大阪高等裁判所 昭和56年(ネ)298号 判決 1981年7月09日
控訴人
青松康友
控訴人
井上守
右両名訴訟代理人
柳瀬宏
被控訴人
村田義雄こと
全義天
右訴訟代理人
谷口道治
同
三宅玲子
主文
一 原判決中控訴人ら関係部分を次のとおり変更する。
二 被控訴人は控訴人青松康友に対し金四三〇万円、控訴人井上守に対し金三五〇万円と、控訴人らに対しそれぞれ右金員に対する昭和五四年一一月八日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。
三 控訴人らのその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は第一、二審を通じ、控訴人青松に関する費用及び控訴人井上に関する費用ともそれぞれこれを三分し、いずれもその一を当該控訴人の負担、その二を被控訴人の負担とする。
五 この判決は第二項に限り仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一控訴人青松康友がダイマル工業裏書の原判決添付目録(三)記載の約束手形四通を、控訴人井上守が右会社振出の同目録(四)記載の小切手四通をそれぞれ所持していること、控訴人らが右手形、小切手を支払期日に支払場所において提示したところ、いずれも支払が得られなかつたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
そして、控訴人青松康友本人の供述及び弁論の全趣旨によれば、控訴人青松は右手形を機械代金及び貸金の見返り手形として、控訴人井上は右小切手を貸金の見返りとして受取つたものであることが認められ、これに反する証拠はない。
二<証拠>を総合すれば、ダイマル工業は昭和五〇年九月一六日設立された株式会社であり、その当初は代表取締役として高田実、取締役として春野博之らがそれぞれ就任していたが、同会社の経営は高田実と被控訴人の異父兄である国本太郎とが中心となつていたこと、昭和五三年四月五日付で右高田が代表取締役を辞任し、被控訴人が代表取締役に就任した旨の登記がなされていること、しかし、被控訴人はダイマル工業の代表取締役に就任する意思がなく、したがつて同会社の業務の執行に一切関与せず、もとよりその指揮監督に当る等のことが全くなかつたこと、右登記後同会社の運営は国本太郎が専らこれを行い、同人が同会社の経営全般を掌理していたことがそれぞれ認められ、<る。>
右認定事実によると、被控訴人はダイマル工業の代表取締役として登記されていたものの真の代表取締役ではなく、同会社の業務執行は国本太郎がこれを掌理していたものというべきである。
しかしながら、<証拠>を総合すれば、(1)被控訴人と国本太郎とは前記のとおり異父兄の間柄であること、(2)国本太郎はダイマル工業設立以前、同会社の業務目的と同種の金属工業を二、三経営し、いずれも倒産してしまつたため、銀行取引上信用を失い、高田実が昭和五三年四月五日代表取締役を辞任したとき、その後任となることができない事情があつたものであり、被控訴人はその当時右事情を知悉していたこと、(3)被控訴人がダイマル工業の代表取締役に就任した旨の登記申請に関する書類のうち被控訴人名下の印影は被控訴人の実印によるものであること、(4)被控訴人は、右登記がなされて間もない昭和五三年五月一九日、自己所有の大阪府南河内郡狭山町大字岩室五一二番地の二、同五一三番地の二土地建物について債務者ダイマル工業、根抵当権者信用組合大阪興銀、債権極度額四、〇〇〇万円とする根抵当権設定登記をし、また、同五四年一月二六日右物件につき債務者ダイマル工業、根抵当権者有限会社成谷金属工業所極度額二、〇〇〇万円とする根抵当権設定登記をしていること、(5)被控訴人は、昭和五〇年九月ごろダイマル工業に対し自己所有の前記土地建物の一部を賃貸し、ダイマル工業は右建物の一部を事務所、工場、従業員寮に使用していたばかりでなく、被控訴人自らも右建物の三階に居住し、しかも内妻の今泉ヒロ子にダイマル工業の電話番とか雑用をさせていた。したがつて、被控訴人は昭和五三年四月からダイマル工業の代表取締役就任の登記や同会社振出の手形等に被控訴人代表者名義が使用されていることを知つていたはずのものであることがそれぞれ認められる。
右認定事実によると、被控訴人は昭和五三年四月五日前記ダイマル工業代表取締役就任の登記がなされたことにつきあらかじめこれを承諾していたものと認めることができ、<る。>
一方、控訴人らがダイマル工業と取引していた当時被控訴人が同会社の代表取締役でないことを知つていた事実は本件全証拠によるもこれを確認できない。
判旨そうすると、被控訴人はダイマル工業の代表取締役に就任した旨の登記につきその承諾をしていたものであるから、被控訴人は商法一四条の規定の類推適用により自己が取締役でないことをもつて善意の第三者である控訴人らに対抗することができず、その結果として被控訴人は控訴人らに対し同法二六六条ノ三にいう取締役としての責任を免れ得ないものというべきである(最高裁判所昭和四七年六月一五日第一小法廷判決、民集二六巻五号九八四頁参照)。
