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大阪高等裁判所 昭和56年(ネ)719号 判決 1983年8月31日

控訴人・附帯被控訴人(以下、控訴人という)

日本シェーリング株式会社

右代表者

ヨルグ・グラウマン

右訴訟代理人

門間進

飯島久雄

被控訴人・附帯控訴人(以下、被控訴人という)

尾崎英子

外二三名

以上二四名訴訟代理人

寺沢勝子

渡辺和恵

平野鷹子

山口健一

宮地光子

大江洋一

宇賀神直

正木みどり

野村裕

大川真郎

松岡康毅

岩永恵子

主文

1  本件控訴及び附帯控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とし、附帯控訴費用は被控訴人らの負担とする。

事実

一  当事者双方の求めた裁判

(控訴事件)

(一)控訴人

1原判決中控訴人敗訴部分を取消す。

2被控訴人らの請求を棄却する。

3訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

(二)  被控訴人ら

1本件控訴を棄却する。

2控訴費用を控訴人の負担とする。

(附帯控訴事件)

(一)  被控訴人ら

1原判決中、被控訴人ら敗訴部分を取消す。

2控訴人は、別紙請求債権目録1記載の被控訴人らに対し、同請求債権目録1の(16)、(17)項記載の各金員、同目録2記載の被控訴人らに対し、同目録2の(13)記載の各金員、同目録3記載の被控訴人らに対し、同目録3の(14)(15)記載の各金員、同目録4記載の被控訴人らに対し、同目録4の(13)、(14)記載の各金員、及び、これらに対する昭和五五年一一月一日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え(一部減縮)。

3訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

(二)  控訴人

1本件附帯控訴を棄却する。

2附帯控訴費用は被控訴人らの負担とする。

二  当事者双方の主張及び証拠関係

次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(主張)

(一)  控訴人

1 本件八〇パーセント条項の効力

(1) 右八〇パーセント条項を当然無効とすることの不当性

八〇パーセント算定の基礎となる該当項目のうち、とくに年次有給休暇、生理休暇、産前産後休暇、育児時間、労働災害による休業、及び、治療のための通院時間、ストライキ、団交等の組合活動を取りあげ、労基法等の規定の趣旨に照らし、八〇パーセント条項が当然無効であると結論すべきではない。

① いわゆる八〇パーセント条項は、右各規定に定められた労働者の権利行使を抑制しようとするものではない。労働者は法の定めるとおり自由に権利行使をして差支えないのである。それどころか、ストライキ等の組合活動の場合を除き、労基法が無給でも差支えないとしているところも、控訴会社(以下、単に会社ということがある)では有給にして、一段と権利行使を容易にする環境を造出しているのである。したがつて、右各立法趣旨に照らし、右条項が違法とされる理由はない。一方、組合からの賃上げ要求(経済闘争)に対して、いくらの額をどのような条件でどの範囲の人に認めるかは、労使間の取引に関するので、仮に会社がゼロ回答をし、或いは、昇給の対象から外す提案をし組合がそれを了承した場合には、それはその年度の昇給請求権が発生しなかつたことに帰着し、労働者の既得権を何等侵害するものではなく、また、違法といわれることはない。

② そして八〇パーセント条項は、会社が昇給を認めるにあたつてつけた非該当者の条件であり、また、賃上げ協定において非該当者を明記することは不可欠の要件でもあるので、その条件をつけることについては特に問題はなく、労働者の権利行使には直接影響はないものの、(一)その結果として翌年の昇給対象者から外されることになるかも知れないので、その不利益を避けるために自主的に権利行使を差し控える心境にさせるおそれがある点、及び、(二)産前産後の休暇や労災による長期休業の場合のように、休み方如何によつては自動的に権利行使の結果昇給非該当者が出てしまう点の二つにおいて、八〇パーセント条項該当者には昇給を認めないという協約部分にその当否をめぐり疑念が発生する余地ありとされるが、(一)については、法に定める、年次有給休暇に加えて生理休暇等をとつても八〇パーセントを越えることはないので、不利益を避けるために権利行使を差し控える必要もないこと、及び、世間一般に広く行なはれている日給月給制や昇給査定制度等が、自主的に権利行使を差し控える心境にさせるおそれのある度合との比較において、判断されているのが参考とされるべきである。

③ 前述のように、八〇パーセント条項は、法の直接禁止する事項に影響せず、昇給請求権の存否に影響を及ぼすにすぎないもので、もともと、昇給請求権は期待的権利にすぎず、かつ、労使の交渉結果によつてはじめて具体化するものであるから、それが合法的手続によつて排除されることにまで、画一的に労基法三九条、六五条ないし六七条、七五条ないし七七条、一九条、憲法二八条、労組法七条等の各規定ないしはその規定の趣旨が及び、法律違反を惹起せしめたり、ひいては民法九〇条の公序良俗に反して当然無効であるときめつけるべきではない。それは、あまりにも上述の規定ないし規定の趣旨を拡大解釈し、労働協約締結の意味を軽視しているものといえよう。むしろ、如何なる場合にも単純に労基法違反となるとの視点を捨て、労働者側の不利益の程度と会社の右条項を設定するに至つた必要性との度合を勘案して柔軟に判断すべきものである。ただ、団交やストライキに関する部分については、労働者個人の権利行使ではなく労働組合としての活動であるから、その労働組合が右条項を承諾して労働協約を締結したものである以上協約自治の原則からいつて、その部分についても憲法二八条や労組法七条をもち出して強行法規違反であり民法九〇条の公序良俗に反するときめつけるのは、正当でない。

④ 労働者側の不利益の程度と会社の右条項を設定するに至つた必要性との度合を勘案して判断する場合、②で示した(一)と(二)の二つのグループに該当条項を分けて考えるのが合理的である。そして、(一)には年次有給休暇と生理休暇が入り、(二)には産前産後休暇、育児時間、労災病に基づく休業、通院時間が入る。控訴人はもとよりすべての条項が合法で許されるものであると主張しているのであるが、仮にそれが認められないとしても、本件八〇パーセント条項は、会社の稼働率が年々急速に低下し経営が悪化したため、その再生の基礎として導入され、労働協約として成立したものであり、(一)の法定年休を全部とり、かつ、生理が全部労働日に発生して生休を十分にとつても(年休二一日間、生休二四日、合計四五日)その余の不就労がない限り八〇パーセント条項には該当しないのであるから、当然協約自治の範囲内に属し、この条項を設けること自体強行法規違反であるとか公序良俗に反するとまではいうことはできない。これに反し、(二)の該当項目は、本人の意思によつて出勤率をよくする可能性が極めて少ないので、これを八〇パーセント条項の中に含ましめることには、問題が生じ得るとの見方もあるが、これらはいずれもその期間が概して長期であり、不就労という事実と法律により有給の保護が与えられていない産休、育児時間や労災保険において全額の補償が与えられていない労災休業、通院についてもその期間中全額賃金が支給されているという事実に着目すれば、昇給部分について差を設けること自体、公序良俗に反するということはできない。

(2) 右八〇パーセント条項の合法性

① 八〇パーセント条項の原因項目の中には、労働者の個人的理由と責任において非稼働を招来するもの(遅刻、早退、欠勤、私用外出)や、就業規則によつて付与された法定外の慶弔特別休暇、育児休暇、妊娠通院休暇が入つているが、これらの原因項目に基づく非稼働に対して、昇給上不利益な取り扱いをなすことを約定することは、契約自由の原則にもとづき、違法ないし公序良俗違反を非難することはできない。また、交通機関の延着による非稼働時間を、八〇パーセント条項に加えることも、非難し得ないものと考える。

② 日常の組合活動については、ストライキや団体交渉の場合と異つて、八〇パーセント条項の不就労時間に算入することは何ら違法ではない。しかし、団体交渉については、これと異なる判断をするのは疑問である。確かに、団体交渉権は、憲法で保障された権利ではあるが、それは労組法七条にあるように、使用者に団体交渉拒否(この点に強行性がある)を禁じているにとどまり、就業時間中の団体交渉開催を義務づけているものではないので、労使の自由交渉の結果、就業時間中になされた団体交渉による不稼働時間を、八〇パーセント条項の原因項目に入れたとしても、もともと団体交渉も組合活動の一種であり、ともに団体行動する権利の範疇に入れても決して間違つているとはいえないのであるから、一般の組合活動の場合と異なり、強行法規に違反して違法であるときめつけることはできない。

③ ストライキは、権利として就業時間中に行うことが原則である。したがつて、八〇パーセント条項に入れることは、権利行使抑制の効果をもつことは否定し得ないが、ストライキは労働者の個人の権利行使ではなく、労働組合としての活動であるから、労働組合が原因項目としてストライキの入つている八〇パーセント条項を承諾して労働協約を締結したものである以上、協約自治の原則から言つて、これを憲法上の争議権保障の趣旨に反し無効となすことはできない。例えば、労働組合は自らの意思でストライキを一定の期間しない(争議権の不行使)約束を有効になし得ることは、通説判例の認めるところであるから、八〇パーセント条項を締結した結果、労働組合がストライキ権の行使を多少抑制せざるを得ないことが考えられるとしても、その程度は不行使契約に比し低いから違法ということはできない。組合活動、団体交渉、ストライキを、労働組合たる団体の権利行使と認識せず、また、労働組合たる団体に与えられた権利であることに気づかず、専ら、労基法上の労働者の固有権と同視した議論をするのは誤りである。労働組合が、自からの権利行使には直接の影響はないが、(したがつて、かかる協約の締結は合法)、権利行使をした結果、組合員個人に不利益な影響の出る八〇パーセント条項のような協約を締結する能力があるか否かは、組合の統制権ないし組合員の組合への授権の有無の問題であつて、強行法規違反に関する問題ではない。

④ 年次有給休暇と生理休暇を原因項目に含ませても、強行法規に反し、八〇パーセント条項が無効といえないことについては既に述べたが、通院時間についても就業時間中を避けることが可能な現在の治療体制の下で、自主的になるべく就業時間中の通院を避け、或いは、通院時間を少くする努力をするように促がす八〇パーセント条項を、強行法規違反で無効であるということはできない。

⑤ 産前産後の休暇、労災病に基づく休業については、自然発生的なもので、この二つは本人の意思と努力によつて出勤率をよくする可能性はない。しかし、出産という現象は、何等会社が関知することのない個人的現象であつて、全く会社に責任のないもので、したがつて、労基法は、母性の肉体保護のため産前産後の一定期間の就業を禁止し、その他、具体的かつ特定の場合についての不利益取扱いの回避措置を定めているにすぎない。したがつて、産前産後の休暇をとる権利を保障した趣旨が失なわれるとか、憲法一八条により産前産後の女子労働者を強制的に就労させることはできないことを理由に、八〇パーセント条項にこの原因項目を入れることを無効とするのは正当でなく、産前産後の休暇は、労働者が積極的権利として休暇をとることを認めたものではなく、使用者にその期間罰則をもつて就労させることを禁じ、侵害されない法的地位を保障したもので、たとえ本人の同意があつたとしても就労させ得ないものであるから、八〇パーセント条項によつて休暇がとりにくくなつたり、強制労働に従事させられるという性格のものではない。逆に、会社は、本来無給であるこの休暇に対しても、母性保護のため賃金を支払つているのである。この点で労基法六五条の法律解釈を正当になすべきである。そのうえ、労基法は、社会保障とは異つて、単に労働条件の最底基準を定めたものにすぎないものであるから、同法六五条は、産前産後の休暇をとつたことを理由に、賃金引き上げ等において不利益な取り扱いをすることを本人の同意があつたとしても、なお絶対的に禁止しているとまで拡張解釈することは許されない。

⑥ 労働災害に基づく休業については、労基法は使用者に療養補償義務を課しているにすぎないものであり、労基法七六条は、災害を受けた労働者の最低生活を保障することを目的とし休業補償額は、事故発生当時において決定された平均賃金によつて支払われるから、休業補償を受けている労働者の休業が長期にわたり、かつ、その間に経済情勢の推移により物価水準及び一般賃金の変動の著しいときは、本条の趣旨が没却されることになるので、補償額をスライドさせて、その適正を図ることにしているものであるが、この際のスライドは、増額する場合と共に減額する場合も共に定められているので、これを右労基法の趣旨に照らして許されないとするのは誤つている。

