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大阪高等裁判所 昭和56年(ネ)2423号 判決 1983年2月28日

第二五五三号事件控訴人、第二四二三号事件被控訴人(以下、第一審原告という) 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 大上政義

第二五五三号事件被控訴人、第二四二三号事件控訴人(以下、第一審被告という) 堺市

右代表者市長 我堂武夫

右訴訟代理人弁護士 河上泰廣

同 重宗次郎

主文

1  第一審原告の控訴にもとづき、原判決を次のとおり変更する。

2  第一審被告は第一審原告に対し、金二一六万円、及びこれに対する昭和五四年二月八日から支払まで年五パーセントの割合による金員を支払え。

3  第一審原告のその余の請求を棄却する。

4  第一審被告の本件控訴を棄却する。

5  訴訟費用は第一、二審とも二分し、その一を第一審原告の、その余を第一審被告の負担とする。

6  この判決は第二項に限り仮に執行できる。

事実

一  当事者の求める判決

1  第一審原告

原判決を次のとおり変更する。

第一審被告は第一審原告に対し、金三七〇万円、及びこれに対する昭和五四年二月八日から支払まで年五パーセントの割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。

仮執行宣言。

2  第一審被告

原判決中第一審被告敗訴部分を取消す。

第一審原告の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。

二  当事者の主張

次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

(第一審被告の当審での主張)

1  第一審被告の職員は第一審原告又はその従業員や依頼人に対し、第一審原告が代理人となっている請求原因2ないし4の手続を停止するとか、手続を進められないとかを述べたことはない。

2  第一審被告の職員は、第一審原告の従前の建築士としての行為について原判決認定の違法行為があったことに鑑み、係属中の前記手続についても違法なところはないかどうかを、慎重に審議すると述べたに過ぎず、このような措置をとることは正当な行為である。

3  第一審原告と各依頼人との関係は委任又は準委任契約であり、第一審原告は依頼人に対して事務処理の状況に応じた報酬請求権を有していると解すべきであるから、第一審原告の第一審被告に対する損害賠償金額は右報酬金額分だけ減額されるべきである。

(第一審原告の当審での主張)

1  第一審原告は、グリーンハウジング株式会社の代理人として申請した事件について、原判決認定のような違法行為を自らしたことはない。それらの行為は、第一審原告の主宰するキング建築設計企画ルームの従業員が第一審原告の知らないうちになしたものであって、第一審原告はこれを指示したことも、黙認したこともない。

2  仮に、原判決認定のような違法行為があったとしても、それをもって過失相殺の理由とすることはできない。

3  よって、愛和らに対する報酬八〇万円、成協工務店に対する報酬一九〇万円の請求権を失った損害、及び慰謝料一〇〇万円の計三七〇万円の損害賠償請求権が認められるべきである。

三  証拠《省略》

理由

一  当裁判所も、原判決理由の第一(争いのない事実)、第二(第一審原告と建築主らとの契約など)、第三の一、二(第一審原告の従前の違法行為と第一審被告職員の対応)(以上原判決一〇枚目表最終行より一五枚目裏最終行まで)の認定、判断は、次に付加、訂正するほかは、正当であると判断するから、これを本判決に引用する。

1  《証拠付加省略》

2  原判決一二枚目裏四行目の「その際、」の次に「第一審原告、その従業員らのうちいずれかの者は、」と加える。

3  原判決一三枚目表一行目末尾に、「第一審被告は右改ざんが公文書偽造、同行使罪にあたるとして第一審原告を被疑者として大阪地方検察庁堺支部に告訴をした。同庁は右改ざん行為が存したことは認めたが、この行為に第一審原告が直接関与し、又は共謀した証拠は不充分であるとして、第一審原告を不起訴処分とした。(なお、本件全証拠によっても、第一審原告が右改ざん行為に直接関与し又は共謀したことを認めることはできない。)」と加える。

4  原判決一三枚目裏二行目の「原告には」から同四行目の「ことに」までを削除する。

5  原判決一四枚目表五行目の「一二月二二日付で」を「一二月二二日に既に」と、同最終行の「作成日付の」を「作成の」と各改める。

二  第一審被告職員の対応に関する第一審被告の主張について

第一審被告は、第一審被告職員は、第一審原告が代理人として申請した水野らほかの事件について、申請に違法なところはないかどうかを慎重に審理すると述べたにすぎないのであって、これら事件の手続を停止するとか、手続を進められないとか述べたことも、そのような措置をとったこともなかったと主張し、証人塩野益男(原、当審)、水谷勉、山下秀司(いずれも第一審被告の職員)の各証言中にはこれに添う部分がある。

