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大阪高等裁判所 昭和57年(う)760号 判決 1983年3月22日

主文

原判決中、被告人堀本勝彦、被告法人大幾鉄工株式会社に関する部分を破棄する。

被告人堀本勝彦を禁錮一年六月に、

被告法人大幾鉄工株式会社を罰金二〇万円に処する。

但し、被告人堀本勝彦に対し、この裁判確定の日から三年間その刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用中、証人鈴木生美、同駒井達彦、同谷浦勲、同村上久雄、同福西治に各支給した分(ただし証人駒井に支給したもののうち、昭和五五年八月二七日出頭による分を除く)は、その二分の一を被告人堀本勝彦の負担とし、証人北島豊に支給した分は、その二分の一ずつを被告人堀本勝彦、被告法人大幾鉄工株式会社の負担とする。

被告人住友孝志の本件控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、大阪地方検察庁検察官検事谷山純一作成の控訴趣意書(被告人堀本及び被告法人大幾鉄工株式会社関係)、被告人堀本の弁護人早瀬芳男、同西中務連名作成の控訴趣意書及び被告人住友の弁護人伏見〓次郎作成の控訴趣意書に各記載のとおりであるから、これらを引用する。

弁護人伏見〓次郎の控訴趣意第二点のうち理由そごの主張について

論旨は、要するに、本件工事請負契約は、住吉ゴム株式会社(以下「住吉ゴム」という。)と山口建設株式会社(以下、「山口建設」という。)との間で締結されたものであつて、住吉ゴムは下請負人の大幾鉄工株式会社(以下「大幾鉄工」又は「被告法人」という。)とは何ら契約関係になく、また工事施工の責任はあくまでも請負人側において負うべきものであるから、下請負人である大幾鉄工の従業員相被告人堀本の行為に基づく本件火災について請負人の山口建設を飛び越えて注文者側の被告人住友にまで責任を及ぼすべきいわれはないのに、被告人住友に過失責任を認定した原判決には理由そごの違法がある、というもののようである。

しかしながら、被告人住友に過失責任があるかどうかは、具体的な事実関係によつて判断されるべきものであつて、民事上、大幾鉄工が住吉ゴムとは直接の契約関係がなく下請負人であることのみの故をもつて直ちに住吉ゴムの従業員である被告人住友に刑事上の過失がないということができず、原判示事実によれば被告人住友の過失を認めるに足りるから、原判示事実自体には何ら所論のような理由そごの違法はない。論旨は理由がない。

弁護人伏見〓次郎の控訴趣意第四点のうち理由不備の主張について

論旨は、要するに、過失犯における注意義務は法律上の義務であることを要するところ、原判示の被告人住友の注意義務は、せいぜい道義上の注意義務にとどまり法律上の注意義務とはいわれないのに、同被告人につき過失責任を認定した原判決には理由不備の違法がある、というもののようである。

しかしながら、原判示の被告人住友の注意義務は、過失犯につき法的に要請されるべき注意義務として判示されたものであることは、原判文に徴し明らかであつて、原判示事実自体には何ら所論のような理由不備の違法はない。論旨は理由がない。

弁護人伏見〓次郎の控訴趣意第六点(訴訟手続の法令違反の主張)について

論旨は、要するに、原裁判所は、被告人住友の司法警察員及び検察官に対する各供述調書を証拠として採用しているが、右各調書はいずれも任意性を欠き、証拠能力がないので、原裁判所の訴訟手続には法令の違反がある、というのである。

検討するに、原裁判所が、被告人住友の関係で同被告人の司法警察員(一一通)及び検察官(六通)に対する各供述調書を証拠として採用して取調べ、これを原判示事実認定の証拠としていることは、原審記録及び原判決に徴し明らかである。被告人は、原審公判廷で、捜査官の取調に関し、「ほとんどむこうのおつしやるとおりに返事したと思います。」「おかしな点もありましたけど、朝から晩遅くまで取調べられ、いまさらこの所違うとかよう言わず、判を押した場合もあります。」「警察とか検察庁へ行くだけで、上つてしまつてというんか、ものが言えなかつたんです。」などと供述しているものの、他にその取調が威嚇的あるいは強迫的であつたことをうかがわせるに足る供述はなく、右のような供述だけからは、その取調の状況が任意性を疑わしめるほどのものであつたとまでは認められず、他に任意性を疑うべき証拠もないので、原裁判所が、右各供述調書につき任意性を認めて採用した訴訟手続には法令違反はないというべきである。論旨は理由がない。