(3) 以上述べたように、八〇パーセント条項の各原因項目のすべてに違法性はなく、強行法規や公序良俗に反して無効であるということはできないのであるから、右八〇パーセント条項が当然無効であるとするのは誤つている。そして、仮に、右主張に誤つた個所があり、右主張が認められない場合でも、右八〇パーセント条項を全部無効としてその適用を排除するのではなく、項目別に検討し、不適当、無効とされる項目のみを除いた八〇パーセント条項として、すなわち、その余の該当項目を合計して年間の日数が八〇パーセントを割る場合には昇給非該当者となる条項として適用すべきことを予備的に主張するものであり、これが一部無効の法律解釈理論に合致するというべきである。

2 八〇パーセント条項と労働協約の要素性

(1) 八〇パーセント条項を労働協約の要素でないとするのは不当である。

① 本件は、控訴会社の従業員(その後退職した者も含む)である被控訴人らが昭和五一年度から同五四年度の賃上げに際し、昇給請求権が存在するのに昇給がなかつたとして、そのあるべき昇給分と、それに対応する夏季冬季一時金、退職金の支払を求めたものである。したがつて、被控訴人らの主張の根底には、右各年度における昇給請求権が各人に発生しているということがある。そして、この各人に対する昇給請求権の発生根拠は、控訴会社が被控訴人らと個別に契約したものでないから被控訴人らの所属する日シ労働組合と控訴会社が賃上げに関して、労働協約を締結したこと、及び、被控訴人らがその労働協約の締結並びに内容を是認している点にあるとしか考えようがない。それ故、日シ労組と被控訴人らとの間には、当然のことながら本件請求に関して不即不離、一心同体の関係が成立しているものとみるべく、それをこの両者は法人格を異にしているから、別異の主張をしたとしても禁反言にならないと、労組の追認に関して判断するのは誤つている。労働協約の存在なしには、被控訴人らが請求する根拠を欠くものである。

② 更に、昭和五一年から同五四年に至る間、毎年労使が賃上げ交渉を行つて、賃上げに関する労働協約を締結したこと、また、右労働協約の中に八〇パーセント条項が含まれていることについても異論はない。その八〇パーセント条項は、既述のように、会社が昇給を認めるにあたつてつけた非該当者の条件である。それは、協約上は、雇員、アルバイト、新入社員等と同列に取り扱われているが、それは非該当者のグループの一つとして、その項目に羅列記載されているにとどまり、そのような形式で記載されているからといつて、八〇パーセント条項は協約の運命を左右する程重要な条項ではないとはいえないものである。通常の賃上げ協定において記載される条項は、賃金引き上げ率、配分方法、諸手当、実施時期、賃上げ該当者その他であつて、賃上げ該当者の項目は、実務上は他の項目と共に極めて重要な意味をもつもので、それであるから日シ組合もこの八〇パーセント条項を除去すべく昭和五一年度の要求時に激しいストライキ手段に訴え、その後にも再三会社がこの条項を提案し、追認を求めたことがあつたのであるから、本件協定は、八〇パーセント条項が有効であることを条件として締結されたとみるべきであり、これが条件であるからこそ、賃金引上率や配分方法等についても、特別にわざわざ、これらの条項を有効であることを条件として本協定を締結する旨の記載をしなかつたものであり、したがつて、八〇パーセント条項は、賃上げ額と一体となつた協約の要素であり、また、停止条件でもあつて、これに反する見解は重大な誤りを犯すものである。

(2) 以下、八〇パーセント条項が協約の要素であることについて敷術する。

① 八〇パーセント条項は、協約締結の経緯や内容からみて賃上げ額と不可分一体となつた協約の要素であり、それを賃上げ額部分と分解して考えることは、協定の内容として特定化されたものを破壊してしまうもので許されない。八〇パーセント条項を条件とし、これに立脚した議論をする場合、右条件を法律行為の効力の発生又は消滅を将来の不確実な事実の成否にかからしめる附款であると限定するならば、八〇パーセント条項は条件でなく、賃上げ協約の内容そのものの一部で、控訴会社が本件労働協約の締結にあたり希求した目的自体であると補足するものである。

② そうすると、八〇パーセント条項が無効であるとしても、その部分を除去した残部の内容の協約部分が、法律行為の一部無効の理論に則つて成立したものと判断することは、当事者の意思を尊重する限り誤りであつて、当事者がこの無効な部分を除いてもなお、この法律行為をしたであろうと認められる場合のほかは、原則として全部を無効とすべきであると解釈すべきであろう(同旨、ドイツ民法一三九条)。控訴会社は、八〇パーセント条項に固執し、被控訴人らが所属する日シ労働組合が、この条項に合意したので、それを信じて本件協約を締結したのであるから、この主張には理由がある。そのうえ、労働協約の内容は、通常の契約の場合と異つて、労使の力関係を背景としつつ、全体としては、労使によって団体交渉のうちに、いわば計算されて妥協に到達し成立せしめられたものであるから、それ自体として一つの統一的な価値体系を形成しているものであるので、労働協約の一部の無効な部分があつた場合には、その部分のみ無効とすることなく、全部を無効とすべきであるとの有力説も存在し、控訴人の主張を独断とすることはできない。そして、法律行為の無効原因と考えられるものにつき、強行法規と公序良俗に反する法律行為を無効原因とする場合を他の無効原因の場合と比較して特別に一部無効であるときめつけ、その部分を除いた他の部分を有効であるとして法律解釈をしなければならないというような別異の扱いをうけるいわれはない。借地借家法の領域の契約ではなく、労使の対等をはかるための争議権を保証されている団体交渉権を認めている労働組合法の領域に属する労働協約なのであるから、単純に弱者保護の場合と同視することは誤りである。

③ 労基法その他の法律による保障が強行的であるとすれば、労働者において右保障された権利を行使するか否かの自由はない筈であるが、もし右行使するか否かについての自由があるとするならば、その自由権の範囲内で、自由意思をもつて行使しないことを約束したり、行使したことにより不利益を受けることを承認することも、当然に許されることになり、それが協約の形をとつたからといつて、許されないものに転換するということはできない。このほか、その労働者の所属する労働組合が、使用者との団体交渉において、個々の労働者の意思とは関係なく、不利益な取扱いを受けることを認める趣旨の協定を締結することは許されないとして、個々の労働者の賛否の意思表示があれば、本件協定を有効に締結することが認められることを示唆することは論理的な矛盾がある。その原因は、本来一定の行為のみを禁止するだけの取締法規である労基法その他の法律規定を、その法律の禁止する行為以上の、換言すれば予定してない範囲の行為(自由放任部分)にまでそれらの規定の効力が及ぶと解しているところにあるといえる。そのうえ、本件八〇パーセント条項は労働者に予め行使しないことを約束させたものでもない。

④ つぎに、控訴人は八〇パーセント条項を有効と信じ、かつ日シ労働組合がこれに同意して、本件協約の要素となつたとして、協約を締結したのであるから、日シ労働組合の方で、これを同意していないので協定の内容となつていないとするのであれば、明らかに重要な部分の法律または法律状態の錯誤がそこに生じており、控訴会社は本件労働協約の錯誤による無効を主張しているのであるから、本件協約を無効とすべきであつた。この点、控訴会社に重大な過失がないことは、本協約成立に至る事情、前述の労働協約という特別な契約の性格、その成立に特別な方式を履践することが法律上要求されていること、及び、全日シ労組と既に同一内容の協定を締結していた事情に照らし明白である。にもかかわらず、日シ労組は八〇パーセント条項を協定の重要な内容としていないから協約の重要な内容ではなく、したがつて、錯誤の主張は成立しないとすることは、日シ労組が右条項をのんで賃上げ斗争を中止し、その後も、右条項を含む協定を締結し、右条項の適用の有無をめぐる紛争は解決済みであるとの合意(追認)を再三与えている事実を無視し、また、日シ労組の信義に欠け、禁反言の原則にももとる行為に目をふさぐものである。

(3) 労働協約への調印の意味

① 控訴会社と日シ労働組合との間に、八〇パーセント条項の記載のある各労働協約が締結されている。そうであれば、右労働協約は労組法一四条の効力発生要件をすべて備えているのであるから、協定に記載された内容はすべて有効に合意に達したものと判断されるべきである(法的安定性)。したがつて、組合は八〇パーセント条項は有効なものでないとして単に調印しているに過ぎないから、控訴会社は本心から調印しているとしても八〇パーセント条項は相互に納得した協定の内容、要素となつていないとするのは妥当でない。右のような場合には、組合は、八〇パーセント条項は無効で反対であるが、後日争う権利を留保して調印するとの趣旨の文言を協約に挿入していない限り、八〇パーセント条項が協定の内容になつていないと否定することはできないとするのでなければ首尾一貫しない。そして、本件賃上協定の中での昇給該当者を定める条項は、右協定の中の重要な一部であつて、それを要素でないといい得ないこと、及び、両者は不可分の関係にあることは、既に詳述したとおりである。それ故に、組合は労働協約に無条件の姿で妥結調印しているのであるから、組合の主張を容れるのであれば、心裡留保(民法九三条)、すなわち単独虚偽表示が本件協約について行われたものと認定すべきであつた。そして更に、控訴会社としても、組合が八〇パーセント条項つきの賃上げ協定の成立を望んでいないことは、団体交渉や度々の組合からの除去の申し入れ、ないし、本件訴訟提起等によつて十分知つていたか、十分知ることのできる立場にいたのであるから、民法九三条但書により、本件各協定はすべて無効であるとされるべきであつた。その点で、控訴人は、民法九三条但書により本件各賃上げ協定は無効であるから、被控訴人らには昇給請求権は発生していないと主張するものである。

被控訴人らと組合が一心同体のもので善意の第三者の関係にないことについては、既述のとおりである。また、民法九三条但書により協約が無効となるときには、表意自体の瑕疵にもとづくものであるから協約全体が無効となり、一部の無効個所を除去してその他の部分は有効であるとの論理は成立するものではない(賃上げ部分と八〇パーセント条項は一体のもので、心裡留保の対象として分離して考えるべきものではない)。特にこの際有効な労働協約を締結するためには、法定の要式(署名押印)を履践する必要があることが想起されなければならない。本件八〇パーセント条項が無効なために、賃金引上げを含むその他の本件各協定の全部が無効であると解するのは著しく不合理であるとし、本件八〇パーセント条項は無効ではあるが、それ以外の本件各協定中後記妥結月払条項を除くその余の条項はすべて有効と解するのが相当であるとするのは妥当でなく、発生する結果がどのような影響を及ぼすことになるにせよ、法律行為自体の成否ないし効力を法条に従つて解釈せられるべきものである。

3 妥結月払条項の効力

八〇パーセント条項が強行法規に違反し無効であるとすることはできないからには、妥結月払条項も強行法規や信義則に反し無効とすることはできず、これを有効と解すべきである。また、八〇パーセント条項と妥結月払条項を日シ労組に受諾させるまでの会社の団体交渉態度が不当労働行為であるとして妥結月払条項が無効となると解するのは論理が逆であつて、妥結月払条項の有効無効と右交渉態度とは本来無関係のものである。

4 被控訴人らの慰藉料、弁護士費用に関する主張はいずれも争う。

(二)  被控訴人ら

1 本件八〇パーセント条項及び妥結月払条項の効力

(1) 右各条項は、強行法規違反として無効であるとともに、そもそも不当労働行為であつて、この面からも無効である。

① 昭和四五年一一月二七日本件組合が結成されて以後、控訴会社は本件組合を壊滅させるために、不当労働行為の態様を次々と変えながら今日まで攻撃を続け、裁判所や地労委で不当労働行為の判断が下されても全く従わず違法とされた行為を継続しているものであり、本件各条項も右組合つぶし攻撃の一環でありその最たるものである。会社は、賃金が労働者とその家庭の生活を支える唯一の糧であり賃金攻撃が労働者に対する極めて深刻な打撃になることから、控訴会社は、本件八〇パーセント条項をテコとして、組合が数年にわたつて獲得してきた権利を一挙に剥奪し、かつ組合をつぶすことを意図して本件条項を導入したものである、控訴人は、本件八〇パーセント条項は、会社の稼働率が年々急速に低下し経営が悪化したためその再生の基礎として導入されたと述べているが、控訴会社は、昭和五二年一〇月には資本金を九億から二三億に増資し、昭和五四年二月には二九億となり、昭和五三年度決算では二億五〇〇〇万円の黒字を出しており、また、これといつた経営悪化を防ぐ対策もとられておらず、八〇パーセント条項と経営状態との関係の検討もなされていない。このような事実からして、控訴人が主張するような八〇パーセント条項導入の理由は全く存在しなかつた。

