大阪高等裁判所 昭和56年(ネ)1952号 判決
一 請求原因1項(前記引用した原判決摘示請求原因1項。以下2ないし5項についても同様。)の事実は当事者間に争いがない。
二 右当事者間に争いのない本件考案の実用新案登録請求の範囲の記載及び成立に争いのない甲第一号証(本件実用新案公報、別紙〔一〕の実用新案公報写と同一内容)によれば、本件考案の構成要件は、請求原因2項のとおり、(一)基板の構成、(二)摺動板の構成、(三)組合せによる対峙構成からなるものと認められる。
また、本件考案の明細書に作用効果として請求原因3項主張のとおりの旨の記載がされていることは当事者間に争いがなく、このことに右甲第一号証、成立に争いのない甲第二四、二五号証、証人小紫庸良の証言(原審第二回)により真正に成立したものと認められる甲第二〇号証の一及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件考案は、柱上安全帯に用いる尾錠の改良に関する考案であり、その目的は、人体落下の急激な衝撃荷重が安全ベルトの尾錠部へ集中する可能性があるため、その掛止機能を堅牢確実にして、墜落事故が発生した場合命綱を通して安全ベルトへの急激な高衝撃が作用するのを充分支え、人命を惨害から防ぐに足る能力を備えると共に、急を要する場合に着脱が簡便であるという諸条件を満足させる尾錠を得んとするにあること、及びその作用効果は請求原因3項記載のとおりであることが認められる。
三 そこで、被控訴人の製造、販売した柱上安全帯尾錠について検討する。
1 控訴人は、被控訴人の柱上安全帯尾錠は前記引用にかかる原判決摘示請求原因4項(原判決添付別紙第二)記載のとおりの構成のイ号物件であると主張し、その製品例として検甲第三号証の一、二、第一〇号証を提示するのに対し、被控訴人は、原判決添付別紙第六記載のとおりの構成の被控訴人第一製品であると主張し、その製品例として検乙第一、二号証を提出しているが、成立に争いのない乙第一号証、証人小紫の証言により真正に成立したものと認められる甲第二六号証、被控訴人主張どおりの写真であることに争いのない検乙第五号証の一ないし三、証人小紫の証言(原審第一、二回)により市販された被控訴人の尾錠(ベルト付)と認められる検甲第三号証の一、二、同証言(当審第一回)により市販された被控訴人の尾錠(ベルト付)と認められる検甲第一〇号証、証人永島常次郎の証言(第一、二回)により被控訴人の尾錠と認められる検乙第一、二号証、証人小紫(原審第一、二回、当審第一回)、同永島(第一、二回)、同佐伯正彦の各証言、鑑定の結果を総合すれば、右検甲号、乙号各証には、平歯24´の右端と挿通孔8´の右側縁部25´との位置関係に僅かの(約〇・五五ミリメートル程度の)差異、ばらつきが見られるけれども、いずれも、同一の工程により通常に製造された、同一の形状、構造の物品と評価することができるものと認められ、結局、被控訴人は、右検甲号、乙号各証に示される別紙〔二〕のとおりの構成の柱上安全帯尾錠(以下これを単に「本件被控訴人尾錠」という。)を製造、販売したものと認められる。
2 控訴人は、右認定に反して、検乙第一、二号証は、被控訴人が本件訴訟のために特別に製造したものと主張し、逆に、被控訴人は検甲第三号証の一、第一〇号証には控訴人の作為があると主張するけれども、右検甲、乙号各証につき、前記1の認定を覆して控訴人、被控訴人の右各主張を認めるに足りる証拠はない。
また、控訴人は、右認定とは異なり、平歯24´の右端と挿通孔の右側縁部25´との位置関係は、使用状態に置いた尾錠の全体において測定すべきであると主張するけれども、後記四で認定、判断するとおり、本件考案における摺動板の直下・左方構成は、摺動板の底辺を水平状態にした場合の位置関係を意味するものと解されるから、控訴人の右主張は採用できない。
次に、控訴人は、摺動板底辺30´を水平基準として測定しても、検甲第三号証の一、第一〇号証では右側縁部25´は平歯24´の右端の直下に位置していると主張し、その根拠として検甲第一五、一六号証の各一ないし四を提出するところ、右検甲号各証が控訴人主張どおりの写真であることは当事者間に争いがないけれども、右検甲号各証、証人小紫の証言(当審第一回)及び弁論の全趣旨によれば、右検甲号各証における測定は、先端におもりを付けた糸を突出片部7´、9´の間から挿通孔8´に通して吊り下げ、前記位置関係を測定するものであるが、控訴人の右主張は右吊り糸の太さを考慮していないものと認められるし、また、控訴人の右測定の正確性を確認するに足りる資料もないから、結局、控訴人の右主張、立証では、鑑定の結果に基づく前記認定を左右することはできない。
