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大阪高等裁判所 昭和56年(う)360号 判決 1981年8月27日

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金一〇万円に処する。

原審における未決勾留日数中、その一日を金二、〇〇〇円に換算して右罰罰金額に満つるまでの分を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人稲葉英治作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は要するに、(一)原判決は、判示第一において、被告人は、大型貨物自動車を運転して、右転回するにあたり、後続車両の有無を確かめないまま右転回した過失により、右後方から進行して来た川副清一運転の原動機付自転車(以下、「被害車両」という。)に自車を衝突させて、同人を自車後輪で轢過し、よつて同人を原判示の日時、場所において死亡するに至らせた旨認定しているが、被告人は転回に際して右後方の後続車両の有無を確認しており、被告人には過失を存在せず、むしろ本件事故は右川副の前方不注視及び事故回避義務違反の過失によるものであつて、信頼の原則に照らし、被告人は無罪である。(二)原判決は、判示第二において、被告人が道路交通法上の事故報告義務を尽さなかつた旨認定しているが、被告人は、他車のクラクションにより事故の発生を知らされ、直ちに近くの旭陽建材商会へかけ込み、事故報告の措置をとつたのであるから、右報告義務は尽しており、仮に被告人のとつた措置が報告義務に違反しているとしても、可罰的違法性がないと考えるので、被告人はこの点についても無罪である。

したがつて、原判決には、右の各点において、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があるというのである。

そこで記録を精査して検討すると、原審で取調べた関係各証拠とくに原判決挙示の各証拠によれば、所論の点を含めて、原判示第一、第二の罪となるべき事実をいずれも肯認することができ、当審における事実取調の結果に徴しても、右認定を左右することはできない。

すなわち、右証拠によれば、

(1)  被告人は、昭和五三年一〇月一二日から土建業加藤組でダンプカーの運転手として稼働し、同年一二月二〇日午前八時二〇分ころ、大型貨物自動車(ダンプカー、最大積載量一〇、二五〇キログラム、車長7.55メートル、車幅2.48メートル、車高3.07メートル)に土砂約一〇トンを積載して運転し、アスファルト舗装の乾燥した見透しの良い制限速度毎時四〇キロメートルの原判示大阪市旭区大宮一丁目二一番九号先道路(国道一号線)を南から北へ向つて進行中、右へ転回するため、十字型交差点の手前である司法警察員作成の同年同月二二日付実況見分調書添付の現場見取図(記録六二の五二丁、以下単に「図」という。)①の地点(この付近の約二〇メートル手前から若干下り勾配あり。)でいつたん停車し、方向指示器によつて右転回の合図をしたうえ、左前のサイドミラーをのぞくと、図の地点に普通乗用車が停車しているので、その場ですぐ右転回をすることなく、少し前に出て右の乗用車を通過させてから右転回をしようと考え、時速約一〇キロメートルで10.1メートル前進し、交差点内の図②の地点で前記の車が自車の左側を通過して行つたので、9.5メートル先の図③の地点まで進行中左前サイドミラーで左後方を見ながら、ハンドルを左へ切つて、右転回を容易にするためいつたん自車を道路の左側端に寄せ、図③の地点でハンドルを右に切つて転回をはじめ一〇メートル先の図④の地点で北方の対向車線上を見たところ、南進中の車が三台位約八〇メートルの距離を隔てて見えたので、早く転回しようと思い、アクセルを踏み込み右転回中、7.2メートル先の図⑤の地点で後方から激しいクラクションの音を聞き、ブレーキを踏んで4.2メートル先の図⑥の地点付近に停車し、運転席から後方を見ると、図(イ)り及び(ウ)の各地点に人と被害車両(ホンダスーパーカブ、五〇CC、原動機付自転車、車長1.795メートル、車幅0.64メートル、車高0.975メートル)が転倒していたこと、

(2)  そこで被告人は、倒れている人や車の位置や状況からみて、自車との衝突事故によるものと思い、下車して向い側の道路沿いにある旭陽建材商会へ行き、同店の主人に「事故で人が倒れている。救急車とおまわりさんを呼んで下さい。」と頼んだが、同主人が電話で救急車を呼んでいるのを見とどけただけで、警察へ連絡したかどうかを確かめることもなく、同店から出て行つて車へ戻り、倒れている人を見ると、身動きもせず、即死のような状態だつたのでおそろしくなり、警察官の到着をまたず、間もなく車を発進させて事故現場から立ち去つたこと、

