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大阪高等裁判所 昭和56年(ネ)1354号 判決 1983年5月27日

控訴人

株式会社壺阪観光

右代表者代表取締役

西川利三

右訴訟代理人弁護士

清水伸郎

被控訴人

菊谷清

被控訴人

岡嶋寛

被控訴人

村山正志

被控訴人

前川茂幸

右四名訴訟代理人弁護士

坂口勝

松岡康毅

吉田恒俊

西田正秀

佐藤真理

主文

一  原判決主文第一項中、被控訴人岡嶋寛に関する部分を取り消す。

二  被控訴人岡嶋寛の請求を棄却する。

三  原判決主文第一、二項中、被控訴人菊谷清、被控訴人村山正志、被控訴人前川茂幸に関する部分を次のとおり変更する。

1  控訴人は被控訴人菊谷清、被控訴人村山正志、被控訴人前川茂幸に対し、別紙「裁判所の認容する未払割増賃金額」の各被控訴人対応欄記載の金員を支払え。

2  右被控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用のうち、控訴人と被控訴人岡嶋寛との間に生じた分は第一、二審とも同被控訴人の負担とし、控訴人とその余の被控訴人らとの間に生じた分は第一、二審を通じこれを三分し、その一を控訴人の、その余を同被控訴人らの各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決中、被控訴人らの請求に関する控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人らの請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

旨の判決。

二  被控訴人ら

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

との判決。

第二当事者の主張

一  被控訴人らの請求原因

1  控訴人は、タクシー及び観光バスによる旅客運送事業を営んでいる会社であり、被控訴人らは、それぞれ別表(略)(二)のうち「入社年月日」欄記載の年月日に控訴人に雇用され、控訴人の車輛の運転業務に従事してきたものである。

2  控訴人における勤務体系及び所定労働時間は、日曜祭日を問わず左記の繰返しであり、控訴人は被控訴人らに対し、毎月五日限り、前月一日から末日までの賃金を支払っていた。

第一日目 勤務日 午前八時から午後五時まで(うち一時間は休憩)

第二日目 勤務日 午前九時から午後六時まで(うち一時間は休憩)

第三日目 非勤務日 (いわゆる「明け番」)

3  そして、右所定労働時間を超える時間外労働(ただし、次の深夜労働を除く。)及び午後一〇時から午前五時までの深夜労働に対しては、労働基準法(以下「法」という。)三七条一項の規定により、時間外労働及び深夜労働に対する各割増賃金が支払われなければならないが、右各割増賃金の算定に当っては、皆勤手当(月額五〇〇〇円)、家族手当(月額三〇〇〇円)、通勤手当(月額三〇〇〇円)及び乗客サービス手当(月額五〇〇〇円)の諸手当を各月の固定給部分の賃金額に、また特別報奨金(月額一万円)を各月の歩合給部分の賃金額にそれぞれ算入して計算されなければならない(以下、これを「正当な算定方法」ともいう。)。

4  しかるに、控訴人は、右各割増賃金の算定に当って、皆勤手当を除くその余の右諸手当及び特別報奨金の算入をしないでこれを算定し、被控訴人らに支給してきたもので、被控訴人らが入社してから昭和五三年八月分までの正当な算定方法による割増賃金と控訴人の支給したそれとの差額すなわち未払割増賃金を各月ごとに算出すると、別表(一)の「被控訴人請求未払賃金」欄記載のとおりであり、その合計額(ただし、被控訴人菊谷清、同岡嶋寛についてはその内金)はそれぞれ別表(二)の「時間外・深夜労働に対する割増賃金未払額」欄記載のとおりとなる。

5  そして、法一一四条は、裁判所は法第三七条の規定に違反した使用者に対して、労働者の請求により使用者が支払わなければならない金額についての未払金の外、これと同一額の附加金の支払を命ずることができる。ただし、この請求は、違反のあった時から二年以内にしなければならない旨規定しているところ、前記3、4の次第で控訴人が法三七条に違反していることは明らかである。

6  よって、被控訴人らはそれぞれ、(一)控訴人に対し、別表(二)の時間外・深夜労働に対する割増賃金未払額欄記載の各未払割増賃金(ただし、被控訴人菊谷清と同岡嶋寛については別表(一)の各請求未払賃金の内金)の支払を求め、(二)裁判所に対し、法一一四条に基づき、本訴の提起日である昭和五四年四月二三日から二年前以降である昭和五二年五月(ただし、被控訴人岡嶋寛については同年六月)から昭和五三年八月までの期間につき、その間の未払割増賃金と同額の別表(二)の「命ぜられるべき附加金額」欄記載の各附加金(ただし、被控訴人菊谷清と同岡嶋寛については内金)について支払命令の発令を請求する。

