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大阪高等裁判所 昭和56年(ネ)1209号 判決 1982年5月07日

控訴人 国

代理人 原健二 井筒宏成 宮崎正巳 嶋村源 ほか三名

被控訴人 田渕君子

主文

原判決中、控訴人敗訴部分を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  控訴人

主文と同旨の判決

二  被控訴人

「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決

第二当事者の主張及び証拠関係

次のとおり附加するほか、原判決事実摘示と同じであるから、これを引用する(但し、原判決三枚目裏五行目の「のみ」を「のみの」と、同四枚目裏三行目の「告」を「因」と、同五枚目裏一〇行目の「との」を「と」に各改め、同六枚目裏四行目の一(」と、その一二行目の「不知。」との次にそれぞれ「第一一、」を加える。)

一  控訴人の主張

(一)  仮に本件登記簿の登記につき登記官に誤移記があり、被控訴人に幾らかの損害が発生したとしても、右誤移記と損害発生との間に相当因果関係はない。即ち、

1 昭和四二年六月一日の住居表示の実施により、高槻市において富田町という町名は存在しないこととなつた。これは一般に公示され、公知の事実である。従つて、町名変更後の他町の類似地番の土地ないしはその登記と見誤ることはおよそ考えられず、仮に見誤つたとしても、それは本件土地登記の存在とは全くかかわりのない誤信である。

2 矢田富彦(以下、単に矢田という)は、二〇一五番の土地の所在に関連して、昭和四七年六月二九日小林住宅産業株式会社に対し二〇一五番の一の土地上の建物収去土地明渡請求の訴訟を提起したが、昭和四八年一一月頃には証拠調べの結果二〇一五番の土地の不存在が明らかとなり、昭和五一年五月一八日右訴訟を取下げた。同人は本件根抵当権設定契約締結当時二〇一五番の土地が存在しないこと、或いはその所在につき疑問のあることを十分に知りながら、右土地を担保に融資の申入をした。

3 田渕政治が現地で見分した二〇一五番の一の土地の所在は、高槻市寿町二丁目であり、同町名は現地付近に設置されていた表示板等により容易に認識しえた。しかも、右土地上には小林住宅産業株式会社の二階建店舗が存在して盛大に営業していたのであり、その案内された土地は、変形三角形の僅か一三坪(四二・九七平方メートル)ほどの土地にすぎず、同土地は右会社の店舗の入口として植込みがされている場所であつて、到底担保取引の対象となりうべき土地ではなかつた。

4 被控訴人は、公図によつて二〇一五番の土地の有無、位置を確認しなかつたのであり、本件誤信は、専ら被控訴人の責に帰すべき事由によるものである。

(二)1  原判決添付約束手形目録一、二の手形と同三ないし八の手形とは、その手形番号、金額欄、支払期日欄の各記載方法及び裏書人の関係から、明らかに別個に振出された手形であり、特に、右一、二の手形は被控訴人が満期後に取得した不渡手形である。従つて、右一、二の手形は矢田に対する貸金の分割支払とは無関係である。

2  仮に右三ないし八の手形が貸金の分割弁済のための手形であるとしても、右三、六の手形額面金額の内各三〇万円及び右四、五、七の手形金は利息分であるから、これを控除すると、貸付残元金は最高限五〇〇万円である。

3  本件における被控訴人の損害の範囲は、被控訴人の現実の支出額又は存在したならば得られたであろう目的不動産の担保価値のいずれか低い方を限度とすべきである。右担保価値は、右土地が更地としても、面積、地形から処分価値は殆どなく、そのうえ、地上建物の利用権により制限されて、極めて乏しい。

二  被控訴人の主張

(一)  土地登記簿の存在は、それに対応する土地の存在を公証する機能を有するものであつて、特別の事情がない限り、登記簿上に存在する土地の不存在を疑うことはない。被控訴人が矢田、大田らの指示により二〇一五番の一の土地を本件登記簿に対応する土地と信じたことはやむをえない。

(二)  原判決添付約束手形目録一、二の手形の受取人名義となつている平尾繁次は架空人であつて、同人名義で被控訴人が取立に回したものであり、満期後に取得したのではない。

(三)  控訴人主張の手形が利息分であることは否認する。被控訴人は矢田に対し、右目録一、二の手形金合計額二六〇万円を昭和四九年五月以降満期までに、同目録三ないし八の手形金合計額六五〇万円を同年七月末以降同年中に、それぞれ貸付けた。

三  証拠 <略>

理由

一  大阪法務局高槻出張所に本件登記簿が存在すること及び同登記簿が昭和三〇年二月一〇日登記官において旧登記簿から移記して作成されたことは、当事者間に争いがない。

そこで、本件登記簿が作成された経緯について検討する。

<証拠略>を総合すると、

1  明治三六年五月一二日三島郡富田村字北ノ畑二〇一五番田一反一二歩の登記簿が作成されたが、昭和一五年一〇月九日同土地は二〇一五番の一の土地と同番の二の土地とに分筆され、同番の一の土地は行政区画の変更により高槻市富田町二〇一五番の一、次いで同市寿町二丁目二〇一五番の一宅地一五七・二八平方メートルになつた。右分筆以後は、三島郡富田村(後の高槻市富田町)区域には二〇一五番の土地及びその登記簿は存在しなくなつた。右二〇一五番の土地は元高井伊三吉の所有であり、また、地積からみて、本件登記簿の表示する二〇一五番の土地とは全く別の土地である。

