大阪高等裁判所 昭和56年(ネ)190号 判決 1983年1月27日
控訴人 高木修
<ほか六名>
右七名訴訟代理人弁護士 菊池吉孝
被控訴人 北浦昭夫
<ほか一〇名>
右一一名訴訟代理人弁護士 中谷茂
同 山崎容敬
主文
本件控訴を棄却する。
控訴人の当審で拡張した請求を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
第一当事者の求める判決
一 控訴人ら
1 原判決を取消す。
2(一) 被控訴人北浦チサコ、同古木千代子、同北浦昭夫、同北浦孝司、同須山幸枝、同長屋千恵子、同北浦輝美は控訴人らに対し、原判決別紙目録(四)記載の建物を収去して、同目録(一)'記載の土地及び同目録(六)'記載の土地を明渡せ。
(二) 被控訴人有限会社北浦商店は控訴人らに対し、同目録(四)記載の建物から退去して、同目録(二)記載の土地を明渡せ。
(三) 被控訴人株式会社ヤマトは控訴人らに対し、同目録(五)記載の建物を収去して、同目録(三)記載の土地を明渡せ。
(四) 被控訴人吉田清治は控訴人らに対し、同目録(八)、(九)、(一〇)記載の各建物を収去して、同目録(六)'記載の土地を明渡せ。
(五) 被控訴人吉田印刷紙器株式会社は控訴人らに対し、同目録(八)、(九)、(一〇)記載の各建物から退去して、同目録(六)'記載の土地を明渡せ。
(六) 被控訴人北浦チサコ、同古木千代子、同北浦昭夫、同北浦孝司、同須山幸枝、同長屋千恵子、同北浦輝美は控訴人らに対し、各自昭和五〇年三月二五日から同目録(二)記載の土地の明渡に至るまで、各控訴人につき月額一万一〇〇六円ずつを支払え(原審での請求月額は一五七二円)。
(七) 被控訴人株式会社ヤマトは控訴人らに対し、各自昭和五〇年三月二五日から同目録(三)記載の土地の明渡に至るまで、各控訴人につき月額二六三一円ずつを支払え(前同月額三七五円)。
(八) 被控訴人吉田清治は控訴人らに対し、昭和五〇年三月二五日から同目録(六)記載の土地の明渡に至るまで、各控訴人につき月額七二四二円ずつを支払え(前同月額一〇三四円)
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
4 仮執行宣言。
二 被控訴人ら
主文と同旨。
第二当事者の主張
次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 控訴人ら
1 原判決四枚目表一〇、一一行目の「それぞれおおむね区域を同一とする」を削除し、同五枚目表四行目の「(一)及び(六)の土地」の次に「の一部」を加え、同行目の「北浦一郎」とあるを「北浦藤一郎」と訂正する。
2 原判決四枚目九行目の「大阪市長は」から同裏二行目までを「大阪市長は高木門三郎の被相続人高木儀兵衛に対し、昭和二六年五月一四日、同人所有名義の(一)及び(六)の土地に対し(一)'及び(六)'の土地を仮換地として指定し、該指定通知書中に仮換地の使用収益日を通知書到達の翌日からと記載して送付したが、名宛人及び宛先不明のため送達できなかった。そこで、同市長は特別都市計画法施行規則一七条に基づき、同年一〇月四日その要領を告知した。したがって、門三郎は同月五日以後仮換地につき使用収益する権限を取得した。」と改める。
3 (一)及び(六)の土地は本判決別紙図面中赤線で囲んだ部分であり、右土地に対する仮換地は同図面中青線で囲んだ二か所である。従前地に対する仮換地処分は現地仮換地ではない。
4 しかも、門三郎は藤一郎に対し、(一)(イ)、(ロ)及び(六)の各土地の一部を賃貸していたにすぎない。
5 門三郎は、前2記載のとおり、仮換地指定通知書を現実に受領しておらず、昭和二六年一〇月五日以後昭和五〇年ごろ藤一郎との前記賃貸借契約を解除するまでの間、被控訴人ら占有土地((一)'及び(六)'の土地、以下本件土地という。別紙図面青斜線部分)につき仮換地処分がなされていることを知らなかった。賃借人である藤一郎も右同様であったから、未登記借地権の申告をしておらず、したがって、門三郎と藤一郎との間に、被控訴人らの主張するような、仮換地中の本件土地につき、従前地における賃借権と同一内容の使用収益をする旨の黙示的な合意が成立する余地はない。