二  控訴人の、請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、控訴人が被控訴人らに対し毎月五日限り前月一日から末日までの賃金を支払っていたことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同3、4の事実は認める。

4  同5の主張は争う。

法一一四条の附加金制度は、同条所定の違反に対する一種の制裁たる性質を有し、これによって同法条所定の未払金の支払を確保しようとするものであるから、同法条の附加金支払の義務は使用者が未払金を支払わない場合に当然発生するものではなく、裁判所がその支払を命ずることにより使用者の附加金支払の義務が発生するもので、その前に未払金が支払われれば、たとえそれが訴提起後であっても、附加金支払義務はなく、裁判所も支払を命ずることはできないものと解すべきところ、後記抗弁2のように、控訴人の被控訴人らに対する昭和五二年五月から同五三年八月までの未払割増賃金はすでに弁済又は弁済供託と還付によって支払済みであるから、被控訴人ら主張の附加金支払の義務はない。

三  控訴人の抗弁

1  未払割増賃金請求権の時効消滅

被控訴人らの本訴未払割増賃金請求中、本訴が提起された昭和五四年四月二三日から二年前の昭和五二年四月以前の分は、法一一五条所定の時効によって消滅しているから、控訴人は本訴において時効を援用する。

2  未払割増賃金の弁済又は弁済供託

控訴人は昭和五五年一〇月一七日から同五六年二月二三日までの間、被控訴人ら請求の本訴未払割増賃金中、昭和五二年五月から同五三年八月までの分について、各被控訴人に対し左記金員を弁済供託又は弁済提供したところ、各被控訴人は右弁済供託金についてはその還付を受け、弁済提供金についてはこれを受領した。

被控訴人菊谷清 金二一万〇三四九円

同岡嶋寛 金二〇万〇八九六円

同村山正志 金二〇万九〇二一円

同前川茂幸 金七万八三四八円

四  被控訴人らの、控訴人の附加金の主張についての反論と抗弁に対する認否

1  附加金の主張についての反論

附加金の支払に関しては、画一的に断定するのは相当でなく、その支払を命ずるべきか否かは、附加金支払義務発生後に未払金の支払があった場合においても、それまでの未払金不払に関する使用者の過失の有無、労働者から未払金支払請求があった場合における支払の遅速、労働者が裁判手続を取らざるをえない程使用者が不誠意であったかどうか、あるいは訴提起後の使用者の応訴態度等を総合的に判断して、個々のケース毎に裁判所がこれを決するのが、最も合理的であるというべきところ、本件においては、本訴提起後に未払金の支払がなされてはいるが、控訴人の態度は、次のとおり終始誠意がなく悪質でさえあるので、附加金の支払が命ぜられるべきである。

(一) 前記のように、控訴人は誤った割増賃金算定をなし、被控訴人らは、入社以来過少の賃金を支給されてきたのであるが、その責任は一に控訴人にあること。

(二) 被控訴人らは、控訴人の右賃金算定の誤りにより、入社以降多大の損害を被っているが、逆に、控訴人は同額の利益を得ていること。

(三) 被控訴人らは昭和五三年八月二三日以降、本件訴訟を提起するまでの間、控訴人に対し、割増賃金の算定を正しいものに改めて未払割増賃金を支払うよう再三再四請求してきたが、控訴人は全く誠意を示さなかったこと。

(四) そこで被控訴人らは、やむを得ず、本訴を提起したのであるが、控訴人は右提訴後においても全く反省の態度も誠意も示さず、逆に、その後取下げはしたが、全従業員中被控訴人らだけを相手に過払金返還請求訴訟さえ提起したこと。

(五) 控訴人は、労働基準局に対する照会によって、控訴人の割増賃金算定方法は誤りであることが明確になったにもかかわらず、なお被控訴人らに未払割増賃金の支払をしなかったこと。

(六) 原審裁判所の賃金台帳の提出命令にもかかわらず、控訴人は訴訟の最終段階まで右命令に従わず、また、やっと提出した賃金台帳も被控訴人ら入社以降の賃金台帳ではなく、一定期間のそれにすぎず、控訴人は未だに裁判所の右提出命令を完全には履行していないこと。

