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大阪高等裁判所 昭和57年(ネ)24号 判決 1984年3月15日

控訴人 木下孝子

右訴訟代理人弁護士 田宮敏元

被控訴人 豊中信用金庫

右代表者代表理事 岸本繁明

右訴訟代理人弁護士 亀田利郎

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は控訴人に対し、金六〇〇〇万円及びこれに対する昭和五三年九月一四日から同年一二月一三日まで年二分六厘、同月一九日から支払ずみまで年六分の各割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

四  この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴人

主文と同旨の判決並びに仮執行宣言。

2  被控訴人

(一)  本件控訴を棄却する。

(二)  控訴費用は控訴人の負担とする。

二  当事者の主張

1  控訴人の請求原因

(一)  銀行取引を業とする信用金庫である被控訴人の神崎川支店(以下「被控訴人支店」という。)に対し、昭和五三年九月一四日、山下加代子名義で、六〇〇〇万円、期間三か月、利率年二分六厘の定期預金(以下「本件定期預金」という。)が預け入れられた。

(二)  本件定期預金は、控訴人が丹下孝子を使者として預け入れたものであり、その間の経緯は次のとおりである。

(1) 控訴人は、山下信明から、昭和五三年九月初旬ころ、同人が被控訴人支店より融資を受けやすくするため、同支店に六〇〇〇万円、期間三か月の定期預金を山下加代子名義で預け入れるように依頼され、山下信明から右六〇〇〇万円に対する三か月間、日歩五銭の割合で計算した二七〇万円の謝礼を受け取り、右依頼を承諾した。

(2) 控訴人は、三栄相互銀行橿原支店に丹下孝子名義で預け入れていた四〇〇〇万円の定期預金を昭和五三年八月三一日に払戻を受け、そのうちの三五〇〇万円、住友銀行古川橋支店に木村玉子名義で預け入れていた一〇〇〇万円の定期預金を同年九月九日に払戻を受けた分及び同年九月初旬ころ境辰蔵から借り受けた一五〇〇万円の合計六〇〇〇万円を用意し、同月一四日、新に買い求めた「山下」と刻した印章と共に右六〇〇〇万円を丹下孝子に預け、同人に対し被控訴人支店に本件定期預金の預入を指示し、かつ、控訴人の夫木下俊文を右支店前まで同行させた。

(3) 丹下孝子は、同日、山下信明と共に被控訴人支店に赴き、同支店において、所定の定期預金申込書及び利子所得の源泉分離課税の選択申告書(以下単に「分離課税申告書」という。)に、必要事項を記載し、控訴人の指示に従って右各預金者欄には「山下加代子」と、各預金者の住所及び電話番号欄には、当時の控訴人の住所、加入電話番号である「大阪市南区玉屋町六〇番地」及び「大阪二七一局一五五八番」を記入し、右印章を押捺して右支店長山脇一男(以下「山脇支店長」という。)に手交し、その際、同人に対し、「何かあったらここ(控訴人の住所ないし電話番号)に連絡して欲しい。また、満期には自分が必ず払戻に来る。」と申し伝え、前記六〇〇〇万円を右支店長に交付し、その場で本件定期預金証書を受け取った。その間山下信明は、丹下孝子の隣席に坐っていたが、被控訴人が後記3の(1)で主張するように、丹下孝子が山下信明の使用人であるかのようにふるまった事実はない。

(4) 丹下孝子は、右同日、本件定期預金証書及び前記印章を控訴人に交付し、以後引き続き控訴人はこれらを所持している。

(三)  控訴人は、昭和五三年一二月一八日被控訴人支店に対し、本件定期預金の払戻を請求した。

(四)  よって、控訴人は、被控訴人に対し、本件定期預金契約に基づき、預金六〇〇〇万円及びこれに対する昭和五三年九月一四日から同年一二月一三日まで年二分六厘の割合による約定利息、右払戻請求の翌日である同月一九日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する被控訴人の認否

