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大阪高等裁判所 昭和57年(ネ)2239号 判決 1984年3月29日

控訴人

井上善雄

右訴訟代理人

今中利昭

田村博志

細川喜子雄

藪野恒明

福本基次

被控訴人

近畿日本鉄道株式会社

右代表者

上山善紀

右訴訟代理人

高澤嘉昭

柏木幹正

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

(一)  原判決を取り消す。

(二)  被控訴人は控訴人に対し、昭和五五年四月分から昭和五六年一一月分までの取締役会議事録を閲覧させ、かつ、謄写させよ。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  控訴の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

二  当事者の主張

1  控訴人の請求原因

(一)  被控訴人は地方鉄道法による旅客運送等の運輸業を営む株式会社である。

(二)  控訴人は昭和五五年三月一八日被控訴人の株式(一株の額面金額五〇円)一〇〇〇株を取得し、更に同年一〇月一日増資に伴う新株の無償交付により五〇株を取得した。

(三)  控訴人は被控訴人に対し、右株式取得後の昭和五五年一一月二七日被控訴人会社において口頭で同年四月分から同年一一月分までの取締役会議事録(以下「議事録」ともいう。)の閲覧謄写を求めたのを始めとして、同年一二月二〇日ころ到達の内容証明郵便で同年四月分から同年一一月分までの、昭和五六年一月一五日ころ到達の内容証明郵便で昭和五五年四月分から同年一二月分までの議事録の閲覧謄写をそれぞれ求め、代理人五名に委任して昭和五六年一〇月二四日ころ到達の内容証明郵便で昭和五五年四月分から昭和五六年九月分までの議事録の閲覧謄写を求めたが、いずれも被控訴人によつてこれを拒否された。

(四)  よつて、控訴人は被控訴人に対し、被控訴人の株主たる地位に基づき、被控訴人の昭和五五年四月分から昭和五六年一一月分までのすべての議事録(以下「本件議事録」という。)の閲覧謄写を求める。

2  被控訴人の本案前の抗弁

昭和五六年法律第七四号「商法等の一部を改正する法律」(以下「本件改正法」という。)による改正後の商法二六〇条ノ四第四項によると、株主が取締役会議事録の閲覧又は謄写を求めるためには裁判所の許可が必要とされており、右改正法は昭和五七年一〇月一日から施行されているが、同法附則二条本文によると、同法による改正後の商法の規定は、施行前に生じた事項についても適用されるものとされている。そうすると、本件改正法施行前に作成された本件議事録の閲覧謄写についても改正後の商法二六〇条ノ四第四項の適用によつて裁判所の許可を要することとなつたものであるが、控訴人の閲覧謄写の請求については裁判所の許可がないから、これを求める本件訴は不適法であり却下を免れない。

3  請求原因に対する被控訴人の認否

すべて認める。

4  被控訴人の抗弁

控訴人は、被控訴人を被申請人とする藤井寺球場ナイター施設工事続行禁止仮処分申請事件の申請人ら代理人、被控訴人の特急料金認可に反対するため大阪陸運局長を被告とする近鉄特急料金認可処分取消請求事件の原告であり、また、被控訴人の運賃値上げに反対する消費者グループを指導している弁護士であるが、右のとおり、業務又は本人としての訴訟活動、更には個人的利益や運動に用いる目的で被控訴人の株式を取得し、株主たる地位に藉口して被控訴人の議事録の閲覧謄写を請求しているものであつて、このような請求が被控訴人の利益に反することは明らかである。したがつて、控訴人の本訴請求は正当な目的がなく、本件改正法による改正前の商法二六三条二項の構成要件にも該当しないので許されるべきでなく、そうでないとしても株主権の濫用にあたるから許されないものである。

5  抗弁に対する控訴人の認否

争う。

控訴人は資産運用の方法として株式投資を試み、特に資産株として被控訴人の株式を取得したにすぎない。また、控訴人が本件議事録の閲覧謄写を求めたのは、株主から経営を委ねられている被控訴人の取締役が十分にその責任を果しているか否かを知りたいと考えたからにほかならない。