2  「三島郡富田村字浦町二二七五番宅地二六坪(八五・九五平方メートル)、所有者矢田清造、明治二三年八月一八日譲与、所有者矢田由松、昭和三六年五月一五日家督相続による保存、所有者の住所富田町二二七五、所有者矢田富彦」と記載のある土地台帳が存在し、これに対応する右土地の旧登記簿が存在した。

3  昭和三六年頃右土地について登記簿が存在せず、新たに同年五月一五日所有者を矢田富彦とする所有権保存登記がなされた。

4  本件登記簿表示の二〇一五番の土地は、昭和四三年一一月になつて、初めて土地課税台帳に登録され、昭和四四年から課税されることになつた。

5  本件登記簿上の所有者矢田富彦は、同登記簿表示の土地は前記1の二〇一五番の一の土地の一部であると主張して、昭和四七年六月、二〇一五番の一の土地所有者を相手方として建物収去土地明渡請求の訴訟を提起したが、右二〇一五番と二〇一五番の一の土地とは、前記1のように全く別個の土地であり、右矢田は昭和五一年五月右訴訟を取下げた。

6  大阪法務局備付の土地台帳附属地図に富田町二〇一五番の土地の記載はない。

以上の事実が認められ、他に右の認定を左右する証拠はない。なお、前記3の二二七五番の土地の所有権保存登記をする際、担当登記官が同番の旧登記簿を調査し、同登記簿が存在しなかつたことを認めうる証拠はない。

右の認定によれば、本件登記簿と二二七五番の登記簿とは、地積、所有名義人、矢田由松の所有権取得年月日が一致しているのであり、その点と右各認定事実とを総合すると、本件登記簿に対応する土地は現実には存在せず、登記官が昭和三〇年二月一〇日二二七五番(当時の記載では弐千弐百七拾五番)の土地の旧登記簿から移記する際、誤つて「弐百七」の三文字を脱落させ、二〇一五番(当時の記載では弐千拾五番)と移記して本件登記簿が作成されたと推認するのが相当である。他に右作成を合理的に説明することができない。

二  本件登記簿に本件各根抵当権設定登記がなされていることは、当事者間に争いがない。しかし、被控訴人が矢田富彦との間で右根抵当権設定契約を締結し、被控訴人主張の手形貸付をしたかについてみるに、<証拠略>によると、被控訴人の子田渕政治は、対税上、被控訴人の名義を借用し、矢田富彦との間において右根抵当権設定契約を締結したうえ、手形貸付をしたことが認められ、右認定に反する原審証人田渕政治の証言(第二回)及び当審における被控訴人本人尋問の結果は、前記証拠に対比して措信できず、他に右認定を左右する証拠はない。

右認定によれば、真実の右根抵当権設定者及び手形貸付者は右田渕政治であるというべきであるから、被控訴人が右根抵当権設定契約をしたうえ、手形貸付をなし、被控訴人に損害が発生したとする被控訴人の主張は理由がない。

三  のみならず、仮に被控訴人が矢田富彦との間において右根抵当権設定契約を締結し、手形貸付をしたものであるとしても、被控訴人主張の損害と本件登記簿の存在との間には、次の理由により、相当因果関係がない。

不動産の取引には登記簿の記載を一応真正なものと信ずるのが通常であるから、特別な事情のない限り、本件登記簿を閲覧した者は、同登記簿に記載されたとおり、高槻市富田町二〇一五番に矢田富彦所有の宅地八五・九五平方メートルが存在すると信ずるのは当然である。しかし、<証拠略>によると、田渕政治は同人の下請の仕事をしていた大田正善から本件登記簿の謄本を受け取り、同人に高槻市寿町二丁目二〇一五番の一宅地一五七・二八平方メートル、所有者小林住宅産業株式会社の土地に案内されたところ、同土地には右会社の営業所が建築されていて、同会社が同所で営業していたにも拘らず、右田渕は右会社に右土地の地番等を問い合わせることもなく、簡単に右大田の言を信用して、同所を本件登記簿に対応する土地と考え、同土地は手形貸付債権を担保する価値があると判断して本件根抵当権を設定し、矢田に対し手形貸付をしたことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

右によれば、右田渕は本件登記簿に記載された二〇一五番の土地を見分したのではなく、それと異なる二〇一五番の一の土地を見分したのであり、しかも、公図上二〇一五番の土地の記載もなく、前記二〇一五番の一の土地の状況からして、同土地と二〇一五番の土地とを混同しやすい状況にもなかつたから、高槻市富田町二〇一五番の土地に矢田所有の宅地八五・九五平方メートルが存在すると信ずることと、右地番と別個の地番の土地を矢田の所有地であると信ずることとの間には直接の関係はなく、また、別個の地番の土地を右二〇一五番の土地と誤信したのは全く右田渕らの責によるものであつて、本件登記簿の記載とは直接の関係がない。従つて、本件登記簿の存在と右田渕が二〇一五番の一の土地に手形貸付債権を担保する価値があると判断して矢田に手形貸付をしたこととの間には相当因果関係がない。

四  そうすると、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人の本訴請求は失当であるから、原判決中、これを一部認容した部分を取消して被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂上弘 大須賀欣一 吉岡浩)

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