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)  同(二)の冒頭の事実は否認する。

(1) 同(二)の(1)の事実のうち、控訴人が山下信明から二七〇万円を受け取ったことは認めるが、その余は争う。

(2) 同(二)の(2)の事実は否認する。

(3) 同(二)の(3)の事実のうち、本件定期預金が預け入れられた際、山下信明と丹下孝子が被控訴人支店に来店したこと、丹下孝子が本件定期預金の申込書及び分離課税申告書に控訴人の主張する事項を記入して「山下」と刻した印章を押捺したことは認めるが、その余は否認する。

(4) 同(二)の(4)の事実は否認する。

(四)  同(三)の事実は認める。

3  被控訴人の主張

(一)  記名式定期預金の預金者の認定につき、預金預入行為者が預入時において、自己の金であることを明示し、自己又は近親者の名義で預け入れた場合には、その預金者は、銀行取引の通念から、預入行為者又は名義人である近親者であると解すべきである。

本件定期預金の場合、山下信明は、これを預け入れる前に被控訴人支店の山脇支店長に対し予め同人の妻山下加代子名義で預金をする旨を申し伝え、その予告どおり六〇〇〇万円を持って右支店に来店し、山脇支店長に対し、この金は自分の金であるが妻山下加代子名義で預金する旨申し向け、右金員を右支店長に交付して本件定期預金として預け入れた。その際、丹下孝子が山下信明と同行し、丹下孝子が本件定期預金の申込書等に記入し、「山下」と刻した印章を押捺したことはあるが、山下信明が右申込書等及び本件定期預金証書の各記載事項を点検確認し、丹下孝子は山下信明が右支店長に対してこの金は自分の金であると申し伝えた際にこれを否定しなかったばかりか、暗にこれを肯定するような態度をしたものであって、丹下孝子は山下信明の使用人のようにふるまっていた。そして、山下信明も丹下孝子も右支店長に対して丹下孝子が何者であるか紹介すらしなかったものである。そのため、山脇支店長は、丹下孝子を山下信明の使用人であると信じ、山下信明が本件定期預金を預け入れるものと信じていた。

よって、本件定期預金の預金者は、控訴人ではなく、これを現実に預け入れた山下信明又はその妻で名義人である山下加代子である。

(二)  仮に、本件定期預金の預金者を、無記名定期預金の場合と同様にその資金の出捐者と認めるべきであるとしても、本件定期預金六〇〇〇万円の出捐者は控訴人ではない。

控訴人の右資金調達方法に関する主張は、原審と当審において大いに異り、控訴人本人は、原審における本人尋問において、手持資金一〇〇〇万円と特定の個人(一人)から借りた五〇〇〇万円とを合せたものであるが、貸主の名は道義上言えない旨供述しながら、当審においては、前記請求原因(二)の(1)のように主張し、控訴人本人もこの主張に沿う供述をする。しかしながら、当審における主張が真実であるならば、原審においてこれを主張立証することに不都合があったとは考えられない。このように控訴人の主張、控訴人本人の供述が変転することは、その主張が真実でなく、控訴人本人の供述も信用できないものというべきである。

控訴人が主張する丹下孝子名義の三栄相互銀行橿原支店の四〇〇〇万円の定期預金についても、これが控訴人の預金であったか否かは疑わしく、仮に控訴人の預金としても、控訴人方に常時出入している丹下孝子の名を出すことが、道義上できないと言えるようなものではない。境辰蔵からの借入金についても、同人は控訴人の夫木下俊文や俊文の経営する大阪証券融資株式会社(以下「訴外会社」という。)と昭和三五、六年ころから取引があったというのであるから、境辰蔵の名を出すことが不都合である筈はない。また住友銀行古川橋支店の木村玉子名義の預金についても、控訴人がこの名義人の氏名を探し当てるのに容易でなかった程であるから、これが控訴人の預金であるかどうか疑わしく、その他の控訴人の立証によっても、当審における控訴人の右主張事実は証明されていない。