6  本案前の抗弁に対する控訴人の主張

本件改正法附則二条本文によると、改正後の商法の規定は被控訴人主張の場合、原則として遡及して適用されるのであるが、右附則二条但書によつて「改正前の法律によつて生じた効力を妨げない。」との例外が定められている。したがつて、本件改正法施行前に作成された本件議事録の閲覧謄写を請求するには裁判所の許可が必要であるとしても、右改正法の施行前既に控訴人から被控訴人に対して右請求権が行使されることによつて右権利が具体的請求権としての効力を生じているときは、この効力は改正法の施行によつて左右されないものというべきである。ところで、本件において控訴人は前記1のとおり改正法の施行前被控訴人に対し本件議事録の閲覧謄写を請求し具体的効力を生じているのであるから、この効力は本件改正法の施行によつて左右されることなく、改正後の商法の規定によつて本件訴が不適法となることはありえない。したがつて、被控訴人の本案前の抗弁は失当である。

7  控訴人の右主張に対する被控訴人の反論

本件改正法による改正前の商法二六三条二項所定の議事録閲覧謄写請求権は、その要件を充足すれば当然発生するもので、請求によつて発生するものではない。請求権者のなす請求は右権利の現実の履行を求める行為にすぎない。本件において右請求は改正法施行前になされているが、これは単に履行を求めた事実が過去に存在したというだけのもので法的にはそれ以上の意味はない。そして、現に本訴で審理の対象となつている閲覧謄写の請求は、訴の提起が本件改正法の施行前であるとはいえ請求自体過去のものでなく現在のものであり、換言すれば右請求は法律上右改正法施行後のものである。したがつて、本訴請求について本件改正法による改正前の商法が適用されることはありえない。

三  証拠関係<省略>

理由

一まず、被控訴人の本案前の抗弁について判断する。

1  株主の取締役会議事録の閲覧謄写請求権を定めた本件改正法による改正前の商法二六三条二項は、右改正法によつて改正後の商法二六〇条ノ四第四、第五項のとおり改正されたが、同条ノ四第四項によると、株主が取締役会議事録の閲覧又は謄写を求めるためには裁判所の許可を必要とすることとされている。そして、本件改正法は同法附則一条によつつて昭和五七年一〇月一日から施行されたが、同法附則二条本文により、右改正法施行前であつても既に生じた事項については、改正後の商法の規定が遡及して適用されることとされている。これを本件についてみると、控訴人が閲覧謄写を求めている控訴人主張の本件議事録はすべて本件改正法施行前に作成されたものであるから、右議事録の作成は右改正法施行前に生じた事項に該当することとなるので、右改正法が既に施行されている現在、右議事録の閲覧謄写については同法附則二条本文によつて改正後の商法二六〇条ノ四第四項が適用され、したがつて、控訴人が被控訴人に対し右議事録の閲覧謄写を求めるには裁判所の許可を要し右許可の限度でこれをなすべきものといわなければならない。

2  この点について、控訴人は本件改正法施行前被控訴人に対し本件議事録の閲覧謄写請求権を行使しているので、右請求権は同法施行前既に具体的請求権としてその効力を生じているところ、同法附則二条但書によると、「改正前の法律によつて生じた効力を妨げない。」旨定められているのであるから、たとえ同条本文によつて改正法の定めが原則として遡及して適用されるとしても、控訴人の右閲覧謄写の請求について右改正法の定めの遡及適用はありえない旨主張する。しかしながら、右閲覧謄写の請求権は、その要件を充足すれば当然に発生するものであつて、右請求権の行使によつて発生するものではない。もつとも、右請求権の行使によつて、たとえば右権利の消滅時効の中断又は義務の履行遅滞等なんらかの効力を生ずることは考えられるが、このことと右行使によつて請求権そのものが発生したものであるとすることとは、別個の事柄であり、右請求権そのものが右権利の行使によつて生じるものでない以上、控訴人が本件改正法施行後右請求権を行使するについて右改正法附則二条但書の適用はなく、同条本文の適用により、改正後の商法二六〇条ノ四第四項に従い、裁判所の許可を要するものといわなければならない。したがつて、控訴人の右主張は採用できない。

3  以上のとおりであるから、控訴人が被控訴人に対し本件議事録の閲覧謄写を請求するについては裁判所の許可を求めなければならないが、右許可の手続は、昭和五六年法律第七五号「商法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律」による改正後の非訟事件手続法一三二条ノ八の定めに従うべきところ、控訴人は同法条に従い右閲覧謄写について裁判所の許可を得た旨の主張をしていないだけでなく、かえつて、弁論の全趣旨によると、控訴人は現在のところ右許可を得る意思がないものと認められる。

二そうすると、前記所定の方法を経ない控訴人の本件訴は、訴の利益を欠く不適法なものであるから、その余の点について判断するまでもなく、これを却下すべきである。

三よつて、右と同旨の原判決は相当で、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条に従いこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(石井玄 高田政彦 礒尾正)

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