他方、成立に争いのない乙第三〇号証中には、右側縁部25´は平歯24´の右端より二ミリメートル右方に位置しているとの記載があるけれども、右は単なる目視による測定結果にすぎないから、これまた鑑定の結果に基づく前記認定を左右するものではない。
また、被控訴人は、被控訴人においてスキマゲージで測定したところ、右側縁部25´は一・二ミリメートル(検乙第一号証)、一・八ミリメートル(同第二号証)右方に位置しているとして、検乙第六号証の一、二を提出し、右検乙第六号証が被控訴人主張どおりの写真であることは当事者間に争いがないけれども、右の測定についても、その正確性を確認しうる資料はなく、前記認定を左右しない。
更に、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第三八号証、被控訴人主張どおりの写真であることに争いのない検乙第四、五号証の一ないし四中にも、前記認定に反して、検甲第三号証の一の尾錠でも右側縁部25´が一ミリメートル以上右方にあるとか、被控訴人の尾錠中には25´が一ないし一・二ミリメートル右方にあるものが相当割合存在するとの部分があるけれども、右部分も、前同様の理由から、前記認定を左右するものではない。
そして、他に前記1の認定を覆すに足りる証拠はない。
四 そこで、本件被控訴人尾錠が本件考案の技術的範囲に属するか否かについて、以下判断する。
1 当事者双方の主張に鑑み、まず本件実用新案権の出願前の公知技術について検討する。
成立に争いのない甲第一二、一三、一五、一六、二四、二五号証、乙第三号証の一ないし三、第四号証、第一〇号証の一、二、第一九号証、証人小紫の証言(原審第二回)により真正に成立したものと認められる甲第二〇号証の三によれば、次の事実が認められる。
(一) 昭和二五年実用新案出願公告第三二四四号公報には、「主体1の両縁を裏側に折曲げてその折曲縁4及び4´により相対する案内溝5及び5´を形成し、内向及び外向に折曲縁10、10´を形成せるバンド挿入孔7を有する遊動挟片6の両端縁を前記案内溝5及び5´に摺動自在に挿入互装し該案内溝を形成する折曲縁4及び4´の内縁に相距てて内向突片8、9及び8´、9´を設けたるバンド尾錠の構造」(別紙図面A参照)が記載され、その作用効果として「バンドの端部を主体1の内側より遊動挟片6の長孔7に挿通して、バンドの該端部と主体1とを互いに反対方向に引けば、遊動挟片6は移動してその長孔7の縁辺ロと主体1の縁辺イとの間においてバンドを挟止する」と記載されている。
(二) 米国特許第二七二七二八九号明細書には、基板50の中辺部63の上方傾斜突出片部61と基板の横辺部53の下方傾斜突出片部60との間にベルトを挿通、装着するようにしたガーター、サンペンダー等のベルト用尾錠(別紙図面B参照)が記載されている。
(三) 米国特許第二五九九〇三一号明細書には、尾錠基盤10の傾斜突出片部25と摺動板11のクロスバー31の突出片部35との間とクロスバー30とに亘りベルトを装着するようにした靴の尾錠(別紙図面C参照)が記載されている。
(四) 米国特許第二七四一八一九号明細書には、尾錠基板10(或いは第12図に符号50の矢印で示される部分)の傾斜突出部26と摺動板11の突出片部35(或いは摺動板51の突出片部53)の間でベルトの自由端38を挟着するようにした靴の尾錠(別紙図面D参照)が記載されている。
(五) 英国特許第七六九一九五号明細書抜粋には、山形の緊締金具2と緊締板30の鋸歯状部31との間でベルト自由端34を緊締して、その自由端34を反転させるようにしたバツクル(別紙図面E参照)が記載されている。
(六) 英国特許第八二三八四一号明細書抜粋には、フレーム2と緊締板1との間でベルト5の自由端を装着するようにしたバツクル(別紙図面F参照)が記載されている。