② 本件八〇パーセント条項による影響は本件組合において圧倒的であり、会社はそのことを熟知していた。更に、実際の適用においても、救済措置の導入など、全日シ労組員や守る会会員からできるだけ該当者を出さないようにしている。控訴会社は、一方で、八〇パーセント条項という組合にとつてとうてい容認しえない制度の導入を図り、これを早急に実施するために、他方で、団交を拒否し、また、全日シ労組員には不利益が及ぶことを避けつつ、交渉が長期化するほど組合にとつて不利益が拡大する妥結月払条項をセットにして導入した。すなわち、右のような団交の経過自体、妥結月払条項と八〇パーセント条項の不当労働行為性を同時に浮きぼりにしている。

(2) 本件八〇パーセント条項は、権利行使を妨げるものであり、強行法規たる労基法三九条、六七条、六五条、六六条、七五条、七六条、七七条、一九条、憲法二八条、労組法七条などに違反し、民法九〇条に違反する。

① 右八〇パーセント条項により賃上げがなされない不利益は、当該年度のみならず、退職まで継続するばかりでなく、いわば複利計算になつて、差は拡大する。夏、冬の一時金についても、賃金に一定率を乗じて計算するため、差はやはり拡大されていく。退職金、年金についても、年を経るに従つて拡大しながらはねかえるのである。また、年々の賃上げは、物価上昇、貨幣価値の下落の中にあつて、実質的には、従前賃金の保障になつている。したがつて、本件のように賃上げゼロとすることは、実質上の賃金切下げをも意味し、賃金を唯一の糧として生活する労働者にとつては、重大な不利益である。

以上のように、賃上げゼロによる不利益は、あまりにも大きく、休暇を有給にしたところで、とうてい比較にもならない。

② 昭和五四年秋に淀川労働基準監督署が、控訴会社につき労基法上の諸休暇の権利行使状況につき調査したところでは、昭和五一年の八〇パーセント条項導入前と導入後の昭和五四年の調査時では、右権利の行使は約三分の一に減少しているということである。現実に、権利行使が抑制されているというべきである。

例えば、生理休暇についてみると昭和四九年では一人当たり平均月1.26日であつたものが、昭和五四年では平均0.1ないし0.2日と著しく減少し、八〇パーセント条項導入後は、生理休暇はほとんど取得できない状態に陥つている。また、労災による通院についても、八〇パーセント導入後、被災者は時間内通院を就業後に切りかえる、通院回数を減らすなどを余儀なくされている。

(3) 控訴人の項目別検討、柔軟な判断の主張について

① 控訴人は、労働者側の不利益の程度と会社の右条項を設定するに至つた必要性との度合を勘案して、柔軟に判断すべきであると主張するけれども、まず、労基法三九条、六七条、六五条、六六条、七五条、七六条、七七条、一九条、憲法二八条、労組法七条などの規定の強行法規性を全く無視する主張である。また、そもそも、会社が条項を設定するに至つた必要性などという事実が全く存在しないことは前叙のとおりであり、更に、控訴会社が、既に、昇給、昇格、一時金算定にとり入れられていた出勤率でなく、本件のような労基法、労組法に基づく権利行使を含む稼働率を導入したのは、権利行使を抑制し、権利の拡大行使と取組んだ日シ労組の活動そのものを否定しようという不当労働行為目的によるものである。

② 次に、控訴人は、項目別検討を行なうべきであるとし、「(一)のグループの法定年休を全部とり、かつ生理が全部労働日に発生して生休を十分にとつても(年休二一日、生休二四日)、その余の不就労がない限り八〇パーセント条項には該当しない」というが、控訴会社は労基法、労組法上の権利全体を含めて導入したのであり、右導入が不当労働行為である事前述のとおりである。また、その余の不就労については、出勤率として、その余の不就労部分のみを問えばよいものであつて、本件のような休暇権行使を含む稼働率は、その余の不就労が存在する場合、或いは不測のその余の不就労に備える場合ともに、権利行使を抑制するものである。

また、年休を繰越制度を利用した場合、それのみで八〇パーセントに近くなる。

(4) 八〇パーセント条項の効力

① 団交権、ストライキ権、組合活動の権利は、憲法が労働者に保障する権利である。これら権利行使によつて賃金カット以上に不利益取扱いをすることは違憲、違法である。ところで、日シ労組は企業利益のために法を無視する控訴会社から労働者の生活と権利を守るために結成された労働組合である。このため、控訴会社は日シ労組結成直後から日シ労組の活動を妨害し続け、職場での権利の獲得、行使を中心的に取組んだ日シ労組に対し、組合つぶしの強力な道具としてスト、団交を含む組合活動時間を八〇パーセント条項に含ましめたものであることは、その経過から明らかである。

イ、団交権について控訴人は、日シ労組との交渉の結果、就業時間中に団交開催が決つた時は不利益取扱いをしても合法だというが、どのような情況下の決定でも本件のような不利益取扱いをすることは違憲、違法である。そのうえ、控訴会社の日シ労組との団交態度はこれによる不就労時間を増大させ、不利益を拡大するもので、この条項は控訴人が拡大を可能にできる仕組みになつている。しかも、控訴会社は、全日シ労組とは実質団交をしながら、これを労組協議会の名称で呼び、就業時間中であつても不就労としての取扱いはしていないのに対し、日シ労組とは控訴会社の一方的指定による就業時間中、しかも会社外の場所でしか団交に応じない。

なお、就業時間中の組合活動も控訴会社が違法行為を繰り返すためにその救済を求めて地労委、労基署にむけて行動せざるをえないことによるものである。すなわち、違法を争えば争う程賃上げなしで労働者の生活を厳しく圧迫され、争わなければ会社内は控訴会社のいうがままとなり、結局は労働者の生活が圧迫されることとなる。団交権と同様、ここでも違法を繰り返すことで控訴人が不利益を拡大できる仕組みになつているのである。

ロ、ストライキ権について、控訴人は、平和条項より本件の方が行使抑制の度合は少ないというが、これは全く逆である。平和条項は、一定の期間、あるいは一定の事項を妥結した時に争議行為をしないことを約すもので、労使の一定の力関係の下で妥協の産物として議論はありながらも一定の合理性はあるものとされている。しかし、本件不利益取扱いは包括的な権利抑制となり強行法規に違反する。

② 産前・産後の休暇

労基法は女性の尊厳、次代を担う母性の社会的役割を認め、婦人労働者に産前、産後を認めていることはいうまでもない。控訴人はこの点につき、本人の同意があれば産休取得を理由に本件不利益を課しても違法でないとするが、八〇パーセント条項が労基法六五条に違反し無効となるのは、賃上げゼロという著しい不利益を確実に或る場合には二か年にわたつて課すことによつて、産前産後休暇の権利行使を抑制するからであり、本人の同意とは何の関りもない。しかも、本件八〇パーセント条項は、生む時期を調整したり、生むことを控えたりなど、人間の根源的権利である子供を生む権利をも否定するものである。

③ 労災通院・休業について

控訴人は、労災は自然発生的なものとするが、このことの中に、使用者として安全配慮義務に違反したのだという自責のないことが端的に表われている。しかし、労働災害は自然発生的なものではない。就業時間外で通院できるのだから、それをせよというのは、合法的根拠に欠けるものである。

2 本件八〇パーセント条項の無効の主張について

(1) 控訴人が、右条項の無効のみを主張できないとするのは誤つている。すなわち、

① 協約自治の原則からいつて、その条項部分についても、憲法二八条、労組法七条、民法九〇条に反しない等とする控訴人の主張に共通する考え方は、民法レベルの判断に陥つていることでありこれでは、労働法成立以前の段階に逆戻りするものである。

② 控訴人の右主張は、不当労働行為制度の趣旨や労働法の強行法規性を没却するものである。労使の力関係により不当違法な内容を押しつけられることもありうるのであつて、それを争えないことになれば、力にまかせて違法なことをやつてやり得になるが、そのようなことは不当労働行為制度や労基法、労組法、憲法の趣旨からいつて許されない。また、いかに組合が同意しても、強行法規違反の協定が無効であることや無効の部分のみを除外しうることは、女性の結婚・出産退職制、若年定年制、差別定年制などの件で、すでに論証ずみである。本件の場合は、組合は争つていたのであるから、なおさらである。

(2) 協定成立の意味について

① もし、組合が、あくまで八〇パーセント条項に反対していたならば、今日でも昭和五一年賃上げ以降の賃上げ協定及び一時金協定は成立していないから、昭和五一年以降退職するまで、賃上げはゼロのままでかつ全ての一時金も支給されないことになつてしまう。しかも、妥結月払い制度の同時導入によつて、妥結がおくれればおくれるほど組合員の不利益が積み重ねられる。こうして、本件各協定は、組合としては涙をのんでのことであり、強要、強迫されてのものであつて、この妥結によつて、会社の不当労働行為が治癒されるはずもない。また、組合は、八〇パーセント条項、妥結月払条項等について争う権利を留保しつつ妥結調印したものであり、控訴会社もそのことを認識していたのである。

② ついで、違法なものを含めないと全体が成立しないというのも疑問である。控訴会社において従前から、八〇パーセント条項なしで賃上げをしてきたこと、我国において上昇率はともかくとして、毎年の昇給は当然視されるに至つていること、その際本件のような条項をつける例はないこと、しかも、控訴会社は組合や組合員が本件条項を争うとわかつたうえで本件各協定を妥結調印していることなどを考えれば、八〇パーセント条項と妥結月払条項を除いた部分については、協定が有効に成立していることは当然である。

本件八〇パーセント条項が無効なために賃金引上げを含むその他の本件各協定の全部が無効であると解するのは日シ労組側にとつて極めて不利益となるのに対し、控訴会社は、違法な八〇パーセント条項を持ち出したことにより、現在まで賃金引上げを免れたことになつて不当に利益を得たこととなり、著しく不合理である。

なお、協定成立によつてすでに全員につき賃上げのなされた賃金請求権を取得したところ、その適用除外条項が無効になれば、原則にもどるまでのことである。まさに、その適用除外が法に反しないかどうかが問われているのである。ちなみに、民法九三条但書の適用についていうならば、組合は賃上げについては全く心裡留保などしていない。したがつて、控訴人の論によつても、組合が真意ではなかつた八〇パーセント条項と妥結月払条項の両者のみが無効になるというべきである。

(3) 八〇パーセント条項の無効と協定全体の効力

① 控訴人は、労働協約は統一的な価値体系を形成しているものであるから、一部無効な部分があつた場合には、その部分のみ無効とすることなく全部を無効とすべきであると主張するが、これらは、逆に控訴人の主張を否定する根拠となる。すなわち、吾妻光俊注解労働組合法三二四頁は、意思表示の瑕疵につき、錯誤による無効の主張はこれを否定すべきではあるまいか、なお、労働協約中の一部の規定に関して無効ないし取消を許すことは労働協約の統一性を乱すものとして、これを否定すべきであろうかとしており、前段によれば、控訴人の八〇パーセント条項が有効であることを要素にしたのに無効の判断がされたとの錯誤(但し、被控訴人らは本件を錯誤の場合であると認めるものではない)の主張は認められず、後段の一部無効の記述は意思表示の瑕疵によるものであり、本件は強行法規違反、公序良俗違反であるから関係がない。控訴人は後段につき、法違反と意思表示の瑕疵を別異に扱う理由がないというが、右記述は労働協約の統一性を尊重する立場から一部無効を許さず全体を有効とするというものであるから全く別異のものである。

②控訴人は、労働者は団交権があるから、借地借家人に比して弱者ではないから、全体を無効にできるというが、憲法で労働者に労働三権が認められたのは、労働者が、使用者との間で経済的に圧倒的な差があることによるものであり、家主、地主と賃借人の比ではない。

③ 控訴人は、八〇パーセント条項は協定の内容であり、これが無効となるなら、控訴会社につき重要な部分に錯誤があつたというが、控訴会社は、被控訴人らが争うのを承知のうえで強引に各協定を押しつけたのである。

3 慰藉料請求及び弁護士費用について

(1) 債務不履行による慰藉料、及び、弁護士費用は、いずれも肯認されるべきである。

① 債務不履行の場合であつても、医療過誤や労災の場合は慰藉料、弁護士費用を当然のこととして認めている。したがつて債務不履行の場合には慰藉料、弁護士費用の請求が認められないとの一般論は成立しえない。