弁護人伏見〓次郎の控訴趣意第一点の第二(事実誤認の主張)について

論旨は、要するに、原判決は、「大幾鉄工が請負つた…資材運搬用簡易リフトの補修工事」と判示し、大幾鉄工が右工事の請負人であるかのような判示をしているが、右工事の請負人は山口建設であり、大幾鉄工は山口建設から下請けしたものであつて、住吉ゴムとは何らの法律関係はないから、原判決は事実を誤認した疑いがあり、右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

なるほど、関係証拠によれば、所論の工事は山口建設が住吉ゴムから請負い、更にこれを大幾鉄工が山口建設から請負つたものであることが明らかであつて、原判決が「大幾鉄工が請負つた」と判示したのも、これを単純に判示したものと考えられ、このように判示したからといつて被告人住友の過失責任の有無の判断に何ら影響を及ぼすものではなく、事実誤認というべきほどのものではないから、論旨は理由がない。

弁護人伏見〓次郎の控訴趣意第一点の第一(事実誤認の主張)、第三点(法令の解釈適用の誤りの主張)、第五点(法令の解釈適用の誤りの主張)について

論旨は、要するに、原判決は、被告人住友が「住吉ゴムの工場部門の責任者として、同社工場の機械設備の維持管理並びに易燃物であるウレタンフオームの取扱保管及びこれに伴う火災の防止等の業務に従事し」と認定したうえ、同被告人に業務上失火罪、業務上過失致死罪の各法条を適用しているが、住吉ゴムは岸上善治郎社長が独裁的、ワンマン的に業務一切を主宰指揮していた小会社であり、同被告人は材料の仕入れ調達のほか、同社長の雑務手伝というような秘書的な仕事を担当していたに過ぎず、工場長とか工場部門の責任者といつた地位になく、また防火業務に従事してもいなかつたのであるから、この点についての原判決の前記認定は事実を誤認したものであり、また、右のような被告人住友の職務は前記各罪にいう業務とはいえず、かつ、右各罪は身分犯であるから、その身分を有しない同被告人については業務上の過失犯は成立しないにも拘らず、前記各罪の法条を適用した原判決は業務の解釈を誤つた結果、法令の適用を誤つたものであり、以上の各誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。

そこで検討するに、原審で取調べた関係証拠によれば、被告人住友が勤務していた住吉ゴムは、亡社長岸上善治郎の個人経営にかかる住吉ゴム商会が昭和三一年に株式会社に組織変更されて発展してきた会社で、本件火災事故当時は、岸上社長以下従業員十数名の規模でウレタンフオームの加工販売を業としていたものであり、被告人住友は岸上社長の妻のいとこにあたり、昭和三〇年住吉ゴム商会当時に雇用されたはえ抜きの従業員で、昭和四七年以降取締役となつたものであり、本件当時同会社には、他に取締役として、柏原教光、小澤万治郎がいて、被告人住友を含めた右三名が社長を補佐して会社運営にあたつていたが、柏原は営業部門を、小澤は総務経理部門を担当し、右二名が事務部門を担当していたのに対し、被告人住友は、原材料の在庫の発注管理、機械設備の維持管理を主たる仕事としつつ、実質上工場部門の従業員の上司に位置し、同部門の責任者として、工場関係の雑務を担当しており、また同被告人は、昭和四四年以降、同会社が保管する接着剤ネオストロングの小量危険物取扱主任者に指名され、消防署にその名前が届けられ、会社内の保管場所に取扱責任者としてその名前が掲示されていたほか、ウレタンフオームの易燃性を熟知していた同被告人は、本件の建物が昭和五四年四月に完成して以来、岸上社長と相談して消火器や「火気厳禁」の標示板を設置するなどし、従業員らにタバコ等火気の取扱いに注意を与えたり、会社の作業終了後帰宅するにあたつて火の元の後始末を心がけるなどしていたこと、以上の事実関係が認められ、右認定に反する被告人の原審公判廷における供述は措信しがたい。してみると、なるほど同会社においては、被告人住友を防火責任者とする旨の明確な職務分担の定めがなされていた証拠はないが、同被告人の会社内における地位、その職務内容、従前の行動等から推して、同被告人は、易燃物であるウレタンフオームを管理するうえで当然に伴う火災防止の職務を岸上社長とともに実質上担当していたことが認められるから、原判決には所論のような事実誤認はない。そして、右認定の事実から認められる前記原判示の被告人住友の業務は業務上失火罪及び業務上過失致死罪にいう業務に当ると解せられるから、その注意義務違反の過失行為につき右各罪の法条を適用した原判決には所論のような法令の解釈適用を誤つた違法のないことも明らかである。論旨はいずれも理由がない。