6 原判決は、藤一郎の吉田長太郎に対する無断転貸ないし無断使用収益権譲渡につき、その解除権行使の消滅時効の起算点を、無断転貸等のなされた昭和二八年五月六日と判断している。しかし、そのように認定するのであれば、転貸等の契約がすべて秘匿され、所定の時効期間経過後初めてこれを明らかにすることにより解除権の行使が阻止されるという不当な結果が生じる。右消滅時効の起算点は門三郎が藤一郎から長太郎に対する転貸等の事実を知り、右に対する反対意見を表明するとか、拒否反応を示した昭和四九年秋というべきである。
7 原審で請求していた賃料相当損害金を、第一の一2(六)、(七)、(八)項記載のとおり当審において一部拡張した。
二 被控訴人ら
1 本件仮換地処分は、いわゆる現地換地であって、異地換地ではない。
2 藤一郎及び門三郎の両名は、仮換地における未登記賃借権の権利申告制度を知らなかったが、仮換地指定当時本件土地が仮換地となったことは充分認識していた。それは、従前地が大阪市長の仮換地指定により、強制的に一部道路となったり、第三者が従前地の一部を使用収益したため従前地の面積が減少した事実を互いに知悉していたことから明らかである。
3 また、門三郎は、仮換地指定後、藤一郎から従前地の賃料と全く同一内容の本件土地の使用収益料を受領し、あるいは、右使用収益料を増額して、藤一郎に対し長期間にわたり本件土地の使用を許容してきたものであって、そのことはとりもなおさず、門三郎と藤一郎との間に、仮換地指定当時、仮換地となった本件土地についても従前地の賃貸借契約と全く同一内容の使用収益をすることができ、かつ本件土地が本換地となったときも引続き、これを賃貸借する旨の合意が成立していたことを示すものである。
4 本件使用収益の解除権は昭和二八年五月六日から一〇年を経過した昭和三八年五月五日をもって消滅時効により消滅している。
5 当審で拡張した賃料相当の損害金請求の主張は争う。
第三証拠《省略》
理由
一 門三郎が原判決別紙目録(一)及び(六)記載の土地を所有していたことは当事者間に争いがない。
右事実に、《証拠省略》を総合すれば、(1) 昭和二六年五月一四日大阪復興特別都市計画事業の施行者たる大阪市長は、特別都市計画法一三条に基づき、(一)及び(六)の土地に対する換地予定地として本判決別紙図面中青線で囲んだ部分を指定した(なお、行政庁が特別都市計画事業として施行していた土地区画整理における換地予定地は、昭和三〇年四月一日の土地区画整理法施行後は同法施行法五条一項、六条により同法による土地区画整理事業上の仮換地とみなされることになったので、以下においてはこれを「仮換地」という。)。(2) (一)及び(六)の従前地とこれに対する仮換地との位置、形状等は、前者は本判決別紙図面中赤線で囲んだ部分であり、後者は同図中青線で囲んだ部分であって、それによって明らかなように、仮換地はその大部分が従前地の範囲内にあるいわゆる現地仮換地であり、仮換地の他の一部は従前地の隣接地にある。(3) 大阪市長は、仮換地指定当時(一)及び(六)の土地の登記簿上の所有者名義が門三郎の亡祖父高木儀兵衛になっていたので、右五月一四日ごろ、登記簿記載の儀兵衛の住所宛普通郵便で、仮換地の使用収益日を指定通知書到達の翌日からと記載した仮換地指定通知書を送付したが、儀兵衛及びその家督相続人である高木熊太郎(門三郎の父)はすでに死亡しており、宛先不明のため右通知書は返送された。(4) そこで、同市長は、昭和二六年一〇月四日、旧特別都市計画法施行規則一七条に基づき右書類を公告した(同規則の準用する旧耕地整理法三五条により、右書類公告の日から二〇日を経過した同月二四日をもって右書類の送付を了したものと看做される)。(5) 右告示により、儀兵衛の承継人であり、かつ、(一)及び(六)の土地所有者である門三郎は、同月二五日以降、本判決別紙図面中仮換地表示該当部分の使用収益権を取得した。(6) 門三郎は昭和五四年八月一〇日死亡し、控訴人らがその共同相続人となった。以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。