(3)  被告人が右転回をはじめた場所は、片側二車線で、道路の中央に幅約3.2メートルの導流帯が設けられた国道一号線で、本件当時は通勤時間帯にあたり、場所的にも時間的にも交通頻繁な道路であり、被告人は、本件事故現場の手前にある左側道路幅員約5.1メートル、右側道路幅員約5.2メートルの交差道路との交差点においては(右折の合図をしておりながら)、右折することなく、右交差点を数メートル通り過ぎた地点(若干下り勾配あり。)で、前記のとおり右転回を容易にするためいつたん自車を道路左側端に寄せたうえ、前記の導流帯まで約3.5メートル(第二通行帯の幅)の通行余地を残したまま右転回を開始したこと、

(4)  原審で取調べた関係各証拠、就中、司法巡査作成の昭和五三年一二月二三日付写真撮影報告書添付の写真3号(記録六二の三丁)によつて認められるスリップ痕(このスリップ痕が被害車輛のものであることについては、原審証人斎藤利雄の供述参照)及び同写真1号(記録同二丁)によつて認められる道路状況(とくに車道境界線の右カーブの状況)によれば、被害車両は、第二通行帯のほぼ中央を進行中、被告人車が急に右折して来たため、右に急転把して避けようとしたが及ばず衝突したものであるところ、被告人車が右転回を容易にするためいつたん道路の左側端に寄り、右ヘハンドルを切つて転回をはじめようとした時点(図②から③にいたる間及び③を少し進んだ時点)において、被害車両が被告人車の真後にあつて、被告人が右サイドミラーを通して右後方の後続車両の有無を確認しようとしても視認できないような位置にあつたものとは考えられないこと(もし、被害車両が右の時点で被告人車の真後にあつて、しかも本件衝突地点(図の地点)で衝突したとすれば、前記写真1号によつて認められる道路状況からみて、被害車両はよほどの急角度で第二通行帯へ進路を変更したことになるけれども、証拠上そのような形跡は認められず、かえつて前記写真3号のスリップ痕によれば、被害車両は第二通行帯のほぼ中央を進行中、本件事故に遭遇したものと認められる。)、また佐々木恵作成の鑑定書(記録六二の七六丁)によれば、制動前の被害車両の速度は、時速三〇数キロメートル程度で、大きくても時速四〇キロメートル程度までと推定されること、したがつて被告人車と後続車である被害車両との間隔は、計算によると、図①の地点では約六〇ないし九〇メートル、図②の地点では約四〇ないし五八メートル、図③の地点では約二〇ないし三〇メートルとなること、

以上の各事実が認められるのであつて、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定の事実及び関係各証拠によつて認められる諸般の状況を総合すると、被告人は、右転回するにあたり、右折転回の合図をしたが、自車の左側を進行する車両(前記車)や対向車両との安全を確認、確保することのみに気を奪われ、自車の右側に存する通行余地を進行する後続車両の有無を確認しないまま右転回をしたため、折から右後方より進行して来た被害車両に自車を衝突させて前記川副を自車後輪で轢過し、よつて原判示のとおり同人を死亡するに至らせたことが認められる。

所論は、被告人は転回に際して右後方の後続車両の有無を確認した旨主張するけれども、前掲証拠ことに被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書によれば、被告人が右確認を怠つたことを優に肯認することができるのであつて、記録を検討しても右各供述調書の信用性及び任意性に疑いを差しはさむべき事情は何ら認められず、かえつて右所論に沿う被告人の原審及び当審公判廷における各供述は、他の関係証拠及びこれによつて認められる状況に照らして到底措信できないところである。したがつて右所論は採用できない。

ところで、本件について所論のように信頼の原則の適用があるか否かについて検討すると、前記(3)の各事実、すなわち

①被告人が右折転回をはじめた場所が交差点を通り過ぎた地点であり、後続車としては、必ずしも被告人車がその地点で右折転回をするものとは予測し難いこと、②被告人は、自車の右折転回を容易にするため、いつたんハンドルを左に切つて自車を道路の左側端に寄せ、③道路中央に設けられた導流帯まで約3.5メートルの通行余地を残したまま右折転回を開始しようとしたこと、④以上に加えて、本件道路は、幹線道路である片側二車線の国道一号線であり、また本件当時は朝の通勤時間帯であつて、時間的にも場所的にも、とくに交通量の多い道路であつたこと等の事情の存する本件においては、本件事故現場付近の道路及び交通の状況からみて、被告人車の後方から進行して来る車両の運転者が被告人車の動静について判断を誤り、あるいは被告人車の合図が後続車の運転者に徹底しないで、後続車が右の通行余地に進出して来ることが、客観的にみて十分に予見され得るところであるから、かりに被告人が右の通行余地に進出して来る車はないであろうという信頼を持つていたとしても、その信頼は、右の具体的交通事情からみて客観的に相当であるとはいえないというべきである。したがつて、前記の事情は、いわゆる信頼の原則の適用を排除すべき「特段の事情」にあたるというべきであり、被告人としては、右転回の合図をして徐行するだけでは十分でなく、特に後続車の有無に注意を払い、右後方の安全を確認したうえ、右転回をすべき業務上の注意義務があるものといわなければならない。

