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大阪高等裁判所 昭和56年(う)573号 判決 1982年9月28日

被告人 川内潔

昭九・六・二七 薬局経営

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、大阪高等検察庁検察官検事近松昌三が提出した田辺区検察庁事務取扱検察官検事細川顕作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は、弁護人月山桂、同山本光弥及び同吉沢義則連名作成の答弁書にそれぞれ記載のとおりであるから、これらを引用する。

検察官の論旨は、「被告人は、昭和五二年七月一〇日施行の参議院議員通常選挙における選挙人であり、かつ、同選挙に立候補する予定であつた望月正作の選挙運動者であるが、同年六月一六日ころ、和歌山県田辺市湊六五一番地所在の紀州信用金庫田辺東支店の会議室において、右望月の選挙運動者である小出陽造らから、右望月に当選を得させる目的のもとに、同人のため投票並びに投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬等として供与されるものであることを知りながら、現金三万円の供与を受けたものである。」との公訴事実に対し、原判決は、右三万円の授与が被告人個人に対し、望月のため投票並びに投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬まで含めてなされたとするには極めて疑問が多い上、被告人がその趣旨を認識していたものとは認められないとして無罪を言渡したが、本件は、日本薬剤師会及び日本薬剤師連盟が日本薬剤師会副会長の地位にあつた望月を薬剤師業界の利益代表として国会に送るため、本件参議院議員選挙の全国区候補者として推せんすることを決定し、その下部組織である和歌山県薬剤師会及び和歌山県薬剤師連盟においても、各会長以下の幹部が中心となり、各支部長を通じて支部の会員に働きかけ、組織的な選挙運動を展開しているうち、一部の支部長らから選挙運動資金の要求が出されたこともあつて、松林芳美、宇治田正、小出陽造らの幹部が県下八支部の各支部長に対し、選挙運動の報酬及び費用として現金を供与した組織的買収事犯の一つであり、その金員授受に至つた経緯と授受の状況及び受領した金員の使途等から、本件受供与の事実は優に認定できるのに、原判決は、供与者小出陽造らの供与の趣旨を認めた供述を排斥するなど、証拠の価値判断と取捨選択を誤り、その結果事実を誤認したものであつて、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、到底破棄を免れないというのである。

そこで、以下検察官及び弁護人の各所論にかんがみ記録を精査し、当審における事実取調の結果をもあわせ検討して、次のとおり判断する。

原審及び当審において取調べた関係各証拠を総合すると、以下の各事実を認めることができる。

(一)  和歌山県には、全国の薬剤師によつて組織された社団法人日本薬剤師会(以下日薬という。)の下部組織として、開局薬剤師約四〇〇名及び勤務薬剤師約一〇〇名を会員とする和歌山県薬剤師会(以下県薬という。)があり、役員として、会長松林芳美、副会長宇治田正、同小出陽造、同熊井忠美、同山下謙次郎、同畠山朝子、常務理事沢崎博雄(会計担当)ら四名が置かれ、支部として、和歌山、海南、那賀、伊都、有田、日高、田辺、新宮の八支部のほか、公務員会員による公務員支部がある。さらに、日薬の政治団体である日本薬剤師連盟(以下日薬連という。)の下部組織であり、かつ県薬の政治団体となる和歌山県薬剤師連盟(以下薬連という。)があるが、その会員は県薬と同一であり、役員も、松林が教育委員の公職にあつたため、県薬副会長の宇治田が会長となつているほかは、県薬の役員が兼務し、支部は、公務員支部がないほか、県薬の前示八支部がそのまま薬連の支部となり、支部長も県薬の支部長が兼ねており、支部会計は県薬及び薬連の区別なく共通に処理されていた。

(二)  日薬副会長望月正作は、参議院議員現職の森下泰が全国区から大阪地方区に変更したため、昭和五二年六月一七日公示、七月一〇日施行の参議院議員通常選挙(以下本件選挙という。)に全国区から立候補したのであるが、それよりも前に、日薬連は望月を薬剤師業界の利益代表として国会に送ることにし、昭和五一年六月二九日の臨時総会の席上、望月の立候補予定を表明し、同年一〇月開催の日薬連会長会議で望月の推せんを決め、さらに、翌五二年二月開催の日薬定時代議員会において、望月の推せんが決議された。

