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大阪高等裁判所 昭和56年(ネ)406号 判決 1981年12月24日

控訴人・附帯被控訴人 大阪市

被控訴人・附帯控訴人 高銀桂 外一名

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。

被控訴人らの請求を棄却する。

附帯控訴人らの本件附帯控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人ら(附帯控訴人ら)の負担とする。

事実

(当事者双方の求める裁判)

本件控訴について、控訴人(附帯被控訴人、以下控訴人という)は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人ら(附帯控訴人ら、以下被控訴人らという)の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

附帯控訴について、被控訴人らは、「原判決中被控訴人ら敗訴の部分を取消す。控訴人は、被控訴人高銀桂に対し金八七一万六、〇三〇円を、被控訴人玄貞烈に対し金八三六万六、〇三〇円を支払え。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求め、控訴人は、「被控訴人らの附帯控訴を棄却する。附帯控訴費用は被控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

(当事者の主張及び証拠関係)

次に付加するほかは、原判決の事実摘示と同じであるから、これを引用する。

一、控訴人の主張

(一)  本件外濠(大阪市東区所在の大阪域公園内北方外濠)付近のウバメガシの植樹帯や有刺鉄線にたとえ切れ目があつたとしても、石垣付近が立入り禁止されている場所であることが通常人に容易に認識しうるものであり、立入り防止設備が存在していたというべきである。しかも亡高邦勲(以下邦勲という)は自己の意思で植樹帯の内に立入りあえてほぼ垂直に水面から約二・六メートルもある石垣を下りザリガニ取りをするといういわば自ら招いた行為が介在した結果本件事故が発生したものである。したがつて本件事故はウバメガシの植樹帯や有刺鉄線の状態とは関係がないのであつて、営造物の瑕疵を問題とするのならば、石垣じたいの瑕疵が問題とされるべきものである。

(二)  国家賠償法六条にいう「相互の保証があるとき」の立証責任は被害を受けたと主張する被控訴人らが損害賠償請求をする能力の前提となるものであるから、被控訴人らが立証すべきものであり、控訴人に主張立証責任はない。

二、被控訴人らの主張

(一)  控訴人の主張(一)の主張事実は争う。

従来本件外濠付近において控訴人が有刺鉄線を張りめぐらしていたのは、外濠に接する石垣の中に入り水面に立入つたり落ちたりすることによる事故発生の危険を防止するためのものであつたことは自明であり、この有刺鉄線を常に新しいものにとりかえるなどしておれば有刺鉄線の内側に立入ることを防止しえたのであつて、有刺鉄線の一部が破損したり腐つていたにもかかわらずこれを補修せず放置したため邦勲が本件外濠に入り溺死したのであるから、控訴人に本件外濠の管理に瑕疵があつたものというべきである。

(二)  控訴人の主張(二)の主張も争う。

邦勲及び被控訴人らは朝鮮国籍であるところ、国家賠償法六条にいう「相互の保証」がないことは抗弁事実として控訴人においてこれを主張立証すべきものである。

かりに本件事故について国家賠償法の適用がないとしても、大阪城公園の本件外濠の池と石垣を含めて土地の工作物にあたるというべきであるから、予備的に民法七一七条により土地の工作物の保存に瑕疵があつたことを理由に控訴人に対し本件事故に基づき被控訴人らの被つた損害の賠償請求をするものである。

三、新証拠関係<省略>

理由

一、邦勲及び被控訴人らがいずれも朝鮮国籍であることは成立に争いのない甲第四号証の一ないし三により認められるところ、当事者間に国家賠償法六条の「相互保証」の存否について控訴人主張の要件説と被控訴人ら主張の抗弁説の争いがあるが、その点の判断は暫く措き、争点である控訴人に本件外濠の管理に瑕疵があつたか否かについて検討する。

二、邦勲が昭和五三年六月三日土曜日午後四時ころ本件外濠は転落し溺死したことは当事者間に争いがない。しかして当裁判所も右の転落と溺死との間に相当因果関係があると判断するものであつて、その理由は左記に付加訂正するほか原判決の一三枚目表四行目から一五枚目裏二行目までに説示のとおりであるからこれを引用する。

(一)  原判決一三枚目裏二行目に「高根桂」とあるのは「高銀桂」と訂正する。

(二)  同一四枚目表九行目の「右認定事実によると、」以下同一四枚目裏五行目までを削除する。

(三)  同一四枚目裏一一行目の「また、さきの認定の資料とした各証言によれば、」以下同一五枚目表末行までを削除したうえ、「以上の認定事実によれば、邦勲が本件外濠に転落した地点は水深が〇・五メートル位であり、石垣から一メートル濠の中央寄りの水深が〇・七メートル位である外、本件事故当時水の流れがあつたものとは証拠上必ずしも認め難いうえ邦勲の溺死体が発見された地点が石垣から一七ないし二〇メートル離れた濠の中央寄りであつたのであるから、邦勲が友人の一人から泳げといわれるままに濠の中央寄りに自ら深みに向つて進んでいくうちに溺死したものと推定できなくもない。しかし邦勲が自らの意思で中央寄りに向つて泳いだ事実は直接これを認めるに足りる証拠がないこと右に説示のとおりであり、事故当時九才であつて泳ぎを不得手としていたという邦勲が本件外濠の転落地点付近の水底がヘドロ状で藻が生えているという予想しなかつた事情もあつて冷静さを欠き、次第に深みに向つて遂に溺死するにいたつたものと認めるのが相当というべきであり、転落と溺死との間に相当因果関係があるものというべきである。当審において控訴人が提出援用した新しい証拠をもつてしてもこれを変更するに由ない。」を加える。