しかしながら、1 水野らの事件については覚書作成から第一審原告の解任までの間に、成協工務店らの事件については協議成立から第一審原告の解任までの間に、特に必要と認められる再審査、現地調査がされたこともないこと、このことが原判決により認定されてのちの当審においても第一審被告はこの認定を動かすような具体的な立証を殆んどしていないこと、2 再審査、現地調査を行わないとすれば、水野らの事件につき覚書作成(昭和五三年一二月二二日)からその交付まで二九日間(第一審原告解任届が提出された昭和五四年一月二〇日までの期間)、又は二三日間(上記期間から官公庁が執務しない年末年始の六日間を差引いた期間)もの期間が諸手続のため必要とするとは考えられないし、そのように認めるに足る証拠もないこと、《証拠省略》によれば、事前協議の成立から覚書の締結に至るまでに要する通常の期間は約一週間であると認められるところ、成協工務店らの事件については、事前協議成立(昭和五四年一月九日ころ)から第一審原告の解任届提出(同月一八日)までの間に覚書締結が行われていないこと、ところが、第一審原告の解任届が提出されるや、水野らの事件については、即日、覚書が交付され、成協工務店らの事件については、五日後に、覚書が作成交付されていること、3 証人西岡田康作(株式会社成協工務店代表取締役)及び同荒田博士(株式会社ニッセイホーム代表取締役)は、第一審被告の職員から、第一審原告に依頼している限りは手続は前に進められない、他の建築士に変えれば進めてやると聞かされた旨を証言し、証人山崎正員(株式会社愛和代表取締役)及び同水野熙樹も、寺岡進又は第一審原告から、第一審原告が代理をしている限りは手続が前に進まないとその当時に聞いたとの趣旨の証言をしているところ、右四証言によれば、右証人らは手続が遅延した一原因は第一審原告にあると考えて、第一審原告に対して良い感情を持っていないこと、同証人は自ら又は会社経営者として建築に関与しており、場合によっては将来第一審被告から建築に関する許可等を受けなければならなくなる立場にあることが認められるところ、このような者があえて第一審原告に有利に、第一審被告に不利に、虚偽の証言をするとも考えられないことの諸点を考慮し、《証拠省略》とも対比すると、証人塩野益男(原、当審)、水野勉、山下秀司の証言のうち前記の部分は信用することはできない。

三  第一審被告職員の行為の違法性

建築士が過去に代理人として提出した書類に虚偽の事項が記載されていたり、添付書類に偽造のものがあったりした場合、行政庁はその代理人に対し、当該事件につきその違法の点を補正するように指導し、又は、申請に対する許可などの処分が既になされているときは、代理人に対し本人を説得して違法状態を除去させるように指導することは許されると解されるし、更に、その者が代理人としてなした別個の申請事件についても、過去におけるような違法が存しないかを、他の事件よりも慎重に調査することは許されるところであり、このことは、過去の申請における違法にその代理人が直接に関与したものでなくとも、その代理人の名義で提出された申請にそのような違法な点が存したときは、同様に措置することが許されるものと解される。

しかしながら、この限度を超えて、その建築士の過去の代理行為に違法の点があったこと、又はその違法状態が除去されないことを理由として、その建築士が代理人として申請した別個の事件について、その申請の内容や当否を問わず、その手続の進行を停止したり、遅延させたりする措置をとることは、申請本人に対する関係で違法であることは勿論のこと、代理人である建築士との関係でも、建築士法二一条により認められた業務権限を否定することになりかねないばかりでなく、行政庁が申請事件の処理につき考慮すべきでない事項を考慮し、全ての事件を公平に処理すべき義務に違反するものとして違法と言わざざるを得ない。過去に違法な行為があった建築士を排除するためには、建築士法に定める建設大臣又は都道府県知事の処分によるべきものであって、建築士が申請した相手の行政庁が自らその建築士が代理人として申請した事件の進行を停止することが許されるべきものではない。

第一審被告の職員は、引用部分認定のとおり、互光商事の件について是正措置が講じられない限り、第一審原告が代理人となっている手続はすぐには進められない(水野ら、成協工務店ら、愛和らの事件)とか、第一審原告が代理人となっている申請では手続の促進はむつかしい(成協工務店らの事件)とか述べて、各申請本人が第一審原告を解任するに至らせたのもであるから、右の第一審被告の職員の行為は違法であるというべきである。

《証拠省略》によれば、第一審被告の前記職員らは、建築士である代理人に過去に違法の行為があったとしても、その建築士が他の建築主の代理人として申請した事件の手続を停止したり、進行させないような措置をとることは違法であることを知っていたことが認められ、前記認定事実によれば、右職員らは、前記のような措置をとれば各申請本人が第一審原告を解任するであろうことは予測していたものと推認されるから、第一審被告の前記職員らは、前記の違法行為をなして第一審原告に損害を生じさせたことについて故意があったものというべきである。