弁護人早瀬芳男、同西中務の控訴趣意第一(事実誤認の主張)及び弁護人伏見〓次郎の控訴趣意第二点(うち、法令の解釈適用の誤り及び審理不尽の主張)、第四点(うち、法令解釈適用の誤り及び審理不尽の主張)について

弁護人早瀬芳男、西中務の論旨は、要するに、原判決は、被告人堀本に業務上の過失を認定しているが、本件の火災は、同被告人がリフトの修理作業のため本件建物の四階に上つていた際、たまたま住吉ゴムの下請をしていた国松化工所こと谷浦勲が半製品のウレタンフオームを納入してきて、一階資材置場の床面のこれまで置いてあつたウレタンフオームの原反にくつつけリフト開口部に近い位置に置いたため、これを知らない同被告人がガス切断器を用いて作業を開始し、その際の火花が落下飛散し、谷浦の納入した右半製品に着火してこれが燃え上つたことに起因するものであるから、谷浦の右納入を夢想だにできなかつた同被告人には、本件火災及びその結果につき予見可能性がなかつたものというべく、ウレタンフオームの易燃性を熟知していたうえ、谷浦の納入についてもこれを予想し得た相被告人住友に過失があり、また本件のリフト修理作業を請負つていた山口建設に元請けとして事故防止等の養生を怠つた点に責任があるといえても、被告人堀本には過失はないものというべきであるから、被告人堀本の過失を認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるというのであり、また、弁護人伏見〓次郎の論旨は、要するに、原判決は被告人住友の過失を認定しているが、本件火災は工事に当つた相被告人堀本の溶断溶接工事上の過失に起因するもので、同被告人、その使用者である大幾鉄工や元請けの山口建設に責任があるといえても、工事の注文者の側にあつて、しかも工事技術上の知識を有しない被告人住友にまで過失責任が及ぶいわれはなく、被告人住友に原判示のような注意義務があるとしても、せいぜい道義上のものにとどまり法律上のものとはいえず、同被告人に過失はないのに、過失を認定した原判決は審理不尽の結果業務上失火罪及び業務上過失致死罪に関する法令の解釈適用を誤つたものであり、右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。