のみならず、左記のような事情に鑑みれば、本件定期預金六〇〇〇万円は控訴人の夫木下俊文の出捐にかかるものとみるのが相当である。木下俊文は、大阪市南区玉屋町六〇番地(本件定期預金の預金者の住所)に建物を所有し、これに事務所を置く訴外会社を経営し、訴外会社または個人として金融業を営み、いわゆる導入預金も数多く行い、これに関連して刑事上の処罰も受けている。山下信明は、控訴人とは一面識もなく、初めは本件定期預金につき木下俊文に依頼して来たものである。本件定期預金につき、現金を被控訴人支店まで運んだのは木下俊文であり、同人は所用の印章も買い求め、丹下孝子に対して預入の手続につき注意を与えている。また預入後において本件定期預金が控訴人の預金である旨の山下信明から控訴人宛の念書(甲第二号証の一)の作成にも木下俊文が関与しているのである。このような点からして、山下信明が控訴人に対して本件定期預金を依頼すること自体不自然であり、本件定期預金の資金は木下俊文が調達して山下信明に渡したとみるのが自然である。ただ、木下俊文は、前記刑事事件の関係もあって、裁判上の請求につきその名を出すことを好まず、控訴人名を用いているにすぎない。

(三)  本件定期預金の出捐者は山下信明というべきである。

木下俊文ないし控訴人は、本件定期預金の資金六〇〇〇万円を山下信明に交付するに際し、同人の信用調査をなし、謝礼金の名目で三か月間日歩五銭の割合で計算した二七〇万円を同人から受け取っているのであり、これは二七〇万円を利息とする金銭消費貸借と同視すべきものである。本件定期預金証書を控訴人が所持しているのは、担保の目的にすぎない。

本件定期預金預入の際の山下信明の行動は前記のとおりであり、同人は終始自己の金であることを示して行動し、控訴人側も預金名義人等重要事項については山下信明の指示どおりにしているのである。単なる協力預金であるならば、このような必要はないわけである。

右のような点からして、仮りに控訴人が本件定期預金の資金を出したとしても、預け入れられるまでの間にその資金に対する控訴人の支配が消滅し、山下信明の支配に帰属し、同人の預金として預け入れられたものというべきである。

4  被控訴人の抗弁

仮に本件定期預金の預金者が控訴人であるとしても、

(一)(1)  本件定期預金契約には、(イ)預金者は中途解約することができ、(ロ)預金者が預金証書を紛失した場合でも、預金者において被控訴人が定める手続を履行すれば預金の払戻を受けることができ、(ハ)被控訴人は、預金者の払戻請求関係の書類上に押捺された印影と預金がなされた際に届出された印影とを照合して相異ないものと認めて払戻をしたときには免責される、旨の約款があった。

(1) 山下信明は、昭和五三年九月一八日被控訴人支店に対し、本件定期預金証書を紛失したこと及び本件定期預金の中途解約を申し出た。

そこで、山脇支店長は、山下加代子とも面談し、右証書が紛失したことを確認し、山下加代子名義で提出された被控訴人所定の紛失届及び預金契約中途解約書類上の印影と本件定期預金につき届出された印影とを照合した結果、両者は同一のものであると判断し、右支店は、右同日山下信明に対し、本件定期預金の税引後の元利金六〇〇〇万四二七四円を支払い、もって、被控訴人の控訴人に対する本件定期預金支払債務は、右約款により免責された。

(二)  仮に右(一)が認められないとしても、

(1) 被控訴人支店の山下信明に対する本件定期預金の右払戻に際し、山脇支店長は、本件定期預金預入の際における前記(3の(一))の事情から、山下信明が真実の預金者であると信じていたものであり、そのように信じることに過失はなく、払戻手続についても相当な注意を用いた。

(2) よって、被控訴人が山下信明に本件定期預金を払い戻したことは、債権の準占有者に対する弁済として、弁済の効力があるというべきである。

5  抗弁に対する控訴人の認否並びに再抗弁

(一)  抗弁事実はいずれも否認する。山下信明は、本件定期預金証書、印章を所持していないから、準占有者ではない。

(二)  再抗弁。仮に本件定期預金契約に被控訴人主張の免責約款が適用されるとしても、被控訴人支店の山脇支店長は、本件定期預金が預け入れられてわずか四日後に、証書を紛失したと称する山下信明夫婦の言を信じ込み、本件定期預金申込書に記載された控訴人の住所ないし電話番号に問い合せをすることなく、しかも山下信明が提出した紛失届等の印影と本件定期預金につき届出された印影とが異ることは素人にも判別可能であるのに、軽率に中途解約に応じたものであるから、山下信明が正当な預金者であると信じたとは到底考えられないし、仮にそのように信じたとすれば、右支店長には過失があるものというべく、右中途解約による払戻には右免責約款による免責の効力がない。

