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大阪高等裁判所 昭和57年(う)786号 判決 1983年3月08日

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中、被告人深見文三に対しては三〇〇日、被告人矢野榮左右に対しては一八〇日を、それぞれ原判決の刑に算入する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人金丸歡雄及び同山下更一連名作成の控訴趣意書並びに控訴趣意書の訂正、補充申立書及び各被告人作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これらに対する答弁は、検察官北側勝作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

一、弁護人の控訴趣意第一及び各被告人の控訴趣意中本件船舶の所有権に関する主張について

論旨は、要するに、原判示船舶は本件当時ゼネラル物産株式会社(以下ゼネラル物産という)所有でなく、マリーンプロダクツ会社(以下マリーン社という)所有であつて、その国籍は日本国になかつたから、同船舶が本件当時ゼネラル物産所有の日本船舶であると認め、公海上を航行中の同船舶内で行われた犯罪についても、当然刑法が適用されると判断した原判決は重大な事実誤認であり、刑法一条二項の解釈適用を誤つた違法であつて、破棄を免れない、という。

そこで所論にかんがみ記録を精査し、かつ当審における事実の取調の結果をも総合して検討するに、原判決挙示の関係証拠により右論旨に関する原判決の認定事実、法令の解釈適用を優に肯認し得、この点に関する原判決の説示はまことに適切である。以下所論に対し判断を示しつつ若干補説する。

まず、(一)所論は、特定物の売買においては、不動産たると動産たるとを問わず、将来その物の所有権を移転すべき特約のない限り、あるいは即時に所有権を移転するについての障害のない限りは、売買契約締結と同時に、当然に、所有権は売主から買主に移転すると解され、本件において、売買当事者としては、できるだけ速やかに第三伸栄丸の所有権をマリーン社に移転し、米国籍の船舶としてアラスカ沿岸において事業を開始したい所存であつたところ、同船舶の売買契約書である覚書によると、売買価格は金五七万ドルD/A一覧後一二〇日払為替手形で支払うと記載されているが、所有権移転の時期についてはなんら特約の記載がなく、また、当事者間に即時に所有権を移転するについてなんらの障害もないことが明らかであり、ただ日本船舶を外国に売却する場合であるから、海上運送法四四条の二の規定により運輸大臣の許可が条件とされ、現に同大臣の許可があり、これによつて同船舶売買の条件が成就し、即時に所有権を移転することの障害が除去されたのであるから、同船舶覆没当時には既にその所有権がマリーン社に移転していたことが明らかである、という。

しかしながら、この点に関し原判決は「売主の所有である特定物の売買においては、その所有権の移転が将来になされるべき特約がないかぎり、買主への所有権移転の効力は、直ちに生ずると解すべきが原則ではあるが、民法第一七六条を更に検討するならば、同条は当事者の意思表示、すなわち売買契約の内容次第で所有権移転の効力発生時期も決まることを意味するから、本件においても当該法律行為全体を解釈することによつて所有権移転時期を決すべきものと思料する。」と説示するが、これはまことに適切である。そうしてみると、所論指摘の運輸大臣の許可をもつて、直ちに本件船舶の所有権移転の条件が成就し、同船舶覆没当時既にその所有権がマリーン社に移転していたことが明らかであるとはなしがたい。

次に、(二)所論は、前記覚書は、公証人の認証を得ており、これによつても売買当事者が本件船舶の所有権をマリーン社に移転していることが看取される、というが、右覚書を仔細に検討するに、被告人深見の自署がなされているにすぎないことが認められるから、所論指摘の事実をもつて直ちに前記判断を左右するものとはなしがたい。

また、(三)所論は、原判決は前記覚書について「買主が履行の保証として代金額の一〇%予託金を支払う旨の第三条は全部抹消され、第四条のうち、残額の支払確保に関する字句(本船の引渡予定の・・・・・・日迄に送金するか、または取消不可能信用状を開設する)も抹消されて、ただ残額を一二〇日後払為替手形で支払うと記載されているに過ぎず、証拠上右為替手形が授受された形跡もない」と判示するが、本件においては、同覚書が締結されれば、その余の条項はさして必要でなく、これらの記載を抹消していても、売買契約の効力にはなんら消長を来たさない、という。しかし、所論指摘の原判決の判示は本件船舶の売買契約の効力に関しなされたものでないことが明らかであるから、所論は失当である。