イ、金銭支払債務の不履行の場合であつても、金銭の支払を受けると必ず精神的苦痛が治癒されるというものではなく、債務不履行の態様、それに伴う精神的苦痛の程度によつては、事後的に金銭の支払を受けただけでは精神的苦痛は完全に治癒されない場合もある。

本件の被控訴人らは、控訴人会社の本件八〇パーセント条項により、労基法、労組法上の権利行使を行つたことを理由に賃上げゼロという著しい不利益を課されたものであり、これが二年連続し、或いは三年賃上げゼロとなつた者もある。賃上げがなされても、物価上昇により実質賃金はかえつて低くなつている現状にあつては、賃上げゼロとされたことによる、生活への圧迫、不安は大きく、これが年をおうに従つて拡大していくため、その精神的打撃はきわめて甚大である。

更に、みんなが上つているのに自分だけ全く上らないということがどれ程大きな打撃であるか。本件八〇パーセント条項は、権利行使を行つた者に対し、賃上げゼロとする事により、本人の権利行使を抑制するばかりか、みせしめとしての効果も狙つているのである。したがつて、賃金の差額を後になつて支払われたからといつて、それまで被控訴人らが被つてきた苦痛が完全に治癒されるものではない。

ロ、また弁護士費用についても、被控訴人らが本件訴訟の遂行を弁護士である被控訴代理人らに委任したことはやむをえないから、右委任の費用は、控訴会社が不当に条項を決定したことに起因し、更に、控訴会社が被控訴人らの請求に対し、故意又は過失により不当に抗争したことと相当因果関係のある損害とすべきである。

すなわち、控訴会社は違法かつ不当に被控訴人らの昇給を停止したことにより、本件訴訟の原因を作り、更に、被控訴人らの請求に対し、故意にかつ不当に抗争したことにより被控訴人らに弁護士費用の支出を余儀なくさせたのであるから、弁護士費用は当然本件と相当因果関係の範囲内にある損害なのである。

② ついで、被控訴人らが契約上の権利に基づき請求権を有している以上、不当労働行為によつて右請求権が侵害されたとはいいがたいとするのは妥当でない。被控訴人らは契約上の請求権があるのに、控訴会社の不当労働行為意思により故意また不法、不当にその行使を妨げられているものであり、本件賃金不払いは不法行為を構成するのである。更に、本件不払いは、賃上げゼロという著しい不利益で、前述のごとく被控訴人らの生活をおびやかすのみならず、被控訴人ら以外の労働者、日シ労組以外の労働者に対し、みせしめの効果をも持つものであつて、その精神的損害は甚大であつて、後に賃金が支払われ、財産的損害が回復されてもなお回復されるものではない。

したがつて、本件賃金不払い(不履行)は、単なる債務の不履行ではなく、それをこえる組合つぶしを狙つた不当労働行為であり、本件不払いによりこうむつた精神的損害が、事後的な財産的損害により回復するようなものではない。弁護士費用についても同じである。

(2) 慰藉料について

① 債務不履行と慰藉料

独立、対等な市民相互の関係を規定する民法・商法における単なる金銭債務の不履行と、企業から受領する賃金のみで生活を支えて行かねばならない労働者と企業の間を規定する労働法における賃金債務の不履行とを同列に論じることは適切ではない。労働法の分野においては賃金不払という金銭債務不履行により精神的損害が発生すれば、それに対する賠償として慰藉料が認められているのである。本件は労基法違反による賃金支払債務の不履行事件であり、その違反の程度は大きく、精神的損害に対する慰藉料が当然認められるべきである。

しかも、本件は単なる遅滞にかかる金銭債務の履行を求めた事案ではない。すなわち、八〇パーセント条項導入は、単に右条項該当者に賃金を支払わないという内容のものではなく、その目的は右条項によつて組合員の労基法上、労組法上の権利行使を抑制させ、結局権利そのものを形骸化させることにあり、加えて、それによつて組合員を不利益扱い、差別的に取扱い、組合そのものの団結権を侵害する意図と内容の攻撃するものである。被控訴人らの人間としての尊厳を侵害されてならないことは言をまたないが、八〇パーセント条項導入は、被控訴人らの全生活に影響を及ぼし、種々の支障、被害を生ぜしめ、かつ被控訴人らの人格を傷つけているのである。

② 不法行為と慰藉料

既に述べたように、本件八〇パーセント条項は、労基法違反であると同時に不当労働行為そのものでもある。不法行為の場合に財産的損害を回復されてもなお回復され得ない精神的損害を受けた格別の事情がある場合に慰藉料を請求できることは明らかである。

イ、この場合契約上の権利に基づき、賃金等の支払い請求権を有している以上、不当労働行為によつて右請求権が侵害されたとはいい難いから、賃金等の不払いが更に不法行為を構成するものとは解し難いということはできない。すなわち、契約上の権利請求が成立しても、不法行為請求は成立し、二つの請求権が競合するというのが一般であるが、競合しないということになれば結論がきわめて不合理となり、いずれを主位、予備とするかで救済の範囲が異るのを容認すべきでない。本件では、妥結月払い条項の導入が不当労働行為となり無効であることは明白であるから、仮に契約上の権利からでは慰藉料請求が認められないとすれば、不法行為請求権によりこれを認めるか、少くとも慰藉料の限りで認めるべきである。

ロ、また、不法行為を構成するとしても「賃金等を支払わないことによる損害は、純然たる財産的損害であるから、このような財産的損害を受けた場合には、その財産的損害が賠償されれば精神的損害も一応回復されたと解すべきであつて、ただ右財産的損害を回復されてもなお回復され得ない精神的損害を受けた特別の事情がある場合に限つて精神的損害の賠償を請求しうる」とするのも妥当でない。そもそも、本件を純然たる財産的損害とみるのは誤りであり、財産的損害は、被害の主要部分であつてもその一部にすぎず、しかも、ここに、不当労働行為攻撃、差別攻撃、人事権濫用などの使用者の労働者に対する違法攻撃固有の特徴がある。被控訴人らは本件では賃上げ額の認容では到底回復されえない損害を被つていることについて、既に原審から繰り返し主張してきたところであるが、本件違法行為の質、態様、被害の状況等についての主張立証が、そのまま特別の事情の存在の主張立証にも該当するものである。

③ 被控訴人らの被つた精神的苦痛について

控訴会社は、本件八〇パーセント条項導入により、賃上げゼロとするばかりでなく、昭和五三年からは各部で稼働率の順位をつけ、八〇パーセント以下の者は名前を呼ばれ、各班のチーフから事務所に呼ばれて注意をされる。これは、労基法上の権利行使を行つたり、労災通院によつて稼働率が八〇パーセントを割る場合でも、もちろん何らかわることなく、ようしやなく行われるのである。その中で、労災通院も満足にできず、退社後、夜間通院せざるを得ない状況となつている。

このように、本件八〇パーセント条項は、賃上げゼロという不利益取扱いに止らず、職場での権利行使を妨げる上司、班長の行動としても出てきているのであるが、正当な権利行使を理由に賃上げゼロとされることは差額賃金が後になつて支払われれば回復できる程度のものではなく、以下に述べるような甚大な影響を、被控訴人らに及ぼしており、それによつて、被控訴人らの被つた精神的打撃は、きわめて大きい。

イ、いうまでもなく、労働者は、賃金をその唯一の糧として生活を維持している。そして、本件八〇パーセント条項が導入された昭和五一年以降も諸物価の高騰、公共料金の値上げなどにより、賃上げがなされても、生活は苦しくなつているのが実際であるが、本件は、賃上げ額が他に比べて少ない、或いは平均より少ないといつたことにとどまらない、まさにゼロなのである。

ロ、被控訴人らは、いずれも正当な休暇権の行使或いは労災入通院によつて、稼働率八〇パーセントを割るに至つたのである。ところが、仕事はきちんとし、能力も十分あるにもかかわらず、賃上げゼロとなるため、昭和五一年度では、原審判決請求債権目録一記載のとおりの賃金差が生じる。

更に、一時金については、賃上げゼロによる低さに加えて、考課査定がなされ、稼働率八〇パーセントを割つたこと、本件訴訟を提訴したことを理由に極めて低い評価がなされ、被控訴人らにはプラスアルファがゼロというのがほとんどである。しかも、賃上げを避けようと思えば稼働率を気にかけ、出産を調整したり、育児時間を一部とらなかつたり、労災通院を退社後にまわしたりなどの非人間的生活を強いられ、それでも、子供が病気にでもなれば、有給休暇をとらざるを得ず、不安と神経を使つた一年間のすえに、結局賃上げゼロでみじめな思いをしなければならない。被控訴人らの職場では、八〇パーセント条項導入後、賃上げ時期、一時金の時期は皆が口をきかなくなり、職場が暗くなつている。

ハ、賃金差額を回復するには訴訟をせざるを得ず、裁判傍聴についても職場に気がねをし、また、八〇パーセント条項の稼働率にひびくことを考えながら裁判所に来ているのである。被控訴人らの多くは結婚、子供の誕生という人生において最も楽しい時期に、訴訟をせざるを得ない状況におとしいれられており、その精神的苦痛は大きい。

なお、慰藉料については、控訴会社は大阪地労委で昭和五五年六月不当労働行為と判断され、原判決でも違法とされたにかかわらずこの制度を撤回しないで今なお行使していることにおいて、違法性がきわめて高く悪質であることを考慮に入れるべきであるし、会社が全く攻撃的で労働組合結成から一貫して執拗になしている違法行為の一環であることも考慮されるべきである。

(3) 弁護士費用

本件は単純な事件ではなく、会社の手のこんだ、一見労働協約での合法を装つた内容のものである。また、その内容は労基法、労組法の諸権利と密接にかかわることからその専門的知識、理解を不可欠とする。本件は被控訴人らが弁護士に委任して訴訟手続を追行しなければ権利の擁護が非常に困難なものであることは明白である。

また、本件は犯罪行為ともいうべき(労働委員会の不当労働行為判断が行訴によつて確定したのに遵守しないときは刑罰が科せられる)反倫理性、反社会性をつよく帯びる悪質な行為であり、これによつて生じた強度の違法状態を原状に回復するため本訴提起を余儀なくされたわけである。

そもそも債務不履行に基づく損害賠償請求においても、不法行為に基づく損害賠償請求と別異に解する理由はないとされるのであるが、本件は債務不履行のみならず不法行為をも構成する事案である。かかる事例、たとえば医療過誤や労災事故(安全配慮義務違反)などではほとんどすべての判決で弁護士費用が認められている。

本件を単なる金銭債務不履行であると判断するのが誤りであることは一概に慰藉料で述べたところである。控訴会社の本件行為と被控訴人らの弁護士依頼とは相当因果関係があり、本件弁護士費用は当然被控訴人らの被つた損害に含められるべきである。

(証拠関係)<省略>

理由

一  当事者らの地位及び他の労組等の存在

控訴会社が、その肩書地に本社を、全国二九か所に営業所を置き、西ドイツのシェーリング・AG・ベルリン・ベルクカーメン株式会社から医療品を輸入し、また、医薬品の製造販売を業とし、従業員約八〇〇名を擁する株式会社であること、被控訴人らが、いずれも控訴会社の従業員であるか、又は、あつたものであり、総評化学同盟日本シェーリング労働組合(日シ労組)の組合員であること、控訴会社には、日シ労組のほか、全日本シェーリング労働組合(全日シ労組)と、職場と生活を守る会(守る会)なる組織があることは、いずれも当事者間に争いがない。

二  本件八〇パーセント条項締結の背景とその内容

(一)次の事実は当事者間に争いがない。

1日シ労組と控訴会社との間に、(1)、昭和五一年八月六日、(イ)賃金引上げ率を昭和五〇年度基本給に対し、平均8.8パーセントとする、(ロ)賃金引上げ対象者は妥結時在籍者とする、但し、雇員、アルバイト、昭和五一年一月一日以降入社した者、稼働率八〇パーセント以下の者は除く(本件八〇パーセント条項)、(ハ)新賃金は妥結した月より適用する(妥結月払条項)とするほか、被控訴人ら主張の内容による昭和五一年度賃金引上げに関する協定(五一年度協定)が成立し、(2)、同五二年六月三〇日、(イ)賃金引上げ率を昭和五一年度基本給に対し平均一〇パーセントとする、(ロ)賃金引上げ対象者は妥結時在籍者とする、但し、雇員、アルバイト、昭和五二年一月一日以降入社した者、稼働率八〇パーセント以下の者を除く、(ハ)新賃金は妥結した月より適用するとするほか、被控訴人ら主張の内容による昭和五二年度賃金引上げに関する協定(五二年度協定)が成立し、(3)、昭和五三年四月二八日、(イ)賃金引上げ率を昭和五二年度基本給に対して平均八パーセントとする、(ロ)賃金引上げ対象者は妥結時在籍者とする、但し、雇員、アルバイト、昭和五三年一月一日以降入社した者、稼働率八〇パーセント以下の者を除く、(ハ)新賃金は妥結した月より適用するとするほか、被控訴人ら主張の内容による昭和五三年度賃金引上げに関する協定(五三年度協定)が成立し、(4)、昭和五四年四月二七日、(イ)賃金引上げ率を昭和五三年度基本給に対し、平均8.6パーセントとする、(ロ)賃金引上げ対象者は妥結時在籍者とする、但し、雇員、アルバイト、パートタイマー、昭和五四年一月一日以降入社した者、稼働率八〇パーセント以下の者を除く、(ハ)新賃金は妥結した月より適用するとするほか、被控訴人ら主張の内容による昭和五四年度賃金引上げに関する協定(五四年度協定)が成立したこと。