二 一方、《証拠省略》を総合すれば、(1) 門三郎は、仮換地指定前の昭和二一年ごろ北浦藤一郎に対し、(一)のイ、ロ及び(六)の土地の一部を建物所有の目的で賃貸した。(2) その当時空瓶回収業をしていた藤一郎は、右賃借後間もなく従前地の右賃借部分を空瓶置場として利用し、仮換地指定後は、新たに仮換地に含まれることになった隣接地部分を加えた本件土地を空瓶、資材置場として占有使用し、(一)'の土地上に(四)の建物のうち原判決別紙図面表示のり、ろ、は、に、ほ、へ、りの各点を順次直線で結んだ部分の建物を建築所有していた。(3) しかし、藤一郎が門三郎から賃借した従前地の借地権は未登記であり、かつ、藤一郎は、大阪市長に対し、土地区画整理法に基づく借地権の申告をせず、したがって、同市長から仮換地内の本件土地につき使用収益部分の指定を受けなかった。以上の事実が認められる。
また、藤一郎が昭和五〇年一月三日死亡し、同人の子である被控訴人北浦昭夫、同北浦孝司、同北浦チサコ、同北浦輝美、同古木千代子、同須山幸枝、同長屋千恵子の七名が共同相続人となったことは、当事者間に争いがない。
三 控訴人らは、藤一郎は仮換地について使用収益部分の指定を受けなかったのであるから、仮換地内の本件土地を占有する権限がないと主張するのに対し、被控訴人らは、仮換地指定後藤一郎と門三郎との間において、本件土地の使用収益ができる旨の合意が成立しているから、藤一郎の本件土地占有は適法であると主張するので、この点について判断する。
思うに、従前地の一部を賃借している未登記の賃借人は、土地区画整理事業施行者に申告して仮換地につき使用収益しうべき部分の指定を受けることによって、はじめて当該部分について現実に使用収益をすることができるものであり、その指定を受けない段階においては、仮換地につき当然に現実の使用収益をなしうるものでないことは控訴人ら主張のとおりである。しかし、従前地の所有者と賃借人との間において、仮換地上の特定部分の使用収益について合意が成立している限り、当事者間においては、その特定部分を適法に使用収益することができるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四八年一二月七日第二小法廷判決、民集二七巻一一号一五〇三頁参照)。
これを本件についてみるに、門三郎と藤一郎に、仮換地処分の効力が生じた昭和二六年一〇月二五日当時本件土地につき仮換地処分がなされたことの認識があったかどうかについては、前述のとおり、大阪市長は門三郎側に対する仮換地指定通知書が送達不能のため特別都市計画法施行規則一七条に基づきその要領を告示する措置をとったが、門三郎は右当時現実には仮換地指定通知の内容を知ることがなかったし、また、藤一郎も未登記借地権の申告をしていないけれども、(1) そもそも、土地区画整理は整理事業が開始されてから換地処分が完了するまでの間相当長期間を要することは公知の事実であり、その事業計画の利害関係者がこれに関心がないはずはなく、しかもその施行地区はかなり広い範囲にわたるのが通常であること、(2) (一)及び(六)の土地とこれに対する仮換地との位置関係は前述のとおりであって、これに伴い藤一郎の従前地の賃借部分と仮換地内の本件土地との使用占有状況に変化が生じていること、(3) 殊に、《証拠省略》を総合すれば、門三郎は、藤一郎に従前地の一部を賃貸した後、その賃料を毎月本判決別紙図面中旧平山家屋と表示してある部分にあった平山熊次郎方まで赴いて徴収していたこと、右平山家屋は仮換地処分のため昭和三一年ごろ取りこわし、同図面中「一八平山」と表示してある部分の土地に建築するとともに、右旧平山家屋跡付近に同図面表示の東西にわたる道路が敷設されたこと、門三郎は、平山熊次郎の家屋が右のとおり移転した後も従前どおり毎月継続して同人方に赴き藤一郎から賃料(後記賃料相当の使用収益料)を徴収していたことが認められ、右(1)、(2)、(3)の事実などを総合すれば、門三郎及び藤一郎は、仮換地指定当時、又は、遅くとも、仮換地処分のため平山熊次郎の家屋が移転した昭和三一年ごろには、本件土地につき仮換地指定がなされたことを認識していたものと推認され(る。)《証拠判断省略》
