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大阪高等裁判所 昭和56年(ネ)1038号 判決 1982年5月28日

控訴人 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 小西清茂

同 西岡寛

被控訴人 乙山観光株式会社

右代表者代表取締役 乙山春夫

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 山下潔

同 金子武嗣

同 森下弘

同 尾藤廣喜

主文

原判決主文第一項を取消す。

控訴人の本件訴を却下する。

原判決主文第二項(被控訴人の反訴請求を認容した部分)についての控訴人の控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

原判決を取消す。

被控訴人両会社の各昭和五四年一二月九日開催の臨時株主総会における取締役たる控訴人を解任する旨の決議がいずれも存在しないことを確認する。

被控訴人らの反訴請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

(本案前の答弁)

控訴人の本件訴を却下する。

(本案の答弁)

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

第二当事者の主張、証拠

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次に付加するほか原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決二枚目裏一一行目「被告ら」を「同訴外人」と改める)。

一  控訴人の主張

控訴人は、昭和五四年一一月二日、当時被控訴人両会社の代表取締役であった乙山一郎及び同人の母乙山春子らの強い要請や、右両会社の顧問弁護士であった宮永基明弁護士の助言に従い、右両会社の取締役及び代表取締役に就任し、共同代表取締役であった乙山一郎を補佐して、主として一郎や春子が依頼していた事件の代理人であった林成凱弁護士との間の窓口となって事件処理に必要な訴訟資料の収集等に従事したものである。

一郎らが控訴人を一方的に解任するに至った真の原因は、控訴人が一郎らが実力で春夫の定期預金の払戻しをしようと計画していたのを中止させたり、春夫に対する準禁治産宣告申立案や精神病院への強制入院計画案に反対したりして、一郎らの思うままに動かなかったため、控訴人が一郎らにとりむしろ邪魔な存在になっていたこと、更には一郎らが春夫と和解するに当って右の如き一郎らの不当な計画を知り過ぎている控訴人を排除する必要があったこと等である。

原判決は、控訴人主張のとおり解任に関する株主総会決議が存在しなかったことを認めたにもかかわらず、控訴人の本訴請求を棄却したが、かかる判決を容認するならば、同族会社においては商法の規定する各手続が無視されることになり、真実の裏付けのない登記が結果的に存続し、登記制度が悪用され登記の社会的信頼を害することとなるべく、かかる法的判断が許されないことは明白である。

二  被控訴人らの主張

1  控訴人は本訴において株主総会における取締役解任決議の不存在を主張しているが、そもそも控訴人は株主総会において取締役に選任されたこともないし、取締役会において代表取締役に選任されたこともなく、かつて一度たりとも被控訴人両会社の取締役であったことはないのである。かかる立場にある控訴人が株主総会における取締役解任決議の不存在確認を訴求する資格のあるべき筈はなく、控訴人の本件訴は訴の利益を欠き不適法であるから、却下されるべきである。

2  控訴人の本訴提起の真の意図は、被控訴人両会社の内部紛争に乗じて両会社を苦しめ、譲歩を強いて不当な利益を取得しようとするにあり、原判決が控訴人の本訴請求を権利の濫用と認めたのは当然かつ正当な判断である。

三  証拠《省略》

理由

一  控訴人が昭和五四年一一月二日被控訴人両会社の取締役及び代表取締役に就任した旨の各登記が同月八日経由されたこと、被控訴人両会社のそれぞれ昭和五四年一二月九日開催の臨時株主総会において取締役たる控訴人を解任する旨の決議をしたとして同月一〇日その旨の各登記がされたこと、右株主総会は実際には開催されていないこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  右争いのない各事実、《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  被控訴人乙山観光株式会社はナイトクラブ、レストラン等の飲食店を経営する会社、同乙山興業株式会社は不動産の賃貸を業とする会社であるが、いずれも、現在の代表取締役乙山春夫の個人事業を会社組織にした個人会社であって、株式の八割は同人の所有に属している。控訴人は被控訴人両会社の株式を一株でも取得したことはない。乙山春夫の妻が乙山春子、両名の長男が乙山一郎であり、控訴人の妻の母が春子と姉妹の関係にある。被控訴人両会社の事業には春夫一家全員が関与しているが、主として一郎が営業面の責任をもち、春夫は事業全般を統括し資金面を掌握している。