6  再抗弁に対する被控訴人の認否

再抗弁事実は否認する。

三  証拠《省略》

理由

一  昭和五三年九月一四日、被控訴人支店に山下加代子名義で本件定期預金(金額六〇〇〇万円、期間三か月、利率年二分六厘)が預け入れられたことは当事者間に争いない。

二  右預金者につき判断する。

1  《証拠省略》を総合すると、以下の事実が認められ、この認定を左右する証拠はない。

(一)  控訴人の夫木下俊文は、金融業を目的とする訴外会社を主宰し、また個人名でも古くから金融業を営み、いわゆる導入預金にも数多く関係したことがあり、控訴人も昭和五一年ころから自ら金融業を営み、右両名の取扱金額は相当高額であった。本件定期預金が預け入れられた日より約一〇日前ころ、山下信明から木下俊文に対し被控訴人支店に六〇〇〇万円のいわゆる協力預金(山下信明が同支店から融資を受けやすくすることを目的とする。)をして欲しい旨申入があり、木下俊文はこの旨を控訴人に伝え、控訴人がこれに応じることとした。そこで控訴人は山下信明と面談したところ、山下信明は、控訴人に対して協力預金の謝礼として六〇〇〇万円に対し日歩五銭、九〇日間で計算した二七〇万円を支払うことを約し、預金名義人を山下加代子とすることと預入の際に女性を同伴したい旨申し入れ、控訴人はこれを承諾し、程なく山下信明から控訴人に対して二七〇万円が支払われた(二七〇万円支払いの事実は争いない。)。

(二)  同年九月一四日、控訴人は、使用人の丹下孝子を山下信明と共に被控訴人支店に行かせて預入をさせることとし、かねて買い求めていた「山下」と刻した木製の印章と「山下加代子」と記載した紙片を同女に渡し、右印章を届印とし、預金名義人を山下加代子とするが、住所、電話番号は控訴人のもの(大阪市南区玉屋町六〇番地、大阪二七一局一五五八番)とするように指示した。同日午後、大阪市内の喫茶店に六〇〇〇万円を持った木下俊文、山下信明、丹下孝子及び控訴人が相会し、同所から控訴人を除いた三名がタクシーに乗って被控訴人支店へ行った。

(三)  山下信明は、同日正午ころ、被控訴人支店の山脇支店長に対して今日六〇〇〇万円の定期預金を妻の山下加代子名義でする旨を電話で連絡していた。同日午後五時ころ、右三名は被控訴人支店に着き、木下俊文を除いて山下信明と丹下孝子が支店内に入り(この両名が被控訴人支店に行ったことは争いない。)、支店応接間で山脇支店長と会って預入手続をした。預入に必要な定期預金申込書及び分離課税申告書には丹下孝子が控訴人の指示どおりの預金者名、住所、電話番号を記入し、前記山下と刻した印章を押捺した(この事実は控訴人の指示の点を除き争いない。)。山脇支店長は、その場で現金六〇〇〇万円と右書類を受け取り、直ちに預入手続をなし、本件定期預金証書を作成し、これを山下信明に渡し、山下信明はそのまま丹下孝子に手交した。

右手続の間、山下信明は終始本件定期預金は自己のものであることを示す言動をとり、丹下孝子もこれを否定することもなく、また山下信明からは事前に前記のような連絡もあったことでもあり、山脇支店長や一時同席した被控訴人支店次長西村雅夫も本件定期預金は山下信明の金員でなされたもので、同人が預金者であると信じて疑わなかった。

(四)  本件定期預金証書及び前記印章は、右同日控訴人に渡され、爾来控訴人がこれを所持している。右預入の数日後、控訴人は、本件定期預金の預金名義人山下加代子が山下信明の妻の氏名であることを知り、山下信明に対し不信の念を持ち、同人をして右預入の日付で本件定期預金は控訴人の現金を丹下孝子が預け入れたものに相違ない旨の念書を作成させた。