和歌山県においては、宇治田が右日薬連臨時総会に出席して望月の立候補予定を知り、その年の七月に行われた薬連総務支部長会議でその旨報告した。その後、同年一〇月の県薬総務支部長会議において、前示日薬会長会議の結果を受けて、望月の推せんを決定するに至つた。そして、同年末ころから、宇治田を中心として、県下一万五、〇〇〇名を目標とする望月の後援会組織作りが始り、翌五二年二月末ころから、公務員支部を除く八支部に対し、東京の望月後援会事務所より送られて来る後援会入会申込書、パンフレツト、バツジなどを配付して、後援会員の募集を働きかけた。

(三)  昭和五二年四月末の海南支部総会において、同支部会員に望月の後援会活動を強力に進めるように要請した宇治田に対し、田村欽吾支部長及び宮田平太郎支部役員から、右活動に要する経費を要求する旨の発言があり、また、同年五月三日ころ、那賀支部の高瀬正弘支部長から宇治田に対し、同旨の要求電話があつた。さらに、被告人も出席した同月六日の薬連総務支部長会議において、各支部における後援会員の獲得状況の報告が行われた後、薬連副会長山下謙次郎、新宮支部長向井淳、伊都支部長辻本虎雄らから、本部役員に対し、後援会活動に使用する車のガソリン代等の経費や手間賃を要求する発言がなされた。

このようにして、同月三〇日、東京の薬学会館で行われる望月後援会全国代表者会議及び地方連絡協議会に出席する松林及び宇治田は、同じく医薬品検査センター特別委員会に出席する沢崎とともに、新幹線車中において、現場支部長からの前示要求について相談をし、次いで、同年六月三日、県薬会館の会長室において、小出副会長を加えた四人で協議した結果、県薬の予備費から三〇万円位を捻出し、これを支部の規模に応じ和歌山支部は一〇万円、公務員支部を除く他支部は一律三万円の割合とすること、県薬会計から出金するには支部交付金科目を利用する以外にないことなどを了承し、県薬常務理事会の承認をとることになつた。そして、同月五日、右会長室に松林会長、宇治田、小出、熊井各副会長、沢崎、島利秋、河嶋直、木原忠雄各常務理事が出席して、臨時の県薬常務理事会が開かれたのであるが、その席上において、県薬会計から支部の後援会活動に必要な資金を前示割合で交付すること、交付の方法は、役員が直接支部に赴いて、医薬分業推進等の話をするとともに、業界の代表を国会に送る必要を強調した後、支部交付金として支部長に手渡すこと、支部長から領収証を徴する際、選挙関係の金員と疑われないようにするため、その日付を四月四日に遡らせることのほか、松林、宇治田及び小出の三名が公示前後に各一回ずつ手分けして各支部に出向くこととして、その日程などが取決められた。

(四)  県薬及び薬連の田辺支部は、被告人を支部長とし、四二名の会員で構成されているが、昭和五二年四月の支部総会で望月の支持を全員一致で決定し、以来被告人が中心となつて望月の後援会活動を進めていた。被告人は、同年六月一〇日ころ、宇治田から電話で、公示前日に選挙のことを会員に依頼するため田辺支部に出向くので、医薬分業推進についての講習会というタイトルで会員を集めるよう要請された。そこで、紀州信用金庫田辺東支店の会議室を予約するとともに、支部会員にその旨通知し、同時に、望月後援会名簿の未提出者は至急名簿を提出するよう伝達した。そして、同月一六日、松林及び小出を国鉄紀井田辺駅に出迎え、会場近くの喫茶店「ヱデン」で休憩したが、その際選挙状勢が話題となり、右両名に対し、田辺支部は現在低調だが、選挙期間に入れば運動を盛り上げて行く旨返答した。同日の田辺支部の会合は、被告人を含め二〇名の会員が出席して開かれ、松林の挨拶の後、小出が医薬分業について四、五〇分の講演をし、最後に、開業会員は一人二〇名、勤務会員は一人五名を目標として、望月の後援会員を集めるように要請した。