2八〇パーセント条項の内容は、前年一月から一二月までの一年間の稼働日数日の所定労働時間から不就労時間を控除した時間を所定労働時間で除したところの稼働率が八〇パーセント以下の者について、賃金引上げ対象者から除外し、賃金引上げを行わないとするものであり、控訴会社は、同条項の適用について、右稼働率算定の基礎となる不就労時間中に、欠勤、遅刻、早退によるもののほか、年次有給休暇、生理休暇、慶弔休暇、産前産後の休暇、育児時間、労働災害の治療のための通院、ストライキ等組合活動によるものを含めて、右稼働率の計算をし、控訴会社は、原判決別紙請求債権目録1、2記載の各被控訴人らについては、昭和五一年度の賃金引上げに際し、同目録3記載の各被控訴人らについては昭和五二年度の賃金引上げに際し、同目録4記載の各被控訴人らについては昭和五三年度及び同五四年度の各賃金引上げに際し、それぞれの稼働率が八〇パーセント以下であつて、右八〇パーセント条項に該当するとして、その賃金引上げの対象者から除外し、右各賃金引上げ相当額の賃金、及び、これらに対応する夏季、冬季各一時金、退職金(以下、賃金差額等ということがある)を支払つていないこと。

(二)そして、以上争いのない事実に、<証拠>を総合すると次の事実が認められ<る。>

1控訴会社は、昭和四五年六月頃、その従業員の要求に対応するべく、経営協議会なるものを設置したが、同年冬季の一時金等の決定が一方的であるとする従業員らは、同四六年一一月二七日、日シ労組(六割程度が女性)を結成し、同労組はこれと同時に総評化学同盟に加入したが、他方、同年一二月一七日、労使協調を基本姿勢とする全日シ労組が結成され、右労組は、これとともに全国化学一般労働組合同盟(全化同盟)に加入した後これを脱退していたが、更に、合成化学産業労働連合(合化労連)に加入し、控訴会社との間で、昭和四六年から賃金等につき早期の妥結を続け、この間で賃金引上げについて協定するとともに就業規則の改訂等をも経ていた、ところで、昭和四八年二月、訴外小倉義昌が控訴会社の労組担当となつた頃から、控訴会社は日シ労組との団体交渉を拒否するようになり、その後、控訴会社が、発生した暴行事件につき、日シ労組の幹部らを傷害罪で告訴するというような事態となり、同四九年六月には、控訴会社内に、右従来の二労組のほかに職場と生活を守る会(守る会)が発足し、この間の対立が問題とされるに至つた、そして、同五〇年一〇月頃には、控訴会社の要請により、右小倉のあとに訴外垣見満が入社して、業務内容の管理等に着手し、同五一年五月には、控訴会社の総務部長の地位にあつたが、同人は、控訴会社の昭和四九年度以降の経営の状況が必ずしも良好でないとし、この原因は、製品の売上げ、及び、従業員の作業状況にあるとの認識に基づき、会社健全化の方策として、新たにいわゆる八〇パーセント条項なるものを導入し、従業員の貢献度を賞与等に反映させ、生産に最も直結する稼働率(稼働時間)によつてこの間に隔差を設けることにより、営業実績の向上をはかることとし、稼働率ないしその向上を賃上げの条件とする条項の協約化を最重点対策として、同五一年度の団体交渉に望むことを決定した。

2被控訴人らは日シ労組に所属のところ、同労組(殆んどが女子労働者)は、昭和五一年度の賃上げにつき、同年三月二二日、控訴会社に対し、基本給の二四パーセントと一律一万円の賃金引上げ等を内容とした賃金引上げ要求をし、控訴会社に対し団体交渉を申し入れたところ、控訴会社は、同年四月一五日、賃金引上げ額につき、昭和五〇年度の基本給の八パーセントとする旨の回答をしたほか、右賃金引上げの対象者を稼働率八〇パーセント以上のものとするいわゆる八〇パーセント条項、及び、右賃金引上げ時期を交渉妥結の月からとする旨の妥結月払条項を持ち出し、この受諾を強く求めた。これに対し、日シ労組は、右条項に問題があるとし、更に右稼働率算定の方法、基準について説明を求め、右八〇パーセント条項に該当する休暇として、欠勤、早退、年休のほか、生理休暇、産前産後の休暇、組合活動に関する休暇について説明を得たが、その余の休暇の種類ないし稼働率の計算方法については必ずしも明らかにされないまま経過したが、同労組としては、右条項により賃金等に不利益を余儀なくされる女子組合員多数を擁することから、右条項に全ての休暇が含まれると、その該当性は大であり、妥結月払条項をも含め、これらを絶対に容認することができないとし、控訴会社に対し、ひき継ぎ団体交渉を求めた、控訴会社は、右条項の協約化という既定方針を貫くため、自ら、その開催の日時、時間、場所、出席者数等を限定提示して、日シ労組との団体交渉を拒否していたが、その後、全日シ労組との間の右条項による協約締結の後である同年五月一八日に至つて、日シ労組に対し、右八〇パーセント条項を含む会社回答案に基づいて妥結すること、更には、この調印のための団体交渉を求め、その後においては、控訴会社において、右回答の内容を変更する意思はなく、留保条項の伴わない右回答案で妥結するのでなければ、賃金引上げの団体交渉にも応じないとの態度を固執し、右賃金引上げの交渉にも応じようとしなかつたため、実質的な団体交渉がもたれないまま経過していたが、控訴会社は、同年八月上旬頃、日シ労組に対し、右条項を有効とする認識は崩していなかつたが、右条項に該当する場合でも、その翌年の一月ないし三月の間に右パーセントを維持する場合には、例外的にこれを適用しない旨のいわゆる見なおし条項(救済措置)について検討するとし、日シ労組に対し、このような説明を伝えるようなこともあつた、日シ労組は、既に、右八〇パーセント条項等に関する控訴会社の強硬な態度にもかかわらず、控訴会社に対し、八〇パーセント条項等の撤回を求めていたが、控訴会社が右態度を変更しない姿勢であるうえ、右のように交渉が進展しない経過から、これが長びく場合には同労組員の経済生活が窮迫することが予想され、全日シ所属従業員は既に右条項により交渉が妥結しその後賃金引上げが実施されて同年度の夏季一時金も支給されている状況であるほか、本件妥結月払い条項とのからみで、右交渉の妥結が遅れれば遅れるほど賃金引上げの実施時期が遷延し、これらから組合員の生活問題に発展することなどを勘案し、右八〇パーセント条項ないし妥結月払い条項に対する追及及び斗争を留保しつつも、同五一年八月六日の団体交渉において、控訴会社の提示する同年度賃金引上げに関する回答案につき妥結し、全日シの場合とは異なり、「日シ労組は本協定成立をもつて全ての争議行為を即日解除する」との条項を含む同年度の本件協定を締結するに至つた。

3その後、日シ労組は、昭和五二年度の賃上げについても、同年三月八日、控訴会社に対し、賃金引上げを要求したところ、控訴会社は、同年四月二〇日になつて漸く有額回答をしたが、右回答中には、昭和五一年度と同様、いわゆる八〇パーセント条項、及び妥結月払条項があり、日シ労組において団体交渉を申し入れ、強くその撤回を求めたのに対し、控訴会社は、前同様、開催日、時間帯、場所等を逆に指定し、これに応じない限り団体交渉に応じないとし、更には、日シ労組において右各条項、及び、「昭和五一年八月六日付け協定により解決済みである」との条項をのむのでなければ、賃金引上げ交渉を妥結させないとの態度を固執したため、その妥結が遅れる結果となり、ここにおいても、日シ労組内で、右八〇パーセント条項等の違法を追及することを留保しつつも、同組合員の経済的困窮等を考慮して、同五二年六月三〇日、同五二年度協定が締結されるに至つたが、これより先、日シ労組の組合員である被控訴人らは、右八〇パーセント条項等の違法、違憲を主張し、後日これを争う旨控訴会社に通告し、同五二年三月八日、別紙請求債権目録1、2記載の被控訴人らは、本訴(昭和五二年(ワ)第一一六八号)を提起するに至つているのであるが、更に、昭和五三及び同五四年度の賃上げ交渉においても、控訴会社の姿勢、及び、これに対する日シ労組の対応は、前五一年度とほぼ同様であり、控訴会社において八〇パーセント条項等の提案、既定の条項による解決済みとの確認(追認)を迫るものであり、日シ労組においてその撤回を求め、追及を留保しつつも組会員の経済的困窮等に対する配慮から、同五三年四月二八日、同五四年四月二七日、右確認済みとの条項を含め各妥結に至つているところ、控訴会社は、右八〇パーセント条項の適用について、前年度の一ないし一二月の所定労働時間中の不就労時間を基礎として、日シ労組員である被控訴人らを各賃上げの対象からはずす処置をとり、一部同労組員に対しても前示救済措置をとつたことがあるけれども、以上を不満とする被控訴人らから更に本訴(同五三年(ワ)第七一二二号ほか)が各提起され現在に至つている。

(三)以上の事実関係に従えば、控訴会社は、その営業実績の向上のため、日シ労組との賃金引上げをめぐる各交渉において、あらかじめ画定した稼働率を基準とする賃金引上げに関する八〇パーセント条項を右団体交渉の重点対策として強硬な態度を維持し、この条項の早期妥結に至る方法として、これに結合する賃金妥結月払い条項をも提案し、これが各締結をみるに至つたものであるところ、右八〇パーセント条項を含む協定の成立に至る交渉経過に照らせば、右条項の稼働率算定の基準については、不就労の原因が欠勤、遅刻、早退等の理由によるほか、年次有給休暇、生理休暇、産前産後休暇、育児時間、労働災害による休暇、その治療のための通院等労基法上の休暇であるか、更に、組合活動、団体交渉、ストライキ等労組法上の権利行使であるかを区別せず、およそ不就労がある場合に、これら時間の積算により、年間労働時間が八〇パーセントにみたないときには、右該当者を翌年度の賃金引上げ対象から除外するというのであり、不就労の原因を問わず、稼働率による総合的算定によつてこれを決するという一般的、概括的条項を労働協約中に導入するものであつて、しかも、右適用の結果は、稼働率が一度右基準以下であつた場合には、その不利益は、退職に至るまで継続することから将来の労働条件についても影響を及ぼす性質のものであることも明らかであり、以上の中に、本件八〇パーセント条項の特殊性を窺い知ることができる。

三  本件八〇パーセント条項の効力について

(一)被控訴人らは、本件各協定のうち、前示のような稼働率八〇パーセント以下の者は翌年度の賃金引上げ(昇給)対象者から除く旨の条項(八〇パーセント条項)は、憲法一三条、二五条、二七条、二八条、労基法三九条、六五ないし六七条、労組法七条に違反し、民法九〇条の公序良俗に違反して無効であると主張し、控訴人らは、右条項が何ら違法でないと争うので、検討する。

1まず、右条項の不就労時間に算入される原因項目に関する法律上の各特質等について個別的に検討を加える。

(1) 年次有給休暇

労基法三九条は、労働者が一年以上継続勤務し、全労働日の八割以上出勤した場合に、継続又は分割した六労働日の年次有給休暇を、その後継続勤務一年ごとに一労働日を加算した日数を、総日数二〇日の限度内において、年次有給休暇を与えるべき旨規定しているところ、右規定は、休日のほかに毎年一定日数の有給休暇を労働者に与えることによつて、労働者の側における人間的休息の要求に従いその心身の疲労を回復させ、また、使用者の側における再生産への労働力の維持培養を目的として法制化されたものである。

