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大阪高等裁判所 昭和56年(ネ)1153号 判決 1982年10月27日

控訴人(付帯被控訴人)

財団法人浅香山病院

右代表者理事

高橋清彦

右訴訟代理人

米田邦

被控訴人(付帯控訴人)

楠本清定

被控訴人(付帯控訴人)

甲野花子

右両名訴訟代理人

水谷保

岸田功

奥野寛

粟津光世

前田春樹

主文

本件控訴及び本件各付帯控訴をいずれも棄却する。

当審訴訟費用はこれを二分し、その一を控訴人(付帯被控訴人)の負担とし、その余を被控訴人(付帯控訴人)らの負担とする。

事実《省略》

理由

一当裁判所は、被控訴人らの本訴請求を、原判決が認容した限度において正当として認容し、その余を失当として棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり訂正、付加するほか、原判決の理由と同一であるから、その記載を引用する。

<中略>

3 控訴人は、原判決がA子の離脱、自殺を防止するために引率者らにとるべきものとして要求する措置を、A子ら患者に対する「監視」であるとし、このような「監視」はレク療法にとつて有害であり、これを要求することは精神科医療、精神科看護の発展を阻害する結果となりかねない旨主張する。しかし、原判決や本判決が要求する程度の措置は、一般社会においてある程度まとまつた人数の者が一定の目的のもとに行動する場合、殊にその中に意識的であるか無意識的であるかを問わず離脱する危険性のある胸(例えば、老人、子供、土地不案内者など)が含まれている場合にとられうる手段であつてさまで強い管理的措置ではなく、これを「監視」と呼ぶのは誇張に過ぎるようであり、かりにこれも一種の監視であるとしても、このような措置がされたからといつてたやすく引率者と患者との間の信頼関係が損なわれたりレク療法の効果がとくに減殺されるものとは考えられない。更に、医療上の効果をあげるためには患者に監視と受けとられるおそれのある措置をなるべく避けることが望ましいことは明らかであるが、自殺等の事故に至れば治療は根底から無に帰するのであるから、開放療法といえども患者の身辺の安全を第一義的に配慮しこの安全の要請と相調和せしめつつ実施すべきは当然であり、これが看護医療契約の趣旨とするところであると解することができるから、時として必要不可欠な安全配慮の措置が医療上多少のマイナスを生ずることがありうるとしてもやむをえないといわなければならず、控訴人主張の程度を超える措置はいかなる場合でも許されず、院外レクの否定につながるもののごとく立論することは当をえないであろう。また、右多少のマイナスの可能性があるからといつて開放療法そのものが存立の意義を失うことになるものでもないと考えられ、<各証拠>も、仔細に検討すれば、原判決や本判決の要求する程度の措置を開放療法の重大な支障となるものとみているものとは解し難いところである。

控訴人は、また、A子の、本件レクリエーション参加当時における、離脱や自殺の意図のかげりさえ見えない病状からすれば、原判決が要求するような措置は過剰なものである旨主張し、更に、A子の離脱、自殺は引率者の隙をみてなされた計画的なもので、防止不可能なものであつた旨主張する。しかし、原判決認定事実によれば、本件レクリエーション参加当時、自殺企図の言動はほとんどなくなつていたものの、病状は必ずしも安定しておらず、自殺行動に全く出ないとは断定できない状態であり、過去に自殺行動に出た経緯もあり、引率者としては要注意者としてマークしていた患者であつたことのほか、本件レクリエーションにおいては、往路、患者一名の離脱、連れ戻しという病状不安定な他の患者の心理に好ましくない影響を与える可能性のあるアクシデントが起きたこと、帰路、鳳駅でも切符購入をめぐるごたごたがあり、また鳳駅は地理不案内者が乗車ホームを誤りかねない構造であつたこと、電車は一行の先頭の者がホームに着くと同時くらいに到着し、引率者としては患者全員を的確に掌握できない状況にあつたこと等の事情が認められるのであつて、これらの諸点にかんがみれば、原判決や本判決が要求する程度の措置は、離脱、自殺等の事故を防ぐために必要不可欠なものであつて、過剰なものということはできない。また、本件において、控訴人病院の関係職員がA子その他患者を粗略に扱つたような事実はなく、むしろ真面目に引率を行い患者の掌握に努めていたと認められるが、さればといつて本件の自殺事故を不可抗力によるものとまでは認め難く、関係職員においてなおいつそう慎重に患者の離脱、自殺等の事故防止に配慮し、前記のような措置を尽していたとすれば、たとえA子の離脱が引率者の隙をみてなされたものであつたとしても、早期にそれに気づくことができたはずで同人の自殺を防ぐことが不可能ではなかつたと考えられる。

そうだとすると、控訴人の前記主張はいずれも理由がなく、控訴人は医療契約不履行に基づく損害賠償の責を免れるものではないというべきである。

4 控訴人は、次に、A子の故意の離脱、自殺という一連の行動により医療契約上の権利を放棄し、前記遺書により慰藉料請求権を含む医療契約不履行に基づく損害賠償請求権を放棄した旨主張する。しかし、原判決認定事実によれば、A子は、控訴人との間に、自らの自殺念慮、自殺傾向消失のための治療と右治療及び自殺防止のための看護を目的とする医療契約を締結したのであり、その離脱、自殺は、その治療、看護が功を奏さずして、A子が依然精神障害中になされたものであるから、これをもつて医療契約上の権利の放棄とみることはできず、前記遺書も、同じくA子が精神障害中に認めたものであり、その内容も前記のとおり損害賠償請求権についてまで触れたものではないから、これをもつて慰藉料請求権を含む医療契約不履行に基づく損害賠償請求権の放棄の意思表示とみることはできない。したがつて被控訴人の右意思表示の取消に関する主張につき判断するまでもなく控訴人の前記主張は理由がない。

5 被控訴人らは、A子の予後は良好であつたはずで同人には過失利益取得の蓋然性は十分にあつた旨主張する。しかし、<証拠>によれば、A子の病状は思春期混乱としては重症であつて、予後は楽観を許さず、通常人として回復し、就労して収入を得る可能性は乏しいことが認められる。成立に争いのない甲第一号証には、A子の病気が思春期における一過性の病態である可能性もある旨の記載があるが、原審証人榎本良広の証言によれば、右記載は単なる可能性を指摘したにとどまり、その蓋然性は乏しいことが認められるから、右記載も前掲認定を左右するものでなく、他に前掲認定を覆し被控訴人らの前証主張を認めるに足る証拠はない。したがつて、被控訴人らの、A子の逸失利益の損害の主張は、そのほかの点について判断するまでもなく理由がない。

6 控訴人は、A子が離脱後自宅に帰らなかつたのは被控訴人らの家庭状況に問題があるからであり、A子の死亡については被控訴人らにも責任がある旨主張する。しかし、被控訴人らの家庭の人間関係などの家庭状況に通常の家庭以上の格別の問題があることを窺わせるような証拠はなく、控訴人の主張は、独自の推測にすぎないものであつて、理由がない。<以下、省略>

(今西道信 仲江利政 露木靖郎)

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