しかして関係証拠によれば、被告人車の右サイドミラーによる視角には、いわゆる死角はなく、右後方の後続車両は、右サイドミラーを一瞥することによつて、容易に視認することができるものであるところ、前記(4)記載の状況その他関係証拠によつて認められる諸般の状況に徴すると、被告人車と被害車両の相互の速度や相対的な位置関係を考慮に入れて検討してみても、被告人が右転回をするにあたり、被告人車が道路の延長方向に平行状態になつた時点(図②から③にいたる間及び③を少し進んだ所)で右サイドミラーを通して右後方の後続車両の有無を確認すれば、距離関係上(前示(4)参照)被害車両の存在に気付き得た筈であり、そうすれば、被告人が直ちに急制動措置をとるなど結果回避の適切な措置を講ずることによつて本件事故は回避し得たものと認められるから、原判示のとおり、本件事故は被告人が右転回に際しての後続車両の有無を確認すべき注意義務を怠つた過失により発生したものであることが明らかである。

所論は、(イ)被害者が被告人車の右折合図を約七、八秒間見落し、(ロ)被害車両の制限速度を時速五ないし一〇キロメートル上回る速度で被害車両を運転し、(ハ)また前輪のブレーキがきかず、後輪のみ制動のきく原動機付自転車を運転していたことをもつて、信頼の原則を適用すべき被害者側の落度にあたる旨主張するけれども、右(イ)の点は見落し時間を認めるに足りる証拠はなく、(ロ)及び(ハ)の点は、証拠上認められるが、これらの点はいずれも一般的にみて通常予想し得る程度の運転態度の域を出ないと認められるから、いまだ信頼の原則を適用すべき「違法異常な運転」にあたるとはいえない。したがつて右所論も採用できない。

次に所論(二)の点(報告義務違反)について検討すると、

道路交通法七二条一項後段の報告は、本来、当該車両等の運転者がみずから直接所定の警察官に対して行なうべきものであるが、運転者が右報告をみずから直接行なわず、他人に依頼してこれを行なうことが許されるとしても、その場合でも、みずから直接報告をしたときと同様の報告義務の履行に伴う同法上の負担を免れるものではないと解するのが条理上公平にかなうというべきである。したがつて、運転者がみずから直接警察官に所定の報告をした場合に、同条二項により、警察官が現場に到着するまで現場を去つてはならない旨の命令(以下、「現場滞留命令」という。)を受けることがある以上、他人を介して報告をしようとする運転者は、少くともその他人が警察官に対して報告をすませたことを確認すべきであることはもちろん、右報告を受けた警察官から、右の現場滞留命令をその他人を介して受けたか否かを確認するのでなければ、みずから警察官に所定の報告をした場合と同様に右報告義務を尽したことにはならないと解するのが相当である。

そこで本件についてこれをみると、前記認定の(2)記載の事実によれば、被告人は旭陽建材商会の主人に、前記のとおり「事故で人が倒れている。救急車とおまわりさんを呼んで下さい。」と頼んだだけで、同人が警察へ連絡をしたかどうかを確認することもなく、事故現場から立ち去つたものであつて、警察官からの現場滞留命令の有無を確認することなく、また右被告人の依頼文言からみても、同人からなされた警察への連絡内容が法定の報告事項を尽していないことも明らかであるから、いずれの観点からしても、被告人は同条所定の報告義務を尽したものとは到底いえないのであつて、また被告人のとつた前記の措置が所論のように可罰的違法性のないものということもできない。

その他所論が縷説するところにかんがみ、さらに記録及び証拠を検討してみても、原判決に所論のような判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があるとは認めることができない。論旨は、いずれも理由がない。

終りに、職権をもつて被告人に対する原判決の量刑の当否について検討すると、本件各事案の態様、原判示第一については、被告人の過失の程度及び当時四〇歳の一家の主柱を死亡させた結果の重大性、被害者にも右折合図の発見のおくれないし自車の先行通過に関する誤解があつたと窺知できること、会社まかせにせよ示談が成立していること、前科のないことの他本件審理に現われた量刑の資料となる一切の情状を勘案すると、原判決の量刑(禁錮一〇月執行猶予三年)は重きに過ぎるものと認められる。

そこで刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書によりさらに判決する。

原判決が認定した事実に法令を適用すると、原判示第一の所為は、刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、同判示第二の所為は、道路交通法一一九条一項一〇号、七二条一項後段にそれぞれ該当するが、前記情状により所定刑中いずれも罰金刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で被告人を罰金一〇万円に処し、同法二一条を適用して、原審における未決勾留日数中、その一日を金二、〇〇〇円に換算して右罰金額に満つるまでの分を右刑に算入することとし、原審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(矢島好信 内匠和彦 石塚章夫)

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