そうすると、第一審被告は国家賠償法一条一項によって、第一審原告の受けた後記の損害を賠償する義務がある。

四  第一審原告の損害

当裁判所も、第一審原告が、水野ら及びニッセイホームの件について報酬を失い損害を受けたとは認めることができないと判断するが、その理由は原判決理由第四、一、1及び3(原判決一七枚目裏最終行より一八枚目表一〇行目までと、同裏三行目から七行目まで)に説示のとおりであるから、これを引用する。

《証拠省略》によれば次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足る証拠はない。

1  第一審原告は、愛和らから委任をうけて、道路位置指定申請書を提出し、右申請手続に関する委任事務のうち約半分を処理していたが、この道路位置指定処分が未だなかったので建築確認申請書は提出しないでいたところ、この段階で愛和らから解任されたため、道路位置指定申請手続報酬のうち一〇万円、建築確認申請手続報酬六〇万円の計七〇万円を法律上請求できなくなり、この額の損害を受けた。

2  第一審原告は、成協工務店から委任を受けて、土地区画整理法七六条の許可を申請する前提として関係の区画整理組合の受付印を得たが、後記第一審被告の協議書の作成(覚書の締結)がされないため、大阪府知事に対する許可申請書は未だ提出しておらず、右許可申請手続関係の委任事務は未だ四割しか処理していない段階にあり、また、事前協議の申出をしてその協議を成立させ協議書の作成を待つばかりとなり、事前協議関係の委任事務のうち八割を処理した段階にあり、更に、建築確認申請書は未だ提出していない段階にあったところ、これらの段階で成協工務店から解任されたため、土地区画整理法七六条の許可申請手続報酬のうち三九万円、事前協議手続報酬のうち一二万円、建築確認申請手続報酬六五万円の計一一六万円を法律上請求できなくなり、この額の損害を受けた。

3  愛和ら及び成協工務店は、それらの各手続の進行が遅滞した原因の一部は第一審原告にあると考えているため、第一審原告に対しては、既に処理した部分に関する報酬についても、任意にこれを支払う意思はないため、第一審原告がこれを取立てようとすれば訴訟を提起するほかはない。

右認定の事実によれば、第一審原告は前記の第一審被告の不法行為によって、愛和ら及び成協工務店に対する報酬請求権一八六万円を失い、同額の損害を受けたことになる。

しかしながら、建築士が代理人として建築確認申請ほかの行政手続を申請し、行政庁と交渉することを建築主に約する契約関係は、民法上の委任又は準委任契約関係と解されるから、建築士は委任事務終了までの間に解任されたときでも、既になした履行の割合に応じた報酬を請求できる。したがって、第一審原告は約定の報酬のうち右1、2認定の部分を除く部分は愛和ら又は成協工務店に対し請求できるのであるから、この請求権を失ったとする第一審原告の主張は理由がなく、右認定以上の逸失利益の損害を認めることはできない。

五  過失相殺

引用の原判決理由第三の一及び本判決理由一に認定のとおり、建築士である第一審原告が従前に提出した申請書類に虚偽、違法なものがあったこと自体については、たとえ第一審原告がこれに直接に関与したことがなかったとしても、申請の名義人としての責任は免れえないところである。

しかしながら、(1) 第一審原告の前記行為は、これがあれば行政庁が第一審被告がなしたような不法行為をなすであろうと通常予測させるような性格の行為ではないうえ、(2) 第一審被告職員には、第一審原告の前記行為があったとしても、前記不法行為を思い止まる時間的余裕と能力はあったものと解されることを考慮すると、前記四の損害はもっぱら第一審被告の不法行為にもとづくものというべきであって、第一審原告の前記行為を理由として、損害賠償額を過失相殺して減額することは相当ではないと解される。

六  慰謝料

《証拠省略》によれば、第一審原告は前記不法行為のために、前記の成協工務店ほかの顧客を失ったほか、他の顧客も減少したため、開設していた建築士事務所も閉鎖せざるをえなくなり、相当の精神的苦痛を受けたことが認められ、前記の認定事実や本件に現われた諸事情を考慮すると、第一審原告が本件不法行為により受けた精神的損害に対する慰謝料としては三〇万円が相当であると認められる。

七  結論

そうすると、第一審原告の請求は、逸失利益一八六万円及び慰謝料三〇万円の計二一六万円の損害賠償、及びこれに対する昭和五四年二月八日から支払まで年五パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるが、その余の部分は理由がない。

よって、第一審原告の控訴にもとづき原判決を右の趣旨に変更し、第一審被告の控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上田次郎 裁判官 広岡保 井関正裕)

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