(七) 昭和三〇年実用新案出願公告第九四三一号公報には、「主片1の前端に先端を内側に折曲げた後上りの傾斜部3を備え又該主片にベルト挿通孔5を有する上方傾斜の後部4に隣つて低位にベルト取付用の横片部6を設け且つ該主片のト面両側に溝形部7、7を形成し、而してベルト挿通孔8を有する縦片2にこの挿通孔に隣つて横片部9を形成しその両端を主片の溝形部7、7に遊合させ又該横片部の前端を折曲げて直立部10を形成したバツクルの構造」(別紙図面G参照)が記載されている。
2 次に、本件考案の登録に至る経緯について検討する。
被控訴人の主張・抗弁(前記引用した原判決摘示「被告の主張及び抗弁」。以下同様)の2項(一)、(二)の事実は当事者間に争いがなく、これに、前掲甲第一、一二、一三、一五、一六、二四、二五号証、第二〇号証の一、三、乙第三号証の一ないし三、第四号証、第一〇号証の一、二、第一九号証、成立に争いのない甲第三号証、乙第一〇号証の三、四、第一一号証の一、二、第一七号証、証人小紫の証言(原審第二回)により真正に成立したものと認められる甲第二〇号証の二、証人小紫(原審第一、二回)、同永島(第一、二回)の各証言を総合すれば、次の事実が認められる。
(一) 控訴人は、昭和三九年二月一七日に本件考案の実用新案登録を出願したが、その登録願書添付の明細書及び図面(以下「当初明細書・図面」という。)の記載を見ると、
(1) 登録請求の範囲は別紙〔三〕のとおりであつて、前記(一)の基板の構成及び(三)の組合せによる対峙構成は、請求原因2項(一)、(三)に本件考案の構成要件として掲記したところと同一であるが、(二)の摺動板の構成については、「ベルト挿通孔8の左側縁部を右方へ延長して表側に傾斜突出する突出片部9を形成する」とのみ記載されていて、請求原因2項(二)中の摺動板の直下・左方構成に関する記載が欠如していた。
(2) 考案の目的は、前記二認定のとおり記載されていて、後記補正後の明細書と同一である。
(3) 作用効果は、「一旦引締めたベルトは……次の理由で緩むことがないのである。……ベルト19が矢符Cの方向へ引張られるとき、先ず摺動板10のベルト挿通孔8右縁のベルト接触部により摺動板10が右方即ち矢符dの方向へ引張られて移動するため摺動板10の添板突出片部9平歯切面がベルトを尾錠基盤5の凸出片部7へ強く押付ける為めで、その押圧に基づく摩擦でベルトが緩む方向へ移動しえないからである。即ちベルトに作用する矢符C方向への張力に比例して、尾錠の掛止力が強くなるわけである。」と説明されている。
(4) 右の記載にいう「摺動板10のベルト挿通孔8右縁のベルト接触部」(後記補正後の『右側縁部25』に該当する部分)と突出片部9との相対的位置関係を積極的に限定した記載はない。
(5) しかし、摺動板10の表面図である第4図、横断側面図である第6図、ベルトの先部を挿通する場合を示す縦断側面図の第10図、ベルト掛止用の摺動板によりベルトを掛止めした場合を示す縦断側面図の第11図、特に第4図及び第6図には、前記の「挿通孔8右縁のベルト接触部」は、突出片部9の先端の平歯24の右端より僅かに左方(ほぼ歯底の直下)にあるように表示されている。
(6) また、右第10図及び第11図には、ベルト19が挿通孔8内でくの字に曲げられて前記「挿通孔8右縁のベルト接触部」に当接した状態が記載されている。
(二)(1) 右(一)の出願に対して、特許庁審査官は、昭和四一年三月一二日付で、「右考案は、実用新案出願公告昭和二五年第三二四四号公報記載の考案に基づいて、その出願前にその考案の属する技術の分野における通常の知識を有するものが、極めて容易に考案できたものと認める。」、との拒絶理由通知を発した。
(2) これに対し、控訴人は、昭和四一年五月一六日付で意見書並に訂正書と題する書面を提出し、拒絶理由通知書引用の考案との差異を強調しているが、その要旨は、組合せによる対峙構造上の差異及び使用目的による掛止め機能の堅牢確実さ、着脱簡便さの差異にあり、出願にかかる考案自体の説明には基本的な変更はなかつた。
(3) かかる経緯を経た後、右出願にかかる考案は、昭和四一年一一月二八日付で「右考案は基板と摺動板の対峙する部分に傾斜突出片部を設けた点で拒絶理由通知書引用の考案と相違するが、効果において格別差異は認められず、この出願にかかる考案は右引用にかかる考案に基づいて当事者が極めて容易になし得る。」との理由で拒絶査定された。