そして、右年次有給休暇は、労働者において自由に決しうるものであつて、右労働者の年次有給休暇権は、労基法三九条一、二項の要件が充足されることにより法律上当然に労働者に発生する権利であつて(なお、最高裁昭和四八年三月二日判決、民集二七巻二号一九一頁参照)、労働者が年次休暇をとつたことにより、いかなる不利益処分や処置を受けるべきものでなく、右は労働者の請求がなくても、使用者においてこれを与えるよう対労働者関係等において義務づけられているというべきであるから、右年次休暇の買上げ、ないしこれを放棄する旨の契約はもとより、右休暇の取得を間接的にも抑制する効果を伴う合意は、右労基法の趣旨に反するものというべきである。

(2) 生理休暇

労基法六七条は、生理日の就労が著しく困難な女子又は生理に有害な業務に従事する女子が生理休暇を請求したときは、その者を就業させてはならないと規定しているが、右は、女子特有の生理現象及びその就労の肉体に及ぼす影響を考慮した女子労働者保護の規定であり、その生理の内容等については個人差があるうえ、その客観的把握が困難であることから法制化の動きは各国で区々であるが、右規定の解釈としては、生理日における女子労働者の休暇権を法律上是認したものというべきであり、右権利を行使したことにより、欠勤扱いとして同期間中の賃金を支払わない以上に、これを賃金引上げ等において不利益取扱いをすることは、結局、右権利の行使を抑制するものとして、右法条に反する疑いを残すものというべきである。

(3) 産前産後の休暇

労基法六五条は、産前及び産後の各六週間以内に(もつとも、産前六週間と産後五週間は請求のあつた場合に限る)、女子労働者を就労させてはならない旨規定しているところ、右規定は、出産前後における母性保護の規定であり、右休暇の取得は、法律上女子労働者の権利として是認されたものであり、これに、右休暇により休業した期間は労基法三九条一項の年次有給休暇に関する規定の適用については出勤とみなされるとし(同条五項)、また、使用者は産前産後の女子が右休暇の期間及びその後三〇日は解雇をしてはならない法律上の義務を負う旨定めていること(労基法一九条)等に照らすと、右休暇中の賃金の不払いが、双務有償である雇傭契約の性質上当然のこととして是認される以外に、右休暇をとつたことを理由に、賃金引上げその他において不利益な取扱いをすること、ないしこれを実質的に抑制することは不当であるというべきである。

(4) 育児時間

労基法六六条は、生後満一年に達しない生児を育てる女子から請求があつた場合には、正規の休憩時間(労基法三四条)のほか、一日二回各々少くとも三〇分間、当該女子労働者を使用してはならない旨規定しているところ、右規定は、生児に授乳その他世話をするための時間と、一般の休憩時間を各別に確保し、かかる女子労働者に作業から離脱することを権利として是認した保護規定であるから、これを有給としないことを超えて、右育児時間をとつたことを理由に、賃金引上げ等で不利益な取扱いをしたり、この取得を抑制する措置をとることは、右規定の趣旨から疑問があると考えられる。

(5) 労働災害による休業及び通院時間

労基法七五条は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかつた場合においては、使用者は、その費用で療養を行い、又は必要な療養の費用を負担しなければならない旨規定し、同法七六条は、労働者が業務上の災害による療養のため、労働することができない場合には、使用者は、労働者の療養中平均賃金の六〇パーセントの休業補償を行わなければならず(同条一項)、また、労働災害を受けて休業補償を受けている労働者の補償額にくらべ、同一事業場における同種の労働者の通常の賃金の一定期間における平均賃金額が、一二〇パーセントを超え、又は、八〇パーセントを下るに至つた場合には、右休業補償の右比率に応じて改定しなければならない(同条二項)旨規定し、更に、同法七七条は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり、なおつたとき身体に障害が存する場合には、その障害の程度に応じて、平均賃金に一定率を乗じた金額の障害補償を行なわなければならない旨規定しており、同法一九条は、使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり、療養のため休業する期間は、解雇してはならない旨規定し、更に、同法三九条五項は、業務上災害による休業は、同条一項の年次有給休暇の計算に当つては出勤したものとみなす旨規定等しているところであり(なお、同法三九条五項参照)、これらの労基法の各規定に照らせば、労働者が労働災害を受けた場合には、使用者にはその無過失の免責が認められず、右労働災害による損害の相当な補償に努めるべきものとされ、右業務上の傷害や疾病の回復のため、やむなく休業し、或いは通院をした場合に、その不就労を理由に、その後の賃金引上げやその他の点において、他の労働者と差別し不利益な取扱いをしない義務を使用者において負担するというべきである。そして、前示休業補償のスライド制を認めた労基法七六条第二項の趣旨に照らして考えれば、労働災害後の経済事情の変動等のため、同一事業場における同種の労働者の賃金が上昇した場合には、使用者は、労働災害により休業していた労働者がその後就労するに至つた際の賃金も、むしろ、右上昇割合に応じて上昇させるべき法律上ないし条理上の義務があるものと解すべきであつて、右労働災害による休業や通院による不就労を理由として、賃金引上げを拒否することは、右労基法の各規定の趣旨に照らして許されないというべきである。

(6) ストライキ、団体交渉及びその他組合活動

労働者が使用者に対する要求を貫徹するため、ストライキや団体交渉を行うことは、憲法二八条で保障された権利であつて、労働者がストライキや団体交渉を行う場合、これによる不就労を欠勤とし、これに対応する賃金を支払わないことは、雇傭契約の性質上当然の帰結というべきであるが、かかるストライキ等を行う事態は、労働者側の事情のみでなく、使用者側の対応姿勢により決せられる側面があるから、正当なストライキや団体交渉による不就労を理由として、その将来における賃金の引上げ(昇給)を拒否し、或いは、他の労働者との間に差別を設けて不利益な取扱いをすることは、結局、ストライキや団体交渉の原因を問わず、右交渉等の事実を理由とする不利益な取扱いであり、これにつき労働者による包括的な承諾があつたとしても許されないというべきである(労組法七条)。けだし、ストライキや団体交渉には、必然的に不就労を伴うので、ストライキや団体交渉につき、賃金請求権を欠如する以上の不利益を与えることは、ストライキや団体交渉そのものを理由とした不利益取扱いにほかならないというべきである。

なお、ストライキや団体交渉以外の日常の組合活動についても団結権の保障として保護せられるべきであるが、右活動は、勤務時間外になされるのが原則であるから、これにつき使用者の承認を得た場合、労働者が雇傭契約上の義務の履行としてなすべき諸作業と両立し、その態様上業務に支障を及ぼす虞れのない場合、その他、組合の団結ないし労使交渉等に関する緊急の必要性が認められるなどの例外的な場合を除き、勤務時間中の日常組合活動による不就労を、賃金引上げの非該当要因たる不就労時間に算入することは必ずしも違法でないというべきである。

2次いで、右不就労時間に算入される原因項目と、これの積算により全労働時間の二〇パーセントを超える場合に、賃金引上げ(昇給)の対象から除外するとの規定との関係について考える。

(1)本件八〇パーセント条項は、前示のとおり、稼働率八〇パーセント以下の者を賃金引上げ対象者から除外するというものであり、右規定の仕方が一般的概括的であるため、控訴会社が既に説明したような年次有給休暇、生理休暇等のほかに、控訴会社の意図、更には日シ労組との労使関係によつては、稼働率算定基準とする項目中に諸多の項目を意図的に導入する可能性を残し、例えば、慶弔休暇のように慣行に委ねるべき場合はさて置くとしても、交通機関による延着のように労働者が無責の場合、国法上の義務に基づき証人等として出廷する場合、裁判を受ける権利により当事者として訴訟を追行する場合など、いずれも、これによる欠勤を賃金に反映する点は別として、これらにより賃金の引上げにつき不利益な、ないし、かかる行為を抑制する虞れのある措置をとることは許されないというべき場合についても、これらの事項が無制限に右稼働率算定の基礎とされる余地を残すものであり、右八〇パーセント条項は、このような項目についての法的な保護を形骸化することに道を開く虞れがあるというべきである。

(2)しかも、右八〇パーセント条項の適用により、その各年度の該当者が賃金引上げ(昇給)が得られないという結果は、一旦生起した賃金額の差が長期的にその労働者が退職するまで継続し、その間実質的な賃金の低落を肯認することとなるものであるところ、しかも、右対象から除外するための稼働率等算定の基準も明らかでなく、このようにして生起した賃金額の差が労働者の賃金額の全体に重大な影響を及ぼすものであり、したがつて、将来の労働条件を本件八〇パーセント条項のような形式で協定するについては、大きな問題を残すというべきである。

(3)本件八〇パーセント条項が、およそ不就労の原因を問わず年次有給休暇その他を欠勤、遅刻等と同列に積算し、これらによる不就労時間が全労働時間の二〇パーセントを超える場合賃上げ対象者から一般的に除外するとすれば、労働者において右二〇パーセントの限界を意識し、不慮の事故等を見越して、右対象から排除されないためにも、右労基法、ないし労組法上の権利行使を自制し、この不利益を欠勤に対応する賃金額にとどめ昇給上の不利益を回避しようとすることは自明であるから、このようにして、八〇パーセント条項は、不就労時間の単純集計という算定方法により、労働者に対し、労基法等による権利行使を一般的に抑制する機能を有するものとして、制度そのものとしても問題を包蔵するものというべきである。

3  本件八〇パーセント条項の現実の適用について

<証拠>を総合すると、次の事実が認められ<る。>すなわち、

(1) 昭和五一年度の賃金引上げにおいて、本件八〇パーセント条項に該当するとして賃金引上げを拒否された原判決別紙請求債権目録1、2記載の被控訴人ら一七名のうち、被控訴人土屋、同森本を除くその余の被控訴人ら一五名は、控訴会社の勤務中労働災害を受け、頸肩腕障害労災認定患者であるところ、いずれもその稼働率を算出するための不就労時間(日)に、労働災害による休業ないし通院が含まれており、被控訴人西村、同土居、同河南、同片桐の不就労時間には、産前産後の休暇が含まれていること(被控訴人西村、同河南、同片桐は、労働災害による不就労と産前産後の休暇の両方が含まれている)、したがつて、昭和五一年度において、本件八〇パーセント条項に該当するとして賃金引上げを拒否された被控訴人らの大部分は、年次有給休暇や生理休暇の外に、労働災害による休業や通院、産前産後の休暇をとつたものであること、(2)なお、被控訴人朝広は、昭和五一年度ないし同五三年度の三年間、続けて右労働災害による通院による不就労があつたため本件八〇パーセント条項に該当するとしてその賃金引上げを拒否されたこと、(3)本件八〇パーセント条項が設けられてからは、その賃金引上げの拒否されることを回避するため、年次有給休暇や生理休暇をとる者が従前に比し減少し、また、日シ労組では、ストライキを行うに当つて、年次有給休暇の残存日数を考慮しなければならない状況となり、これらの権利行使が現に抑制される状況となつている。

そして、以上を総合勘案するに、本件八〇パーセント条項における稼働率算定の基礎とされる原因項目によつて、労基法その他法的保障の程度、内容を異にすることから、右条項につき、その不就労の結果、八〇パーセントにみたないものとして昇給請求権発生の成否を考えるについては、なお、個別的に検討すべき面があるけれども、右条項は、年次有給休暇、生理休暇等労基法上権利として是認された休暇であるか等その不就労の原因を問わず、その時間を単純に集積することにより、機械的に賃金引上げの対象者から排除するというものであり、結局、これを総体としてみた場合には、労働者が、右労基法、ないし労組法上の権利等を行使したことを理由として、昇給を停止し、ないしは、この将来におけるこの状態の継続を結果するなど、労働者の将来の労働条件に関する不利益な取扱いを定めたものというべきであり、また、右条項は、実質的に労働者に対し右各権利等を行使して休暇を取得等することを抑制する機能を有しているものというべきであつて、本件八〇パーセント条項は、全体として、強行法規である労基法三九条等のほか、労組法七条、憲法二八条の各規定ないしその各規定の趣旨に反し、ひいては、民法九〇条の公序に反するものというべきであるから、右条項の効力は否定されるべきものと解するのが相当である。