2  右認定事実によれば、本件定期預金の資金の出捐者は山下信明ではないというべきである。山下信明から控訴人に対して支払われた謝礼金二七〇万円が六〇〇〇万円の金銭消費貸借の利息金の計算と類似の方法で算出されたとしても、控訴人としては六〇〇〇万円を山下信明に貸与する意思の無かったことは、被控訴人支店に預け入れるまで控訴人の夫木下俊文ないし使用人丹下孝子が付き添い、預入手続を丹下孝子がなしているところからしても明らかであり、右謝礼金二七〇万円の授受に当不当の問題があるにしても、これをもって金銭消費貸借が成立したとすることは相当でない。また、右六〇〇〇万円の預入までの状況は右認定のとおりであって、これが山下信明の支配下に入ったというべき状況になったこともなく、本件定期預金証書も同様であってみれば、同人の意図はともかくとして、これが同人に横領されたともいえない。

いずれにしても、右六〇〇〇万円が山下信明の支配下に入った後に被控訴人支店に預金されたとは認められないから、この点に関する被控訴人の主張(3の(三))は理由がない。

3  被控訴人は、六〇〇〇万円の出捐者は控訴人ではない旨主張(3の(二))するのでこの点につき判断する。

右の点についての控訴人の主張、立証が原審と当審において相違し、矛盾していることは被控訴人の指摘するとおりであるのみでなく、当審における主張のうち境辰蔵からの借入金一五〇〇万円についてみても、これに沿う控訴人本人の当審における供述を裏付けるものとしては、境辰蔵の子である当審証人境良蔵の伝聞にわたる証言のみであって、容易に信用できず、丹下孝子名義の三栄相互銀行橿原支店の四〇〇〇万円の定期預金についても、《証拠省略》によると、右は丹下孝子の実名を用いその住所も同女の住所としていることが認められるのであり、控訴人の架空名義預金というには不自然であり、《証拠省略》によると右定期預金が払い戻されたのは昭和五三年八月三一日と認められるところ、これは前認定の山下信明から木下俊文に協力預金の依頼があった日よりも前であり、これが本件定期預金に用いられたかどうかに疑問が残るところである。仮りに、本件定期預金の資金の出所が控訴人が当審で主張するとおりとするならば、これを原審において主張することに不都合があったとは考えられず、当審における主張についての証拠も的確なものでないことからして、本件定期預金の資金の調達に関する控訴人の主張は容易に首肯し難いところである。

しかしながら、前認定のように、本件定期預金がなされた当時、控訴人もその夫木下俊文も共に金融業を営み、高額の金を運用していたのであり、控訴人本人の供述(原・当審)によっても、当時控訴人において六〇〇〇万円程度の金を調達することは難事でなかったと認められるところからして、本件六〇〇〇万円は、控訴人主張以外の方法で調達されたか或いはその一部ないし全部が木下俊文らの金から出たかのいずれかと考えられる。仮に木下俊文らから出た分があったとしても、これを控訴人の資金として山下信明の依頼による協力預金(本件定期預金)として運用するにつき木下俊文らが承諾しておれば、これは控訴人の支配下に入ったものであり、本件定期預金の出捐者を控訴人とすることに差支えはない。そして、《証拠省略》によれば、木下俊文も丹下孝子も本件六〇〇〇万円が控訴人のものであることを承認していることが認められるところ、本件定期預金預入前後における控訴人と山下信明の交渉の経過、本件定期預金証書とその届出印章を控訴人が所持していること等前認定事実に鑑みれば、本件定期預金の出捐者は控訴人であると認めるのが相当である。

4  被控訴人は、本件定期預金の預金者は、これを現実に預け入れた山下信明又はその妻で名義人である山下加代子であると主張(3の(一))する。

ところで、被控訴人のように銀行業を営む者の受け入れる預金については、それが記名式定期預金であっても、定型的に大量に行われる窓口取引であり、その預金者が何人であるかは、新たに予定された貸付の担保とする目的で預金を受け入れるなどの特別な事情でもない限りは、被控訴人側にとって別段の利害関係をもつわけでなく、預金契約の一要素として当事者の確定に絶対的な意味をもたせることは妥当でない。本件におけるようないわゆる協力預金というにしても同じであり、また現に、預金名義人山下加代子が山下信明の妻であるとしても、その住所は前認定のように同女とは無関係の控訴人の住所として申込書に記載されているのであり、これで契約当事者を確定したともいえないところである。同様に、預入行為者を預金契約の当事者とすべきであると解するのも相当でない。結局のところ、実質的に保護すべきもの、すなわち当該預金に直接利害関係を有する出捐者を預金者とするのが妥当であり、かく解することにより生じる表見預金者からの被控訴人側の保護については、免責約款ないし民法四七八条によって考慮すれば足り、かく解することによって真実の権利者と被控訴人側の利害の調整をはかるのが相当である。