(4) 控訴人は、右査定に対し昭和四二年一月一九日付で審判請求し、その理由の中で、初めて摺動板の直下・左方構成及び該構成によるベルト挟持力増大という作用効果を明示し、同時に提出した訂正書で、とりあえず登録請求の範囲に、「その挿通孔8の右側縁部25を突出片部9の平歯24の右端の直下又は夫れよりも左方にあらしめて成る」との記述を付加して、これを、本件実用新案公報(すなわち原判決添付別紙第一)記載のとおりとした。
(5) 次いで、控訴人は、昭和四四年八月五日付手続補正書で、登録請求の範囲を右のとおり訂正するほか、考案の詳細な説明欄にも、考案の機構、態様、実施例の説明中に、右同様の記述や「平歯24の右端の直下またはそれよりも左方に挿通孔8の右側縁部25が位置するようになつている。」との記述を加え、更に作用効果の説明の箇所に「さらにベルト掛止用の摺動板10は、その挿通孔8の右側縁部25が左側縁上方にある突出片部9の平歯24の右端の直下またはそれより左方にあるため、第11図に示すように、ベルトは挿通孔8内でくの字に曲げられて右側縁部25との接触が強くなつており、かつベルトが右方向即ち矢符C方向に引張られた際に摺動板10を同じ右方向即ち矢符d方向に摺動させる作用も強くなるので、墜落事故のような急激な衝撃でベルトが瞬間的に強く引張られても、ベルトが滑つて尾錠から脱けるおそれはなく強く押圧挟持される」等の記述を加えて、結局、明細書全体を本件実用新案公報記載のとおりとし、次いで、同月二八日付手続補正書で、図面中第6、第10、第11図に挿通孔8の右側縁部を符号25と記入して、本件実用新案公報記載のとおりとした。そして、結局、右補正に係る出願が、同四五年八月一二日に出願公告された。
(6) 右出願公告に対し、昭和四五年一〇月六日付で、訴外永島常次郎から、右考案に対する前記拒絶査定の判断は正当であつて、右考案は、前記1の(三)ないし(七)の公知技術を単に寄せ集めたものに過ぎないか、或いはこれらから容易に案出実施できるものであるとして、登録異議の申立がされたところ、特許庁は、同四六年三月一五日、本件考案は摺動板の直下・左方構成が考案構成上の重要な点であり、各公知技術にはこのような構成は認められないとして、右異議の申立は理由がないとの決定をし、結局、本件考案は、同年八月二日実用新案登録された。
(7) これに対して、被控訴人(変更前の商号三興編物株式会社)は、本件考案は出願前の前記1の(二)ないし(四)の公知技術から極めて容易に考案できること及び前記補正は要旨の変更に当たり、出願日は昭和四二年一月一九日以降に繰り下るから、その出願前すでに公知公用のものとなつていたとの理由を掲げて、右実用新案登録無効の審判を請求したけれども、特許庁は、昭和五三年一二月一四日、前記補正は明細書の要旨を変更するものではないし、被控訴人の提示する各公知技術には本件考案の摺動板の構成については何ら記載、示唆がなく、それらの公知技術から本件考案を極めて容易に考案できるとはいえないとして、右無効審判の請求は成り立たないとの審決をした。
(8) 更に、被控訴人は、東京高等裁判所に右審決の取消を求める訴訟を提起したが、同裁判所は、昭和五七年七月二七日、前記審決の判断は正当であるとして、被控訴人の請求を棄却した。
以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
3 右認定のとおり、前記補正後の本件考案は、当初明細書に記載された考案と同一の目的で、かつ、作用効果の点でも、当初明細書の考案と同様ベルトが矢符Cの方向に引張られたときベルトにより摺動板のベルト挿通孔8の右側縁部25(当初明細書における「ベルト接触部」)が矢符dの方向に引張られ、摺動板の突出片部9がベルトを尾錠基板の突出片部に押付けてベルトの緩みを防止するとの作用効果を奏するようにしたものであり、かつ、かかる尾錠において、ベルトが引張られたとき右側縁部25(ベルト接触部)に働くd方向の力が有効に作用する範囲を明確にし、これをベルトが挿通孔8内でくの字に曲げられる場合、すなわち右側縁部25が突出片部9の平歯24の右端の直下又は左方にある場合と特定して構成要件に採用したものであると解される。