三、控訴人が都市公園法、大阪市公園条例に基づいて本件外濠を含む大阪城公園を設置し管理していることについては当事者間に争いがないところ、本件事故が公の営造物である本件外濠の管理の瑕疵によつて発生したものか否かについて判断する。

(一)  いずれも成立に争いのない乙第一号証、同第四号証、同第九号証の三ないし五、同第一一号証、同第一二号証、控訴人主張どおりの写真であることに争いのない乙第三号証、いずれも撮影年月日を除き被控訴人らの主張どおりの写真であることに争いのない検甲第一ないし第一八号証、第二八ないし第三九号証(撮影年月日が被控訴人らの主張どおりであることは原審における被控訴人高銀桂本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によつて認める。)原審における検証の結果、原審における証人林常一、同林常彦、同鄭信幸、同桑島俊二、同平野福男、同渡辺祐作、同松島要の各証言ならびに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  本件事故のあつた本件外濠付近は控訴人が設置管理する大阪城公園(総面積一〇三万〇、六三九平方米)の一部であるとともに、文化財保護委員会告示第四六号により昭和三〇年六月二四日付で文化財保護法六九条二項にいわゆる特別史跡に指定されている大阪城跡二二万二、二六〇坪に含まれている。

2  大阪城公園内には、通行用の道路として園路が設けられており、本件事故現場付近にも本件外濠の約一〇・七メートル北側に園路があるが、右園路とその南側の空地とは地表と殆んど高低差のないコンクリート製緑右によつてその区分が表示されているにとどまるので、南側の空地は自由に通行できる状況にある。

3  本件外壕は、大阪城跡の北側にあつて石垣で囲まれているが、北側(外側)の石垣は約二メートル、南側(内側)の石垣はそれよりさらにずつと高くなつており、北側の石垣の勾配は水面に対してほとんど垂直の角度である。そして邦勲が本件事故の際つかまつていたあたりの石垣は幅一・三メートルにわたりその左右の石垣と比べて約〇・二五メートル凹んでいる。その凹みから真下の水低までは約三メートルあり、凹みの真下の水深は通常は約〇・五ないし〇・七メートルであつて、水深は濠の中央に向つて次第に深くなつており、石垣から五メートル離れたあたりでは三メートル余あり、濠の幅は約七〇メートルである。

4  本件外濠付近は昭和四五年ころから控訴人の大阪市東部方面公園事務所が管理するところとなつたが、控訴人は、特別史跡である本件外濠及び石垣を保護するために立入禁止を表示するものとしてこのころ本件外濠に沿つて高さ約一メートルの棒杭に有刺鉄線を張つた柵を設置し、さらに昭和四九年を過ぎたころ本件外濠に沿つた一部の地域の石垣から約〇・七メートル離れたところに右柵に加えて幅約〇・九ないし一メートル、高さ約一・二メートルのウバメガシの生垣を、それぞれ設置した。しかし右ウバメガシの生垣は、本件事故現場のあたりでは、これを中心として西方約二五メートル、東方約二八メートルまでしかなく、しかもそのところどころに幅約〇・五ないし一・三メートルの切れ目があり、本件事故のあつた凹んだ石垣のすぐ北にも幅約〇・ 五メートルの切れ目があつた。また前記柵の有刺鉄線はペンチで切られるなどして破損されることが多く、控訴人は、以前は破損を発見の都度修理していたが、すぐ破損される状況が続き、昭和五一年度には右有刺鉄線にかえて本件外濠の西端から本件事故現場の約一二〇メートル西のあたりまでの間連続して高さ約〇・九メートルの鉄柵を設けるにいたつたが、右鉄柵の東端から東方については、その後も有刺鉄線の修理が十分にされないままであつて、本件事故当時、本件事故現場付近の一連のウバメガシの生垣の東の端から東方は前記有刺鉄線の柵がところどころに残存しているにとどまり、その残存部分もかなり老朽化していて有刺鉄線を張つてある棒杭が倒れかけあるいは倒れているものさえあつた。右一連の生垣の西の端から西方、前記鉄柵の東端までも前記有刺鉄線の柵が残存しているところはわずかしかなかつた。また前記生垣の切れ目には、本件事故当時には有刺鉄線はなく、転落地点の凹んだ石垣のすぐ北の切れ目にも、本件事故当時有刺鉄線はなかつた。したがつて、本件事故当時、本件事故現場付近では自由に本件外濠の縁まで近づきうる状況にあつた。

