大阪高等裁判所 昭和56年(ネ)1498号 判決 1982年6月09日
控訴人(附帯被控訴人)
山田猪三郎
右訴訟代理人
北方貞男
被控訴人(附帯控訴人)
安倍四郎太夫
被控訴人(附帯控訴人)
村上ヒロ
右両名訴訟代理人
原田昭
丸山富夫
池田隆行
主文
本件控訴及び本件各附帯控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)らに対し金三二七万五一九六円を支払え。
被控訴人(附帯控訴人)らのその余の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じこれを六分し、その一を控訴人(附帯被控訴人)の負担、その余を被控訴人(附帯控訴人)らの負担とする。
本判決は被控訴人(附帯控訴人)ら勝訴部分に限り仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一被控訴人らが本件土地を持分各二分の一で共有していること、賃貸借の始期の点及び賃貸借土地が本件土地の全部か一部かの点はさておき被控訴人らが控訴人に対し本件土地を賃貸し控訴人がこれを占有していること、賃料は昭和四九年八月三〇日から一か月3.3平方メートル(以下便宜坪をもつて表示する)あたり二四〇〇円であり毎年四月と一〇月の各末日に六か月分前払をする約定であることは、当事者間に争いがなく、右争いのない事実と、<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。
被控訴人らの先代安倍六一郎は、昭和二〇年ごろ控訴人に対し本件土地の従前土地神戸市生田区中山手通一丁目一〇九番地の三宅地一五〇坪二三(496.62平方メートル)のうち六三坪を堅固でない建物の所有を目的として賃貸し、被控訴人らは、その後安倍六一郎の死亡に伴い相続により右土地の賃貸人の地位を承継し、また控訴人が右土地の一部を他に転貸していることを承諾していたが、昭和四七年一二月五日神戸市の土地区画整理事業の施行に伴い本件土地の従前土地のうち従来他に不法占有されていた4.36坪を含め本件土地の従前土地の一部67.36坪(222.67平方メートル)に対し本件土地の仮換地50.52坪(167.03平方メートル)が仮換地として指定されたのを機会に、前記従前土地の賃貸借契約を合意解除し、あらためて右仮換地全部を今度は堅固な建物の所有を目的とし従来の転借人に対する転貸は引続き承諾することとして賃貸することとし、昭和四九年八月三〇日控訴人から更新料として一坪あたり四〇万円合計二〇二〇万八〇〇〇円、敷金として一坪あたり一八万円合計九〇九万三六〇〇円の各金員を受領したうえで、控訴人に対し、転貸借部分を含め本件土地の仮換地全部50.52坪を、(1)堅固な建物の所有を目的とし、賃貸期間は四〇年、(2)賃料は一か月一坪あたり二四〇〇円とし、毎年四月と一〇月の各末日に六か月分前払をする、(3)賃料増額方法(イ)公租公課の増徴あるときはその増徴率にスライドして賃料の値上げ率の決定を行いその年度より賃料の値上げを行う、(ロ)その他著しい物価の上昇、地価の高騰、近隣地の繁栄等経済事情の変動あるときは賃貸人、賃借人協議の上賃料の改訂を行う等の約定で賃貸した。そして、控訴人は、本件土地の仮換地のうち別紙図面表示「58m262」とある部分を自ら直接占有使用し、同図面表示「42m294」とある部分は訴外全泉生に、「31m280」とある部分は訴外中川泰子に、「33m265」とある部分は訴外南条房枝にそれぞれ転貸し間接占有している。
以上の事実を認めることができ<る。>
二ところで、被控訴人らは、本件土地賃貸借契約中の前記(3)(イ)の約定は公租公課の増徴があればその年度の賃料は公租公課の増徴率にスライドして自動的に増額されるとする約旨(スライド特約)であり、本件土地の賃料は賃貸借契約締結後の公租公課の増徴のため右スライド特約により昭和五〇年ないし昭和五五年の各四月一日公租公課の増徴率と同率で当然増額された、と主張する。
しかし、(一)前記(3)(イ)の約定は、賃料の値上率の決定なるものが賃貸人の一方的な決定を指すのか賃借人との合意による決定を指すのか定かでないような表現となつているばかりでなく、増額の時期が明確でなく、別に(3)(ロ)の約定があるため当該年度の賃料増額が果して(3)(イ)の約定によるべきものか(3)(ロ)の約定によるべきものか必ずしも明らかでないことになるのであつて、これらの点からすると、本件約定は文言上当然賃料の自動改訂の特約であるとまでは解釈し難い。(二)実質的にみても、前記(3)(イ)の約定が賃料の自動改訂の趣旨であるとするならば、現在の制度上公租公課の決定時期は必ずしも一定せず、かつ増加の率は年度により一様でないから、賃借人は賃料の増額の時期及び額を容易に知ることができず、場合によつては知らない間に債務不履行の状態に置かれることもありうるわけであつて、これらは法律関係の安定、明確を害し、契約一般における当事者の合理的意思にそぐわない面があり、公租公課の増徴が判明すればその年の四月一日に遡つて賃料が増額改訂されるとすることも、借地法一二条の趣旨に照らして妥当でない。