そして、先に認定した目的、作用効果に関する当初明細書の記載内容及び図面第4、6、10、11図の記載に鑑みると、当業者が、右の各記載を見れば、ベルトがくの字に(すなわち、直角ないし鋭角に)曲げられている場合には、そうでないものと比べて、ベルトとベルト接触部との摩擦抵抗は著しく大きくなり、摺動板を摺動させる作用も強くなるので、ベルト接触部に働くd方向の力がより有効に作用しうるものであること、並びに、右ベルトのくの字(直角ないし鋭角)の屈曲の成否は、突出片部9とベルト接触部との相対的位置関係、及びこれとベルトの厚さとの相関関係によつて定められるものであること(すなわち、ベルト接触部が、突出片部9の平歯24の右端の直下ないし左方又はベルトの厚さより小なる距離だけ右方にある場合にのみ、右の屈曲が得られること)は、極めて容易に理解される自明の事柄といえる。
4 前記一、二で認定した本件考案の目的、構成、作用効果に右1ないし3で認定、判断したところを合わせ考えると、本件考案は、前記の、「ベルトが矢符Cの方向に引張られるとき、摺動板10のベルト挿通孔8右縁のベルト接触部により摺動板10が矢符dの方向へ引張られ、摺動板10の突出片部9平歯面がベルトを尾錠基板5の突出片部7へ強く押付け」てベルトの緩みを防止し、尾錠の掛止力を強くするという作用効果を有効に奏しうるようにするために、ベルトを挿通孔8内でくの字(直角ないし鋭角)に屈曲させることによつて、摺動板のベルト接触部(右側縁部25)へのベルトの当接を強力ならしめ、これによりベルト接触部に働くd方向への力を有効、確実にするという技術的思想を採用し、かつ、突出片部9の右端とベルト接触部(挿通孔8の右側縁部25)との間に特定範囲の相対的位置関係(直下・左方構成)を置くことによつて右のベルトのくの字屈曲を実現することとしたものであると解される。したがつてまた、右の突出片部9と右側縁部25との位置関係の特定(摺動板の直下・左方構成)は、右の作用効果を唯一の目的としたものであると解される。
5 しかして、本件考案がその対象としている柱上安全帯の用途に鑑みると、そのベルトには一定の厚さが必要なことは明らかであり、現に、成立に争いのない甲第五、七、八、一九号証前掲検甲第三号証の一、二、第一〇号証、被控訴人の柱上安全帯セツトであることに争いのない検甲第一七号証、控訴人の柱上安全帯セツトであることに争いのない同第一八号証、証人小紫の証言(原審第一回)により控訴人の尾錠(ベルト付)と認められる検甲第一号証の一、二、同証言(原審第二回)により被控訴人の尾錠(ベルト付)と認められる同第四、七号証によれば、実際に製造、市販されている柱上安全帯のベルトの厚さや需要家の規格におけるベルトの厚さは、約二・五ないし三ミリメートルであることが認められる。
6 そこで、右のように、ベルトに一定の厚さがあることを考慮して、前説示の点を更に検討すると、前記ベルトのくの字屈曲を実現するには、右側縁部25が突出片部9の右端の左方ないし直下又は右に認定したベルトの厚さ(約二・五ミリメートル)より小なる距離だけ右方にあることを必要とし、かつこれをもつて足りるものであるうえ、右側縁部が右に述べた範囲内にある限り、その中での位置の差は、前記作用効果を得るうえで格別の違いを生じないと解され、このことは、本件考案の明細書、図面の記載からも明らかということができる。
7 そして、前掲甲第五、一七、一九号証、乙第一三ないし一六号証、証人小紫の証言(当審第二回)により真正に成立したものと認められる甲第二七、二八号証、証人小紫(当審第二回)、同佐伯の各証言、鑑定の結果及び弁論の全趣旨によれば、この種柱上安全帯尾錠では、その使用目的に照らしても、一ミリメートル未満の精度を要求する必要はなく、かつその製作技術上〇・七ないし〇・九ミリメートル程度の誤差ばらつきは不可避的であることもまた認められ、これに反する証拠はない。
8 右に認定、判断してきたところに鑑みれば、本件考案の構成要件(二)(摺動板の構成)にいう「直下又はそれより左方」とは一ミリメートル未満の精度において直下ないし左方にあることを要する趣旨ではなく、前記ベルトの厚さと比べてそれより相当小さい距離だけ右方にある場合、少くとも右7で述べた誤差程度の距離しか右方に離れていない場合は、これを含む趣旨であると解するのが相当である。
9 ところで、前記1掲記の各公知技術においては、前記の如くベルトを摺動板の挿通孔内でくの字に屈曲させて右側縁部に働くd方向の力を有効、確実ならしめ、もつて摺動板の突出片部を基板の突出片部に強く押付け、尾錠の掛止力を強力にするとの技術的思想を開示ないし示唆するものは何ら見当らない。すなわち、右の趣旨における直下・左方構成の技術的思想を開示、示唆する公知技術は存在しなかつたものである。