そこで検討するに、原審で取調べた関係証拠によれは、以下の事実関係を認めることができる。すなわち、原判示のとおり被告人堀本は、昭和四三年に社団法人日本溶接協会からガス溶接技能講習修了証書を受けるなどして鉄骨組立加工業を営む大幾鉄工に工事主任として勤務し、鉄骨組立工事等の施工及びこれに伴うガス溶断溶接等の業務に従事していたものであり、被告人住友は、住吉ゴムの工場部門の責任者として、同社工場の機械設備の維持管理並びに易燃物であるウレタンフオームの取扱保管及びこれに伴う火災の防止等の業務に従事していたものであること、住吉ゴムの本社工場の鉄骨造り三階建一部四階建建物内の資材運搬用簡易リフトの製造及び設置工事は山口建設が住吉ゴムからこれを請負い、大幾鉄工が山口建設から下請けしてこれを製造、設置工事をしたのであるが、補修工事が必要となつたため、昭和五四年四月二五日被告人堀本が被告人住友立会いのもとで応急の補修をしたが、更に本件当日被告人堀本はかねて住吉ゴムから指示されていた右リフトの補修工事を行うため、自社の青谷竹男を伴い、午前一〇時ころ住吉ゴムに赴き、午前中は、同建物一階のリフト開口部(リフトの西側)付近において、原判示のリフト用ケージ(縦、横各一・二、三メートル位、高さ約二・五メートルの鉄骨で枠組みした箱型のもの)にキヤビー四個を取り付ける等の作業をしたが、住吉ゴムの側では岸上社長と被告人住友が右作業に立会い、これを監視していたこと、同建物の一階は資材置場となつていて、その南側壁面から中央に向けて、東西約四・三メートル、南北約四メートルの範囲に、床面から高さ約二・七メートルまで、住吉ゴムが加工販売するためのウレタンフオームの原反がうず高く山積みされ、その東北端部と一階リフト開口部との距離は約五メートル前後位であり、右リフトから数メートル離れた南側にはウレタンフオームの切りくず(以下、以上を「ウレタンフオーム原反等」という。)が置かれるなどしていたが、被告人住友はこれらのウレタンフオーム原反等が置かれていたことを認識しており、またこれらの物が極めて燃えやすい物であることを熟知しており、被告人堀本は、午前中の作業の際、右一階資材置場のリフト開口部の近くに右のような大量の原反等が置かれているのを現認し、その名称は知らなかつたものの、柔らかそうなスポンジ様の燃えやすい物と認識していたこと、(この認識していたことについては、後記検察官の控訴趣意についての判断に際し詳細に説示するところである。)同日午後一時三〇分ころからは、被告人堀本らは、同建物四階に上り、右補修工事の一環として、四階リフト昇降用通路開口部において、原判示のとおりリフト懸垂用ワイヤロープを懸ける滑車を別注の大きいものに取り換えようとしたが、右滑車のフツクを引つ掛けるリフト昇降用通路天井部の梁の中心部に取付けた厚さ一〇ミリメートルの鉄板の穴が小さいためこれを拡大溶断する必要が生じ、右作業には住吉ゴムから被告人住友だけが立会い、これを監視していたこと、ところが、被告人堀本、同住友らが四階に上つている際、住吉ゴムの下請をしていた谷浦勲がたまたま出来上つたウレタンフオームの半製品を納入しに来て、工事の事情を知らぬまま、これを前記一階資材置場床面に置かれていたウレタンフオーム原反の北端中央部分に接して、東西約一・三メートル、南北一メートル余位の範囲にうず高く積み上げ、一階リフト開口部に近い位置(最も近いところで約一・五メートル位)に並べ置いたこと、その後午後二時ころ、被告人堀本は、谷浦の納入してきた右半製品については何も知らぬままに、四階のリフト昇降用通路開口部において、その開口部の東西両側に巾約三〇センチメートルの歩み板を足場用に二枚渡して鉄製の脚立を立て、これに上つて酸素アセチレン火炎の出るガス切断器を用いて、原判示のとおり鉄板を拡大溶断する作業に入つたが、右リフト昇降用通路の最下部には、開放された西側開口部に面して前記リフト用ケージが留め置かれており、右リフト用ケージは底部が板張りのほかは高さ一・八メートルのベニヤ板で背面及び両側面の三方を板囲いしているだけで、その上部約七〇センチメートルの周囲は枠組みのみで四方に隙間が生じており、しかも右リフト用ケージに近接した一階資材置場には前記谷浦の納入したウレタンフオームの半製品や前記ウレタンフオーム原反等の燃えやすい物が山積みされていて、右溶断作業を開始すれば、これに伴つて発生する多量の火花(赤熱溶片、以下「火花」という。)が四階作業現場から約一〇メートル下の右リフト用ケージ上部の梁や枠あるいは底部に当つて周囲に飛散し、これらウレタンフオームなどに接触着火して火災を発生させる危険があつたこと、ところが、作業を行う被告人堀本はもとより、右作業内容のわかつていた被告人住友においても、火花が階下に落下しないような予防措置はおろか、階下一階の安全を確認し、防火対策を講じるなどの措置を一切とらないままに、被告人堀本は右作業を開始継続し、被告人住友はこれを暗黙裡に許容したこと、そしてまもなく、右作業によりリフト昇降用通路を通つて落下し、階下一階リフト開口部周辺に飛散した多量の火花の一部がまず谷浦の納入して来たウレタンフオームの半製品に着火して燃え出し、前記のウレタンフオームの原反等に燃え広がつて、原判示のとおり住吉ゴムの建物を全焼させるとともに、七名も死亡させるという大きな事故の結果に至つたこと、以上の事実を認めることができる。右認定に反する被告人堀本及び同住友の原審及び当審における供述は他の関係証拠に対比し措信しがたい。

以上の事実関係に徴すると、被告人堀本については同被告人は、当日午前中に一階リフト開口部の近くの資材置場に名称は知らなかつたものの、燃えやすい性質の物と認識していた多量のウレタンフオーム原反等が山積みされているのを現認しており、しかも当日住吉ゴムは営業中であるから午後一時三〇分ころ四階作業現場に上つて作業準備にとりかかつてから午後二時ころ溶断作業を始めるまでの間に一階資材置場の資材の位置に変動のあることも考えられるので、作業開始直前にこれを確認する措置をとれば資材の位置状況を確認することができるのであるから、右四階作業現場で溶断作業を開始すれば、多量の火花が一階リフト用ケージ等に落下して周囲に飛散し、それが前記原反等のほか、四階作業現場での作業準備中に一階リフト開口部の近くに置かれたウレタンフオームがあれば、それにも接触着火して火災となるおそれのあることを予見することができたものというべきが相当であり、このような場合、ガス溶断等の業務に従事する同被告人としては、作業開始に先立ち、火花が落下する可能性のある範囲内に燃えやすい物が置かれていないかどうかを、今一度、自ら又は立会いの被告人住友に説明を求めて確認し、その安全を確認するとともに、被告人住友に要請して前記ウレタンフオーム原反等のほか燃えやすい物を安全な場所に移動させるか、あるいは自ら四階リフト昇降用通路の開口部を歩み板等で覆いつくすなど、溶断作業に伴つて発生する火花が右原反等に接触するおそれのない措置を講じて火災の発生を未然に防止すべき業務上の注意があつたといわなければならないのであつて、このような措置をとつておれば、当然前記谷浦の納入したウレタンフオームの半製品についても、その存在を確認することができたことはもとより、火災の発生を防止することができたものと考えられるのである。然るに、被告人堀本は落下する火花につき何ら予防措置を講じないまま、四階リフト昇降用通路開口部に前記巾約三〇センチメートルの歩み板を足場用に二枚渡しただけの状況のもとに溶断作業を開始継続したのであるから、同被告人に右注意義務を怠つた過失のあることは明らかである。