(三)公租公課の増徴は、地価の騰貴に基因することが少なくないとはいえ、課税方式の変更や不動産評価方法の変更によつても行われることがあるから、賃料の増額率を公租公課の増徴率と同率とすることは、時には当事者の予期しない不当な結果が生じ得る。(四)<証拠>によれば、現実にも、本件訴訟の提起前においては、控訴人はもちろん被控訴人らにおいても、公租公課の増徴率としては、それまでの公租公課の増徴にみられた程度の率、すなわち、地価の騰貴をある程度反映してはいるがその騰貴率には及ばない程度のものを予定していたもののように認められるのである。以上の諸点を考慮すれば、前記(3)(イ)の約定は、被控訴人らが主張するような賃料の自動改訂の特約ではなく、借地法一二条による賃料増額請求がなされるべきことを前提としそれによる相当賃料額の一応の算定基準を定めたにすぎないものと認めるのが相当である。
そうだとすれば、本件土地の賃料は、被控訴人らが主張するように自動的に増額されたとすることはできず、その増額については借地法一二条の適用があるものというべきであるから、控訴人が従前賃料を支払つていることを被控訴人らが自認している以上、控訴人には賃料不払の債務不履行はないものといわなければならない。
三控訴人と第一審被告山田広彦とが本件土地上の別紙第二目録記載の建物を控訴人の持分五分の四、山田広彦の持分五分の一の割合で共有していることは、当事者間に争いがないところ、被控訴人らは、右が本件土地の無断転貸にあたると主張する。
しかし、仮に右が本件土地の無断転貸にあたるとしても、<証拠>によれば、山田広彦は控訴人の子であり、右建物は本件土地とその西側隣地である控訴人所有土地及び山田広彦所有土地とにまたがつて建つている関係上控訴人と山田広彦とが前記持分の割合で共有することにしただけであつて、本件土地の使用状況は右建物が控訴人の単独所有である場合となんら変りはないことが認められることからすると、背信的行為と認めるに足らない特段の事情があるものと認むべきであるから、無断転貸を理由とする解除権は発生しないものといわなければならない。
四よつて、被控訴人らの本訴請求のうち主位的請求及び予備的請求中賃料の自動改訂を理由とするものは、そのほかの点について判断するまでもなく、理由がなく棄却を免れない。
五そこで、予備的請求中借地法一二条による賃料増額請求にかかるものについて判断する。
<証拠>によれば、被控訴人らは控訴人に対し、昭和五〇年四月一二日付そのころ到達の書面で、本件土地の賃料を同月一日以降一か月一坪あたり二九〇〇円に増額する旨の意思表示(「第一次増額請求」という)をしたことが認められ、被控訴人らが控訴人に対し、本件土地の賃料につき、昭和五一年八月三一日付同年九月一日到達の内容証明郵便で同年四月一日以降一か月一坪あたり三二〇〇円に、昭和五二年四月三〇日付同年五月二日到達の内容証明郵便で同年四月一日以降一か月一坪あたり三五五〇円に、昭和五三年五月一六日付同月一七日到達の内容証明郵便で同年四月一日以降一か月一坪あたり三九〇〇円に、昭和五六年五月一九日付同月二〇日到達の内容証明郵便で昭和五五年四月一日以降一か月一坪あたり七五六二円にそれぞれ増額する旨の意思表示(それぞれ「第二次ないし第五次増額請求」という)をしたことは、当事者間に争いがない。
ところで、賃料増額の意思表示は増額の要件を具備している場合には意思表示が賃借人に到達した日の分から増額の効果を生ずるものと解すべきであり、また賃料増額請求は従前賃料確定後相当期間を経過してはじめてなしうるものと解すべきであるが、第一次増額請求は、本件土地の賃貸借契約締結後七か月余りでされたものであり、第三次増額請求は、第二次増額請求後八か月余りでされたものであつて、あまりに短期間に失し、いずれも従前賃料確定後相当期間経過後にされたものということができないから、その効力を生じないものといわざるをえない。
そこで、第二次、第四次及び第五次各増額請求についてみてみるに、<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 本件土地の従前土地一筆全部(前記一〇九番の三宅地496.62平方メートル)に対する仮換地全部(神戸市生田区生田神社工区三F街区一号地宅地167.03平方メートル及び同街区七号地205.49平方メートル)の固定資産税課税標準額は、昭和四九年度三〇二四万円であつたものが、昭和五一年度六七五〇万八〇〇〇円に、昭和五三年度八八〇二万三〇〇〇円に、昭和五五年度一億〇三五六万三〇〇〇円に、同じく都市計画税課税標準額は、昭和四九年度五四一一万二〇〇〇円であつたものが、昭和五一年度七一五五万円に、昭和五三年度八八〇二万三〇〇〇円に、昭和五五年度一億〇三五六万三〇〇〇円に上昇し、それに伴つて右土地の固定資産税及び都市計画税の合計額も、昭和四九年度五三万一五八〇円であつたものが、昭和五一年度一〇八万八二一〇円(昭和四九年度の約2.05倍)に、昭和五三年度一四九万六三八〇円(昭和五一年度の約1.38倍)に、昭和五五年度一七六万〇五六〇円(昭和五三年度の約1.18倍)に上昇している。