更に、(四)所論は、前記覚書に記載されているD/A一二〇日後一覧払の為替手形は、相手方の信用度の高いときに利用できるもので、L/C(信用状)開設等の手続は必要でない、といい、右D/A一二〇日後一覧払為替手形の記載をもつて本件船舶の所有権は同船舶覆没当時既にマリーン社に移転していた証左である、となすもののようである。しかし、D/A(デイト・オブ・アターニイ)とは、輸出者が代金取立のため輸入者あての為替手形を輸出地の銀行に提出して代金を受取り、その為替手形を買取つた銀行がこれを輸入地の銀行に送り、これが輸入者に呈示されて支払を受け、同時に船荷証券等の船積書類を渡す、という代金決済の一方法を指すのであるから、D/Aをもつて輸出貨物の所有権移転時期判定の資料とはなし得ない。

また、(五)所論は、前記覚書第二条には、シイ・アイ・エフ・アラスカと記載されているが、これは売却価格を目的地渡し価格としたのみで、本契約の解釈上、所有権移転の時期を決するものでない、この点に関し原審証人菅明典及び同上橋偉二の各供述するところは誤つている、という。しかし、シイ・アイ・エフ、すなわち運賃・保険料込み条件においては、一般的に、物品が仕向港に到着することを条件づけたものでなく、約定貨物を船積みすることを契約条件とし、従つて売主は物品が船積港において舷側を有効に通過したときまで危険を負担するが、物品の所有権の移転は、船積みを証する船荷証券を含む船積書類の引渡しによつて移転する、という書類渡し条件を契約内容とするものであつて、この理は、船舶が輸出入物品である場合にもあてはまる。所論は、要するに売却価格の点にのみ着目した見解であつて、シイ・アイ・エフ契約の性質を誤解したものであるから、到底採り得ない。

更に、(六)所論は、本件船舶は、その覆没時までに既にアメリカ領事館及び税関における通関手続においても、アメリカ国籍の船舶として取扱われていた、というが、この点に関する原判決の説示は十分首肯するに足るから、所論は採り得ない。

なお、(七)所論は、本件船舶の船長名義の海難報告書にもポート・オブ・レジストリー、セワード、アラスカ、U・S・A、所有者マリーン・プロダクツ会社との記載があり、同船が米国国籍の船舶として海難報告をなし、同書に公証人の認証を得て、海上保安部や保険会社に提出されていることも、本件船舶がアメリカ船舶として扱われていた証左である、という。しかし、たとい所論のような事実があつても、それば、前叙のように税関において誤つて本件船舶がアメリカ国船籍を有するものとして取扱われたことに基づくものであるから、本件船舶はその覆没当時日本船舶でなかつたとの疑いを抱かせるに足る証左とはなし得ない。所論は採り得ない。

以上のとおりであるから、本件船舶がその覆没当時ゼネラル物産所有の日本船舶であると認め、公海上を航行中の同船舶内で行われた犯罪についても、当然刑法が適用されると判断した原判決には所論のような事実誤認、法令の解釈適用の誤りのかどはない、論旨は理由がない。

二、弁護人の控訴趣意第二及び各被告人の控訴趣意中原審相被告人佐々木啓益との共謀に関する主張について

論旨は、要するに、被告人両名は、原審相被告人佐々木啓益による本件船舶覆没行為について、同人と共謀していないから、右共謀を肯認した原判決は証拠の評価及び選択を誤り、事実を誤認したものであつて、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから破棄を免れない、という。

そこで所論にかんがみ記録を精査し、かつ当審における事実の取調の結果をも総合して検討するに、原判決挙示の関係証拠により右論旨に関する原判示事実を優に肯認し得、この点に関する原判決の説示はまことに適切であつて多く付言するを要しない。ただ、若干補説するに、所論は原審相被告人佐々木啓益の供述の信用性を強く非難し、被告人両名はいずれも原審及び当審各公判廷において所論に沿う供述をするが、右関係証拠を仔細に検討しても、右佐々木が故意に被告人らを陥しいれるための虚言を弄したことをうかがわしめるに足る証跡は全く見出せない。なお、所論は同人自署にかかる「事故発生について」及び「おわび」と各題する書面の記載から右共謀は存しなかつたことが看取される、というが、同人は原審公判廷において右各書面につき被告人らに指示されるままに書いたものである旨証言するのであつて、このことに徴すると、右各書面の記載は前判断をなんら左右するものでない。所論に沿う被告人らの右各供述はいずれも信用できない。

以上のとおりであるから、本件船舶覆没行為についてこれが被告人両名と右佐々木との共謀に基づくものである旨認めた原判決は正当であつて、所論のような事実誤認のかどはない。論旨は理由がない。

よつて刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、刑法二一条を適用して主文のとおり判決する。

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