次に、被告人住友については、同被告人は、当時、一階リフト開口部の近くの資材置場に、極めて燃えやすい性質の物であることを熟知している多量のウレタンフオーム原反等が山積みされていることは十分知つていたのみならず、前記谷浦からのウレタンフオームの半製品が納入されることも予見し得る立場にあり、相被告人堀本がガス切断器を使用して溶断作業を開始すれば、多量の火花が一階リフト用ケージ等に落下して周囲に飛散し、それが前記ウレタンフオーム原反等のみならず、右半製品が納入されておればそれにも接触着火して火災になるかもしれないことを予見することができたのであるから、住吉ゴムにおける易燃物であるウレタンフオームの取扱保管及びこれに伴う火災の防止等の業務に従事し、住吉ゴムから唯一相被告人堀本らの前記工事に立会い、これを監視していた被告人住友としては、前記ウレタンフオーム原反等が極めて燃えやすい性質のウレタンフオームであることを相被告人堀本に告げたうえ、その溶断作業開始に先立ち、あらためて一階資材置場におけるウレタンフオームの存在状況を点検し、その安全を確認するとともに、これを安全な場所に移動させるか、あるいは相被告人堀本に要請して四階リフト昇降用通路開口部を歩み板等で覆いつくさせるなど、溶断作業に伴つて発生する火花が右原反等に接触するおそれのない措置を講じて火災の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があつたといわなければならない。そして右の注意義務は道義上のものではなく法的のものであることはいうまでもない。然るに、被告人住友は右の予防措置を講じないまま、相被告人堀本が作業を開始継続することを許容し、同相被告人をしてこれを行わせたのであるから、被告人住友に右注意義務を怠つた過失のあることは明らかである。

被告人堀本の弁護人らは谷浦の納入を予想し得た相被告人住友に過失があり、また元請けの山口建設に事故防止等の養生を怠つた点に責任があるといえても、被告人堀本には過失はないというが、相被告人住友や山口建設に過失や落度のあることをもつて、被告人堀本の右業務上過失が消失するものではないから、右所論は採用しがたい。また、被告人住友の弁護人は相被告人堀本、その使用者の大幾鉄工、元請けの山口建設に責任があるといえても、被告人住友には過失責任はないというが、右同様の理由により被告人住友の業務上過失が消失するものではないから、右所論も採用しがたい。

以上のとおりであつて、原判決には所論のような事実誤認や、法令の解釈適用の誤り及び審理不尽の違法はない。論旨はいずれも理由がない。

弁護人伏見〓次郎の控訴趣意第七点(量刑不当の主張)について

論旨は、被告人住友を禁錮刑の実刑に処した原判決は重過ぎるので、同被告人に刑の執行を猶予されたいと主張するのであるが、所論にかんがみ記録を精査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、本件各犯行の罪質、態様、ことに被告人住友の過失は、会社内で業務として火災を防止する職務にあり、しかも相被告人堀本らの本件建物四階における作業に関しては、会社側から唯一人これに立会い、監視していた立場にありながら、堀本がガス切断器を使用して火花を発生させる危険な作業を開始するに当たり、階下一階には多量のウレタンフオームの原反等が置かれ、これが易燃物であることを熟知していながら、同人に何らの注意を喚起させることなく、また階下一階の安全については何らの防火策を講じないままに漫然とこれを拱手傍観して、右作業を開始継続させるという重大なものであり、その結果も本件建物を全焼させ、同社の社長、従業員六名を含む合計七名を死亡させるという悲惨なものであることのほか、相被告人堀本の過失と比べても、ウレタンフオームの材質が易燃性であることを熟知していた本件建物の防火担当者として、外部から来た堀本以上に火災の危険に配慮しなければならない立場にあつた点や火花が着火した谷浦の半製品についてもその納入を予想しうる立場にあつた点などにおいて、被告人住友の過失はより大きいと考えられることなどに徴すると、その刑責は軽視できないので、相被告人堀本にも直接の火気使用者としてかなりの責任があること、死亡した住吉ゴムの従業員の遺族らには同会社から死亡者一人につき四〇〇万円の見舞金が支払われ、また後記のとおり相被告人堀本らからも慰藉の方法が講じられて、右被害者の遺族らから寛大な刑を求める旨の嘆願書が提出されていること、そのほか被告人住友に前科がなく、反省していることなど酌むべき情状を十分に参酌しても、禁錮一年六月の実刑に処した原判決の量刑はやむを得ないもので、不当に重過ぎるとはいえない。論旨は理由がない。