2  春夫はかねてから妻以外の女性と同棲生活をしていたため妻春子との夫婦仲が悪く、長男一郎とも、事業の経営方針について意見が一致せず、春子・一郎と対立的状態になっていた。丁度そのようなとき、春夫は右同棲中の女性宅において脳血栓で倒れ、その女性がもっぱら春夫の看病をするようになったため、春夫と春子・一郎間の意思疎通が全く途絶えた折柄、控訴人が一郎に対し、春夫が被控訴人乙山観光の経営している店舗を廃止しようとしている、そのままにしておくと一郎の地位が危くなるなどと述べたので、一郎は急遽春夫の会社代表者印を持ち出し、昭和五四年五月四日被控訴人両会社株主総会において当時代表取締役であった春夫を取締役から解任した旨、また同日一郎が取締役会において代表取締役に選任された旨の書面を勝手に作成し、右書面に基づいて同月四日その旨の各登記を了した。

3  そのころ、春夫側が被控訴人両会社の経営にかかる丙川モータープールを実力で占拠し、双方が実力行使に出るという事件が発生し、一郎側は地方裁判所に仮処分の申請をしたが、この仮処分申請のころから一郎は控訴人を参謀ないし助言者のごとく扱うようになった。右仮処分申請に続いて一郎側からは、春子名義で離婚を前提とする財産分与・慰藉料請求権を被保全権利とする仮処分申請、春夫に対する準禁治産宣告の申立等がなされ、他方、春夫側からは一郎占有中の七六点の絵画や裏定期預金証書返還の仮処分申請、被控訴人両会社の株式の八割が春夫の所有であることを前提に株主たる地位確認の訴の提起等がなされ、双方が裁判所において相争う事態となった。

4  一郎は控訴人が法律実務の知識にくわしいことに信頼の度を強めていたが、控訴人から、「自分があなたに代って法廷等に出頭し、主として裁判関係の紛争処理を引受ける。そのためには、自分が被控訴人両会社の取締役にならなければならない。自分を取締役から解任するのはいつでもできるから心配はいらない。」と言われ、控訴人を取締役にするつもりで控訴人を伴い戊田司法書士事務所に出向いたが、同司法書士から「単なる取締役では訴訟担当はできない、代表取締役でなければならない」旨教示され、急遽予定を変更して控訴人を両会社の代表取締役にすることとし、同司法書士に依頼して、株主総会も取締役会も開催されていなかったにもかかわらず、株主総会で控訴人を取締役に選任しかつ取締役会で代表取締役に選任した旨の書面を作成してもらい、この書面により同月八日その旨の登記を了した。

5  ところが、控訴人は、右取締役及び代表取締役就任登記が完了すると間もなく、一郎に対し三〇〇〇万円の融資を依頼し、一郎がこれに応じないとみるや、一郎に対し三〇〇〇万円出さないのであれば自分は辞任する、ただし形式は解任としてもらいたい、その代り被控訴人両会社や一郎側の内情を暴露したり、事業経営上不利な情報を流布する等といって脅迫的態度に出てきた。

6  一郎は控訴人の右の如き態度に接して自己の行動を深く反省し、自分の家庭に関することは他人の力を借りずに自分の力で解決しなければならないと考えるようになり、思い切って父春夫と直接話し合ってみたところ、双方のわだかまりが俄かに解け、急転直下、親子、夫婦の紛争が一切解決するに至った。そうなると、一郎として、控訴人を代表取締役にしておく必要はなく、また控訴人自身からも前記のように三〇〇〇万円貸してくれないのであれば解任してもらいたい旨要求してきていたので、控訴人を被控訴人両会社の昭和五四年一二月九日開催の各株主総会で取締役から解任した旨の書面を作成し、同月一〇日その旨の登記を了した。