(五)  田辺支部の前示会合が始る直前、その席上において、小出は被告人に現金三万円入りの封筒を手渡したのであるが、その際、右現金につき、医薬分業を含めた支部活動に必要な資金として、本部役員が決めたものである旨説明した。被告人は封筒の中味を確認した後、同封の領収証に田辺支部長川内潔と自署して小出に渡し、右封筒を背広上衣内ポケツトに入れた。そして、会合出席者にジユースを出すため、白浜、田辺青年会議所事務局事務員に前示「ヱデン」からその取寄せを依頼するとともに、同事務員三名分を含めた合計二五名分のジユースを注文し、小出から受取つた封筒から一万円札を出し右代金の支払をした。その釣銭二、五〇〇円に、右事務員三名分の代金九〇〇円を私金から出して加えた三、四〇〇円を封筒に戻し、金額六、六〇〇円の「ヱデン」の領収証を同封して、同日会計担当の尾前和正に手渡した。尾前は右現金二万三、四〇〇円と領収証を封筒に入れたまま、自宅に置いている支部会計用の箱に入れて保管し、本件発覚後の同年七月一四日田辺警察署に任意提出した。被告人は、同月一日松林及び小出が出席して選挙情報の交換などが行われた支部班長会議の際、その出席者に出した昼食代一万五〇〇円を前示残金から支払うつもりでいたが、本件で逮捕されたため、被告人が立替えたままとなつた。

(六)  海南支部では、同年六月一六日の支部会合の席上、小出が田村支部長に交付金と説明して現金三万円を手渡し、田村は同日これを会計担当者に預け、結局支部会計に入れた。

那賀支部では、同月一七日県薬会館において、高瀬支部長が県薬事務長小西正文から交付金として現金三万円を受取り、同月二〇日これを同支部会計担当者に預けて支部会計に入れた。そして、同年七月三日小出及び松林が選挙運動の激励に来た支部会合の飲食代二万四、六〇〇円は、右三万円から支払われた。

伊都支部では、同年六月一七日県薬会館において、小西事務長が辻本支部長に交付金と説明して現金三万円を手渡したが、辻本はこれを財布に入れて私金と混同した後、同年七月四日に開いた選挙関係の支部会合に使用した会場費などのほか、自己の小遣に費消した。

有田支部では、同年六月一一日、熊井副会長が吉岡喬支部長方薬局店を訪問し、県薬から預つた交付金であり、記帳せず自由に使用して差支えない旨説明して、吉岡に現金三万円を手渡し、同人はこれを店カウンターの引出内に仕舞つた。

日高支部では、同年六月二六日ころ、宇治田が大堀清支部長方薬局店を訪問し、いろいろな経費に使用してもらう交付金であると説明して、大堀に現金三万円を手渡し、同人は、このうち一万円を同年七月二日宇治田らが選挙運動の激励に来た支部会合の飲食費に充て、残金二万円のうち一万円を自己の食事代などに費消した。

新宮支部では、同年六月八日の支部会合の席上、宇治田が向井支部長に交付金と説明して現金三万円を手渡し、向井は同日これを支部会計に入れ、同月二〇日望月の選挙カーが来た際の運動員日当及び同年七月一日松林及び小出が選挙運動の激励に来た支部班長会議の会場費、ジユース代の支払いに使用した。

以上の各支部長が現金を受領したことを示す領収証は、有田支部関係の分を除きいずれも日付が昭和五二年四月四日、名目が支部交付金となつており、被告人作成の領収証と同じであるが、那賀、伊都及び有田の三支部関係は、領収者が支部長の個人名または薬局店名となつている。

(七)  支部交付金とは、支部の運営資金として本部から支部に交付される金員であるが、実際は、各支部において、会員から日薬、県薬及び薬連の年間会費を徴収し、通常毎年八月二五日を期限として本部に納入する際、その一割を控除して支部に残し、これを支部交付金としていたのであつて、原則として本部から各支部に交付金という金員が送付ないし手交されることはなく、まして、本部役員が直接各支部に出向いて、支部長に交付するような事例は全くなかつた。