よって、被控訴人の右主張も採用しえない。

5  以上説示のとおりであるから、本件定期預金の預金者は、その出捐者である控訴人と認めるのが相当である。

三  そこで、被控訴人の抗弁につき順次判断する。

1  抗弁(一)について

(一)  被控訴人は、本件定期預金の約款による免責を主張し、《証拠省略》によれば、抗弁(一)の(1)記載の約款が存する事実が認められる。

(二)  《証拠省略》によれば、以下の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(1) 前認定のとおり、山脇支店長は、本件定期預金の預金者は山下信明と信じていたところ、昭和五三年九月一八日、同人から本件定期預金を担保に一二五〇万円の融資をして欲しい旨申出を受けたので、本件定期預金証書の提示を求めた。ところが山下信明は証書を紛失したというので、山脇支店長は、右同日大阪府豊中市原田元町一丁目七番二四号の山下信明宅まで赴き、同人及び山下加代子と面談し、右預金証書が紛失した事情を聞き、紛失したものと考えた。そこで、山脇支店長は、本件定期預金証書の紛失処理をしたうえ預金解約の手続をし、解約による払戻金から山下信明が希望する一二五〇万円を渡し、残額を再び定期預金とすることとし、被控訴人所定の用紙を用いた山下加代子名義の紛失届、山下加代子及び連帯保証人山下信明連名の「右預金の中途解約をして払戻を受けたこと及び右払戻につき事故が起きた場合には本人及び連帯保証人が責任を負う」旨を記載した被控訴人所定の差入証の他に右一二五〇万円払戻後の残額四七五〇万円につき山下加代子名義の定期預金申込書、その分離課税申告書、更に本件定期預金申込書と同様の六〇〇〇万円の定期預金申込書も提出させ、山下信明からは同人の印鑑登録証明書を提出させた。右各書類の山下加代子の住所として右の山下信明の住所が記載されている。

(2) 山脇支店長は、各紛失届及び差入証に押捺された印影と前認定の丹下孝子が記入した本件定期預金申込書に押捺された届出印影とを照合して、同一のものであると判断し、よって右支店は、右同日山下信明に対し、右預金の中途解約に応じ、税引後の元私金六〇〇〇万四七二四円のうち、一二五〇万四七二四円を支払い、残金四七五〇万円を山下加代子名義の期間三か月の定期預金として受け入れて、その払戻をした。その翌日、山下信明は、右四七五〇万円の定期預金を担保に右支店から融資を受け、昭和五三年一一月三〇日右定期預金は右貸金の弁済に充当された。

(三)  そして、《証拠省略》によれば、本件定期預金につき届出された印影は、控訴人が現に所持する印章による印影及び丹下孝子が記入した前記分離課税申告書の各印影と同一であるところ、これらと前記紛失届及び差入証の山下加代子名下の各印影と対照すると、両者は酷似していることが認められ、山脇支店長が両者の印影が同一であると判断したことに過失があるということはできない。

(四)  しかしながら、被控訴人のような銀行業務を行う金融機関が定期預金の約款として前認定のような定めをすることができる理由は、前記のとおり、定期預金が定型的に大量に処理される窓口業務であるため、金融機関において正当な預金者を確知することは困難であって、払戻請求者の権限を確認することも一層困難であるところ、その確認方法を印鑑照合という一定の方法に限定し、届出された印影と払戻請求書の印影とを相当な注意をもって照合して同一と認めうる場合には、払戻請求者が無権限であっても免責されることとし、もって払戻事務の円滑な処理を図るところにあるから、金融機関が払戻請求者の無権限であることを知っていた場合や、当然に要求される注意義務を欠いていた場合すなわち悪意又は過失がある場合には免責されるいわれはなく、この場合には右免責約款の効力は及ばないというべきである。