しかるところ、《証拠省略》を総合すれば、門三郎は、前記のとおり、本件土地につき仮換地指定がなされたことを認識しながら、藤一郎が本件土地を建物所有の目的で使用占有していることに対し異議を述べず、逐年増加した対価を藤一郎から受領し、その状態が昭和五〇年ごろまでの間二四年余の長年月続いていること、しかも、その間、前記のとおり、仮換地処分のため平山熊次郎の家が移転したり、従前地の中央を東西に道路が敷設され、あるいは、藤一郎の本件土地占有状況が従前地賃貸時代より変化を生じていたのに、門三郎は、その後においても藤一郎から毎月右対価を受領していたことが認められ、以上の事実によると、門三郎と藤一郎との間において、仮換地処分の効果が生じた昭和二六年一〇月ごろ、又は、遅くとも、平山家屋の移転があった同三一年ごろの時点で仮換地指定効果の生じた日にさかのぼって、仮換地内の本件土地につき従前地の賃借権と同一内容の使用収益をすることができる旨の黙示の合意が成立していたと推認するのが相当である。この推認をくつがえすに足りる証拠はない。
そうすると、右合意の成立により、従前地の一部の賃借人である藤一郎及びその承継人たる前記被控訴人七名は、従前地の所有者である門三郎及びその承継人である控訴人らに対する関係において、本件土地につき適法にこれを占有することができるものといわなければならない。
四 次に、控訴人らは、中野健三が昭和三三年ごろ(三)の土地上に建築したバラックが昭和四九年ごろ朽廃したことにより、藤一郎の同土地に対する使用収益権が消滅した旨主張するので、この点について判断する。
《証拠省略》によれば、藤一郎は、昭和三三年ごろ中野健三に対し(一)'の仮換地の一部をなす(三)の土地の使用収益を許諾し、同人において同地上にバラックを建築所有して同地を占有使用し、空瓶回収業をしていたが、昭和四九年六月末に廃業し、このバラックの所有権を藤一郎に譲渡するとともに同地を返還したことが認められる。
ところで、昭和二一年ごろ門三郎と藤一郎との間に締結された建物所有を目的とする従前地の一部の賃貸借は、(三)の土地を除く特段の事情の見当らない本件にあっては、右(三)の土地を含む一体としてなされたものであり、仮換地指定後における本件土地の使用収益に関する合意も(三)の土地を含む一体としてその対象にしていたものと解するのが相当である。そして、《証拠省略》によれば、藤一郎は、仮換地処分の前後ごろ(一)'の土地上に(四)の建物のうち原判決別紙図面表示のり、ろ、は、に、ほ、へ、りの各点を順次直線で結んだ部分の建物を、また、仮換地指定後は、図面表示のり、へ、と、ち、い、りの各点を順次直線で結んだ部分の建物及び(五)の建物を所有し、以上の各建物は朽廃しないで現存していることが認められる。
そうすると、藤一郎が中野健三から譲渡を受けた前記バラックが、たとえ控訴人ら主張のとおり昭和四九年ごろ朽廃したとしても、門三郎と藤一郎との間になされた本件土地全部に対する使用収益の合意になんら影響を及ぼさず、(三)の土地部分だけに限ってその使用収益権が消滅するいわれがない(なお、藤一郎が中野健三に対し(三)の土地の使用収益を許諾した際同人との間で(二)と(三)の土地との使用領域を区分したとしても、それはあくまで右両名間の内部問題にすぎず、しかも健三が昭和四九年藤一郎に対し(三)の土地を返還したことにより右区分けが消滅しているものである。)。よって、控訴人らの前記主張は採用できない。
五 控訴人らは、門三郎が昭和四九年一一月ごろ代理人の控訴人高木修を介して藤一郎に対し(一)及び(六)の土地の賃貸借ないし本件土地の使用収益契約を解除する旨の意思表示をしたと主張するが、右事実を認めるに足る証拠はない。
しかし、門三郎が昭和五〇年三月一一日付及び同年九月六日付の各書面をもって、藤一郎の共同相続人である前記被控訴人ら七名に対し、使用目的違反及び賃貸人に無断で第三者に対し本件土地の使用許諾したことを理由に賃貸借ないし使用収益に関する合意を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、右書面は遅くとも、昭和五〇年九月七日ごろまでに前記被控訴人ら七名に到達したことが認められる。
そこで、右解除の効果の成否について、順次判断する。
1 使用目的違反について
控訴人らは、藤一郎が仮換地指定の前後を通じ本件土地を畑地に、更にその後空瓶置場や資材置場に利用していたことは契約に定められた使用目的を逸脱しているものであると主張する。しかし、右主張の採用できないことは原判決説示(同一九枚目表四行目から裏七行目まで)のとおりであるから、これを引用する。