したがつて、本件考案が、摺動板の直下・左方構成を主要かつ必須の構成とするものであり、それ故にその進歩性が肯定されたものであることは、前記二及び四の1、2認定のところから明らかであるけれども、このことは、何ら、その直下・左方構成の趣旨を右8の如く解することの妨げとはならない。
10 また、前記2、3認定の出願の経緯に照らしても、控訴人が、審判請求書とその添付訂正書及びその後の手続補正書で、登録請求の範囲に「直下又は夫れよりも左方にあらしめて成る」との記述を付加し、その構成を限定したことをもつては、前記認定に反して一ミリメートル単位以下の高精度で「直下・左方」に該らない位置関係のものをその技術的範囲から除外する趣旨であつたものとはなしえない。
11 なお、前記直下・左方構成が摺動板自体の構成であることは、登録請求の範囲(及び明細書の考案の詳細な説明、図面)の記載から明らかであり、これに、右に説示してきた直下・左方構成を採用した目的とその作用効果を合わせ考えると、右の直下・左方は、摺動板の底辺を水平状態にした場合における突出片部9の平歯24の右端と右側縁部25との位置関係を示すものというべきである。
12 そこで、本件考案の構成要件と本件被控訴人尾錠の構成とを対比検討する。
基板の構成が両者同一であることは前記二、三認定のところから明らかである(但し、基板の湾曲構成の有無については後記のとおり)。
次いで、右1ないし11に認定、判断してきたところと前記三の認定とを比較すると、本件被控訴人尾錠の摺動板の構成は、本件考案のそれを充足するものというべきである。
そして、右両者の組合せによる対峙構成が同一であることは、前記二、三認定のところから明らかである。
してみれば、本件被控訴人尾錠は、本件考案の構成要件をすべて充足し、その技術的範囲に属するものというべきである。
13 もつとも、本件被控訴人尾錠には、本件考案にないバネ構成及び基板の湾曲の構成が付加されているが、被控訴人の主張によつても、右両構成とも、これにより、前記認定の各構成及びそれによる作用効果に変更をきたすものではなく、単に右各構成に別個の構成を付加したにすぎないから、右バネ構成、基板の湾曲の構成をもつては、前記12の判断は左右されない。
五 そこで、被控訴人の抗弁について検討する。
1 権利濫用の抗弁について
前記四の2、3で認定、判断したところによれば、「ベルト挿通孔8の右側縁部25を突出片部9の平歯の右端の直下又は夫れよりも左方にあらしめて成る」構成は、当初明細書・図面にその技術的思想が開示されており、右の記載から当業者に自明な事項であると解されるから、右の点の補正は、当初明細書・図面に記載した事項の範囲内のものとして、実用新案法九条、特許法四一条により、明細書の要旨を変更しないものとみなされる。
したがつて、右の点の補正が要旨の変更に当たることを前提とする権利濫用の抗弁は失当たるを免れない。
2 通常実施権の抗弁について
右抗弁も前記補正が要旨の変更に当たることを前提とするものであるから、これまた、右1と同様の理由により失当たるを免れない。
六 そうすると、被控訴人が本件被控訴人尾錠を製造、販売することは、控訴人の本件実用新案権を侵害するものというべきである。
しかして、被控訴人が、本件被控訴人尾錠を用いた別表Ⅰ記載の各製品(各柱上安全帯、ベルト本体、胴締ベルト)を同表記載のとおり製造、販売したことは当事者間に争いがないから、これにより、被控訴人は控訴人の本件実用新案権を侵害したものであるところ、被控訴人が故意をもつて右侵害行為に及んだものと認むべき証拠は何もないけれども、実用新案法三〇条、特許法一〇三条により、被控訴人は右侵害行為につき過失があつたものと推定され、これを覆すに足りる証拠はない。
したがつて、被控訴人は、右製造、販売行為により控訴人の蒙つた損害を賠償する義務がある。
七1 ところで、前掲甲第七、八号証、成立に争いのない甲第五号証、第六号証の一ないし六の各一ないし三、第一七、一九号証、第四三ないし四五号証、乙第一三ないし一六号証(但し、第一四、一五号証中表紙の書込部分は除く。)、証人永島(第一回)、同小紫(原審第一回、当審第二回)によれば、控訴人の当審主張2(四)の事実及びこの種柱上安全帯を製造、販売しているのは控訴人と被控訴人の両社だけであることが認められるから、被控訴人の本件実用新案権侵害行為により控訴人に損害が発生していることは明らかである。