以上の事実関係に基づき、まず、被告人が小出から受領した現金三万円の性質について検討する。

本部役員が各支部長に交付金として現金を配付するに至つた経緯は、前示(三)のとおり、各支部において支部長が中心となり、望月の後援会活動、これは取りも直さず、選挙公示後は望月への投票を獲得することを目的とする選挙運動に外ならないが、その活動を進めているうち、現場の支部長から、本部役員に対し、活動に必要な経費等を要求する声が出たことを発端とするのであつて、右要望に応え、支部長の活動を支援するため、その資金を県薬の会計から捻出することにし、会計操作上交付金科目を利用せざるをえないことに従つたものである。各支部長に対する現金交付の時期及び方法をみても、本来の支部交付金のそれと相違しているばかりか、公務員支部が交付対象から除かれていること、田辺支部を含め各支部における使用状況、特に伊都、日高支部長らが私用に充てていることなどを勘案すると、本件金員は、弁護人が主張するような支部交付金の前渡であると考えることはできず、後援会活動を進めるのに必要な資金として、支部長にその使途を一任して授与されたもの、従つて、支部長がこれを私用に充てることも制限されないという意味で、選挙運動に対する報酬性を含んだものと考えるのが相当である。右と同旨の小出(昭和五二年七月一八日付。原審証拠等関係カード番号40)、宇治田(同月二二日付)、松林(同月二〇日付及び同月三一日付)及び沢崎の各検察官調書は、いずれも信用性を認めることができる。

確かに、医薬分業は薬剤師業界全体の強い念願であり、昭和四九年に医師の処方箋料が大幅に値上げされたのを機に、日薬が五か年計画を立てて、医薬分業の推進に取組み、和歌山県においても、処方箋数が全国最下位という汚名を返上すべく、県薬及び薬連全体が努力していた事実は否定できないが、医薬分業の念願達成のため、目前に控えた本件選挙に、利益代表として望月を国会に送ることが、薬剤師業界における当面の切実な目的であつたことを考えると、本件金員が医薬分業を推進させるための活動資金に過ぎないとする弁護人の所論には、容易に左袒することはできない。

以上のとおりであるから、本件金員は、選挙人であり、望月の選挙運動者である被告人に対し、望月に当選を得させる目的のもとに、同人のため投票並びに投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬の意味も含めて供与されたと考えられる。この点検察官の論旨は正当である。

しかしながら、公職選挙法二二一条一項四号、一号の受供与罪が成立するためには、主観的要件として、受供与者に報酬性の認識、つまり、供与される金銭等を自己の所得に帰属させる意思がある場合でなければならないが、本件においては、被告人にその意思があつたと認めることは困難である。すなわち、被告人が小出から三万円を受領した際、前示の事実関係から、被告人に右金員が望月の後援会活動、つまりは望月のための選挙運動の資金であるとの認識があつたというべきであるが、被告人は捜査段階から一貫して、右金員を支部長として受領したのであつて、被告人個人に授与されたとは考えなかつたと供述しており(ただ、昭和五二年七月二〇日付検察官調書には、三万円の使途を被告人に一任する意味と考えたとする部分があるが、右調書全体を検討すれば、被告人個人のものとする意思がなかつた旨供述していると考えられる。)、前示(五)のとおり、三万円を受領した当日に、会合出席者に出したジユース代金を控除した残額全部を尾前に渡して、支部会計に入れたこと、また、青年会議所の事務員三名分のジユース代金を私金から返却していることを考えると、右ジユース代に被告人の分も含まれているとはいえ、被告人に本件三万円を自己の所得に帰属させる意思があつたとは認め難い。

そうすると、本件受供与罪は、被告人に報酬性の認識があつたとする証明が不十分であるといわざるをえず、これと同旨の判断をした原判決には所論のような事実の誤認は存しない。検察官の論旨は結局理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 村上幸太郎 逢坂芳雄 八束和廣)

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