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大阪高等裁判所 昭和56年(ネ)597号 判決 1982年1月29日

控訴人 国

代理人 前田順司 山口修弘 ほか四名

被控訴人 破産者株式会社フラワー商会

破産管財人 八代紀彦

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一申立

一  控訴人

1  主位的申立

原判決を取消す。

本件訴えを却下する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  予備的申立

主文同旨。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

第二主張、証拠

当事者双方の主張及び証拠は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  被控訴人の主張

1  破産者株式会社フラワー商会(「破産会社」という。)の破産宣告当時における資本金、役員、株主は、次のとおりである。

(1) 資本金 八〇〇〇万円

発行済株式総数一六万株(一株額面金五〇〇円)

(2) 役員

代表取締役 吉田禎男

取締役   伊集院司

取締役   石黒昭

取締役   清水貞義

監査役   吉田チカ子

(3) 株主(破産会社の法人申告書添付明細書の記載による)

吉田貞男  四一、三五〇株

吉田チカ子  三、二〇〇株

吉田昭    二、五〇〇株

吉田園江   一、〇〇〇株

吉田耕次  一〇、〇〇〇株

伊集院司  二一、五〇〇株

伊集院直子  三、二〇〇株

石黒昭   二一、五〇〇株

石黒史    三、二〇〇株

その他不明 五二、五五〇株

2  控訴人の後記二2、3の主張はいずれも争う。

3  破産法六条三項は、法人と自然人とを区別せずに規定しているが、これは、同条項が法人については適用がないことを当然のこととしたためであるかあるいはこの点について配慮が行き届かなかつたために生じた立法の不備であるかのいずれかであると考えられるのであつて、このような場合には解釈によつて妥当な結論を導くべきである。

簡易生命保険の保険金受取人が被保険者たる役員または従業員であつて、かつ保険事故発生当時に保険契約が解約されていない場合には、たとえ保険契約者たる法人が破産したとしても、保険金は被保険者たる役員又は従業員に支払われるのであつて、この場合は、保険金が本来の債権者に弁済されることが制度的に保障されているといえる。しかし、右以外の場合、すなわち、保険金受取人が被保険者たる役員又は従業員であつても保険事故発生以前に保険契約に解約事故が発生していた場合及び保険金受取人が法人である場合には、還付金又は保険金は法人に支払われるものであり、ひとたび法人に支払われたうえはその資金の使途は法人が自由にこれを定めうるのであつて、これらの場合は、保険金が本来の債権者に弁済されるものとする制度的な保障は全く存しない。したがつて、簡易生命保険法五〇条は、保険金又は還付金を本来の債権者に対し弁済させるのを適当とする趣旨から出たものと解することはできない。

保険金受取人たる法人が破産した場合に、保険金又は還付金が破産財団に含まれず自由財産となり、被保険者たる役員等の退職金等の支払いにあてられたり、法人の経営者の家族の生活費にあてられたりすることになるという解釈には、次のような欠陥がある。すなわち、(イ)保険金が被保険者たる役員の退職金の支払いにあてられるとすると、破産財団が十分に形成されなければ、一般の先取特権のある従業員の給料、退職金は支払われないのに、一般の先取特権のない役員の退職金は支払われるというような事態が生じうる。(ロ)法人の財産である保険金又は還付金が法人の経営者の家族の生活費にあてられるとする法的根拠が明らかでない。(ハ)還付金については、法人が役員死亡等による経営危機に備えて簡易保険制度を利用しているような場合、本来の債権者がなにびとであるか判然としない。

二  控訴人の主張

1  被控訴人の前記一1の主張のうち、破産会社の資本金、役員の点は認めるが、株主の点は知らない。

2  被控訴人は破産会社の破産財団に関する訴訟についての法定訴訟担当者であるが、本件訴訟の訴訟物たる簡易生命保険契約に基づく還付請求権は破産会社の破産財団に属しないから、被控訴人は右権利について管理処分権を有せず本件訴訟を追行する当事者適格を欠く。したがつて、本件訴えは不適法であり却下を免れない。よつて、控訴人は、主位的に、原判決を取消し、被控訴人の訴えを却下する旨の判決を求める。

3  原判決は、破産法六条三項の規定は破産者が法人である場合には適用されないとしたが、これは同規定の解釈を誤つたものであつて、同規定は、次の理由により、破産者が自然人である場合にも法人である場合にもひとしく適用されるものと解すべきである。したがつて、被控訴人の本訴請求は理由がないから、予備的にこれを棄却することを求める。

(1) 破産法六条三項本文は「差押フルコトヲ得サル財産ハ破産財団ニ属セス」と何らの限定もなく規定しているから、すべての差押禁止債権が破産財団を構成しないと解釈するのが最も自然な解釈である。