(五)  よって、被控訴人の悪意ないし過失を主張する控訴人の再抗弁について考える。

前認定のように、本件定期預金が預け入れられた昭和五三年九月一四日の直後ともいうべき同月一八日に、山下信明から山脇支店長に対し本件定期預金を担保に一二五〇万円の融資の申込があり、同支店長が預金証書の提示を求めたのに山下信明は紛失したとして提出しなかったところ、同支店長は山下信明とその妻山下加代子に面談したのみで本件定期預金証書が紛失したものとして紛失、中途解約の手続を進めたのである。《証拠省略》によれば、被控訴人において預金証書紛失の場合は、通常は紛失届を出させて一週間ないし一〇日の期間を置き、預金者宛の照会状を発送する等して処理されており、また三か月定期預金は原則として期間内の中途解約はしないとの内規が存することが認められるところ、この通常の手続に比べて本件においては異常ともいえる早さで手続を進めている。

本件において処理を急ぐべき特段の事情を認めるべき資料もないばかりか、前記の山下信明ないし山下加代子が差し出した紛失届等の預金者山下加代子の住所が本件定期預金申込書等に記載の住所とは明らかに異っているのであり、また《証拠省略》によると、被控訴人と山下信明とは本件定期預金が最初の取引であること、山脇支店長が証書紛失の理由をただすと、山下信明は妻の責任に帰し、妻の山下加代子の言いわけもあいまいで「ひょっとして朝ごみを燃やしたからその中へまぎれたんと違うかな」と言いだす有様であったと認められること等からして、本件の場合は、証書紛失の有無、預金者の確認、証書の再発行、中途解約等についてはより慎重に取扱うべき案件であり、少なくとも前記の通常の方法によるべきものといわなければならない。

山脇支店長としては、本件定期預金預入時における山下信明の言動からして同人を預金者と信じて疑わなかったものであろうが、右説示のような事実関係の下において、異例の方法によって処理し、真の預金者を誤認して本件定期預金を山下信明に払い戻したことは、これを事前に承認した被控訴人本店の処置(本店の承認をえたことは、《証拠省略》により認められる。)と共に、被控訴人に過失があったものと断ぜざるをえない。

(六)  以上によれば、再抗弁は理由があり、被控訴人がした山下信明に対する右預金の払戻につき被控訴人は、右免責約款による免責の効力を受けることはできないものといわなければならない。

2  抗弁(二)について

(一)  被控訴人は、民法四七八条による弁済を主張し、被控訴人支店が山下信明に対し本件定期預金を中途解約して払い戻した経緯は前記認定のとおりである。

ところで、定期預金の払戻を受ける者が、定期預金債権の準占有者であるというためには、原則として、その者が、預金証書及びその預金につき届け出た印章を所持することを要するものと解すべきところ、前認定事実によれば、山下信明は、本件定期預金の払戻を受ける際、右預金証書を所持しておらず、ただ右預金につき届出された印章と酷似する印章を所持していたにすぎず、山脇支店長が、右預金が預け入れられた時の山下信明の言動により同人が正当な預金者であると信じ込んでいたものにすぎず、他に同人が正当な預金者であることを信じさせるに足りる客観的事情を認めるべき証拠はないから、同人が右預金債権の準占有者であったということはできず、よってその余を判断するまでもなく抗弁(二)は失当といわざるをえない。

3  以上の次第で、被控訴人の抗弁はいずれも採用できない。

四  以上の説示によれば、被控訴人は控訴人に対し、本件定期預金六〇〇〇万円とこれに対する右預入日である昭和五三年九月一四日から満期日である同年一二月一三日まで年二分六厘の割合による約定利息並びに前記払戻請求の翌日である同月一九日から支払ずみまで商事法定利率年六分(被控訴人が銀行取引を業とすることは争いない。)の割合による遅延損害金の支払義務があるというべきであるから、控訴人の本訴請求は理由がある。よって、この結論と異る原判決は不当であって、本件控訴は理由があるから、民訴法三八六条に従い原判決を取り消し、控訴人の請求を認容し、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石井玄 裁判官 高田政彦 礒尾正)

<以下省略>

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