検察官の控訴趣意第二の一(事実誤認の主張)について

論旨は、要するに、原判決は被告人堀本及び被告法人大幾鉄工株式会社に対する各労働安全衛生法違反の公訴事実につき、被告人堀本は、本件建物の一階資材置場の南側床面等に置かれていたその名称は知らないものの可燃性の物と認識していた多量のウレタンフオームの原反等の存在には気付いていたが、それが易燃性の物であることの認識があつたとは認めがたいので、故意の点において犯罪の証明がないとして、被告人堀本及び被告法人に無罪の言渡をした。しかしながら、易燃性の物であることの認識は、火花を発して点火源となるおそれのある機械を使用すると、火災が発生する危険のある「燃えやすい物」であることの認識をもつて足るものと解すべきであつて、被告人堀本は、前記一階資材置場に置かれていた原反等について、それがウレタンフオームと呼称されるものであることを知つていたとまでいえないにしても、それが燃えやすい物であると認識していたのであるから、前記故意の点において欠けるところがなく、仮に確定的な認識がなかつたとしても、少なくとも、未必的故意があるというべきであるのに、故意の点において犯罪の証明がないとした原判決には事実誤認の違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

そこで検討するに、原判決が被告人堀本及び被告法人に対する労働安全衛生法違反の公訴事実につき、所論指摘の理由、並びにこれに付言して被告法人の代表者である大内稔においても、本件現場が多量の易燃性の物が存在して火災が生じるおそれのある場所であり、本件溶断作業をすることがその点火源となるおそれのあることを知らなかつたことを理由にして、それぞれ無罪を言渡したことは、原判文に徴し明らかである。

ところで、労働安全衛生法二〇条二号、一一九条一号、一二二条、労働安全規則二七九条一項の罪は故意犯と解すべきであり、その構成要件該当事実を認識することがその故意の要件であるから、右の罪が成立するためには、行為者において、その作業する場所が同規則二七九条一項に定める「多量の易燃性の物が存在して火災が生ずるおそれのある場所」であることを認識していたことを要するものと解され、他方、右に定める「易燃性の物」とは、火花を発して点火源となるおそれのある機械を使用すると、火災が発生する危険のある「着火後の燃焼速度が速い物」をいうと解するのが相当である(昭和四六年四月一五日基発第三〇九号労働省労働基準局長通達参照)けれども、行為者に「易燃性の物」の認識があるというためには、その者において目的物が法律上「易燃性の物」に該当することを知つていることを要するのではなく、目的物が燃えやすい性質の物であること自体を事実として認識していることをもつて足りるものと考えられる。