(二) 本件土地の周辺の地価は、昭和四九年を一〇〇とすると、昭和五一年一〇六、昭和五六年149.3に上昇している。
(三) 前記鑑定人は、本件土地の適正賃料を、昭和五一年九月一日現在一か月一六万三〇〇〇円(一坪あたり三二二六円)、昭和五六年五月二〇日現在一か月二七万三〇〇〇円(一坪あたり五四〇二円)と評価している。
(四) 神戸市の消費者物価指数は、昭和四九年を一〇〇とすると、昭和五一年九月一二四、昭和五三年五月一三七である(右は昭和五〇年を一〇〇としたものを換算したものである)。
以上認定の事実からすれば、第二次、第四次及び第五次各増額請求は、いずれも増額の要件を具備したものということができ、したがつて、本件土地の賃料は、右各増額請求の日からそれぞれ相当額に増額されたものということができる。
控訴人は、被控訴人らに対し本件土地の賃貸借契約締結にあたり多額の一時金を支払つたのであるから、相当期間賃料不増額の特約が存するものと推定すべきであると主張する。しかし、前記第一項の認定事実によれば、控訴人が支払つた一時金というのは、従前の堅固でない建物の所有を目的とした賃貸借契約を合意解除しあらためて堅固な建物の所有を目的とする賃貸借契約を締結したことに伴い授受された権利金及び敷金であると認められるから、その授受をもつて直ちに契約当事者間に賃料不増額の特約がなされたものと推認することはできず、他に被控訴人ら、控訴人間に賃料不増額の特約がなされたことを認めるに足る証拠はない。控訴人の右主張は理由がない。
ところで、前記第一項(3)(イ)の約定からすれば、本件賃料相当額の算定にあたつて、公租公課の増徴率が一応第一の基準となるべきこととなるが、前記認定事実によれば、本件土地の固定資産税及び都市計画税の増徴率は本件土地周辺の地価や消費者物価の上昇率に比して著るしく高率であつて、そのままこれによるべきものとすることは相当と解されない。したがつて、前記各増額請求による相当賃料額は、公租公課の増徴率のほか借地法一二条の他の諸契機をも配慮して算定するのが妥当であり、前記第一項の認定事実及び本項(一)ないし(四)の認定事実と前記各増額請求の内容とを総合考量するときは、前記各増額請求による相当賃料額は、第二次増額請求によるものが一か月一坪あたり三二〇〇円計一六万一六六四円、第四次増額請求によるものが一か月一坪あたり三九〇〇円計一九万七〇二八円、第五次増額請求によるものが一か月一坪あたり五四〇〇円計二七万二八〇八円であると確定するのが相当である。
したがつて、本件土地の賃料は、昭和五一年九月一日以降一か月一六万一六六四円に、昭和五三年五月一七日以降一か月一九万七〇二八円に、昭和五六年五月二〇日以降一か月二七万二八〇八円にそれぞれ増額されたこととなるから、昭和五一年九月一日から昭和五六年七月一六日(被控訴人らが本訴において請求する分の最終日)までの総額は次の算式のとおり一〇九四万七一二九円となる。
これに対し、控訴人が本件土地の賃料として昭和五一年九月一日から昭和五二年九月末日までは一か月一二万一二四八円の割合による金員(計一五七万六二二四円)を、昭和五二年一〇月一日から昭和五四年一二月末日までは一か月一三万一三五二円の割合による金員(計三五四万六五〇四円)を、昭和五五年一月一日から同年一二月末日までは計一六一万四一一四円を、昭和五六年一月一日から同年七月一六日までは計九三万五〇九一円を、したがつて以上合計七六七万一九三三円を支払つたことは、被控訴人らの自認するところである。
そうすると、控訴人は被控訴人らに対し、本件土地の昭和五一年九月一日から昭和五六年七月一六日までの間の増額賃料と既払賃料の差額賃料として、右の一〇九四万七一二九円から七六七万一九三三円を差引いた残額三二七万五一九六円を支払う義務を負うものといわなければならない。
よつて、被控訴人らの本訴予備的請求中借地法一二条による賃料増額請求にかかるものは、右金員の支払を求める限度において正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。
六ところで、右未払賃料のうち昭和五四年一二月末日までの分は、次の算式のとおり二〇三万二八五九円である。
したがつて、本件控訴及び本件各附帯控訴は、いずれも一部理由があることとなる。
よつて、本件控訴及び本件各附帯控訴に基づき、原判決を変更し、被控訴人らの本訴請求中主位的請求を棄却し、予備的請求を前項の限度で認容しその余を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条、八九条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(今中道信 露木靖郎 庵前重和)
第一目録、第二目録<省略>