大判例

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大阪高等裁判所 昭和56年(ラ)540号 決定 1982年4月05日

抗告人 前田秋之助

相手方 中野紘子

主文

本件抗告をいずれも棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨は「原審判をいずれも取消す。相手方の各申立を却下する。」との裁判を求めるにあり、その理由は別紙記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

(一)  当審における抗告人、相手方の各尋問結果その他一件記録によると、概要次の事実を認めることができる。

抗告人と相手方は昭和四二年夏頃知合つてから交際を深め、同年一二月頃には肉体関係をもつようになつた。抗告人は奈良市内に居住し妻や子供があつた。抗告人は交際を始めた当初は独身者であるように見せかけていたが、そのうち妻子のあることを相手方が知るようになつた。抗告人は相手方との結婚を考え妻に対して離婚を求めたが、妻は子供(当時八歳)がもう少し成長するまでは離婚に応じられないといつて右申出を拒否した。相手方は抗告人の右事情を了知し、抗告人が遠からず妻と正式に離婚手続をとつて自分と婚姻してくれるものと信じて、昭和四三年二月頃抗告人と大阪市内で同棲生活に入り、以来抗告人は妻子と別居した。そして抗告人らは大阪市内で喫茶店を開いたが、その準備費用の大半は相手方が出資した。喫茶店営業は双方の協力により順調に発展し、やがて二つの店を持つまでになり、営業利益によつて長野県に土地を購入(共有持分各二分の一)したり、抗告人名義の借入れ金によつて大阪市内でマンションを買入れたり、相当多額の預金もできるようになつた。しかし、双方の内縁関係は昭和五五年一〇月頃、相手方が抗告人のもとを去るという形で事実上解消した。なお、抗告人は同月六日別居中の妻と協議離婚している。

(二)  以上によれば、抗告人と相手方はいわゆる重婚的内縁関係にあつたものということができる。抗告人は、かかる場合には内縁関係解消に伴う財産分与請求は認められないというが、本件のように事実上の夫婦としての実体が一二年以上に及び、しかも一方の(抗告人の)法律婚が全くの形がいと化している場合には、民法七六八条の財産分与の規定を類推適用することができると解される。

抗告人は、本件内縁関係解消の原因は相手方の男性関係にあつて自己に非はないと主張するところ、抗告人の審問結果及び抗告人提出の資料によると、相手方が特定の他の男性に心を惹かれていた事実は否定できないが、それ以上の関係に進んでいたとまで認めるに足りない。他方、相手方の審問結果によると、相手方が抗告人に求め続けてきた妻との離婚、相手方との婚姻について抗告人が言を左右にし、誠意ある態度を示さなかつたことが、相手方に将来に不安を抱かせる要因となつたものと認められるのであつて(相手方は、抗告人が内縁関係解消の直前になした妻との協議離婚届について、それが真意でなされたことを疑つている)、かれこれ考え合わせると、内縁関係解消に至つた責任は抗告人と相手方の双方にあると認めるのが相当である。

してみると、内縁関係存続中に蓄積された資産について、相手方は抗告人に対し応分の財産分与請求権を有するものというべきである。抗告人は、前記長野県の土地の共有及び相手方が持出した現金(預金)等によつて相手方はすでに十分の分与をえているというが、土地の評価格や持出し金額に争いがあつて確定的でないし、相手方の分与額が右によつて充足されているとは必ずしも断ずることができない。

(三)  抗告人の現在の資産は前記マンション(ただし、ローンの借入残金が約八〇〇万円ある)と喫茶店の賃借権、営業権、保証金返還請求権が主であり、他にみるべき資産はないから、抗告人がこれを他に処分するときは、相手方は財産分与審判をえてもその満足をえられないおそれがあると認められる。よつて、審判前の保全処分として右不動産の処分禁止仮処分、賃借権の処分禁止仮処分及び保証金返還請求権の仮差押をする必要性があると認められる。