本件についてこれをみるに、当審における事実取調の結果によれば、ウレタンフオームは極めて着火しやすく、着火すればその燃焼速度は極めて速い物であることが認められるところ、さきに説示のとおり、被告人堀本は、本件当日の午前中、一階資材置場のリフト開口部の近くに多量のウレタンフオーム原反がうず高く積み置かれているのを見て、その名称は知らなかつたものの、柔らかそうなスポンジ様のものと認識しており、さらに原審で取調べた関係証拠によれば、同被告人は、本件当日より以前、同年二月一〇日ころから同年三月中旬ころまで、本件現場である住吉ゴムの本社増改築工事(二階建であつたものを二階部分を取り壊し四階建の建物にする工事)に従事し、何回か鉄骨組立等の溶接作業等を担当していた際、作業現場において、右工事の元請けである山口建設の専務取締役山口弘から「住吉ゴムは引火性の強い燃えやすい品物を扱つているから、資材の上にこうしてテントを被せているが、作業に当つては十分火気に気をつけるように。」と聞かされ、現に右工事中、一階の床面に、高さ約二メートル、幅約一〇メートルくらいの大きさの物に防災用テントがかけられ、その上に水がかけられている状態を見ていること、本件当日の午前中、被告人堀本らが一階リフト開口部付近で作業中、住吉ゴムの岸上社長らが付近に水の入つたバケツを置き、またガス溶接の火花が周囲に飛散するのを防ぐためリフトの南側付近にベニヤ板を立てかけるなどしていたことも現認しており、本件当日現認したスポンジ様のものが、以前工事をした時テントを被せてあつたのはこの品物で「燃えやすい物」「火に弱そうな物」と思つたことが認められ、以上の事実関係及びさきに認定の一階資材置場のウレタンフオーム原反の積み置かれていた位置と一階リフト開口部との距離、並びに四階リフト昇降用通路開口部において溶断作業を行えば、多量の火花が下方に落下し一階のリフトケージ上部の梁等に当つて周囲に飛散することを被告人堀本において認識していたことをあわせ考えると、被告人堀本は、本件当日一階資材置場にうず高く積み置かれていたスポンジ様のものと認識していた物が燃えやすい性質の物、換言すれば「易燃性の物」であることを認識し、本件作業の場所がこの易燃性の物が存在するため火災が生ずるおそれのある場所であることをも認識していたものと認めるのが相当である。右認定に反する被告人堀本の原審及び当審各公判廷における供述は全体的に責任回避的傾向が顕著であつて、他の関係証拠と対比し、にわかには措信しがたい。原判決は、原審証人山口弘の「以前の解体、組立の工事に際し、住吉ゴムの建物の中には燃えやすい物があるから注意するようにということを、工事従事者に何回も言つており、その中に被告人もいたと思う。」旨の証言は信用しがたい旨説示するが、同証言によると、同人が工事従事者に注意したのは一回限りのものではなく何回もあるのであり、また同人は住吉ゴムの岸上社長から「ウレタンは燃えやすいものであるから、火に気をつけるように。」と言われていたというのであるから、元請会社の現場監督の立場にあつた山口が、下請けの被告法人の工事主任の地位にあり部下を指導監督していた被告人堀本に対し注意をするのは当然であり、前記山口の証言は十分信用することができるから、原判決の右説示は首肯しがたい。また、原判決は、被告人堀本の易燃性に関する捜査段階における供述には、信用性がない旨るる説示するが、同被告人の捜査段階における供述を検討しても、同被告人は自己の責任を認めているものの、住吉ゴム側にも責任がある旨強調するなど、過大に自己の責任を感じていたものとも、また身柄拘束中の取調べのため捜査官に言われるままに易燃性と結びつく表現を用いることを承諾したものともうかがわれず、その供述内容は不自然ではなく合理的であつて信用することができる。もつとも、被告人堀本の前記捜査段階における供述中には、原判決が指摘しているように、現認したスポンジ様の物を「可燃物である」と供述している部分があり、また「それほどまでに引火性の強いものだとはわからなかつた。」「それほどまでに火に弱いということまで認識していなかつた。」「これほど一瞬のうちに火の海になるような危険物であることがもつと正確にわかつておれば」などと供述している部分もあるが、前者の「可燃物」との表現については、必ずしも原判決が説示しているような「易燃物」と明確に区別した概念として用いているとはうかがえず、「火に弱いもの」あるいは「燃えやすいもの」と同じ意味で供述しているふしもみられ(たとえば、昭和五四年六月四日付司法警察員に対する供述調書では「いかにも柔らかそうな火に弱そうな製品とわかりました」と供述しているすぐその後で「こうした可燃性の製品がある現場において」と供述しており、また同年五月二四日付検察官に対する供述調書では「燃えやすい可燃物であることを知りながら」と供述しているなど)、後者の各供述については「火に対する弱さ」「燃えやすさ」の程度を「それほどまでとは思つていなかつた」との趣旨と解されるので、捜査段階におけるこれらの供述をもつて、被告人堀本が、現認したスポンジ様の物につき「燃えやすいもの」とか、「火に弱そうなもの」と認識していたとの認定に合理的疑いを抱かせるに足るものとは考えられない。また、原判決は、同僚の青谷を四階に残したまま自分一人だけ階下へ様子を見に行つた被告人堀本の言動からして、易燃性を認識していなかつたからであるとみて差し支えない旨説示するが、同被告人の検察官に対する供述調書によれば、同被告人は四階から火花が落ちても、一階に置かれた原反等に飛び散ることはないであろうとか、途中でかなり熱が下つて原反等に燃え移ることはないであろうと軽信していたため、煙が上つて来た後も何が起つたのだろうという程度の気持で階下に降りたことが認められるのであり、また、相被告人住友の原審公判廷における供述によれば、ウレタンフオーム原反の易燃性を十分に認識していた相被告人住友でさえも被告人堀本らの四階での溶断作業に立ち合つていて、その溶断の火花が落下するのを見ても、一階のウレタンフオーム原反については何ら注意することなく、しばらくして、ようやく気になつて一階に降り始めたに過ぎないことが認められるから、右原判決説示の事実があるからといつて、被告人堀本の易燃性の物であることの認識を否定する理由とはならない。その他原判決が、被告人堀本の易燃性の物であることの認識を否定するため説示するところは理由がなく首肯しがたい。