(二)  控訴人は以上に対し、本件八〇パーセント条項は違法無効でなく、労働者の権利を抑制しようとするものでもないと主張するので検討する。

1稼働率算定の基礎となる該当項目を、昇給について不就労として考慮するのが違法でないとする点について、

(1)年次有給休暇は労基法により認められた権利であるから使用者としては、同法三九条三項による時季変更権を行使する場合を除き、右権利行使を妨げてはならず、これを行使したことを理由に、賃金引上げ等で差別することが許されないことは前叙のとおりであり、生理休暇、産前産後の休暇等についても、女子労働者保護のため労基法により認められた権利であるから、この権利を行使したことにより将来の賃金引上げ等において差別することは不当であつて、右については、労基法上有給とすべき旨の定めを欠くこと、更には、控訴会社において産前産後の休暇等につき賃金を払つていることによつて、左右されるものでないと解されるから採用できない。

(2)控訴人は、労基法七五条は使用者に療養補償義務を課したにすぎず、労災による休養、通院についても年次有給休暇の取得につき特別の算定方法を定めたにとどまるとし、通院時間についても、就労時間を避けることが可能な現在の治療体制下では、就業時間中の通院を避けるべきであるとするけれども、右労基法の規定の趣旨、及び、労働災害の特質に従えば、右災害による休暇、通院を、欠勤などの場合と同視し、これを不就労時間に算入することは許されないというべきである。

(3)控訴人は、八〇パーセント条項によりストライキの権利行使が多少制約されるとしても、その程度は不行使契約に比して低いからこれを違法といえないとし、更に、ストライキの場合には賃金請求権は発生せず、賞与等を減額するのも適法であり、団体交渉も使用者にその拒絶を禁ずるにとどまるから、これらによる不就労を右条項の不就労時間に算入するのは適法であるとするけれども、この場合労務の提供がないことから賃金請求権が発生しないことはさておき、これを稼働率算定の積算時間として賃金引上げにつき差別することは、ストライキ等を理由とする不利益取扱いであり、ひいては、団結権の侵害を招来する虞れがあるから、許されないと解すべきである。

2ついで、控訴人は、一〇年勤続の女子従業員が、法定の年次有給休暇二一日を全部とり、生理休暇を毎月二日として年間二四日とつたとしても(以上、四五日)、その余の不就労がない限り、その稼働率は83.3パーセントとなり、本件八〇パーセント条項に該当しないとし、現に右八〇パーセント条項に該当するとして賃金引上げ対象から除外された者は極めて少ないとし、その適用が限定されていることから、右条項は有効であるとするので考えるに、原審証人垣見満の証言(第一回、一部)及び弁論の全趣旨によれば、控訴会社の昭和五一年度における所定労働日数は約二七〇日であり、その二〇パーセントは約五四日であることが認められるから、右のように休暇を取得する前提による場合、これが二〇パーセント以上とならないことは計数上明らかであるけれども、前示のとおり、本件八〇パーセント条項に含まれる不就労時間には、年次有給休暇、生理休暇のほか、産前産後の休暇、労働災害による休業及び通院、ストライキ等による不就労が含まれ、更に、このほか、不就労の殆んどを含む運用が可能であるから、産前産後休暇以下の不就労の状況によつては、年次休暇をとることによつて、直ちに八〇パーセント条項に該当するとして賃上げの対象から除外されることが考えられ、このような不利益取扱いの結果を容認する規定自体に問題があるというべきだから、年次有給休暇のほかに女子労働者に特有な生理休暇日数だけを合算して右条項不該当をいうのは適切でない。そして、前掲垣見証言では、右条項の八〇パーセントの定めが、労働者の年次有給休暇等の日数から算出されたとするけれども、右八〇パーセントの稼働率そのものに合理的根拠はなく、これが全体として無効と判断されるべきものである以上は、控訴会社において、右条項に該当するとして賃金引上げの対象から除外する事例を少なくする運用があるからといつて、右条項の効力が左右されることはないというべきである。また、右条項に該当する場合でも、翌年の一月ないし三月(又は五月)の間の稼働率により、右条項の適用を排除するとのいわゆる救済措置があり、原審証人西村毅の証言、及び、前掲垣見満の証言によれば、控訴会社において昭和五二年以降において右救済措置による右八〇パーセント条項の適用されなかつた例が皆無でないことが認められるけれども、かかる方策が存在し、控訴会社の意思にかかる運用があるからといつて、右八〇パーセント条項の無効が治癒されるものでもない。

3更に、控訴人は、賃上げ要求につき、その額をいかなる条件でどの範囲の労働者に認めるかは、労使間の取引にかかるものであるとの前提から、本件八〇パーセント条項は、控訴会社と日シ労組との間の団体交渉の結果、日シ労組において労働協約の重要な事項として承諾のうえ、これを締結したものであり、しかも、控訴会社における他の組合である全日シ労組も右と同内容の協定を結び、その結果、右協定は、控訴会社において定着しているとし、右のような合法的手続により、期待権である昇給請求権を排除したからといつて、労働者の既得権を侵害するものでなく、また、本件八〇パーセント条項は、控訴会社の稼働率が低下し経営が悪化したことから再生の基礎として、その稼働率をあげ、控訴会社の営業の実績を上昇させる目的で導入されたものであるから、労働者の不利益のほか、会社の右条項を協定するに至つた必要性を勘案して判断するべきであり、右八〇パーセント条項を当然無効とするのは不当であると主張している。

しかしながら、まず、前示のとおり、年次有給休暇等の休暇を取得し、労働災害による休業等をし、ストライキ、団体交渉を行うことは、強行法規である労基法その他の法律等により保障された権利として、その行使に当つてその実効性が十分担保せられるべきものであるから、右休暇の取得等を理由として、将来の労働条件ともいうべき昇給停止その他において不利益的取扱を受けることを是認することは、右労基法の趣旨に背馳するものであり、協約自治の限界を超えるものとして、右協約部分は無効というべきであり、当該年度の賃金についての回答を組合において受諾するというような場合とは区別すべきであつて、単なる組合の統制ないし授権の問題とすることはできないところであり、右日シ労組と同内容の協定が控訴会社の全日シ労組との間に存在し、右協定が控訴会社において現実に機能しているとしても、右は事実上のものにすぎないというべきであるから、これをもつて、本件八〇パーセント条項を肯認する協定を締結することは許されないと判断する妨げとみることはできない。また、控訴会社の経営が、仮にその主張のように悪化していたとしても、その業績を向上させるため、全体として労基法等の趣旨にもとるような本件八〇パーセント条項を提示してこれが受諾を求め、これによる従業員の稼働率の上昇による改善を計る手段に訴えることは許されず、むしろこのためには、労基法による休暇以外の単なる欠勤を減少せしめるか、労働災害が生起しないように職場環境を改善する等、労基法その他の法律に牴触しない他の方法をもつて代替すべきであつて、控訴人がいうような動機、目的のみから、本件八〇パーセント条項を直ちに有効、不可缺のものと認めることもできない。

4このほか、控訴人は右のような協約に関する認識から、本件八〇パーセント条項については、昭和五一年度にこれが設けられて以来、被控訴人らの所属する日シ労組において、右条項の適用の有無をめぐる紛争は解決済みでありこれについて異議を述べない旨の合意(追認)を含む協定を再三締結しているから、その不当性は治癒されているし、禁反言の法理等からもその無効を主張することが許されない旨主張し、前示二で認定のとおり、控訴会社と日シ労組との間に右主張のような協定が締結されていることは明らかであるけれども、前記労基法等の強行法規や民法九〇条の公序に違反し全体として無効とされるべき本件八〇パーセント条項につき、その後、日シ労組において、追認ないしはこれを有効なものに転ずる旨の合意をすること自体、右強行法規や公序に反するものであるから、右八〇パーセント条項に対する追認等により、これが有効なものに転換されることはないというべきであり、また、日シ労組が、昭和五一年度協定以降、右条項につき裁判上の追及等を留保して右協約の締結に至つている状況、経過によれば、日シ労組は、右八〇パーセント条項を違法、不当としつつ右各協約の締結に至つているのであり、右条項そのものが違法無効とされるものである以上、訴訟においてその効力を争つたとしても、これが信義則ないし禁反言の法理に違反し、かかる無効の主張が遮断されるとすることもできない。

四  本件各協定中の賃金引上げ部分の効力について

(一)  控訴人は、本件八〇パーセント条項は、本件各協約の締結にあたり希求した目的自体であり、その賃上げ額と不可分一体となつた協約の重要な要素であるから、右条項が無効であるとすれば、賃金引上げを認めた本件各協定全部が無効とされるべきであると主張するので検討する。

1まず、控訴人は、本件八〇パーセント条項は、賃金引上げとともに協約の規範的部分を構成しているから、右条項が違法、無効とされる場合には、右賃金引上げにつき不法な条項を付加したこととなり、右不法条項が無効とされる以上、その全部が無効であるというところ、前示二で認定の事実によれば、控訴会社は、日シ労組との団体交渉において、同労組に対し、控訴会社が提案した本件八〇パーセント条項を受諾するよう強く要請し、右条項を受諾しない限り賃金引上げを含む本件各協定を締結しない意思であつたことが明らかであるから、日シ労組において、もし右八〇パーセント条項を受諾しなければ、控訴会社は本件各協定を締結せず、右交渉が更に長期化したことが窺知されなくはないけれども、他方、右条項を受諾するに至つた日シ労組の各対応の状況によれば、日シ労組としては、その違法を主張し、訴訟等により追及することを留保して右各協定の締結に及んでいるのであるから、右控訴会社の目的とするところが、本件各協定に至る動機でありこれが右協定の一条項とされているとしても、なお協約の重要な要素ないし付款とまで認めることはできない。すなわち、<証拠に>前示二で認定の事実を総合すると、本件八〇パーセント条項は、本件各協定中の賃金引上げ率、その配分方法、諸手当て、実施時期、その他の協定の一つとして定められているもので、しかも、右八〇パーセント条項には、本件各協定による賃金引上げの非対象者として、雇員、アルバイト、パートタイマー、新入社員と並列的に取扱われていることが認められるから、右八〇パーセント条項部分の有効性が否定されたときには、その部分を無効とすれば足りるというべく、これが協定全体の効力に影響すると解することは、控訴会社と日シ労組間の協定の不存在を招来することとなり、また、これを付款とすると、違法な条項の有効性を条件とする協定を予定することとなつて、いずれも不合理であるというべきであるから、本件八〇パーセント条項が本件各協定の重要な目的、要素であり、これが条件とされていたとし、その無効から本件各協定を各無効とすべきだとする控訴人の主張は失当である。

2ついで、控訴人は、本件八〇パーセント条項の有効なことを本件各協定の重要な要素として本件各協定を締結したから、右条項が無効であれば、本件各協定はその要素に錯誤があつたこととなり、右各協定を無効とすべきであるというけれども、右が要素とみるべきでない点をおくとしても、前示二で認定の日シ労組が右各協定を締結するに至つた状況、及び、本訴提起の事実に、弁論の全趣旨を総合すると、控訴会社において右八〇パーセント条項を有効と考えていたのに反し、日シ労組はむしろこれを違法として異議をとどめつつ本件各協定を締結したと認めるのが相当であり、以上によれば、右八〇パーセント条項を右各協定中に掲記するについて両者は一致し、また、控訴会社の錯誤は、事実についてでなく右八〇パーセント条項の有効性に関して存在したというべきであつて、控訴会社の右のような錯誤を法的評価の対象としその無効を論ずる余地はないことに帰するから、控訴人の右錯誤の主張もまた失当である。

3このほか、控訴人は、日シ労組は協定と不可分な八〇パーセント条項を無条件で妥結調印しているから、右労組の主張を入れる以上、心裡留保が本件各協定につき行われたものとして、民法九三条但書により本件各協定をすべて無効とすべきであるというけれども、右心裡留保の規定が団体法理に依拠すべき協約の締結について適用をみるべきか否かについて疑問がある点は別としても、日シ労組の認識は右八〇パーセント条項の効力に関するものであり、右条項の内容、効力について、そのいう不一致の事態を認めることもできず、日シ労組がこれを無効と認識しつつ調印のところ、これが労基法等に反し全体として無効と判断されることから、右各協定に民法九三条但書による無効原因があるとすることもできないから、右控訴人の主張も採用できない。