2 そこで、控訴人の蒙つた損害額を算定するに、控訴人は、実用新案法二九条一項の推定規定に基づき、本件実用新案権侵害行為により被控訴人の得た利益額を右損害額として主張、請求するので、以下この見地から検討する。
3 まず、被控訴人の得た利益額算定の基礎としての、被控訴人の各製品の製造、販売数量を見るに、控訴人は、当事者間に争いがない別表Ⅰ記載の販売数量のうち、控訴人が被控訴人に売渡した控訴人当審主張2(二)の各部品(樹脂フツク及びV型角環。この各部品を被控訴人が購入したこと自体は当事者間に争いがない。)を用いて製造することの可能な柱上安全帯の数量は別表Ⅱ記載のとおりであると自認主張し、これを控除して算出した別表Ⅲ記載の数量をもつて算定すると主張しているところ、前記各部品の購入数量及びこれを用いた柱上安全帯の製造数が控訴人の自認主張を超える旨の主張、立証は何もないから、控訴人の右主張数量をもつて、前記利益額算定の基礎とする。
4 被控訴人の製造、販売した前記各製品の一個当りの平均販売価格が別表ⅣのH欄記載のとおりであることは当事者間に争いがない。
5 また、前記1認定の事実に、同所掲記の各証拠、前掲検甲第一、三号証の各一、二、第七、一〇号証、検乙第一、二号証、被控訴人製造の柱上安全帯であることに争いのない検甲第一七号証、控訴人製造の柱上安全帯であることに争いのない同第一八号証、証人小紫の証言(原審第三回)により控訴人の本件考案の実施品の尾錠と認められる検甲第九号証、証人服部均の証言及び弁論の全趣旨を総合すると、控訴人と被控訴人は、同程度の材料、工程で、用途を同じくし、近似した形状、構造、同程度の品等を有する柱上安全帯、ベルト本体、胴締ベルト等を製造し、これを、同程度の価格で、同範囲の需要先に販売してきたものであり、別表Ⅰ、Ⅲ記載の各製品もその一環であること、並びに、別表I、Ⅲ記載の各被控訴人製品を控訴人が製造、販売する場合には、製品一個当たり、別表ⅣのAないしF欄記載のとおりの製造原価、販売費・一般管理費を要することが認められ、これを左右する証拠はない。
そうすると、被控訴人において何ら反論、反証をしない本件にあつては、被控訴人が別表I、Ⅲ記載の各製品を製造、販売するについて要した製造原価、販売費・一般管理費は別表ⅣのAないしF欄記載の限度であつたものと推認するのが相当である。
6 以上3ないし5で認定した事実関係によれば、被控訴人は、別表Ⅲ記載の各製品を製造、販売したことにより、別表Ⅴ記載のとおりの利益を得たものと認められ、この認定を左右する証拠はない。
7 ところで、前記1、5に掲げた各証拠、成立に争いのない乙第三九号証及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。
(一) 柱上安全帯は、(1)ナイロン製等のベルトに尾錠を縫付けた胴締ベルト (2)同様のベルトに角環、D環を取付けた胴当てベルト、(3)ナイロン製等のロープにフツク及び伸縮調節器を取付けた金具付きロープから成り、通常は、右を組合わせたセツトとして販売され、高所作業用に使用されるが、右(1)、(2)を組合わせた状態(これをベルト本体という。)で工具携帯用に使用されることもあり、ベルト本体だけを、或いは胴締ベルト、金具付ロープをそれぞれ単品で販売することもあるし、伸縮調節器やフツクだけで販売することもある。
(二) 右のとおり、尾錠は、ベルトに縫付けられて一体となつており、別々に使用することはありえないし、尾錠だけで販売することも殆んどないが、被控訴人においては、時には尾錠だけで販売したこともあり、昭年四五年九月に販売した際の価格は一個当り二七〇円であつた。
(三) 柱上安全帯は高所作業時の墜落防止、安全確保を主たる目的とするが、そのためには、尾錠だけでなく、前記(一)の各部品のいずれについても、所定の性能、強度が要求され、日本工業規格のほか各需要先独自の規格も定められていて、これらの部品全体の共働によつてその安全性、機能性が確保されるものである。そして、控訴人も被控訴人も、右各部品について考案、工夫を重ねて、その性能、品質の向上に努めており、本件考案以外にも、フツク、角環その他に控訴人や被控訴人が実用新案登録を得た技術がいくつか存在する。