以上に認定の事実関係によれば、被告法人の業務に関し被告人堀本の行つた本件行為により、被告人堀本及び被告法人の労働安全衛生法違反の事実が認められるのに、これを無罪とした原判決は事実を誤認したものであり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。

以上の次第により、被告人住友の本件控訴は理由がないから、刑事訴訟法三九六条によりこれを棄却することとし、被告人堀本について原判決が無罪とした労働安全衛生法違反の罪と、有罪とした業務上失火、業務上過失致死の各罪とは刑法四五条前段の併合罪として一個の刑をもつて処断されるべき関係にあるので、原判決中同被告人に関する部分は全部破棄を免れないから、同被告人に関する検察官及び弁護人の各量刑不当の控訴趣意について判断するまでもなく、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決中被告人堀本及び被告法人に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書に従い、さらに次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

原判決が罪となるべきとして認定した事実を第一として、ほかに「第二、右第一記載のとおり、被告法人大幾鉄工株式会社は鉄骨組立加工等の事業を営むもの、被告人堀本勝彦は同会社の従業員であるが、被告人堀本において、被告法人の業務に関し、昭和五四年五月二一日午後二時ころ、右第一記載のとおり易燃性の物であるウレタンフオーム原反が多量に存在して火災が生ずるおそれのある同記載の場所において、同記載の作業をするため、火花を発して点火源となるおそれのある酸素アセチレンガス切断器を使用したものである。」を付加する。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

被告人堀本の判示第一の所為中、業務上失火の点は、刑法一一七条ノ二前段(一一六条一項)、罰金等臨時措置法三条一項一号に、業務上過失致死の点は、各被害者ごとに刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第二の所為は、労働安全衛生法二〇条二号、一一九条一号、一二二条、労働安全衛生規則二七九条一項にそれぞれ該当するところ、判示第一の所為は一個の行為で数個の罪名にあたる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として刑期及び犯情の最も重い小澤万次郎に対する業務上過失致死罪の刑で処断することとし、所定刑中、禁錮刑を選択し、判示第二の罪につき、所定刑中、懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い右第一の罪の刑に同法四七条但書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で処断すべきところ、情状につき検討すると、本件各犯行の罪質、態様、ことに判示第一の各犯行についての被告人堀本の過失は、前示の状況下で不用意に火気を使用した直接の当事者である点において、かなり重大であり、その結果も悲惨なものであることに徴すれば、その刑責は軽視できないが、他方、同被告人は、外部から工事のために来た者で、ウレタンフオームの易燃性について通り一遍の認識はあつたものの、内部の相被告人住友ほどにはその怖さを熟知していたわけではなく、また同被告人の発した火花がたまたま納入してきた半製品に着火した点は、同被告人に予見可能性は否定できないにせよ、かかる納入を予期しえた立場にあつた相被告人住友に比して、不運の度合が大きいといわざるを得ないこと、本件火災がかくも重大かつ悲惨な結果を招いた根底には、住吉ゴムの側において、多量の易燃性を扱つていたにもかかわらず、内部的に防火体制がずさんであつたことを指摘でき、この面に関する非難は相被告人住友に向けられても、被告人堀本がこれを甘受するいわれはないこと、そのほか、同被告人は、当審段階に至つて、被害者五名の遺族から提起されていた損害賠償訴訟において、和解を成立させ、相被告法人大幾鉄工と連帯して死亡者一人当り四〇〇万円の支払を約し、このうち一〇〇万円の支払を了し(同被告人の負担額は二分の一)、右遺族らから寛大な判決を求める旨の嘆願書が提出されていること、前科がないことなど、その酌むべき情状を参酌すると、被告人堀本に対しては、禁錮刑の執行を猶予するのが相当と思料されるから、同被告人を禁錮一年六月に処し、刑法二五条一項を適用して三年間刑の執行を猶予することとする。

被告法人大幾鉄工の判示第二の所為は、労働安全衛生法二〇条二号、一一九条一号、一二二条、労働安全衛生規則二七九条一項に該当するので、その所定罰金額の範囲内で同被告法人を罰金二〇万円に処することとする。

なお、原審における訴訟費用につき、刑訴法一八一条一項本文を適用して主文四項記載のとおり負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

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