(二)一般に、協約の一部が強行法規に違反する等の理由により無効である場合には、右強行法規の規定の趣旨ないし条理により、これを合理的に解釈して、協約全部を無効とすべきか否かを判断すべきであるが、右協約の性質上、その無効とされる部分が労基法等強行法規違反を含む条項である場合には、当該条項のみを無効とし、その余の部分の有効性に影響がないと解するのが相当であるところ、本件八〇パーセント条項は、その稼働率の基準とされる不就労時間をその原因を問わず集積するものとして、全体として、労基法等及び民法九〇条に牴触するものであるから、右条項のみを無効とするのが、右法規の趣旨に合致するというべきであり、また、仮に、右八〇パーセント条項が無効であるため、本件各協定全部が無効になるとすれば、日シ労組については賃金引上げの行われない状態となり、極めて不利益な結果となるのに対し、控訴会社は、右違法な八〇パーセント条項を提示したために、現在まで賃金引上げ交渉を遷延して賃金引上げを免れることとなつて不当に利益を得ることとなり、これに、弁論の全趣旨により明らかな本件被控訴人以外の日シ労組員らに対し、本件各協定による賃金引上げが実施され、これにみあう賃金が支払われている事実等を総合勘案すると、本件八〇パーセント条項が無効なため、賃金引上げを含むその余の本件各協定をすべて無効であると解するのは、実質的にみても著しく不合理であるから、本件八〇パーセント条項のみを一部無効とし、それ以外の本件各協定(但し、後に判断する妥結月払条項、及び、前叙の五一年度協定等により解決済みとする各条項を除く)については、これを有効と解するのが相当である。

なお、控訴人は、八〇パーセント条項の有効性の主張が誤つているとしても、これを全部無効とするのでなく、右条項の基礎項目のうち不適当、無効とされる項目を除いた八〇パーセント条項として存置、適用することが、一部無効の解釈理論に合致すると述べるけれども、前示のように右項目中には各保障の程度等から不就労とすることが違法でない項目を含むとしても、まず、右八〇パーセント条項は、労基法や労組法など労働者保護のための強行法規等に違反する項目を数多く包含するものであり、しかも、右原因項目は、それぞれ、右条項の稼働率のパーセント充足に影響を与えるものとして相互に関連していることから、これらが総体として強行法規ないし公序に反すると解されるべきであることは前示のとおりであり、右稼働率計算の基礎とされる項目の大部分につき右強行法規等に対する違背が認められる以上、その総体としての右八〇パーセント条項の無効を招来すると解するのが、右各法規の趣旨に合致すると判断されるから、控訴人の右主張も採用することができない。

五  妥結月払条項の効力

被控訴人らは、本件各協定中、妥結月払条項は無効であり、当該年度の四月実施とすべきであると主張し、控訴人においてこれを有効とするので検討する。

1団体交渉において労使の双方がその要求や回答の内容に如何なる条項を提示しても、原則として自由であつて、賃金引上げの実施時期を交渉妥結の日からとする旨の条項も、賃金引上げの実施時期が最終的には労使の合意によつて決定されるべきものであるところからすれば、これを直ちに違法とすることはできない。しかしながら、右要求や回答の一部に強行法規違反のものがあり、相手方がその受諾をしなければ賃金引上げ交渉を妥結させないとの態度を固執し、経済的弱者である労働者(労組)に対する会社の提案を貫徹する手段、ないし、その交渉の結果として、賃金引上げの実施時期を右交渉、妥結が遷延した時点である妥結の月と定めることは、右強行法規によつて支えられる秩序を濫すこととなる虞があるし、右遷延の結果を全て労働者(労組)側に帰することとなり、労使双方の公平ないし信義則にも反することとなるから、違法たるを免れないと解すべきである。

2これを本件についてみるに、前示二で認定のとおり、被控訴人らが所属する日シ労組は、昭和五一年度の賃金引上げを要求していたところ、控訴会社は、本件八〇パーセント条項及び妥結月払い条項を提示してその受諾を求め、この回答案につき妥結するのでなければ、右賃上げ要求に応じないとの態度を持し、これに対し、日シ労組は、組合員の経済的困窮等を考慮して、同年八月六日、同年度の本件協定を締結し、同五二年度の賃金引上げに関しても、控訴会社は、同様に右八〇パーセント条項及び妥結月払条項を提示し、同年六月三〇日、右条項のほか、同五一年度協定により解決済みとの条項を含め、同年度の協定を締結するに至つているものであり、以上の事実に、弁論の全趣旨を総合すると、日シ労組の控訴会社に対する昭和五一年度及び同五二年度の賃金引上げ交渉の妥結が遷延したのは、控訴会社が本件八〇パーセント条項を提案したため、これが違法であり受諾することができないとする日シ労組の対応の姿勢、及び、控訴会社が、日シ労組において右条項を受諾するのでなければ交渉に応じないし、交渉を妥結しないとの強い態度を固執したことに起因するというべきである。

3そしてまた、<証拠>を総合すると、本件各協定による賃金引上げのなかには、定期昇給とべースアツプ分が含まれているところ、控訴会社の賃金規則(乙第一〇号証)では、定期昇給は毎年四月に実施する旨定められており(第四九条)、これが個々の労働者との労働契約の内容となつていること、そして、控訴会社では、昭和五〇年度までは、定期昇給もベースアツプ分も一緒にして毎年四月一日から実施されていたところ、昭和五一年度に突然妥結月払条項が持ち出されたこと、以上の事実が認められ<る。>そして、このように、控訴会社が、従前の取扱慣行を変更し、昭和五一年度から賃金引上げの時期を四月一日とせず、賃金引上げ交渉の妥結したときからとしなければならない合理性のあつたことについては的確な証拠はない。かえつて、前記のとおり、控訴会社が営業実績の向上を理由として、昭和五一年度の賃金引上げ交渉時から始めて本件八〇パーセント条項を提示し、これと同時に、賃金引上げの実施時期を交渉の妥結した月からする妥結月払条項をいわばセットにして持出している状況からすると、妥結が遷延したことによる不利益を、その遷延の原因を不問としたまま、全て日シ労組側に帰することにより、右組合側に右八〇パーセント条項の早期受諾を迫る交渉の手段として本件妥結月払条項を提示し、現に、日シ労組において右不利益等に対する配慮から、右提案に屈し、本件各協定の締結に至つていることが推認される。

そして、以上の事実によれば、控訴会社は、日シ労組に対し、既述のように強行法規ないしその趣旨に反する本件八〇パーセント条項を提案し、これを受諾するのでなければ団体交渉に応じることも、また、協定を締結することもできないとして、同労組に対し右回答の受諾を強要しつつ、同労組がこれを受諾するまで賃金引上げの時期を繰下げるものであり、しかも、右遷延につき、その原因が労使のいずれにあるかを問わず、右交渉の妥結月をもって賃上げ実施の月とするものであり、以上は、強行法規秩序や信義則に反するものと評さざるを得ないから、昭和五一年度及び同五二年度の本件各協定中の右各妥結月払条項は、いずれにせよ無効というべきである。もつとも、控訴人は、かかる交渉経過の違法を右妥結月払条項の効力を判断するに際し考慮するのは妥当でないとするが、右八〇パーセント条項及び妥結月払い条項等を含む右各協定の締結に至る動機、経過等を勘案し、これらの事実から、右妥結月払条項は、本件八〇パーセント条項と一体となり、かつ無効とされるべき右八〇パーセント条項を貫徹する手段であり、また、右妥結の遷延した原因が労使いずれの側に存するかを問わず、妥結が遷延したことによる不利益を組合側に帰する定めが不合理であるとして、右妥結月払条項を強行法規秩序ないし信義則に反すると判断することはむしろ当然のことというべきであるから採用できない。

なお、右昭和五一年度及び同五二年度の妥結月払条項が無効であつても、その実施時期は、控訴会社の取扱い慣行に従い四月一日とすれば足りるところであり、前示のように、本件八〇パーセント条項が無効とされる場合、この実現の手段等としての右妥結月払条項についても、右条項のみの一部関連無効を招来するにとどまると解するのが相当であり、右各条項(なお、本件各協定中のいわゆる確認済み条項も同様である)を除くその余の本件各協定の効力に影響を及ぼすものでないことはいうまでもない。

六  被控訴人らに対する未払賃金等

次のとおり付加訂正するほかは、原判決理由説示のとおりであるから(原判決理由第六項、同九八丁裏二行目から同一〇五丁表二行目まで)、これを引用する。

1原判決一〇二丁裏末行「本件は、」を、「本件各協定中の八〇パーセント条項の違法無効を理由として、この賃金引上げ除外(昇給停止)に伴う賃金引上げ不実施の結果として、その」と改め、同一〇三丁表末行「原告ら主張の」から同一〇四丁表三行目までを次のとおり改める。

被控訴人ら主張の控訴会社の行為により、右請求権が直ちに侵害されたということはできず、控訴会社及び日シ労組の本件各協定締結に至る交渉経過等に照らせば、控訴会社の右賃金差額等の不払いが、更に不法行為を構成するものと認めるに躊躇せざるを得ない。のみならず、仮に、これが不法行為を構成するとしても、控訴会社が右賃金差額等を支払わないことによる財産的損害は、これが賠償されれば、これとともに右不払いについての精神的損害も一応回復されるものと解すべきであり、ただ、右財産的損害を回復されてもなお回復しえない精神的損害を被つた特別の事情がある場合に限り精神的損害の賠償を請求し得ると解すべきところ、本件においては、被控訴人らは、前示のとおり、本件各協定における八〇パーセント条項の無効を前提とし、右条項により賃金引上げの不実施に基づく賃金差額等を請求するものであつて、その労働契約に基づき賃金を請求しうる地位それ自体に変更はないから、なお右特別の事情の存在についてはこれを認めるに由ないというべきであり、結局本件は、雇傭契約上の賃金支払債務の一部不履行に起因する請求であつて、被控訴人らが右財産的損害の回復によつて回復することのできない精神的苦痛を被つたとまでは認めることができない。

なお、被控訴人らは、控訴会社が右無効の八〇パーセント条項に基づき賃金引上げを見送つているのは、他の労組員らに対するみせしめであり不当な差別であつて、これにより被控訴人らの被つた精神的苦痛は慰藉されるべきであり、このことは、賃金債務の不履行にとどまらず、控訴会社の不法行為を構成すると解すべき本件において顕著である旨主張するところであり、本件における右各協定締結に至る背景、右八〇パーセント条項の違法性、その後の右条項による賃金引上げ不実施の状況によれば、被控訴人ら所属の日シ労組において右協定を一応妥結せしめているもので、これにつき控訴会社の日シ労組に対する不当労働行為の疑いを完全に払拭することができないけれども、右協定について重大な争点とされた右八〇パーセント条項の無効が確認され、右条項によつて不支給とされた賃金差額等の請求が肯認される本件では、右財産的請求による損害の回復とともに精神的苦痛が慰藉されるものと認めるのが相当であるから、これを直ちに容れることはできない。

2原判決一〇四丁裏一行目「被告の本件」から同三行目「通りであるし、」までを、「控訴会社による本件賃金差額等の不払いが直ちに不法行為を構成するものといえないことは前示のとおりであり」と改め、同裏八行目「本件において」から同裏一二行目までを次のとおり改める。

本件では、被控訴人らは、右のとおり雇傭契約上の権利に基づき未払いの賃金差額等を請求できるから、不法行為に基づく賠償請求を余儀なくされたということができないばかりか、控訴会社における本件八〇パーセント条項導入の動機、本件協定中における右条項の存在を前提とすると、右賃金差額等の請求権の成否をめぐり被控訴人らの本訴請求につき応訴することが、直ちに不当抗争とすることもできないというべきである。

なお、被控訴人らは、右弁護士費用の請求についても、控訴会社による手のこんだ不法な行為に対し、その違法状態の回復のため訴訟委任せざるを得なかつた旨述べ、安全配慮義務違背の事例における弁護士費用肯認の事例に言及するけれども、本件は前示のとおり賃金差額等の債務不履行責任を追及するものであつて、控訴会社の応訴を直ちに不当な訴訟追行と認められないから、弁護士費用を独立して賠償請求することを認めることはいずれにせよ困難といわざるをえず、他の賠償責任領域でこの肯定例があるとしても、右債務不履行について弁護士費用請求を理論上肯認しえないから、以上の被控訴人らの主張も排斥を免れない。

七  結論

してみると、原判決主文第一ないし第五項の限度で被控訴人らの請求をいずれも認容し、その余の慰藉料及び弁護士費用請求をいずれも棄却した原判決は相当であつて、控訴人の本件控訴、及び、被控訴人らの附帯控訴はいずれも理由がないから、これらをそれぞれ棄却することとし、控訴費用、及び、附帯控訴費用の負担につき、民訴法九五条、八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(大野千里 林義一 稲垣喬)

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