(七) 控訴人は、本件訴訟で敗訴することが確定的になった段階で、附加金支払を免れんがために、やっと一部の未払金を供託したこと。

(八) 更に控訴人は、原審で敗訴した後も、被控訴人らに対して昭和五二年四月以前の未払金の支払をしていないこと。

(九) そのため、被控訴人らは訴訟遂行のためになお相当額の出費をしていること。

2  抗弁に対する認否

(一) 抗弁1の主張は争う。

(二) 同2の事実は認める。

五  被控訴人らの再抗弁

1  時効援用権の濫用

控訴人は、前記のとおり割増賃金の算定方法を誤り、これに基づいて過少の割増賃金しか支払わないでおいて、被控訴人らから本訴で未払割増賃金の請求をされると、控訴人抗弁のように右請求権の時効消滅を主張するのは、時効制度を悪用するものであり、時効援用権の濫用であって許されない。

2  時効の中断

(一) 被控訴人菊谷清はつぼさか観光労働組合(以下「組合」ともいう。)の副執行委員長、同岡嶋寛は同執行委員長、同村山正志は同組合員、同前川茂幸は同書記長であったが、被控訴人らは昭和五三年八月二三日控訴人との団体交渉の席上で、同人に対し口頭で、家族手当、通勤手当、乗客サービス手当、特別報奨金の各手当を基礎賃金に算入した正当な算定方法による割増賃金計算のやり直しと未払分の支払を請求したところ、控訴人は右請求を承認して同年九月分から新賃金体系を採用した。従って、本訴請求にかかる未払割増賃金請求権の消滅時効は、右承認によって中断している。

(二) 被控訴人岡嶋寛は、組合執行委員長として、組合員である被控訴人ら全員の利益のために、昭和五三年一〇月二五日付、同日控訴人に到達の要求書をもって、未払割増賃金を同年一一月末日までに支払うよう催告した。よって、控訴人主張の消滅時効は同日限り中断している。

(三) 控訴人は、昭和五三年一一月中旬ころ、被控訴人らの申入を容れ、未払割増賃金の清算として一人あたり三万円の支払を約し、被控訴人らに対し未払割増賃金の支払義務を承認した。よって、控訴人主張の消滅時効は同日限り中断している。

六  控訴人の、再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の主張は争う。

2(一)  同2の(一)の事実中、控訴人が被控訴人ら主張のころ賃金体系を改めたことは認めるが、その余は争う。

控訴人が賃金体系を改めたのは、昭和五三年度の賃上げにあたり、ベースアップの制度慣行を採用するために賃金体系全体を改正して、賃金規則を簡素化し、従前の累進歩合制を縮小することによって労働強化を未然に防止すること等の目的によるものであって、債務を承認した結果ではない。

(二)  同(二)の事実中、被控訴人岡嶋寛の要求書が控訴人に到達したことは認めるが、それが組合執行委員長として被控訴人ら全員の利益のためになされたことは否認し、主張は争う。

そもそも、つぼさか観光労働組合は、独自の規約、独自の執行機関を持ち、統一的意思形成をなしうる組織体としての労働組合ではなかったし、また、右組合が組合員である被控訴人らの本訴請求権行使の代理権を受権していた事実もない。のみならず、右要求書では本訴未払割増賃金の催告としてはその特定に欠けている。

(三)  同(三)の事実も否認する。

控訴人は、当時においては、被控訴人ら主張の割増賃金算定方法を争っており、未払割増賃金の存在を肯定するような態度に出ていないばかりか、むしろ過払金の返還を被控訴人らに請求していたほどである。

第三証拠関係(略)

理由

第一未払割増賃金の請求について

一  請求原因1の事実、同2の事実中、控訴人が被控訴人らに対し毎月五日限り前月一日から末日までの賃金を支払っていたことは当事者間に争いがなく、原審における被控訴人前川茂幸本人尋問の結果(第一回)によれば、同2のその余の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はなく、同3、4の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、控訴人の消滅時効の抗弁について判断するに、前記当事者間に争いのない事実によれば、控訴人は被控訴人らに対し、毎月五日限り前月一日から末日までの賃金を支払っていたものであり、従って各月の賃金債務の弁済期は当該月の翌月五日であったというべきであるから、法一一五条により、各月の賃金請求権は各弁済期である当該月の翌月五日から二年間その行使をしない場合には時効によって消滅するものというべきであり、このことは、本件のごとく各月の賃金の一部に未払金のある場合における当該未払金請求権についてもその理を異にするものではない。

そうすると、被控訴人ら主張の本件未払割増賃金請求権のうち、本訴提起の昭和五四年四月二三日より二年さかのぼった昭和五二年四月二四日以前に弁済期の到来する昭和五二年三月分以前のものは他に再抗弁事由のない限り、二年の時効によって消滅する筋合というべきである。