(四)  抗告人のその余の主張はいずれも原審判を取消すべき違法事由には当らず、その他に原審判を取消す事由は見当らない。

そうすると、原裁判所がした保全処分の各審判は相当であつて、本件抗告はいずれもその理由がないから棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 今富滋 裁判官 藤野岩雄 亀岡幹雄)

抗告の理由

一 保全処分申立人中野紘子には被保全権利がない。

(一) 秋之助・紘子の意思は将来婚姻をしようという意思のもとに同棲生活をしている。すなわち、紘子は、秋之助が妻前田由利子と婚姻していることを認めているのであり、将来、秋之助と由利子とが離婚したら秋之助・紘子が結婚するということを約束し、その意思のもとに同棲生活をして来たのである。このような場合は、いわゆる「内縁」ではない。

従つて、いわゆる「内縁」の場合に認められる財産分与請求権は本件の場合には認めることはできない。

(二) 仮に右(一)が認められないとして、秋之助・紘子の意思が当初から婚姻をする意思のもとに同棲生活をしているとしても、重婚的内縁である。その内容は前述したところでもあるが、紘子は秋之助との交際がはじまつた直後から秋之助に妻と子一人とがあることを知つており、これを承知の上で同棲生活を続けて来たのであるし、且つ紘子は、秋之助の勤務先へ来る、勤務中のバスに乗りに来る、待ち伏せをする、秋之助宅へ来るなどしてつきまとい、自分本位の他を顧みない性格および行動から秋之助・由利子間の家庭を破綻するに至らせた。

秋之助は本件トラブルの解決策として由利子と離婚を合意し昭和五五年一〇月六日離婚届を出した。

右のような重婚的内縁においては紘子に財産分与請求権を認めることはできない。

(三) 仮に右(一)、(二)が認められないとしても、すなわち本件がいわゆる「内縁」として財産分与請求権が認められるとしても、紘子はすでに相当程度の財産を得ている。まとまつた財産としては紘子は長野県○○○郡○○村の土地約六〇〇坪につきその持分二分の一、預金五三五万円余りを得た。

従つて現在の秋之助の資産は秋之助固有のものであり、今回改めての財産分与請求は到底認め得ないところである。

なお、秋之助の資産は大きな資産として残つているわけではなく、今後の生活の基としてぎりぎりのものである。

<1> 大阪市北区○○町の○○○○○○○○○○のマンションは現在約八〇〇万円の借入残がある。

<2> 喫茶店「○○○」の賃借権は申立人主張のような大きな金額のものではなく仮に営業権として譲渡するとしても一〇〇〇万円程度と思料される。

しかし、この店は秋之助の生活基盤であり譲渡の意思は全くなく従つて評価も全く抽象的なものでしか有り得ない。

<3> 「○○○」の賃借権の保証金は五五〇万円である。秋之助の生活の基盤であり解約の意思は全くなく、右五五〇万円は将来返還された場合の金額である。

(四) 仮に現存する秋之助の資産につきなおいくらかの紘子の寄与分がありとしても、後述するように秋之助・紘子間の破綻の原因は一方的に紘子にあり秋之助においては慰謝料請求権を有し(なお紘子の持ち出した金員につき現在調査中であるが判明すれば秋之助はその返還請求権をも有する)、紘子の財産分与請求は到底認め得ないところである。

二 原審判の瑕疵

(一) 原審判は紘子の保全申立につき甚だ不十分な審理のまま下されている。

(1) 申立の理由中の事実については前記第一の認否中において指摘したとおりである。

(2) 本件のような事案では通常一般民事の保全処分と異なり、相手方からも事情を聴取し事実の真偽を確認すべきてある。

(3) 申立人が被保全権利を財産分与請求権とするからには、裁判所は、いわゆる「内縁」を肯定・否定の判断をした上で、肯定する場合には申立人に対して、内縁の妻として寄与して築いた財産を明らかにさせるべきであり、且つ前述のような内縁の妻としてすでに得た財産を明らかにさせるべきである。

けだし対象が不明確なままでは、裁判所は果して保全決定を認めるべきか否か判断できない筈だからである。

原審判中には前述一、に述べたように紘子のすでに得た財産について申立人はこれを伏せたままである。

また○○○○○○○○○○のマンションの借入残があること従つて価値がその分低いことなども伏せたままである。この点も相手方から事情を聴取し申立人にその認否を求めれば容易に判明するところである。