(2) 原判決は破産法六条三項本文の法意を債務者の最低生活の保障のみにあるとするが、法律上差押禁止債権とされるものには、債権者の生活の保障という社会政策上の理由によるものだけではなく、国家的公益的業務に従事する者の業務及び生計の保障を目的とするもの、その他一般的に本来の債権者に対し弁済させるのを適当とする趣旨に出たものなどさまざまのものがある。例えば、石炭鉱業合理化臨時措置法(昭和三〇年八月一〇日法律第一五六号)三五条の五本文は廃止事業者の交付金の支払を受ける権利について差押えを禁止しているが、右権利が差押禁止債権とされたのは、鉱山労働者に対する賃金等の支払債務及び鉱害賠償債務を優先的に弁済させるためであり、右廃止事業者は事業の性格からして法人が大部分を占めることは明らかであるから、右差押禁止の趣旨が法人破産の場合にも尊重されるべきは当然である。同様に、原子力損害の賠償に関する法律九条三項は、原子力損害賠償責任保険契約の保険金請求権について、雇用対策法一六条は職業転換給付金の支給を受ける権利について、砂防法三七条二項は同条一項に基づく保証金の返還請求権についてそれぞれ差押えを禁止しているが、これらはいずれも給付を受けた金員がある一定の目的に使用されることを保障するために給付を受ける権利の差押えを禁止しているのであり、右各権利の主体としては法人も予定されていることが明らかであるから、右各差押禁止の趣旨は法人破産の場合にも尊重されるべきである。そこで、もし、被控訴人が主張するように破産法六条三項の規定が法人破産の場合にも適用されるか否かが当然差押禁止債権の差押え禁止の趣旨如何によつて定まるものとするならば、破産手続において最も重要な役割を有する破産財団の範囲がさまざまな差押禁止規定の趣旨を検討しなければ確定できないことになるのであつて、このような解釈は、破産法六条三項の解釈として採ることができない。

(3) 原判決は簡易生命保険法五〇条が「保険金又は還付金を受け取るべき権利は、差し押えることができない。」と定めているのは、同法一条に示されている同法の立法趣旨からして、主として債務者の最低生活を保障するという社会政策的見地から出たものであるとする。しかしながら、簡易生命保険法は、自然人だけでなく法人も保険契約を締結しうるものとしているが、簡易保険制度を利用する法人は、主として小規模企業であり、その利用目的は、おおむね次の二つ、すなわち、第一には役員又は従業員に死亡、傷害、疾病などの事故が起こつたときの退職金、弔慰金、見舞金あるいは損害賠償金を確保するためであり、第二には役員に右のような事態が起こつたときの事業の安定のためである。役員、従業員に対する福利厚生の制度が不十分で企業の経営基盤も弱い小規模企業が右のような目的から簡易保険制度を利用して従業員の確保、定着化及び企業経営の安定をはかることは、まさに簡易生命保険法一条の趣旨に合致した極めて合理的な利用方法というべきであるが、この場合、第三者に法人の保険金又は還付金を受け取るべき権利の差押えを許すならば、法人が簡易保険制度を利用した目的は没却され、ひいては簡易生命保険法一条の趣旨をも否定する結果となるのであつて、同法五〇条は、前記簡易保険制度利用の種々の目的からして、単に債務者の最低生活の保障という観点のみから設けられた規定ではなく、むしろ本来の債権者に対し弁済させるのを適当とする趣旨から設けられた規定であると解すべきであり、したがつてまた、保険金又は還付金を受け取るべき権利者が自然人であれ法人であれひとしく適用される規定であると解すべきであり、このように解することこそ同法一条の趣旨や同法の各規定との整合性を持つ解釈というべきである。このような簡易保険法五〇条の立法趣旨からすれば、同条の差押禁止の趣旨は、破産手続においてもそのまま生かされなければならない。けだし、法人の保険金又は還付金を受け取るべき権利が法人破産の場合に破産財団に含まれるとするならば、死亡等の事態が生じた役員又は従業員あるいはその家族は十分な救済が得られず、法人が簡易保険制度を利用した目的は没却されるからである。したがつて、保険金又は還付金を受け取るべき権利は、その権利者が自然人である場合であると法人である場合であるとを問わず、破産財団には属しないと解すべきであり、このように解することこそ簡易生命保険法五〇条及び破産法六条三項本文の正しい解釈というべきである。なお、保険金又は還付金を受け取るべき権利は、右のとおり破産財団に属しない結果、破産者の自由財産として商法四一七条二項の規定により裁判所によつて選任された清算人が行使することとなるが、清算人が受領した金員は、法が当該権利を自由財産とした目的、すなわち、簡易生命保険法において前記法人が簡易保険制度を利用した目的に従つて使用されるべきである。本件において破産会社が取得したのは、保険契約失効に伴う還付金請求権であるが、右還付金も保険契約締結の目的に従い役員又は従業員の退職金等の福利厚生費として使用されるべきである。ただ、清算人が役員及び従業員の生活状況その他の事情を考慮して差押禁止債権を差押禁止規定の設けられた目的のために使用する必要がないと判断したときは、民事執行法一五三条一項の準用により、執行裁判所の許可を得て差押禁止規定の適用を排除できるものと解すべきであり、差押禁止債権はこのような法の定める手続を経てはじめて破産財団に含まれるものと解すべきである。