三  よって次に、被控訴人らの時効援用権濫用の再抗弁について検討するに、被控訴人らはその主張のごとき理由で、控訴人の消滅時効の援用は時効援用権の濫用である旨主張するけれども、法一一五条は賃金等の未払がこれを支払うべき者の責によるものかどうかにかかわりなく、一律に一定期間の不行使による請求権の消滅を定めているのであるから、被控訴人ら主張の割増賃金の未払がその主張のように控訴人の算定方法の誤りによるものであるとしても、これをもって控訴人の右時効の援用が時効援用権の濫用とまではいえないし、他にこれを肯認するに足りるほどの事由も認められないから、右再抗弁はこれを容れることができない。

四  そこで次に、被控訴人らの昭和五三年八月二三日の控訴人の債務承認を事由とする時効中断の再抗弁について判断する。

1  (証拠略)を総合すれば、

(一) 控訴人には昭和五三年当時十数名の運転手が勤務していたが、その中から労働組合結成の動きが起り、同年七月二九日の労働組合結成大会においてつぼさか観光労働組合が結成され、被控訴人らを含む右運転手ら約一〇名はいずれもその組合員となり、執行委員長に被控訴人岡嶋寛、副執行委員長に同菊谷清、書記長に同前川茂幸が選任され、組合規約も作成されて、同日右執行委員長名で控訴人に対し組合結成通知書が交付されたこと、

(二) 右組合は、同年八月上、中旬ころ、控訴人が従来時間外、深夜労働に対する割増賃金の算定方法について被控訴人ら主張のような誤りを犯していたことを知り、葛城労働基準監督署係官の意見も聴いたうえ、同月二三日被控訴人らも出席して開かれた控訴人との第一回団体交渉において、控訴人の右誤りを指摘し、割増賃金計算のやり直しと、正当な算定方法に基づく割増賃金と控訴人の支給したそれとの差額すなわち未払金(組合員らの過去の給料明細書がそろわないため、右未払金の正確な金額の算出はできていなかったが、一人当り月額平均一万円前後であることは組合員らにも判明していた。)の支払方を要求したこと、

(三) 控訴人は、組合の右要求に応じなかったが、折から控訴人も累進歩合給制度の緩和、賃金改訂、賃金規則の簡素化等を目的として、同年九月分以降の賃金体系の改正を企図していたので、組合及び全従業員の同意を得て同月分からこれを実施したが、右新賃金体系における時間外、深夜労働に対する割増賃金の算定方法には正当な算定方法が採用されていること、

(四) ところが、控訴人はその後も組合の前記要求に応じないため、被控訴人らを含む組合員らは協議の結果、組合執行委員長名で控訴人に要求書を提出することになり、被控訴人岡嶋寛において昭和五三年一〇月二五日、組合執行委員長岡嶋寛名義の控訴人あて同日付要求書を控訴人に提出した(被控訴人岡嶋寛名義の要求書が控訴人に到達したことは当事者間に争いがない。)が、右要求書の主題の冒頭には「貴社の過去における給料計算に誤があるので訂正し差額を支払われたい。1 昭和五一年八月以降の給料計算について、残業手当計算の基礎に家族手当、通勤手当、サービス手当を算入して計算すること。(中略)3 皆勤手当の支給方に誤があるので再計算の上差額を支払うこと。(後略)」との記載があり、また、右3についての事由の説明欄中に「(前略)よって昭和五三年八月以前に「欠勤」として皆勤手当の減額(不支給を含む)をうけた者について、その者が、その時点で「年休」を保有していた場合は、その「欠勤」を「年休」として「平均賃金」を支払い、皆勤手当を復活し、「残業手当」を再計算すること。この場合付随的に支給されないことになった「サービス手当」及び「特別報奨金」は当然支払うべきである。」との記載があること、

(五) その後、組合と控訴人との団体交渉は決裂したため、被控訴人らは昭和五四年四月二三日に本件未払割増賃金等の支払を求めて本訴を提起したこと、

が認められ、(証拠判断略)、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  そして、右認定の事実関係によれば、控訴人は昭和五三年九月分から正当な算定方法に基づく新賃金体系を採用しており、それが過去の未払割増賃金請求を意識したうえでなされたであろうことも推認できなくはないけれども、将来に向けての賃金体系の改正、賃金算定方法の是正と過去の未払賃金債務の承認とはおのずから別個の問題であって、右新賃金体系の採用をもって直ちに過去の未払割増賃金債務の承認と同視するのは早計にすぎるものというべきであるし、他に被控訴人ら主張の債務承認の事実を肯認するに足りる証拠もないから、被控訴人らの右再抗弁も失当たるを免れない。

