大阪高等裁判所 昭和56年(ネ)970号 判決
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【判旨】
2(一) 原審における控訴人本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、控訴人は、地下鉄利用者として日ごろから地下鉄の車内においてできるだけ静穏な状態とこれによる自己の思考または感覚等の精神的活動領域の自律性(人格的自律)を保持したいという考えを持つており、本件放送の実施により聞きたくない音である商業宣伝放送を聞かされ煩わしく感じるとともに不快に思つてきたことが認められる。
(二) 我々は法律の規定をまつまでもなく、日常生活において見たくない物を見ない、聞きたくない音を聞かないといつた類の自由を本来有している。しかし、右の自由も、我々が個人の各種の自由の衝突の場である社会の一員として生活する以上、絶対不可侵のものではなく、他人の各種の自由と調和する限度においてのみ法的な保護を受けるにすぎない。したがつて、原判決認定の本件放送が「控訴人の人格権を著しく侵害する違法なもの」であるか否かについては、本件放送のなされるに至つた事情、その態様、そのもたらす結果などを総合的に勘案してこれを決するほかはない。
これを本件についてみると、地下鉄の利用関係は基本的には私法関係であり、その一方当事者である被控訴人はその運行する地下鉄の車内において列車の運行や乗客の利用などのために必要な放送のみならず、法令及び社会的に相当と認められる範囲内においてその他の放送をも行なう自由を有するものと考えられる。そして、本件放送は財政窮乏下にある被控訴人が地下鉄の運行の安全確保などのために採用した車内放送自動化の費用を捻出するため実施するに至つたものであり、地下鉄の車内という公共の場で行なわれているとはいえ、原審も認定するように、昭和五一年一二月以前は原判決添付別紙(二)の車内放送基準に基づき実施され、その内容は例を示せば同(三)のとおりであつて、商業宣伝放送としては比較的控え目なものであり、昭和五二年一月以降のそれは同別紙(四)、(五)のとおりで商業宣伝放送としてはさらに控え目なものである。また、本件放送は、一部の限られた乗客に対するものであるが、降車駅案内という乗客にとり必要で有益な放送としての面をも有するのであつて、いずれも一般乗客に対しそれ程の嫌悪感を与えるものとは思われない。これらのことを総合勘案すれば、原審認定の本件における事実関係のもとにおいては、右(一)認定の事実を考慮しても、本件放送は、原審も認定判断するようにこれを違法なものと断定することはできない。
してみれば、控訴人の人格権に基づく本件放送の差止の請求及び不法行為に基づく損害賠償の請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。
3 旅客運送は物品運送と異なり旅客を人格ある存在として輸送すべきものであるから、運送人が旅客をその人としての生理的精神的特性に相応する一定限度の「快適さ」をもつて輸送すべきことが契約上当然の前提とされていると解される。
しかしながら、本件放送が違法なものといえないことは前記認定のとおりであつて、控訴人主張の民法一条の二のほか憲法を頂点とする現行法の原理原則(控訴人の指摘する法令等の各規定)に照らし本件運送契約を解釈してみても、本件放送を行なうことが前記一定限度の「快適さ」を害する結果をもたらす、換言すれば、右契約において被控訴人に対し本件放送を行なつてはならない義務を負担するものと認めることはできない。
してみれば、控訴人の債務不履行に基づく損害賠償の請求もまた、その余の点につき判断するまでもなく、理由がない。
(栗山忍 矢代利則 松尾政行)