、現金の供与、海外旅行への接待がなされたこと、右の酒食の饗応、海外旅行の費用は各自の負担ではなく、同被告人の費用全部を同会社の経費で支払つており、後に岩崎昭二等との間で精算しようとした事実は全くないこと、原判示の一、五〇〇ドルは被告人高畑俊明に旅行のための小遣銭として交付されたものであること、岩崎昭二等と被告人高畑俊明との関係は、宅地建物取引業者とその指導監督官署の兵庫県建築部建築振興課宅建業係の職員であること以外に個人的な関係は全くなかつたことが、それぞれ認められるのであつて、右の各事実に徴すると、右の酒食饗応、現金供与、海外旅行接待が、所論の如く友人間の社交的行為としてなされたものであるとは到底思料されず、原判示認定の如く被告人高畑俊明の職務に関する賄賂として提供収受されたことは明らかである、というべきである。
四、なお所論は、原判示第一及び同第三の一、同第二及び同第三の二、ならびに同第三の三、四の各事実に関する被告人高畑俊明、同藤本高一、同西口清美、室谷仁美、魚住公博等の前掲検察官に対する関係各供述調書は、任意性も特信性もなくまた信用性もない。また原審証人柴慶子の証言は信用性がないものであると主張するけれども、記録を精査検討し、かつ被告人高畑俊明を取調べた原審証人加上洋夫、同加納駿亮の各供述、被告人西口清美を取調べた原審証人西村好宏の供述によつても、右各供述の任意性を否定ないしこれを疑わしめるに足りる事由は認められず、また右各供述調書の内容はいずれも詳細かつ具体的で、不自然、不合理な点はないのに対し原審公判廷の各供述は不自然、不合理で納得し難い点の多いことに徴し右各供述調書には特信性があり、また信用性も十分であるといわざるを得ない。また柴慶子の原審証言は客観的事実にも合致し、その信用性は十分である。右所論は採用できない。
その他所論にかんがみ記録を精査し当審の事実取調の結果によつても原判決に所論の如き事実誤認が存するものとは認められない。論旨は理由がない。
第二、本件控訴趣意中、法令適用違背の論旨について。
所論は、原判決が、被告人高畑俊明と同西口清美らとの間において原判示第二、第三の二、三、四の如く被告人高畑が兵庫県住宅供給公社開発部参事兼開発課長として出向後になされた飲食、旅行接待、現金授受の各事実についても、贈収賄罪の成立を認めているのは刑法一九七条一項、一九八条の法令の解釈、適用を誤つたものである。即ち同被告人は兵庫県建築部建築総務課長補佐として県職員の身分をも有してはいたものの、県職員としての職務に専念する義務を免除され、右公社の職務に転じていたのであつて、一般的抽象的権限においても、全く別異なものとなつていたのであるから、贈収賄罪の成立するいわれはない、というのである。
よつて、検討してみるのに、収賄罪は公務員がその職務に関して賄賂を収受することにより、また贈賄罪は公務員に対しその職務に関して賄賂を供与することによつて成立し、たとえ公務員が転任によつて賄賂の対象となつた元の職務権限と一般的、抽象的職務権限すら異ることとなつても、いやしくも現に公務員である以上、転任前の職務に関して金品等を収受、供与することは、過去の職務の公正に対する社会の信頼を害すると同時に、たとえ転任によつてその職務権限に相違を来たしたとしても、その公務員の現在並びに将来の職務行為の公正に対する信頼を害するおそれがあるものというべく、贈収賄罪の成立を妨げないものというべきである。(最高裁判所昭和二八年四月二五日決定、判例集七巻四号八八一頁、同裁判所昭和二八年五月一日判決、判例集七巻五号九一七頁参照)
よつて、これと同旨の見解により原判示第二、第三の二、三及び四の事実につき、右贈収賄罪の成立を認めた原判決は相当であつて、所論の如き法令の解釈、適用の誤りがあるものとは思料されない。論旨は理由がない。
第三、以上のとおりであるから、刑事訴訟法三九六条により被告人らの本件各控訴は、いずれもこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。