7  しかし、一郎は、控訴人が一郎のために働いたことも事実であるので、いくらかの謝礼は支払わなくてはならないと考え、林成凱弁護士に依頼して報酬金の交渉をしてもらうこととした。同弁護士は電話で当初控訴人に三〇〇万円を呈示したところ、控訴人はこれを拒否したが、ただ本日(昭和五四年一二月一一日)中に五〇〇万円を支払うのであればその額で話を決めてもよい旨申出たので、これを一郎に伝えた。一郎はその申出を受諾し、急遽同弁護士と春子を伴ない自動車で京都府船井郡園部町の控訴人宅を訪れ現金五〇〇万円を支払った。控訴人は右五〇〇万円を受領した際にも、一郎に対し、被控訴人両会社の取締役を解任した形式にしておいて欲しい旨言明した。

8  右紛争解決後、春夫は昭和五四年一二月二〇日適式に開催された被控訴人両会社の株主総会で取締役に選任され、同日の取締役会において代表取締役に選任され、他方一郎は同日付で代表取締役を辞任し、同月二一日その旨の各登記が経由された。

以上のとおり認めることができ(る。)《証拠判断省略》

三  思うに、商業登記簿上株式会社の取締役及び代表取締役として登記された者が実際上その取締役及び代表取締役に選任されたことがなく、しかも右登記が後日株主総会において取締役解任決議があったとして抹消された場合においては、その者は特別の事情のないかぎり、取締役解任決議の不存在確認の訴を提起する法律上の利益を有しないものと解するのが相当である。けだし、その者は法律上一度も当該会社の取締役及び代表取締役であったことがなく、現在においては商業登記簿上もその取締役及び代表取締役でないものとして取扱われているのであるから、一般民事訴訟において一度も当該会社の取締役及び代表取締役でなかった旨ないしは取締役及び代表取締役の選任及び解任の無効を主張させればそれで充分であり、敢て総会決議の不存在確認なる特別の訴によらしめる必要はないと考えられるからである。

これを本件についてみるに、前記認定のとおり、控訴人は昭和五四年一一月二日取締役及び代表取締役に選任されたとして同月八日その旨の登記が経由され、次いで同年一二月九日取締役を解任されたとして同月一〇日その旨の登記が経由されているが、控訴人を取締役に選任する旨決議した株主総会も、代表取締役に選任する旨決議した取締役会も、取締役から解任する旨決議した株主総会も、いずれも存在したことはなく、控訴人は法律上被控訴人両会社の取締役及び代表取締役でなかったものであり、しかも右登記はその後取締役及び代表取締役解任を原因として消除され、現在では控訴人は登記簿上も被控訴人両会社の取締役及び代表取締役でないものとして扱われているのであるから、控訴人は、特別の事情のない限り、右取締役及び代表取締役解任決議の不存在確認を求める法律上の利益を有しないというべきである。そして、控訴人が右解任決議の不存在確認を求める必要のある特別の事情が存在することについて何ら主張立証がないばかりか、前段認定したところに照らせばかかる特別の事情の存在しないことは明らかである。したがって、控訴人の本件の訴は訴の利益がなく不適法として却下を免れない。

四  次に、被控訴人らの反訴請求について考えるに、控訴人が被控訴人両会社のそれぞれの取締役及び代表取締役たる地位にないことは前記認定のとおりであるところ、控訴人において右解任決議の不存在を主張し、本件の解任決議不存在確認の訴を提起し、登記簿上被控訴人両会社の取締役及び代表取締役の地位を復活しようとしているのであるから、被控訴人らにおいて、控訴人がそれぞれ自己の会社の取締役及び代表取締役たる地位にないことの確認を求める利益があるものというべきであって、被控訴人らの反訴請求は理由がある。

五  以上の次第であるから、原判決中控訴人の被控訴人らに対する訴について確認の利益を認めて控訴人の請求を棄却した部分は失当であるが、その余の部分は正当である。よって、原判決主文第一項を取消して控訴人の本件訴を却下し、被控訴人の反訴請求を認容した部分(原判決主文第二項)についての控訴人の控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 今中道信 裁判官 露木靖郎 庵前重和)

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