5  大阪城公園内には本件事故現場から約三〇〇米東方に「太陽の広場」があり、「太陽の広場」南側に遊戯の道具などが備えつけられた子供の遊び場所として多くの子供に利用されている外、邦勲の自宅付近には東成区中道二丁目の北中道児童公園、同区中本二丁目の北中本児童公園があり、これらはいずれも控訴人が児童、幼児の遊び場所として利用に供しているものである。

6  本件外壕付近は、大阪市公園条例により魚釣りやザリガニ取りなどの動物捕獲行為が禁止されているものであるが、本件事故発生の頃までは、土曜日、日曜日などになると子供たちが濠の浅いところあるいは壕の砂洲のところに下りるなどしてザリガニ取りをする遊び場所となつていたものであり、これらの者に控訴人職員が口頭で注意することがあつたが、効果はほとんどなかつた。本件外濠周辺には本件事故当時危険発生や動物捕獲禁止等の立て札はなかつたし、他に右ザリガニ取りなどの行為を防止するための特別の対策はとられなかつた。なお本件外壕で転落し溺死した子供は邦勲を除いてはいなかつた。

以上の事実を認めることができ、前掲各証拠中右認定に反する部分は直ちに採用できず、他に右認定を左右する証拠はない。

(二)  ところで、国家賠償法二条一項にいう営造物の設置又は管理に瑕疵があつたとみられるかどうかは、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきものであるところ、前記認定事実によれば、本件事故の発生した本件外濠付近は、文化財保護委員会告示昭和三〇年第四六号により特別史跡に指定されている大阪城跡二二万二、二六〇坪に含まれるものであつて、特別史跡については、文化財保護法は「文化財を保存し、且つ、その活用を図り、もつて国民の文化的向上に資するとともに、世界文化の進歩に貢献することを目的とする」(同法一条)見地から「その現状を変更し、又はその保存に影響を及ぼす行為をしようとするときは、文化庁長官の許可を受けなければならない」(同法八〇条一項)ものとし、現状不変更が原則とされているものである。しかして本件外濠付近はもともと城を外敵から守るために設けられたものであり、それ自体転落の危険性を包蔵するものであるが、その歴史上学術上の価値の高さのゆえに特別史跡に指定されているもので、かかる本件外濠付近の危険の発生防止のために必要な設備をもうけるには文化財保護に由来する現状不変更の原則にしたがい自ずから制限があるものといわなければならない。そして本件外濠、石垣の場所的環境、実情から通常予想される危険は石垣からの転落事故の危険であるから、控訴人としては右危険を防止するために必要な設備をなすべく、又これを以て足り、立入りの規制に従わず本件外濠や石垣付近で動物捕獲行為をなす如き行動に出る者のあることを予想してこれを防止する設備まで設ける必要があるものではないというべきところ、前記認定事実によれば、控訴人は本件外濠及び石垣を保護する目的で本件外濠に沿つて有刺鉄線を張つた柵あるいは高さ〇・九メートルの鉄柵を設け、更にウバメガシの生垣を設けることにより本件外濠及び石垣に一般人が近づくことを規制していたものであつて、右の有刺鉄線は修理が十分になされないままであつたものの特別史跡を原状のまま保存する見地からは通行者等がみだりに本件外濠及び石垣に立入ることを規制する設備としてはこれをもつて足りるものというべきである。前記認定の事実によれば、邦勲は近くに児童公園など適当な遊び場があるにもかかわらず、わざわざ立入りを規制されている本件外濠及び石垣付近に立入つたうえ友人とともに大阪市公園条例により禁止されているザリガニ取りをして遊んでいるうちに本件外濠に転落し溺死するにいたつたものであつて、本件事故は、特別史跡たる本件外濠、石垣付近の場所的環境、利用状況からすれば控訴人において通常予測しえない邦勲の異常な行動に起因するものというべきであつて、このような事故に対してまで営造物の設置管理に瑕疵があるものとして管理者の責任に帰せしめるべきものではなく、この点をいう被控訴人らの主張はとうてい採用し難い。

四、なお、被控訴人らは当審において予備的に民法七一七条に基く損害賠償を請求するが、上来説示したとおり控訴人の本件外濠の設置又は保全に瑕疵があつたとは認め難いから右予備的請求も排斥を免れない。

五、以上の次第であるから、被控訴人らの本訴請求はその余の点について判断するまでもなく失当としてこれを棄却すべきである。

よつて、原判決中、一部被控訴人らの請求を認容した部分は失当であるからこれを取消し、右取消した部分の被控訴人らの請求を棄却し、附帯控訴人らの本件附帯控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九三条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 今富滋 藤野岩雄 亀岡幹雄)

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