(4) 保全の必要性、緊急性については全く疎明不十分である。

(二) 以上のように、原審判は被保全権利を検討せず、また申立人の申立理由、疎明など不十分なまま下されたものであつて取消を免かれないものといわねばならない。

三 秋之助・紘子間の破綻の原因

(一) 破綻の原因は一方的に紘子にある。

紘子は昭和五五年八月ごろより尾田部茂と交際し肉体関係を結び、以下に述べるように、秋之助との関係を一方的に破棄したのである。

(二) 尾田部茂は秋之助の魚釣り友達でありタクシー運転手であつたが、紘子と交際をはじめてからは紘子からタクシー会社に電話され会社の無線で呼出されるということが幾度とあり、またタクシーの助手席に乗り込まれるなど紘子につきまとわれ、その挙げくの果て結局会社を退職せざるを得ないことになつた。

また尾田部茂には妻久子と子供三名長男二〇歳・大学生、次男一七歳・高校生、三男六歳・小学生があるが紘子はその家庭をも破綻に陥し入れた。

これが原因で長男は大学を中退したときいている。

右の尾田部茂の退職およびその家庭の破綻は丁度秋之助がつきまとわれたこと、休職そして退職に至つたこと、およびその家庭の破綻を招いたことと同じパターンである。

右は、紘子の自分本位の、他を全く顧みない性格を如実に示すものである。

(三) 秋之助は昭和五五年八月ごろ紘子の電話、出歩きなどに多少不審を抱いていたが、同年九月二七日尾田部茂の妻久子より電話を受け、翌二八日、尾田部夫婦、秋之助、紘子の四名で話し合つた。その際尾田部久子は半紙大二枚の紙に書いた紘子から尾田部茂宛のラブレターを差し出した。

その席では、尾田部茂は、体面上、紘子との関係を否定したが、紘子につきまとわれて(タクシー運転手の)仕事にならないと述べ、秋之助は、尾田部久子に対し紘子への監督不行届を詫び、紘子は、尾田部茂を追わない、会社への電話など今後一切しないと約束した。

(四) 秋之助はその後紘子と話合い、また紘子の父中野一太郎、兄中野浩介とも話をして秋之助・紘子間が円満に行くよう努力し、同年一〇月六日には秋之助は妻前田由利子と離婚した。そして秋之助は紘子との約束を守つて同人との婚姻の準備をしたのである。

(五) しかし紘子の尾田部茂に対する関心は異常なばかりで、同年一〇月二〇日ごろには預金を解約して自分のものだと主張する(前記五三五万円の件)など紘子には秋之助と円満にやつて行く意思が全くみられなかつた。

(六) 同年一一月秋之助・紘子は話合つて、お互冷静に考えようということで(秋之助は当然冷静であつたが)、秋之助は従来どおり喫茶店「○○○」のあるビルの屋上に住み、紘子は○○町の○○○○○○○○○○のマンションに住むこととした。

(七) 昭和五六年一月、秋之助は○○町のマンションの近隣の室の人から、紘子のしていることはあまりにもひどい、男と一しよであるとの連絡を受けた。秋之助はこの時に前記別居が紘子の尾田部茂を迎えるための方策であつたことに気付いた。

(八) 秋之助はやむなく同年二月六日マンション入口の鍵を付け替えたところ、翌七日紘子はこの鍵をとりこわしマンション室内の生活必需品を持ち出した。

持ち出しに当つては車で何回か運んだのであるが、その間に秋之助はマンションの近隣の室の人から連絡を受け同マンションに駆けつけたところ、紘子は秋之助の姿をみるや慌てて逃げるように立ち去つた。

(九) 以上のように紘子は尾田部茂に対する異常なまでの関心から、秋之助が紘子との円満な生活のため且つ尾田部家の破綻の防止のために何とかしようとした努力には一顧だにせず、秋之助との関係を一方的に破棄したのである。

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