2 藤一郎の吉田長太郎に対する本件土地一部の無断転貸ないし使用収益権譲渡について
《証拠省略》によれば、藤一郎は、昭和二八年五月二六日吉田長太郎に対し、同人から二六万七〇〇〇円の対価を徴して本件土地中(六)'記載の土地に関する前記使用収益権を譲渡し、長太郎は以後同地上に(八)、(九)、(一〇)の各建物を建築所有して同土地部分を占有していたことが認められる。
被控訴人らは、藤一郎から長太郎への右使用収益権の譲渡につき門三郎本人の承諾があったと主張し、《証拠省略》が存在するが、それらはいずれも《証拠省略》に照らしたやすく措信できず、ほかに右主張を認めるに足る証拠はない。
しかしながら、《証拠省略》を総合すれば、(1) 平山熊次郎は、門三郎の遠い親戚にあたり、昭和二一年ごろ門三郎から本判決別紙図面中旧平山家屋と表示してある部分の土地(現在道路敷となっている)を借受け、同地上に家屋を建てこれに居住していた。(2) 右熊次郎はそのころ門三郎に対し、門三郎が所有する従前地の賃借人を紹介したり、藤一郎から賃借土地の賃料を取立てこれを自宅で門三郎に交付するなどして門三郎から従前地及び仮換地の管理を委託され、その代償に、前記旧家屋が仮換地処分のため昭和三一年ごろ移転するまで門三郎からその敷地につき賃料支払免除、又は無償使用を認められていた。(3) 熊次郎は藤一郎が長太郎に対し前記使用収益部分の使用収益権を譲渡するに当り、藤一郎から謝礼金三万円を受領し、門三郎の代理人として右譲渡を承諾した。(4) 長太郎は、右譲渡を受けた後、門三郎の代理人たる熊次郎に対し賃料名義で右使用収益部分の対価を支払い、熊次郎はこれを門三郎に交付していた。(5) 長太郎は、昭和三〇年二月ごろ(一〇)の建物を建て、その所有権保存登記を経由したが、右建物建築に際し、門三郎の代理人たる熊次郎から地主の承諾印を受けており、また、長太郎やその子の吉田清治において地主の高木名義の各種証明等が必要な場合には、熊次郎がその管理人名義で右書類を発行していた。以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》
右認定事実によれば、熊次郎は藤一郎が長太郎に前記使用収益部分を譲渡した当時、門三郎から本件土地を含む仮換地の管理を委託され、門三郎の代理人として右譲渡を承諾したことが明らかである。
ところで、土地の管理を委託された者は、その管理のため第三者と法律行為をなす代理権の授与を受けたものであり、その代理権の範囲が特定されていない場合には、民法一〇三条に定める行為をなす代理権限を有し、すでに賃貸借のなされていた土地の転貸、賃借権譲渡の承諾は、同条第二号にいわゆる利用行為に含まれるものと解すべきである。
そうすると、本件の場合、熊次郎は仮換地の管理を委託されていた者として、藤一郎の長太郎への前記使用収益部分の譲渡を承諾する代理権を有していたものということができるから、熊次郎の前記承諾により、長太郎は以後適法に本件土地中の前記使用収益部分((六)'の土地)を占有することができるものといわなければならない。
また、《証拠省略》を総合すれば、長太郎は、昭和三五年五月三一日、その長男被控訴人吉田清治を代表取締役とする被控訴人吉田印刷紙器株式会社に対して自己所有の(八)、(九)、(一〇)の各建物を貸与し、その敷地である(六)'の土地を占有使用させていたこと、長太郎は昭和四二年六月八日死亡し、被控訴人吉田清治が相続により長太郎の権利義務を承継したことが認められ、それによれば、被控訴人吉田清治、同吉田印刷紙器株式会社の(六)'の土地に対する占有は、長太郎と同様適法というべきである。
なお、前認定と異なり、熊次郎において、藤一郎の長太郎への前記使用収益部分の譲渡承諾の代理権がなく、したがって、右譲渡が門三郎に無断のものであると解しても、控訴人らの右無断譲渡を理由とする解除権は、消滅時効により消滅しているものというべきである(被控訴人らの右時効の抗弁が時期に後れたものとして却下すべきであるとの控訴人らの主張が採用できないことは、原判決二四枚目裏一三行目から二五枚目表六行目までに説示のとおりであるから、これを引用する)。