(四) 控訴人、被控訴人は、本件考案の実施品あるいは本件被控訴人尾錠を製造販売するようになつた後も、本件考案とは異なる構成の柱上安全帯尾錠も製造、販売してきた。また、本件考案の構成を採らなければ各需要先の要求する規格に合格しえなかつたとの事情は見当らない。
(五) 他方、尾錠の用途、作用は控訴人の当審主張2(五)(1)のとおりであつて、その装着の容易・確実性は柱上安全帯そのものの安全性、機能性に重要な役割を占めている。また、柱上安全帯をセツトとして使用し、販売するにも或いはベルト本体、胴締ベルトとして販売し、使用するにも、必ず尾錠を必要とするものである。
(六) 被控訴人の製造、販売する柱上安全帯全体の中で本件被控訴人尾錠を用いたものの占める比重は、正確には把握しえないものの、被控訴人発行のカタログの記載等から見ると、相当大きいものである。
8 右7の(一)ないし(四)認定の事実関係に鑑みると、本件被控訴人尾錠を用いた前記各製品の製造、販売利益のすべてが、本件実用新案権の侵害行為(すなわち本件被控訴人尾錠の製造、販売行為)により被控訴人の受けた利益、すなわち右侵害行為と相当因果関係を有する利益であるとすることはできないものというべく、結局、右侵害行為と相当因果関係を有する利益は、前記各製品の製造、販売による全利益のうち、右侵害品すなわち本件被控訴人尾錠の寄与した限度にとどまるものと解するのが相当である。
他方、柱上安全帯において尾錠が必須かつ重要な役割を有すること及び被控訴人の柱上安全帯全体の中で本件被控訴人尾錠を用いたものの比重が相当大きいものであることも右7の(五)、(六)認定のとおりであり、加えて、前記のとおり被控訴人が本件被控訴人尾錠を長期間にわたり相当数量製造、販売してきたことに徴すると、本件考案の実際的利用価値は相当大きいものであつたと解される。
9 右7、8に認定、判断したところを総合考慮すると、前記各製品の製造、販売による全利益のうち本件被控訴人尾錠の寄与した割合は、別表記載中、タイタンUP一〇型から同SL無墜落型までの各柱上安全帯については三割、タイタンベルト本体については五割、タイタン胴締ベルトについては八割であるものと認め、評価するのが相当である。
10 そうすると、被控訴人が別表記載の各製品を製造、販売したことに伴つて得た本件実用新案権の侵害行為と相当因果関係のある利益の額は、別表Ⅵ記載のとおりと認められる(円未満切捨)。
11 そして、控訴人が本件実用新案権の侵害行為によつて蒙つた損害額が、右10で認定した被控訴人の利益額を下回るものであるとの立証は何もない(被控訴人の当審主張2(四)に該当する具体的事実の主張、立証は何もない。)から、控訴人は、右10認定の額を、本件実用新案権侵害行為によつて蒙つた損害として、その賠償を求めることができるものである。
八 以上の次第で、被控訴人は控訴人に対し、右損害賠償金合計金二三五二万四九七四円及び内金三三〇万四七四八円(昭和四五年八月一三日から同四六年一二月三一日までの侵害行為に係る分)については侵害行為の日より後で本件訴状が被控訴人に送達された日の翌日である昭和四七年九月一日から、内金二、二二万〇二二六円(昭和四七年一月一日以降の侵害行為に係る分)について侵害行為の日より後で原審での請求拡張の書面が被控訴人に送達された日の翌日である昭和五五年二月一九日から、各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があり、控訴人の本訴請求は右金員の支払を求める限度では正当として認容すべきであるけれども、その余は失当として棄却すべきものである。
九 よつて、原判決は右判断と一部結論を異にし、控訴人の本件控訴は一部理由があるので、原判決を右判断の趣旨に従つて変更することとする。
〔編註〕当初明細書の実用新案登録請求の範囲は左のとおりである。
本文に詳記するように、上下両辺部1、2の裏側に相対向して内側に向く横溝3、4を設けた近似横日字型尾錠基板5の右側ベルト挿通孔6の右側縁部を右方へ延長して表側に突出傾斜する突出片部7を形成し、ベルト挿通孔8の左側縁部を右方へ延長して表側に傾斜突出する突出片部9を形成したベルト掛止用の摺動板10を、上記の尾錠基板5にその横溝3、4に嵌合させることによつて結合し、以て摺動板10を尾錠基板の右側ベルト挿通孔6内に左右摺動自在に取付けて摺動板の突出片部9をベルト基板の突出片部7と対峙させて成る構造(算用数字は添付図面(〔編註〕省略)のそれを指す。)。