三  証拠<略>

理由

一  株式会社フラワー商会が被控訴人主張の資本金及び役員を有する株式会社であつたこと、同会社が昭和四四年六月郵政省簡易保険局長との間で、(1) 保険の種類 一〇年払込一五年満期養老保険、(2) 保険金額 一五〇万円、(3) 被保険者 伊集院司、(4) 保険金受取人 同会社、(5) 保険契約の効力発生の日、昭和四四年六月二一日とする簡易生命保険法に基づく保険契約(保険証書記号番号四一―二五―五四八一五四五)を締結したこと、同会社が昭和五三年六月分の保険料を払い込まなかつたため、右保険契約が同年九月二〇日限り失効し、その結果同会社が控訴人に対し還付金一一二万五〇〇〇円と剰余金二二万六八〇〇円との合計一三五万一八〇〇円から未払保険料三万二四〇〇円を控除した残額一三一万九四〇〇円の支払請求権を取得したこと、同会社が昭和五三年八月一七日大阪地方裁判所において破産宣告を受け、同日被控訴人がその破産管財人に選任されたこと(以下破産者株式会社フラワー商会を「破産会社」という。)、被控訴人が昭和五四年一〇月二六日控訴人(門真郵便局)に対し右還付金等一三一万九四〇〇円の支払いを請求したが、控訴人からその支払いを拒絶されたこと、被控訴人が昭和五四年一一月九日簡易生命保険郵便年金審査会に対し右支払拒絶を不服として審査の申立てをしたが、その後六か月を経ても右申立てに対する裁決がないことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  控訴人は、本件訴訟の訴訟物たる簡易生命保険契約に基づく還付請求権は破産会社の破産財団に属しないから被控訴人は右権利について管理処分権を有せず本件訴訟を追行する当事者適格を欠く旨主張する。しかしながら、訴訟担当の場合の当事者適格の問題は、訴訟物として主張された権利義務について当該訴訟担当者が訴訟を追行する資格、権能を有するか否かの問題であつて、訴訟物として主張された権利義務の存否、帰属の問題とは区別すべきであり、後者は、本案の請求の当否の問題にほかならない。本件において、被控訴人が破産会社の破産管財人であることについては当事者間に争いがなく、ただ、右還付金等支払請求権が破産財団に属するかどうかが争点になつているにすぎず、破産財団に属するとした場合に右還付金等支払請求権に関し被控訴人に訴訟追行権があるか否かについて疑義があるわけではない。したがつて、右還付金等支払請求権が被控訴人の主張するように破産財団に属するかどうかの問題は、本案である被控訴人の請求の適否の問題であり、控訴人の右主張は採用することができない。

三  すすんで右還付金等支払請求権が破産会社の破産財団に属するかどうかの点について判断する。

簡易生命保険法五〇条は、「保険金又は還付金を受け取るべき権利は、差し押えることができない。」と規定し、一方破産法六条三項本文は、「差押フルコトヲ得サル財産ハ破産財団ニ属セス」と規定しており、これらの規定からすれば、右還付金等支払請求権は差し押えることができない財産であるから、破産会社の破産財団には属しないものと解するが相当である。

被控訴人は、簡易生命保険法五〇条及び破産法六条三項本文は債務者の最低生活の保障という社会政策的見地から設けられた規定であるから破産法六条三項本文は法人が破産者である場合には適用されない旨主張するが、簡易生命保険法五〇条及び破産法六条三項本文は、自然人と法人とをなんら区別しておらず、被控訴人主張のように自然人と法人とを区別して解釈することは困難である。

<証拠略>によれば、簡易保険制度を利用する法人には雰細な小規模企業が多く、加入の目的は、「役員に万一の場合があつたときの事業の安定のため」、「役員に万一の場合があつたときの見舞金、弔慰金及び役員退職金の確保のため」、「従業員に万一の場合があつたときの見舞金、弔慰金及び従業員の退職金の確保のため」とするものが多いことが認められるのであつて、これらの目的で法人が簡易生命保険に加入することは簡易生命保険法一条の趣旨に合致するものと考えられ、同法五〇条をその明文の規定どおり法人が権利者である場合にも適用あるものと解することは、合理的な根拠がある。

ところで、保険金受取人である法人が破産によつて解散した場合には、還付金等を受け取るべき権利は、商法四一七条二項の規定に基づき利害関係人の請求により裁判所が選任した清算人においてこれを行使すべきであり、清算人は、簡易生命保険法五〇条が右権利を差押禁止物とし破産財団には属せしめなかつた趣旨にそつて、これを用いるべきものと解される。

そうすると、破産会社が取得した還付金等支払請求権は破産会社の破産財団には属しないものというべく、右権利が破産会社の破産財団に属することを前提とする被控訴人の本訴請求は失当であつて、棄却を免れない。

四  よつて、被控訴人の本訴請求を認否した原判決は不当であり、控訴人の本件控訴は理由があるから、原判決を取消し、被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川添萬夫 露木靖郎 庵前重和)

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