すなわち、賃貸借契約の解除権は、その行使により当事者間の契約関係の解消という法律効果を発生させる形成権であるから、その消滅時効については民法一六七条一項が適用され、その権利を行使することができる時から一〇年を経過したときは時効によって消滅すると解すべく(最高裁判所昭和五六年六月一六日第三小法廷判決、民集三五巻四号七六三頁参照)、仮換地の使用収益合意に関する解除権の消滅時効も右と同様である。そして、右消滅時効の起算点は解除権を行使しうる時、すなわち土地の無断転貸、無断賃借権譲渡を理由とする契約の解除権は、右無断転貸、無断賃借権譲渡のなされた日から進行し、権利者において右日時に右事実を覚知していたかどうかは問わないものと解すべきである。
もし、控訴人らが主張するように、債権者が右無断転貸等を覚知した時から時効期間を進行すべきものと解釈すれば、債権者の覚知という主観的な事情に基づいて、消滅時効の起算点を前後することとなり、かくては、民法六一二条の解除権は殆んどの場合消滅時効にかからないことになるであろうし、殊に、本件の場合、前記認定事実から明らかなように、長太郎は、藤一郎から前記使用収益部分の権利譲渡を受けた後、仮換地の管理人たる熊次郎に対し賃料相当の使用収益料を継続して支払い、かつ、その地上の建物につき所有権保存登記手続を経由して二十年以上の期間を経過し、地主からもはや無断権利譲渡を理由に解除権を行使されることはないであろうという信頼が生じているのに、時効期間の起算点を遅らせることにより一挙にこの信頼を失わせる結果となり、しかも、短期迅速な法律関係の安定を目的とする形成権の本質にも適合しないことにもなって、右解釈は不当というほかはない。
そうだとすれば、前記認定事実によると、門三郎において解除権を行使し得る時は、前記無断譲渡行為のなされた昭和二八年五月六日であり、その日から一〇年を経過したことによって右解除権は消滅したものというべきである。
以上の次第で、藤一郎の長太郎に対する前記使用収益権の譲渡行為は、代理権のある熊次郎の承諾の存在、若しくは、右無断譲渡を理由とする控訴人らの解除権が時効消滅しているから、この点の控訴人らの主張は採用できない。
3 藤一郎の楠井ヨシエ、中野健三に対する本件土地の一部の無断使用許諾について
控訴人らの右無断使用許諾を理由とする解除権行使の主張が採用できないことは、原判決一九枚目裏八行目から二一枚目表八行目までの説示のとおりであるから、これを引用する。
4 藤一郎の被控訴人有限会社北浦商店、同株式会社ヤマトに対する本件土地の一部の無断使用許諾について
《証拠省略》を総合すると、藤一郎は、昭和四七年一一月ごろ、息子の被控訴人北浦孝司が代表取締役として空瓶回収業を営む被控訴人有限会社北浦商店に対し、(二)土地上にある自己所有の(四)の建物の一部を貸与し、右土地を占有使用させ、また、昭和四九年六月ごろ息子の被控訴人北浦昭夫が代表取締役として空瓶回収業を営む被控訴人株式会社ヤマトに対し、(三)の土地上にある自己所有の(五)の建物を貸与し、右土地を占有使用させていたことが認められる。
しかし、借地人が借地上の家屋を賃貸し、その結果借家人に賃借地を使用させても、賃借地の転貸にはならないから、藤一郎の被控訴人有限会社北浦商店、同株式会社ヤマトに対する本件土地の一部の使用許諾は、門三郎及び控訴人らに対する関係において無断転貸ないし背信性のある無断使用許諾に当らないものというべきである。よって、この点の控訴人らの主張は理由がない。
5 まとめ
以上によれば、門三郎の前記契約解除の意思表示は解除事由がなく無効というべきである。
五 以上説示したところから明かなとおり、控訴人らの被控訴人らに対する本訴請求は、当審で拡張した賃料相当の損害金請求部分を含めて理由がなく、失当として棄却を免れない。
そうすると、右と同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がなく、当審で拡張した損害金請求部分もまた理由がないから、棄却すべきである。
よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 上田次郎 裁判官 広岡保 森野俊彦)
<以下省略>