三<証拠>を総合すると、ダイマル工業は被控訴人が代表取締役に就任した旨の登記のなされた後も、国本太郎が経営を行ない、従前納入していたパイプ自動切断機等を使用して収益を挙げようとしたが、これまで数回倒産し経営手腕に乏しい同人ではうまくいかなかつたこと、国本は資金繰りのため他からの受取手形やダイマル工業(代表名義被控訴人)振出の手形を控訴人らはじめ多数の者から割引いて貰つたが、振出元が倒産したりして経営が悪化してきたこと、かかる場合会社経営の担当者としては支払見込のない手形小切手の発行を差控えるべきであるのに、国本はその任務に反し、将来決済する資力もその見込もないのにその後もダイマル工業代表者被控訴人名義の約束手形、小切手を乱発し続け、これが原因となつてついに昭和五四年五月一五日手形不渡りを出し結局倒産するに至つたこと、国本はまもなく行方をくらまし、ダイマル工業は債務超過額が約一億円に達して昭和五五年六月一七日破産宣告を受けたこと、この間被控訴人はダイマル工業代表取締役としての業務の執行を何ら行なわず、国本にすべて委せきりにし、ダイマル工業の経営状態につき同人に問い質したり監視・監督をしないままこれを放置し、自己の経営する金属加工業に専念していたこと、以上の事実が認められ、<る。>
右事実によれば、被控訴人は前記のとおり商法一四条、二六六条ノ三の適用上ダイマル工業の代表取締役としての地位にある者でありながら、国本に会社業務の一切を委せきりとし、その業務執行に何ら意を用いることなく、同人を監視・監督せず、ついには同人をして支払見込みのない本件約束手形、小切手を含む多数の手形を乱発するに至らしめたものであることが明らかである。
判旨ところで、代表取締役は、その地位および権能の重要性に鑑み、ひろく会社の業務の全般にわたつて意を用いるべき義務を負い、少くとも他の者に会社の業務の一切を任せきりとし、その業務執行に何ら意を用いることなく、ついにはその者の任務懈怠を看過するに至らすような場合には自らも悪意又は重大な過失により任務を怠つたものというべきであり、そのため会社が損失をこうむり、ひいて第三者が損害を受けたときは、その第三者に対し損害賠償の責に任ずべきである(最高裁判所昭和四四年一一月二六日大法廷判決、民集二三巻一一号二一五〇頁参照)。そうとすると、本件の場合被控訴人は、自らも悪意又は重大な過失によりその任務を怠つたものというほかなく、その任務懈怠によつて国本の手形乱発を防止できず遂に会社倒産に至らしめたものであるから、これにより控訴人らが被つた損害に対し商法二六六条の三に基づき賠償する義務があるといわなければならない。そして、その責任は、ダイマル工業の倒産の一因が他の取引先の倒産にあつたとしても、前記任務懈怠と倒産との間に相当因果関係がある以上、これが阻却されるものではない。
四そこで損害額について検討する。
1 前記一によれば、控訴人青松が本件約束手形の額面合計六一一万七四〇〇円の、控訴人井上が本件小切手の額面合計五〇〇万円の各支払を受けることは事実上不可能であるから、控訴人らは前記倒産によりそれぞれ右手形、小切手額面額相当の損害を被つたものといわなければならない。
2 しかし、本件では次のとおり控訴人らにも過失があるから、過失相殺をすることにする。
<証拠>によれば、控訴人青松はその妻が国本の妻と従姉妹であることから従前より同人と面識があること、国本は以前控訴人青松の経営する鉄工所の下請会社でナットを製造していた頃事業に失敗し、ついで被控訴人と共同して村田磨きナット製造という名称で同様の仕事に従事するに至つたが、その頃控訴人青松は国本らと取引を行なつていたこと、しかしながら右会社も倒産し、控訴人青松の受取つた同会社振出の手形は清算されないままであること、その後ダイマル工業が設立され、しばらくして前認定のとおり被控訴人が代表取締役に就任する旨の登記がなされたが、控訴人青松は、同会社との取引につき、前記経歴を有する国本と専ら折衝し、同会社の経営方針に注意を払うことなく多額の取引をなすに至つたこと、控訴人井上は控訴人青松を通じて国本と親しくなつたものであるが、会社倒産の直前であるわずか一か月半の間に本件五〇〇万円の貸付を行なつたこと、以上の事実が認められ、<る。>
右事実によれば、控訴人青松はダイマル工業の経営の実態に十分留意せず、かつ国本の経営手腕、経済状況からみて本件手形の満期における支払が少なからず不確実であることを承知で、ダイマル工業と取引を行ないあるいは貸付を継続した結果、本件損害を被るに至つたものであり、この点で控訴人青松には過失があるといわざるを得ず、又控訴人井上も、その貸付の状況は必ずしも明らかではないけれども、控訴人青松や国本にダイマル工業の経営状態を問い質しさえすれば容易に右の事情を知りうべきものであつたといえるから、控訴人井上についても控訴人青松と同程度の過失があると認められる。
以上の点及び本件に顕われた諸般の事情を斟酌し、民法七二二条二項の類推適用により、被控訴人が賠償すべき損害額は、控訴人青松については前記損害額の約七割に相当する四三〇万円と、控訴人井上については前記損害額の七割に相当する三五〇万円とそれぞれ認めるのが相当である。
五そうすると、控訴人らの本訴請求は、被控訴人に対し、控訴人青松が四三〇万円、控訴人井上が三五〇万円と、右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和五四年一一月八日から完済まで年五分の割合による遅延損金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべきである。よつてこれと異なる原判決中控訴人ら関係部分を以上のとおりに変更し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(奥村正策 広岡保 森野俊彦)