五  よって更に、控訴人らの支払催告による時効中断の再抗弁について検討するに、前記四の1で認定の事実関係によれば、組合執行委員長岡嶋寛名義の控訴人あて昭和五三年一〇月二五日付要求書の提出によって、同日被控訴人らの控訴人に対する本件未払割増賃金の支払催告があったものと認めるのが相当というべきところ、右催告後六か月以内に本訴請求がなされていることは本件記録上明らかであるから、右催告のなされた昭和五三年一〇月二五日の時点において本件未払割増賃金請求権についての消滅時効は中断しているものというべきである。

そうすると、右催告の時点から二年さかのぼって昭和五一年一〇月二五日以降に弁済期の到来する同年同月分以降の未払割増賃金請求権についてはいまだ時効消滅しておらず、控訴人はその支払義務を免れることはできないものというべきである。

六  次に、控訴人の弁済又は弁済供託の抗弁について判断するに、同抗弁事実は当事者間に争いがないから、被控訴人らの昭和五二年五月分から同五三年八月分までの未払割増賃金債務はすべて消滅したものといわなければならない。

七  そうすると、控訴人は被控訴人岡嶋寛を除くその余の被控訴人らに対しては、それぞれ別表(一)の「被控訴人請求未払賃金」欄記載の昭和五一年一〇月から同五二年四月までの未払賃金の合計額である別紙「裁判所の認容する未払割増賃金額」記載の各未払割増賃金を支払うべき義務を有するが、被控訴人岡嶋寛に対しては未払割増賃金の支払義務はないものというべきである。

よって、同被控訴人を除くその余の被控訴人らの控訴人に対する本訴未払割増賃金請求は控訴人の右義務のある限度においては理由があるからこれを認容すべきであるが、同被控訴人らのその余の部分及び被控訴人岡嶋寛の控訴人に対する本訴未払割増賃金請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべきである。

第二附加金の請求について

一  控訴人が被控訴人らに対し、いずれも昭和五二年五月から同五三年八月までの期間について、それぞれ別表(二)「被控訴人請求未払賃金」欄の右該当期間欄記載どおりの未払割増賃金債務を負担していたことは当事者間に争いがなく、それが控訴人の法三七条に違反するものであることも明らかである。

二  ところで、法一一四条の附加金支払義務の発生時期に関しては、附加金の法的性質とも関連して諸説があり、議論の存するところであるが、同法条の附加金制度は、要するところ同法条所定の未払金の支払を確保しようとするものと解すべきであるから、同法条の附加金の支払義務は、使用者が右未払金を支払わない場合に当然発生するものではなく、労働者の請求により裁判所がその支払を命ずることによってはじめて発生するものと解すべきである。従って使用者に法三七条の違反があっても、附加金の支払を命ずる判決があるまでに未払金の支払を完了し、その義務違反の状況が消滅したときには、もはや、裁判所は附加金の支払を命ずることができなくなるものと解するのが相当というべきである(最高裁判所昭和三五年三月一一日判決・民集一四巻三号四〇三頁、同昭和五一年七月九日判決・裁判集民事一一八号二四九頁参照)。

そうすると、控訴人は被控訴人らに対し、本訴提起後ではあるにせよ、原裁判所がその支払を命ずるまでに前記のようにすでに昭和五二年五月から同五三年八月までの未払割増賃金の支払を完了しているのであるから、控訴人の法三七条違反の状態はすでに消滅したものというべく、従って裁判所は、被控訴人らが附加金の支払が命ぜらるべき事由として主張する諸事情とはかかわりなく、もはや右未払割増賃金に対する附加金の支払を命ずることはできないものというべきである。

三  してみれば、被控訴人らの本訴附加金支払命令の請求はいずれも理由がなく棄却を免れない。

第三結論

以上の次第であってみれば、右判断と異なる原判決主文第一、二項は一部失当であり、本件控訴は一部理由があるので、原判決主文第一、二項中、被控訴人岡嶋寛を除くその余の被控訴人らに関する部分を右のとおり変更し、同主文第一項中被控訴人岡嶋寛に関する部分を取り消して同被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 島﨑三郎 裁判官 高田政彦 裁判官 古川正孝)

別紙 裁判所の認容する未払割増賃金額

<省略>

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